第二章

024

「白髮のにいちゃん、何にする?」


 寂れた酒場に似合う、無精髭を生やしたマスターが、カウンターに座った俺の所に注文を催促しに来た。


「酒と、適当な飯」

「酒はエールか?」

「安くて強ければ何でもいい」

「あいよ」


 マスターは木のジョッキを取り出すと、慣れた手付きで樽から液体を注ぐ。


「ほらよ、こいつが強いかどうかはアンタ次第だ、あとうちは安酒しか置いてねえよ」

「…どうも」


 …ぬるいな。

 まあ、それは何処行っても同じだが。

 いつも通り、こっそりと魔術で冷やせば、少しはマシになった。


「しかし、坊さんが昼間っから呑んでて良いのかい?」

「俺は聖職者じゃ無い」

「そのでか?まあ客ならなんでもいいけどな」


 改めて自分の格好を見直してみる。

 煤けてはいるが、聖印付き白のマントに服、ミスリルの胸当てと手甲。

 まあ、教会からの支給品…というか、あの日ミカから貰ったマジックバッグに入ってた装備だ。

 性能は良いから使ってるが、正直似合わない。

 実際、片足は勇者教に突っ込んでるから、半分は聖職者なのかもな。


「所で、この辺は最近どうなんだ?」

「ああ、やっぱりあんた他所から来たのか。

 その若さで教会の騎士…まさか『異端審問官』か?」

「…どうでもいいだろ」

「そうかい…ま、ここ数年はこの辺も、他と変わらねえよ、たまに『邪神教』が騒ぎを起こしやがるのは」

「そうか」


 知ってはいたが、改めて此処にもどもが居ると判った。


「『魔王』が現れたとか言われて、もう五年か。

 どうなんだ?あんたらの仕事の具合は」

「さあな、何にせよ、奴らは皆殺しにするだけだ」

「…っ、そんな怖い顔すんなよ、おっかねえあんちゃんだな。

 ほら、肉が焼けたぜ」


 …良い匂いだ。

 何の魔物肉かは分からないが、新鮮そうな赤身肉の香草焼き。

 酒はともかく、料理は当たりだな、此処は。


 頬張ると肉汁と脂の旨味が広がる。

 自前で冷やしたエールで流し込めば、旨味がそのまま胃に雪崩れ込んでいく。


「あー、今日も酔えねぇな」

「おいおい、飲みながらウチの酒にケチつけんなよ」

「いや味に文句は無いよ、ただの愚痴だ、悪いな」

「なら良いけどな、まあこんなご時世じゃな…」


 あの日以降、王国を含めて三つの国が滅んだ。

 王国のように『魔人』の手で直接、という理由でなく、戦争が切っ掛けでだ。

 その戦争も『邪神教』が手引きしてたから、奴らに滅ぼされたも同然だが。


「ま、この『ヴォルハンド帝国』は当分は大丈夫だろうよ」

「…だと良いけどな、エール追加だ」

「酔えねえとか言いながら、まだ飲むんだな」

「もう二・三杯は飲まないと寝れないだけだ」

「こっちは金さえ貰えりゃ何でもいいがな」


 あまり酷い時は、輝夜が魔術で眠らせてくれるけどな。



 俺が今いる『ヴォルハンド帝国』は、ザーン連合国より更に東の国だ。


 南に有る獣族の国『獣王国』、西の妖精族中心の『精霊国』、それらに並ぶ、人族最大の軍事国家。

 皇帝ガイゼウス・ヴォルハンド1世が独裁政権を敷く国だが、それ故に『邪神教』の内部工作がやりにくい。

 他の国が、内部に潜伏する『邪神教』や『魔人』による分裂工作を受ける中、皮肉にも安定した国家を運営している。


 だが、反面『勇者教会』の影響力も弱い。

 教会に縛られたくない、俺の様な半端者には、丁度良く動きやすい国だ。



 さて、そうやって三杯目の酒を注文した所で、俺の気分を悪くする出来事が起きた。


「おいおい、教会も無え町に聖職者さまがいらしゃってるぜ」

「こりゃいい、オレにもお布施を恵んでくれよ」

「ギャハハハ!!!」


 ゴロツキが五人か…耳障りだ。


「失せろ、酒が不味くなる」

「あぁ!?ここの酒がこれ以上不味くなる訳ねぇだろうが!」

「てめえらオレの店で騒ぐならぶっ殺すぞ、外でやりやがれ」


 店のマスターが、カウンター下からクロスボウを持ち出して構える。


「はぁ…お前ら、外にでろ」

「なんだよ余裕ぶっこきやがって」

「こっちは五人いるんだ、大人しく駄賃を渡してくれりゃあ怪我しねぇぜ?」

「その腰のに入ってんだろ?」


 …おい、


に触るな!」


 右の剣だけを抜き放つ。

 チンピラは何が起こったか、まだ気がついて無い、か。


「…は??お、おいお前腕が!!」

「あぁ?!お、オレの腕が無え!!いてぇぇぇぇ!!」

「テメェ!今ナニやりやがった!!」


 何って、斬っただけだがな。

