025

 邪神教のアジト、儀式めいた祭壇には一糸まとわぬ姿で、歳の頃15歳になる少女が仰向けに縛られ固定されていた。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!!放してぇぇぇぇぇ!!!」

「アイリ、駄目じゃないか静かにしないと」


 にこやかに嗤う金髪の青年は、二十歳を過ぎた頃だろうか。

 彼の全身は頭以外、黒い法衣で覆われており、周りに控える『信者』達に至っては、顔すら布で覆われていた。


「あ、愛してるって言ったのに!結婚しようって!!」

「そうだよアイリ、だからキミに『カミサマ』と一つになってもらうのさ!僕は『カミサマ』を愛しているからね!!」

「あああああ!!いやぁぁぁ!!!この詐欺師!!!!」

「さあ!これより生まれ変わりの儀式を執り行おう!!!」


「「「「「パチパチパチパチ!!!」」」」」


 周囲から、歓声と拍手が巻き起こった。


 そして男――邪神教の『司祭』は、懐から拳大の赤昏い石を取り出す。


「はい!じゃあアイリにはこの『人造魔人石』で!生まれ変わってもらうからね!!」

「ああ…お願いします許して下さいなんでもしますからぁ」

「じゃあ『カミサマ』の使徒になろうね!」

「いやぁ…嫌だよぉ…ママぁ!!!」


 そして司祭は、恭しく『人造魔人石』を掲げると、少女の胸部中央辺りに押し当てな。


「あれぇ?中々入っていかないなぁ、もう少し強く押さないと駄目かな?」


 押し当てられた『石』の生暖かさに、思わず身震いする少女。

 だが、少女の思いとは関係なく、儀式は進められていく。


「よし!じゃあもう少し強めに押し込もうか!!」

「…もうやめてぇ」

「それ!ぎゅっぎゅっぎゅ!!」

「ゔっゔっゔっ!」


 胸骨が凹む程の力で肺を押され、呼吸が困難になる少女。

 そして、『人造魔人石』は徐々に、少女の柔肌に食い込んでいく。


「お!上手く行ったね!じゃあみんなも掛け声よろしく!!ぎゅっぎゅっぎゅ!!!」


「「「「「ぎゅっぎゅっぎゅ!」」」」」


「声が小さいぞ!ワンモアぎゅっぎゅっぎゅ!!!」


「「「「「ぎゅっぎゅっぎゅ!!!!!」」」」」


 やがて、それまでの苦労が嘘の様に、するりと『人造魔人石』が少女に入り込んだ。


『アアアアガァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!!!!!』


「やったぁ!さあみんなで新しい『魔人』の誕生をお祝いしよう!!ハッピバースデートゥーユー!!はいっ!!」


「「「「「ハッピバースデートゥーユー!!!」」」」」


「ハッピバースデーディアアイリちゃーん!!」


「「「「「ハッピバースデートゥーユー!!!」」」」」


「おめでとうー!!!パチパチパチ!!!!」


「「「「「ワァーーー!!!!パチパチパチ!!!!」」」」」


 バン!と隠されている筈の扉を蹴破り、彼らにとって招かれざる来訪者が現れたのは、その時だった。


「ああ、ごめんな間に合わなかったか」

「既に『魔人』化してるわね」


 そこに立つのは、白い戦聖装に身を包んだ、二人組の男女。




 ◇◆◇




 行方不明者が増えてるという話を予め聞いていた俺達は、町のゴロツキと正当な交渉の結果、ここの犯罪ギルドから隠れ家になりそうな違法物件の情報を提供させた。


 この『人造魔人石』は、昨日までの隣人を化け物に変えちまう、恐ろしい兵器だ。

 まあ、強さはに比べれば劣る、精々がBランクだろう。


「はーい、みんな大好き『異端審問』よ、投降しないわよね?じゃあ死ね」

「お前ら俺達の路銀になって死ね、ついでにムカつくから死ね」


 警告とも呼べない警告の後に、まずリリファが右手のを構える。


「はい、どーん」


 カチリと引き金を引くと、筒の先端から整形した『魔石』が打ち出される。

 それは、三十人は居るだろう『邪教徒』の一人にめり込んだ。


