021

「…気をつけて行くのじゃぞ」

「アニキ、こっちは任せてくれ」

「ああ、頼んだ」


 ケントさんの話が本当なら、今頃『クロスロード』の街が襲われてる。


 あの、『魔人 ベーダベータ』は、街の防衛力を削ぐ為に、ここで網を張り『冒険者狩り』をしていたって事なんだろう。


『沈んだ大神殿』の広間には、『銀閃の槍』の五人以外にも、十二人ほどの冒険者の遺体が確認出来た。


 この、遮蔽物が少なく閉鎖された場所で、広範囲に火力を出せる邪魔な『魔術師』を、街を攻める前に減らす。


 あの『魔人』は、狂っている様に見えたが、『人』としての知性までは失って居なかったのだろう。

 そして、『魔人』は組織立って動く、という事。

 奴らが、これ程の脅威だとは…。


 とにかく、俺は戦えない輝夜を雷牙に任せ、街に向かっている。

 遺跡の入口は、念の為『結界』の魔術で覆ってきた、丸一日は大丈夫だろう。




 ◆◇◆




 魔術を駆使しながら、俺は半日ほどで街に戻った。

 時刻は昼過ぎ、もう数刻で日が落ちる。


「…なんだ、は…?」


 …街は酷い有様だ。

 遠目で見てもあちこちから煙が上がっている。


 城門は開け放たれているが、城壁は無事。


 だが、一面にのようなモノが張り付き、蠢いている。


「いや、あれは…『ウジ』か?」


 ウジ虫だ、それも巨大な、3メートルは有る。


「あぁぁぁぁぁ!!た、助けてくれぇぇぇぇぇ!!!!」


 悲鳴!?声のする方向に向かうと…衛兵が襲われてる!!


「『セイバーウイング』!」


 蛆の魔物を十字に切り裂き、のしかかられていた衛兵を引きずり出す…!?


