026

 7年遺跡を巡った成果が、やっと見えてきた頃だ。

 俺達は、獣人族の国『ヴァリオン獣王国』の国境に居た。


 そう、戦争だ。


 エルフを中心とした西側最大国家『ユグドラシル聖樹国』、攻めてきたのはその国。

 言い分は『万物の源である魔素マナを浪費し、世界を混乱に陥れている人族を誅する』だとか。

 エルフ達が使うのは『精霊魔法』だ、その身体が精霊に近しい彼らは魔術を使わないし、使えない。


 だが、結局『精霊魔法』も精霊達が魔素を使っているので、結果は変わらないのだが、彼らはそれを認めていないらしい。


「ま、大方トップが『魔人』になり変わられてるんでしょうね」

「そういう事だ」


 この戦は、事が成った段階で俺達のが決定している。

 獣国が勝とうがエルフが勝とうが、『邪神教』は戦争で人が死ねばいいんだから。


『ユグドラシル聖樹国』、十五万。

『ヴァリオン獣王国』、二十万。


 これだけの数のぶつかり合いだ、果たして被害はどれだけになることか。


「アニキ!!」

「…久しぶりだな、

「よしてくれよ、ホントはガラじゃねぇんだ」


 7年ぶりに会った雷牙は、すっかり『金虎族』という名に相応しい見た目になっていた。


 猫っぽくて何処か愛嬌のあった顔は、金色の縞模様の入った虎の様相に。

 失った右腕には、巨大な鉤爪の義手がガッチリと固定され、左腕にも同じ様な鉤爪が装備されている。


 あれから一度故郷に戻った雷牙は、そこで『魔人』から人々を守り戦い続け、今では国軍の将軍だ。


「つっても、うちの国の将軍は戦場で突っ込む役目が多いけどな」

「前線指揮官じゃねえか」


 脳筋国家だな。


「こんな形になっちまったが、またアニキと一緒に戦えてオレぁ嬉しいぜ」

「俺もだよ、持ち場は違うけどな」

「それでよ…マリーの姐さんは、今どうなんだ?」

「つい最近だけど、何とか元に戻してやれる糸口が見つかった」

「おお、そうか!!そいつぁ良かった!!」


 7年ぶりだと言うのに、こいつは心底心配して喜んでくれてる。

 こうやって、又会えて良かった。


「姐さんが目覚めたら、一緒に飲みに行こうぜ!」

「いや、マリーは目が覚めても未成年だからな」

「おっと、そうかすまねぇ、ガハハハハ!!」

「ふっ、ははははは!!」


 ああ、楽しいな。

 ねえさんが居た、あの時間を思い出す。

 輝夜を戦場に連れて来れないのが、少しだけ残念だ。


「良かったわね」

「何がだ、リリファ」

「アンタが笑ってるの、本当に久しぶりに見たわよ」

「…そっか、そうだな」

「アタシも…ちょっと昔思い出しちゃった」

「そりゃあ…良かったな」

「ええ、良かったわ」


 そういってリリファも微笑んだ、ガラッドが生きてた頃の様に。




 ◇◆◇




「ぐっ!!『鞍馬天狗打ち』!!」

『アアアアアアアアラアアアアアア!!!!!』


 巨大な風の刃を幾度も打ち出す。

 だが、叫びにも似た『精霊』の息吹で、それはかき消された。

『魔人』化したエルフが、こうも厄介だとは。

 接近出来ればいいが、本体と『精霊』両方相手にするのは厄介極まりない。


 そして、こうやって相対して分かった、何故『ユグドラシル聖樹国』が、『邪神』の手に落ちたのか。


『ラァァァァァァァァ!!!!!』

「精霊が、


『邪神』に唆されたのは、エルフではなく『精霊』か。

 彼らは生まれてすぐに、一体の精霊をパートナーにすると聞く。

 精神生命体である『精霊』と繋がりが深くなるというのは、文字通り一心同体だと言うこと。

 精霊が消滅すれば、使役しているエルフも死ぬほどに。


「ねえ!これ多分『世界樹』がやられたわよ!!」

「それしか考えられないな!!」


 エルフ達が聖樹と言って崇める『世界樹』は、精霊が生まれる場所と言われている。