「がふっ!!」


 筒を通して打ち出された『魔石』は、絶妙な計算で安定性を失い、着弾と同時に爆発を起こし、周囲に居た『邪教徒』もろとも吹き飛ばす。


 あの日、ミカから託されたマジックバックには、いくつかの武器装備が入っていた。

 その中の一つ『量産型魔銃バレットハッピー』、勇者が残した『聖剣の失敗作』の模造品。

 それを、両手に2丁。


「ぐあ!!爆発した!?」

「おのれ!!『カミサマ』を貶める異教徒め!!」

「我らが『カミサマ』こそが真の神なのだぁ!!!」


 また派手にやりやがって。


「お前な、それじゃ俺が突っ込めないだろ」

「だったらアンタはそこで突っ立てなさい、全部アタシの獲物にするわ」


 この武器は万能に見えるが、事前に『魔石』を整形して用意し、都度6発分の弾倉に詰める手間が掛かる。

 そして、大きさも質も微妙に違う魔石を、思い通りに打ち出し爆破させる、繊細な魔力コントロールが必要だ。

 失敗すれば自爆し、手首くらいなら軽く飛ぶ、実際この女は何回か


 はっきりいって失敗作だ、まともな神経の奴が使う獲物じゃない。

 まあ、リリファはイカれてるから使うが。


 俺が手持ち無沙汰にする横で、この女はそんなアホな武器をガンガンぶっ放す。


「俺を巻き込むんじゃねえぞ」

「アンタがそんな間抜けじゃなきゃね、ほらデカいの来たわよ」


 …今回の犠牲者か。


 体長2メートル超え、見た目は黒い骸骨。

 そして、その腕には赤ん坊が抱かれている。


「さあアイリ!!初仕事だよがんばってぇぇぇぇ!!!」


 あの叫んでるヤツが司祭か。

 あいつは、特に苦しめてから殺そう。


 そう考えていると、こっちにまっすぐ向かってくる、その赤ん坊と目が合った。


『アァァァァ…コロシテェェェェエ…』


 なるほどな、あっちの赤子が本体か。

 これまでの経験上、骸骨部分は幾ら斬ってもダメージは無いだろう。


「…すまない、今楽にしてやる」


 俺は、使い慣れた銀色の双剣を抜き放った。

 大丈夫、一振りで終わるから、そこまで痛くは無い筈。


「『セイバーウイング・レクイエム』」


 静かに、音もなく。

 その赤子は、『魔人石』ごと十字に断ち切られた。




 ◇◆◇




「お前が無駄にぶっ放すから、埃まみれだろうが」

「お゙お゙お゙お゙お゙!!お゙お゙!!!お゙お゙お゙お゙!!!」

「だから、天井に穴あけて換気してあげたじゃない」

「それが頭おかしいって言ってんだよ」

「お゙!!お゙お゙!!!お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」


 崩れた天井で余計にゴミが散らかっただろうが。


「もっと俺みたいにスマートにやれよな」

「お゙お゙お゙!!お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」

「アンタのどこがスマートなわけ?見なさいよ斬殺現場じゃない」

「お前こそ爆殺現場だろうが」

「てか何時まで遊んでるのよ、そのオモチャ」

「あー、そろそろ面倒になってきたな」

「お゙お゙お゙お゙!! お゙お゙!!お゙お゙お゙お゙お゙!!!!」


 さっきから何をしてるか説明すると、まず俺は『司祭』だった男のを切り取って口にいれてやり、そのあと手やら足やらを適当に斬り刻んで、同じ様に喰わせてやっていた。

 すでに胃の許容量は超えて破裂し、口から血の泡を吹いている。

 もちろん、回復を掛けながら、死なないように丁寧にやってるから安心してくれ。


「その肉の塊どうすんのよ、置いてくわけ?」

「んー、それも良いんだが、この町のオブジェにするには刺激的すぎるよな」


 ミカみたいに出来ればいいんだがな。


「遊んだら片付けなさい、子供だって知ってる事よ」

「もっともだ、んじゃ片付けて帰るか」


 軽く火魔術を掛けると、火だるまになる邪神教の司祭。