「ああ…痛い、おい、オレの足は…どうなってる?」

「…いや、見るな」


 …無い。

 腰のあたりから下が、酸に溶かされたみたいに。


「ああ…そうか、クソやろう…魔物どもめ」

「…何があったか話せるか?」


 魔術で、出血と痛みを和らげながら聞く。

 この人は、もう、助からない。


「わからねえ、いきなりだ…あのウジどもが、明け方、城壁にへばりついて、街に…」

「…分かった、もういい、十分だ」

「なあ、アンタ、頼みがある」

「…何だ?」


 すると、衛兵は側に落ちていた短剣を指さした。


「…殺してくれ…もう助からんだろ?」

「…ああ」

「た、たのむ…こんな有り様で、生きていたくない」

「…分かった」


 俺は、短剣を拾い上げると、なるべく事務的に衛兵の胸に突き立てた。

 肉を突く、嫌な感触。


「ありがとよ…アンタのお陰で、あんま、痛く…――」


 今際の際に、そんな言葉を残した。


「…行くか」


 地獄に。




 ◇◆◇





 城壁が、意味を成さない。


 それはつまり、既に街の中まで魔物に侵入されている事を意味している。


「アァァァ!!!イヤァァァァァ!!!」

「くるな!!くるなァァァァァァァ!!!」

「俺の腕を探してくれ…俺の腕…」

「いやぁ!!死にたくない!!!」


 …無事な場所がない。


 蛆共を蹴散らしながら、城壁から街を見下ろした俺の感想が、それだ。


 冒険者ギルドも。


 いつも行くあの店も。


 俺達が泊まっていた宿も。


 避難場所の教会も。


 何処もかしこも、鳴き声一つ上げずに蠢くがいる。


 生き残りが居るのかも判らない。


 この街は、終わった。



 …セラフィねえさん、また魔術を借りるよ。


 対象は、『この街』。

 これだけ魔素が荒れ狂ってるなら、いくらでも魔術が使えるな。


「聖域展開『サンクチュアリ』」


 街をすっぽりと覆う、聖浄な空間。


 巨大な蛆虫どもが身を捩り、動きが鈍る。

 声帯がないから悲鳴は聴けないが、やはり『邪神』に与する者には、この『聖域』はよく効くな。



 さあ、あとは皆殺しにするだけだ。


「『セイバーウイング・ロンド』」


 駆ける。


 一匹も逃さない。




 ◇◆◇




 何匹斬ったか、もう覚えてない。


 途中、死にかけた人を癒やしたりもした。


 その後の生死は、一々確認していない。


 本当に、ついでだ。


 ん、あれは。


「あ、ウィンじゃない」

「…リリファか?」


 焼け焦げた大蛆虫共の死体に囲まれた、見慣れた女と目が合った。

 座り込んでを抱えているが、他の仲間の姿は見えない。

 全部、彼女一人でやったのか。


「それは…」

「うん、ガラッド」


 手だ、鬼人族の大きめな、手。


 でも、手首から下が無い。


「これしか残って無かったの」

「そうか…他の仲間は?」

「アタシだけよ、全滅」


 虚ろな瞳のまま、そう答える彼女。

 涙は枯れたのか、現実を受け入れてないのか。


「アンタは、どっか行ってたみたいだけど…その様子じゃ、アタシらと変わらなそうね」

「『銀閃の槍』は全滅、俺の所は…セラフィねえさんが死んで、他も俺以外戦えない」

「そ、ケントさんまで死んじゃったんだ」

「そうだ」

「あっけないものね」


 リリファはまるで他人事の様に言っているが、虚空を見上げる瞳には、静かな憎悪の色が見えた。

 そうだよな、俺も同じ気持ちだ。


「この『神聖魔術』の結界、アンタ?」

「ああ」

「助かったわ、お陰でこんなに殺せた」

「そうか」

「…ねえ、アンタ」

「なんだ?」

「その髪の色、どうしたのよ」


 そう言われて、『V・S』の刀身を拭い、顔を写してみて気がついた。


「…ねえさんの色だ」

「…そう」


 白だ、プラチナブロンドの、セラフィねえさんの色。


「…残りを殺してくる」

「そ、アタシも少し休んだら、又殺すわ」


 蛆虫共は『サンクチュアリ』で大分弱体化してはいるが、まだまだその辺にいるからな。



 全部、残らず、殺さないといけない。




 ◇◆◇




 斬る。


 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。


 数は減ったが、街の外から湧いてくる。

 イライラするな、もう少し減らしたら、外を見に行くか。


「…生きてたんだね、ウィン」

「…ミカ?」


 ミカだ。


 以前の女らしい格好じゃない、白を基調にしたジャケットを羽織り、半ズボンを穿いた、動きやすい姿。


 それが、ゆっくり降りてきた。


「随分、様子が違うな」


 ミカの頭上に浮かぶ天輪と、背中の翼。

 宝石で出来ている…おそらく魔術で構築してあるな。


「キミこそ、酷い顔だよ」

「この地獄で、笑えって?」

「…そういう事じゃないんだけどなぁ」


 こいつ、こんな哀しそうな顔もするんだな。


「ボクね、キミが死んじゃったと思って、様子を見にきたんだ」

「…何でそんな事が分かったんだよ」

「キミにキスしたでしょ、あれは魔術。

『エンゲージリンク』っていう、対象の居場所と生死を把握出来る、大昔に『勇者の花嫁』が作った魔術だよ」

「全然気が付かなかった…」

「一人にしか使えないけど、隠蔽性は抜群だから」

「…すげぇ重い魔術だな」


 こっそりストーキングする為の魔術じゃねえか。


 まあ、それで俺が死んだと思って、見に来てくれたのか。


「確かに死んだよ、一回」

「…使ったんだね、セラフィエルは」


 セラフィエル…ねえさんの事か。


「…ねえさんは、何なんだ?」

「『聖女候補』だよ、元ね。

 彼女の弟につけてたんだけど、殺されてしまった」

「せいじょ、こうほ?」

「うん、『勇者』を選定する為に、『勇者教会』があちこちに送り込んでる、その一人」


 …勇者が作ったとか聞いたけど、『浄罪パーガトリー』はそんな事にまで関わってたのか。


「セラフィエルは、自分の担当…弟が死んじゃって、『聖女候補』としての仕事は浮いちゃってたから。

 を手伝わせてたんだけど、突然キミを弟かもしれないとか言い出した時は、ビックリしたよ」

「…そうだったのか」

「でも、彼女はちゃんと仕事をしたんだね」

「…何が言いたいんだよ」

「新しい『勇者』を見つけた」

「ミカ、俺の事を言ってんなら、二度と言うな」


 お前でも容赦しない。


「駄目だよ、受け入れてくれないと…彼女セラフィが報われない」

「…何で、俺なんだ?」

「正直に言うとね、キミはイレギュラーなんだ。

『勇者の血』を引いてるのは確か、だけど別にそれは理由じゃない。

 過去の『勇者』も、無関係な人のほうが多かったし。

 それで、キミの場合は、どっちにも転びそうな感じだったからね」

「どっちにも?」

「『勇者』か『魔王』」


 …それは、つまり。


「『魔王』も、人から生まれるのか」

「そう、ナイショだけどね。

『浄罪』パーガトリーは、『魔王』になりそうな人を見つける組織でもあるし、防ぐ組織でもある。

 人は、強い『負』の感情…例えば『憎悪』とかで、『魔王』に成るから」


 千年前に勇者が作った組織、か。

 なるほどな、色々繋がってたんだな。


 まあ、『魔人』が元々『人』なんだ。

『魔王』が『人』でもおかしくないか。


「キミの『過去』に、何があったかは、もう判らない。

『呪い』の痕跡も、消えてしまったし。

 まあ、ボクにとって重要なのは、キミが『魔王』に成らないでいてくれた事だから」

「…それで、俺に近づいたのか」

「キミの事、好きなのは本当だよ?『エンゲージリンク』は、好きな相手にしか使えないからね」

「それは本当なのか」


 複雑だな…。


「ごめんね、あんまり話す時間も無いんだった。

 ちょっとウィンに、来て欲しいんだ」

「何だ?」

「この蛆虫達の、大本を叩きに行かない?」


 なるほど、そいつは願ってもない。

 愉しみだ、どうやって斬り刻んでやろうか。




 ◇◆◇




「おいおい、アレは…」


 遠くに見えるアレは、か。

 それも、デカい蠅だ。

 10メートルは有りそうだな。


「『隠蔽』系統の魔術だろうね、ボクでも探すのに苦労したよ?」

「ああ、普通あんなデカいのが見えてたら、気がつくよな」


 その馬鹿デカイ蠅に、が張り付いてやがる。

『魔人』だ。


「しかも、アレは…」

「どうしたの?」

「いや、ちと見覚えのある顔なんだ」


 あいつ、王都の学園の…校長?