 そしてそれ故に、全ての精霊と繋がっているという話だ。

 それが『邪神』に汚染されれば、どうなるか。

 もはや全てのエルフは『邪神』の下僕と化した。


 もちろん、厳重に管理されていた筈だが…『邪神教』どもは、人の憎悪を利用する。

 そして、何処の国でも、恨まれない支配者は居ない。


「考えても手遅れだけどな!!」

「ほんっとにそうね!!」


 今斬ったエルフは別に『魔人』じゃ無かったが、正気でも無かった。

 仕方が無いとは思うが、やるせない。


 教会は何やってたんだ…とは言えない。

『ユグドラシル聖樹国』も、『勇者教』の力が及んでいない国だ。


 とにかく、これである程度勝っても『停戦』は望めない事が分かった。

 いや、あっちは戦争している気すら無いのかもしれない。


 これは、ただの『殺し合い』だ。




 ◇◆◇




 どれだけ斬ったか判らない。

 辺りが死体だらけになった頃、その報せは来た。


「…獣王国王都に『魔人』が現れた?!」

「ったく…本当に『邪神教』は嫌がらせが得意ね」


 第一陣を退け、続く第二陣がまもなく、という最悪のタイミングだ。

 まずいな、兵士達が浮足立ってる…いや、それよりも。


「ウィン、あんた戻りなさい」

「いや、でも…」

「王都には輝夜さんとマリーが居るでしょ、いいから行きなさいよ」


 …そうだ、本音では今すぐ助けに行きたい。

 でも、恐らく次の第二陣が本攻だ。


「アニキ、王都に行ってくれ」

「雷牙…?持ち場はどうしたんだ」

「オレがこっちに入る、一番疾ぇアニキが救援に向かってくれ、どのみち王都が落ちたらおしまいだ」

「…分かった、すまない」

「へへ、あそこにゃ美味い店があるんだ、無くなったら打ち上げ出来なくなっちまう」

「ああ、そうだな」


 どうも、気を使わせてしまったな。


「アンタと共闘するのは、盗賊のアジト襲撃以来かしら、懐かしいわね」

「噂の『業火の魔女』様がリリファさんだったとはな」

「ええ、まあ精々足を引っ張らないようにして頂戴」

「ガハハ!何ならどっちが多く仕留めるか賭けるか!?」

「はっ!上等!!」


 頼もしいセリフだが、あいつらも理解っている筈。

 流石に、今回の戦いは分が悪い。


「お前たち…必ず、また生きて会おう」

「ああ!次は祝勝会で会おうぜ!!」

「いいから、さっさと行きなさいよ…輝夜さん達、よろしくね」


 笑って見送ってくれる二人。

 ただ、予感は強く感じていた。


 多分、これが二人との最後の会話になるんだと。




 ◇◆◇




 王都は、あちこちで火の手が上がっていた。


「…全部で十体か」


 人造の『魔人』、それがあちこちで無差別に暴れている。

 魔物も入り込んでいるな、『魔人』が指揮を取っているのだろう。

 だが、この国の戦士達は精強だ、まだ崩れてはいない。


『アァァァァァ!!タスケテェ゙!!!』

『イダイ!!イダイヨォォォ!!!』

『パパァァァ!!!ママァァァァ!!!』


 酷い有様だが、まだ間に合う。

 輝夜達の居る場所は…無事そうだな、良かった。

 追跡魔術を掛けてるから、生きてるのは分かってたが。


 なら、向かう前にこいつらを片付けないとな。


「『サンクチュアリ』…弾かれた?!」


 ちっ、奴ら最悪のタイミングで対策してきたな。

 この街には聖職者も多いのに、なぜ押し込まれかかっているのか分かった。


「…あの真ん中で暴れてるデカいヤツだな」


 あいつが、結界魔術を邪魔している。

 恐らくは身体の何処かに、邪神由来の魔道具でも仕込んでいるのだろう。


 道中、魔物を斬り伏せながら、その『魔人』に接敵する。


「なんだこいつは…」


『人造魔人』が三体、くっついてる…?