 ひとしきり藻掻いて、動かなくなった所で魔力を遮断、火を消した。


「じゃあ、帰ろうか」

「そうね、お腹すいたわ」


 この場の惨状は、見せしめも兼ねて2・3日はこのままだ。

 一応、この地区の領主関係者が確認後、後始末する事になっているからな。

 俺達の仕事は、ここまでだ。


 ああ、本当に嫌になる。




 ◇◆◇




 ドアを開けると、見慣れた黒髪の女性が出迎えてくれた。


「あ、おかえりウィン」

「ただいま」

「はー、お腹すいたわ」


 この町での拠点である、貸家に帰ってきた。

 この町の宿は安全性がイマイチだったからな。

 周囲は魔術で隠蔽し、結界も張っているので、俺以外は出入り出来ない。


「ふふ、妾の作る夕餉も、大分様になってきたでしょう?」

「まあ5年もやってればなぁ」

「作れもしないヤツがそんな言い方しないの、全く男ってのは…ねえ輝夜さん?」

「ううん、今の妾はこの位しか出来ないから」


 輝夜師匠は、『月読』の効果が切れてから、身体も相応に成長していた。

 背丈は少し伸び、肩から伸びた黒髪は腰まで達して、すらりとした美人になった。

 身体が成長してから、あの背伸びした口調も無くなってしまったが。

 どうも、精神が未熟な身体に引っ張られ無い様に、わざと尊大な感じに振る舞っていたらしい。


「それでウィン、お仕事は終わったのかしら」

「ああ、明日から早速、この辺りの勇者の遺跡を調査しようと思う」


 輝夜が作るのは、極東でよく出る『和食』と呼ばれる料理だ。

 今日は味噌汁、白米、野菜の漬物に、焼いた魚。


「はー、染みるわね…」

「オバサンくせえなぁ」

「はあ?あんま調子こいてるとアンタの童貞奪うわよ」

「出来もしねえ事を言うな、アラサー処女」

「二人とも、食事は静かにしなさいな?」

「「はーい」」


 この白米もだけど、極東の食材はこの辺りじゃ出回っていない。

 たまに『勇者教』教会によった時に、売って貰ったりしている。

 面倒だが、俺も魔術で収納を使える様になったので、荷物にはならない。

 何より、今の無防備な輝夜に、どこの物か判らない食事を採らせる訳にはいかないからな。

 実際、俺は何度か酒場で毒を盛られた事もある、まあ効かないんだが。


「ごちそうさま、じゃあアタシは部屋で汗拭いたら寝るわね」

「さっき『浄化』で綺麗にしただろ」

「気持ちの問題よ、おやすみ」

「おう、また明日な」

「おやすみなさいね、リリファさん」


 ああは言ったけど、今日はあいつも、どれだけ眠れるのか。

 まあ今日はストレス発散出来たから、いつもよりはマシか。

 あまり眠れない時は、また魔術を使ってやろう。

 何だかんだ言いながら、リリファもマリーの為に色々手伝ってくれてるしな。


「…師匠、マリーの様子は?」

「変わらずよ、寝る前に挨拶する?」

「ああ」


 食器を片付け、二人で寝室に向かう。

 その片隅に置かれた棺、そっと蓋をずらすと、変わらずマリーが眠っていた。


 …5年も経ってしまったな。

 でも、いつか必ず、元に戻して見せるから。


 腰に下げていた、を一息吸い込むと、テーブルの上に置く。


 装備も服も全て脱ぎ捨てると、同じ様に一糸纏わぬ姿になった輝夜師匠と、同じベッドに入った。


 5年前以来まともに眠れなかった俺のベッドに、こうして彼女が潜り込んできてから、何とか眠れる様になった。

『人肌はね、重ねているだけで安心するもの、妾もそうだから』

 そう彼女が言って以来、その言葉に甘えている。


「その気なら、いつでも妾に欲情をぶつけても構わないのよ?」

「知ってるだろ、それは無理だ」


 あの日以来、俺は男性としての反応を失っている。


「もし突然戻ったらの話、憶えておいて」

「…そうなったら、な」


 柔らかい人肌に縋り付きながら、今日もなんとか眠りに落ちていく。

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