 きったねぇ腕だ。


を返して欲しいなら、大人しく付いてこい」


 素手で持ちたくないから、剣先で突き刺してブラブラ見せつけてやる。


「おいおい、店を汚…れて無えな」

「血は出てないだろ?」


 斬ると同時に、魔術で止血したからだ。

 最初の頃は酒場を血で汚して、よく清掃代を弁償させられてたからな、学習したんだよ。

 まあ痛覚は残ってるから、切断面メチャクチャ痛いだろう。


「あんまり動けば血がでるぞ、大人しく付いて来たら

「イテェェェ、野郎…ぶっ殺してやるぞ!」

「こ、この野郎なめやがって…!!」


 騒ぐな、さっさと表にでろ、面倒な奴らだ。


 …なんだ、外には野次馬が集まってるな、この町の連中は暇なのか?

 まあ、どうでもいいか。


「この若造!舐めた事してくれたな!!」

「その首落としてから!!テメェの口に馬のナニを突っ込んでやる!!」

「ぶっ殺す!ぶっころす!!」


 威勢がいいだけだな、武器は全員ショートソードか。

 大方、何処かの犯罪ギルドの下っ端だな、余所者の様子を探りに来たって所か。


 まあ、それでも一応、確認はしないとな。


 さて、仕事アルバイトの時間だ。


「じゃ、審問を始めるか…お前ら『邪神教徒』か?」




 ◇◆◇




「ちょっとアンタ、何勝手に始めてんのよ」

「あっ、やっと来たか」


 周囲からうめき声が聞こえる中、切り落としたチンピラの片腕を地面に並べていると、俺と似た格好の女がやって来た。

 大きく違うのは、頭にをくっつけてる所くらいか。


 まあ、リリファだ。


 これも教会支給品の制服らしいが、女性用なので半袖ヘソ出しショートパンツ。

 機能性よりデザイン重視か、まあ軽戦士用なんだろう、動きやすそうだし。

 色はもちろん白だ、正直お揃いみたいで俺は嫌だ。


 でも、ねえさんが来てた修道服と似たデザインだからな、そうじゃなきゃ俺だって着ない。

 多分、同じ所で作ったんだろう、これも服にマジックバッグとか付いてるし。


「ホントやめてよね、こういうの」

「うっせーな、先に手出したのはあっちだよ」


 俺の事を頭がオカシイ奴を見る目で睨めつけてるな、お前だって大概だろうが。


 こいつは、死んだ恋人の手の骨をアクセ替わりに加工して、サイドテールの留め具にしている頭のイカれた女だ。

 ああやって、サイドテの根本を抑えてる骨に触れながら、時折話しかけたりしてる。


「まったく…勘弁してほしいな」


 こんなのが旅の友だと、ため息ばっかり出るな。


 俺は、腰に下げたの無事を確認する。

 この袋は、セラフィねえさんが着ていた修道服のウィンプルを加工して作って貰った。

 固く縛られた紐を解けば、中にはが入っている。

 白い、さらさらと粉状になっただ。


 そっと、開けた袋に口を近づける。


「すー、すー…」


 …ああ、ねえさんの香りだ。


「アンタね、それ人前でやるなって言ってるでしょ」

「俺とねえさんの時間を邪魔するな、殺すぞ」

「そんなだから『勇者が変なクスリやってる』って噂されるのよ、ねえガラッドそうでしょ?」


 この、頭の骨に話しかける、やべー女以外にも、俺のねえさんをヤク扱いする馬鹿が居るのか。

 今度、そいつも殺さないとな。


「お、おい…あいつら、まさか…」

「ああ、『ボーンハンド』と『エンジェルダスト』だ」

「…教会の異端審問官、『業火の魔女』と『皆殺し勇者』が、なんでこんな辺鄙な町に」

「とんでもねえのに喧嘩売ったな、バカな野郎どもだ」


 騒がしくなってきたな、どうでもいいが。


「で、?」

「ああ、いつもと同じで」

「仕方ないわね」


 いつものように懐から筆記道具を取り出すと、うめき声を上げるゴロツキ共の前に立ち、リリファが声を上げる。


「はーい、そこに転がってるアンタら、『邪神教』に関する情報を話した順に、このイカレ白髪お兄さんが治してくれるから並びなさい」

「早くしないと腕が腐るぞ」


 本当は魔術で保存してるから、暫くは腐らんけどな。


「あああ!話します!!話します!!」

「す、すんませんでしたぁ!!!」

「どけ!!オレが先に話すんだよ!!!」


 うん、随分と素直になったな。


「あ、俺もうどれが誰の腕かわからんから、ちゃんと自分のを選ぶんだぞ」

「ひぃぃ、そ、そんな…」


 まあ大丈夫だ、他のを選んでもからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る