「ゆ、勇者さまが着たぞ!!」

「あの化け物、斬ってもすぐに再生して!!」

「ぐあああああ!!!」


 厄介な、再生力も三体分…『融合魔人』とでも言うか。


『コロシテェ!!コロシテェェェ!!!』

『ガァァァァァァァァァッァァァ!!!』

『エェェェェェェェェェェェェン!!!』


 …まってろ、今楽にしてやる。


「俺が行く、横槍が入らないようにしてくれ」

「は、はい!!お前たち一旦引け!!!」

「魔物の乱入を防げ!!!」

「怪我人は一旦下がれ!!!」


 俺は、すっかり手に馴染んだ銀色の双剣をクロスさせる。


「『デッドウイング』」


 重ね滑らせたた双剣は高速振動し、広げた翼は肉を斬り抜ける。

『魔人石』まず一つ…いやまて、再生した?!


「ちっ、他の『魔人石』が再生させているのか」


 厄介だな、つまり三つを一度に片付けないといけない訳か。

 なら、再生するより早く三つ斬るか?

 いや、再生を遅くすれば良い。

『十六夜』では足りないな。


「暮れ六つ、『逢魔ヶ刻』」


『ロロロロロロ――』

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙――』

『エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙――』


 ガクン、と『融合魔人』の動きがスローになる。

 これだけ遅ければ十分だ。


「『セイバーウイング・ロンド』」


 あとは、死ぬまで斬り刻むだけ。





 ◇◆◇





 その頃、戦場では。


「あー、これダメね死ぬわ」

「あきらめんなよ、って言いてえがな」


 既に辺りには、生きている味方も、敵も存在しない。

 焼け焦げた荒野に立ち尽くすのは、リリファと雷牙のみ。

 そんな絶望的状況だった。


「間違いなく『魔人』なのに、見た目は普通なのね」


 リリファの視線の先にいるエルフは、一際華美な装飾品を付けている。

『ハイエルフ』と呼ばれるエルフの上位者だろう。


『進め!聖樹の元に正義は有る!!』


 まだ距離はあるが、その指揮官を中心にエルフの軍勢は、焼け野原を行軍して向かってくる。


「せめて、アイツだけでもぶっ殺したいわね」

「ああ、だがあいつぁメチャクチャ強ぇぞ」


 実際、ハイエルフの強大な火の精霊魔法で、この辺りの部隊は一撃で壊滅していた。

 生き残ったのは、辛うじて障壁が間に合ったリリファと、一緒に居た雷牙だけだった。


「…ここが潮時って訳ね」

「どうするつもりだ?」

「最後にメチャクチャにしてやるわよ」

「なんか考えがあんのか?」

「アンタの命アタシに預けなさい」

「わかったぜ」

「即答?潔いわね、死ぬわよ?」

「わぁってるよ、何すりゃいい?」


 ニヤリと笑う雷牙に、思わず釣られて口角を上げるリリファ。

 懐から特大の『魔石』を数個取り出す。


「まあ、いっちゃえば『自爆』ね」

「で、それで殺れんのか?」

「ええ、この辺はクレーターになるわよ」

「味方が居たら使えねえな、今は誰もいねぇが」

「そうね、まあアタシらも死ぬわよ」

「かまわねぇ、時間を稼げばいいか?」

「そうよ、頑張りなさいよ」


 そしてリリファは集中し、雷牙は義手の爪を構える。


「じゃあな!アンタと戦えて光栄だったぜ!!」

「こっちもよ、バイバイ楽しかったわ」


 雷牙が走り出し、単身敵の部隊に突っ込んでいく。


「おおお!!!『雷虎獣神化』!!!」


 体毛からバチバチと電気が迸り、その体躯の速度が雷と並ぶ。

 退却を考えない、捨て身の突撃で、エルフの部隊は大きく足並みを崩された。


「…ガラッド、随分待たせちゃったわね、今行くわ」


 サイドテールの根本の、想い人の手骨をそっとなぞるリリファ。

 足元には魔術の陣が描かれ、その周囲に『魔石』が配置されている。


「火種は憎悪、焚べるは我が魂、その罪燃え尽きるまで消えるな、煉獄の焰――


マスタースペル最上位爆炎魔術『インフェルノ』」


 そして、戦傷の一角は。



 跡形もなく燃え尽きた。



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