 確か、名前は…。


「バゼル・ギルサレン侯爵だ」

「もしかして、王国の貴族かな?あいつね、王都をメチャクチャにしてから、こっちに来たみたいなんだよね」


 ということは、あの侯爵『邪神教』の関係者だったのか…。


「王都は、どうなったんだ?」

「そりゃあ、あんなのが突然街の中に湧いたら、壊滅だよ」


 捨てたとは言え、顔見知りも結構居たんだけどな。

 また、『魔人』か。


「あいつね、『子』が食べた『人間』を取り込んで、新しい『子』を産み出し続けるんだよ」

「…じゃあ、今まで街を襲ってた、あの蛆虫共は」

「言っちゃえば、王国の人々の…成れの果て」


 …最悪だな。


 やはり、『魔人』は皆殺しにしなければいけない。


「多分だけど、近い内に『ジグランド王国』は、地図から消えるよ」

「…どうでもいい」


 さっさと、あの化け物をぶっ殺す。


「キミが『聖域サンクチュアリ』を使ってくれたから、ヤツは街に手下を送るのを止めたんだ。

 だから、生み出した手下があんなに溜まってるんだけど、お陰で隠蔽も見破れたよ」

「…なるほどな」


 空中に浮かぶ巨大な蠅。

 その周りには、2メートルほどの蠅が、無数に舞っている。

 地上には、街にいたのと同じ、蛆虫が地面を埋め尽くしていた。


「ウィン、まだ飛べないよね?」

「無理だな」

「じゃあ、上はボク、下はキミで良いかな?」

「ああ、数が減ったら本体を叩く、『聖域』は?」

「ボクがやるよ、じゃあ『魔人ギルサレン侯爵』討伐、行こうか」


 俺達は同時に飛び出していく。

 …早いな、空を飛んでいるとはいえ、『韋駄天』を使ってやっと同じ速度か。


 そして、八翼に増えたミカの翼から、計十二本の宝石剣が飛翔した。

 金剛石の剣が『魔人』どもを囲むと、それを起点に魔術が発動する。


「一匹も逃さないよ、『ホーリープリズン』」


 これは…神聖魔術の『檻』か。

 見事だな、これならヤツらを取り逃す事も無い。


 さて、俺も働かないとな。

 ここなら幾らでも、魔術をぶっ放せる。


「薙ぎ払え、『天狗倒し』」


 右手を薙ぎ払うように振り切る。

 それに合わせて、巨大な風の太刀が、扇状に蛆どもを薙ぎ斬った。


「やるねウィン!」

「お前ほどじゃない!」


 ミカは、八枚の翼で飛翔しながら、無数の『ダイヤの剣』を打ち出して、蠅共を撃ち落としていた。

 …やっぱ強かったんだな、ミカ。


「いやでも多いよ!!」

「分かってる黙って殺せ!!」


『結界』がなければ厳しいが、これなら俺達二人で問題なく殲滅できる。


「『天狗倒し』…鬱陶しい、『セイバーウイング・ロンド』」


『韋駄天』で底上げした今の俺の剣速なら、魔術での殲滅と然程変わらずに、ヤツらを皆殺しに出来るな。

 飛びかかってくる蛆虫、吐き出す消化液を躱しながら、片っ端から真っ二つにしていく。


 …さて、地上は大分静かになったな。


「ボクもそろそろ決めるね…傲慢なる裁きの光、『ネメシス』」


 呪文と共に打ち出されたのは、極太光の光魔術?!

 一直線に蠅を焼き切りながら直進したソレは、空中に設置された『ダイヤモンドの剣』に当たると軌道を変えられ、反射し、又違う目標を貫く。


「つか眩しい!!」

「あ、ごめん!!」


 こいつ強いけど、ソロ以外の戦いに慣れて無いな…。


「ウィンに良い所見せたくて、張り切りすぎちゃった、あはは」

「しょうがないなぁ」


 こんな時でも可愛いなコイツは。

 …ああ、こういうやり取りは、救われるなぁ。


「うん、大体キレイになったかな?」

「そうだな、残るのは…親玉だけだ」


 今まで、いくら手下がやられても微動だにしなかった。

 王都では見たことがない、満面の笑顔を浮かべた、不気味な蠅の王。


 残るは、『魔人ギルサレン侯爵』だけ。


「ウィン!!」

「ああ、来る!!」


 いよいよ『魔人』本体が動くか!


『――はーいっ!!せせ、生徒の皆さんが!!静かになるまで!!ににに20時間13分!!か、かかりましたぁ!!!!』

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