019

 嘘だ。


 こいつ、嘘を付いてる。


 俺が『魔人』?


 そんな訳ないだろ。


『心当たりあるんじゃナイかなぁ!ボクさまたちの『カミサマ』の恩恵ニィ!!』


 そんのもの、有るわけ無い…。


『武器らしい武器ももってナいのハ!ブきを持て無ぃから!だロロロォォ??』


 それは呪いだ、ただの呪いだ…。


『お前ェ゙殴り掛かってキタよネェ?!『魔人』は武器モテないからぁ!本能で!自分のカラダを!武器にしたがるんだよぉ!ボクさまみたいにねェェェェ!!』


 そんなの…。


『オマケにィ!『カミサマ』の恩恵があるんだァ…素手でケンカなんかやってもォ゙!『ヒト』相手に負けた事ないダルォォォォ゙!!』


 …嘘だ。


「嘘だ、お前は、俺を騙そうとして…」

『アレレ?しょっく?衝撃だったァ??泣いちゃウカナァ!!ゴメンねぇ!!でもボクさま悪くないよぉぁぉぁ!!!』


 違う、何でそんな嘘付くんだ、コイツは。

 俺は、俺は…。


「坊ちゃま!坊ちゃま!!しっかりして下さいっ!!」

「…あ」


 マリーだ。


「貴方が何者であろううと!マリーにとっては坊ちゃまなんです!!だから立って!!」


 ああ…ちゃんとマリーに怒られたの、久しぶりかな。


「未熟者め、魔の物の呪言に惑わされるでない!帰ったら説教じゃ!!」


 説教なぁ、輝夜師匠のは話長いけど、別に嫌じゃない。


「アニキはアニキだ!!拳合わせたんだ!!間違いねぇ!!」


 初めて会った時は、ちゃんと本気で殴り合ったからな、雷牙。


「大丈夫、ウィンは『人』」


 セラフィ義姉さんが断言するなら、間違い無いか。

 

 …なんでこんな奴魔人のセリフを、いちいち真に受けてたんだ、俺は。


『アレえ!?ボクさまウソなんてついてないのぉぉ!!なんで立ち直っちゃうのかナァァァこのクソヤロォォッォ!!!!』

「うるせえ、とりあえずお前ぶっ殺す!!」


 難しいことは後から考える!!

 この『魔人』に落とし前を付けさせるのが先だ!!


「はぁぁぁぁぁ!!」

『ギャハハハ!!女ァ!ニンゲンのくせにィ中々ァ疾いナァ!!伸びシロも有りそうだァァァァ!!魔術師ダケじゃなく『勇者候補』までかかるナンテェェェェェ!!ラッキィィィィィ!!!!!!』


 マリーが『ベーダベータ』を抑えてくれている、というか現状、彼女以外は奴の動きに付いていけない、くそっ!


 打開策を考えていると、一先ず応急処置を済ませたケントさんが、俺の元まで来た。


「おいウィン、オレのとっとき切り札を切る、手え貸せ」

「何するつもりだよ」

「こんな有り様だが、だからこそ…一回だ、一回こっきりの『武技』があるんだ。

今の状態で…オレが使えば、掛け値無しに最後の一撃になる、?」

「…ケント、さん?」


 何をするのかは、分からないけど…その怪我で何をするつもりだ…?

 ケントさん、まさか死ぬ気か…?!


 様子を察したセラフィ義姉さんも、駆け寄ってくる。


「駄目、動かないで、死ぬ」

「悪いがそいつぁ聞けねぇ」

「だめ!許可出来ない!」

「…オレの仲間ダチ全員『魔人』に殺られちまった、ケジメ付けさせなきゃ気がすまねぇ!!!!」

「ケント、さん…」


 …ケントさんの全身の傷も、呪いのせいでセラフィ義姉さんの魔術の効きが悪い。

 血は止まってるけど、傷跡は痛々しく、失った血も戻っていない筈。


「…『ペインカット』、これで、痛くない」

「っ!ありがてぇ!!恩に着る!!」


 説得を諦めたセラフィ義姉さんは…悲壮な顔のまま、ケントさんに麻酔系の魔術を掛けた。

 ケントさん…。


「…俺は何をすればいい?」

「あのクソ野郎の気を引いてくれ」

「分かった」


 ケントさんは「一回だけ」と言ってた、槍だから多分、投擲系の『武技』だと思う。

 溜める時間と、当てるための隙が欲しいって事か。


「マリー!!」

「坊ちゃま!!」


 マリーならアイコンタクトで、俺が何をしようとしてるか大体理解る。

『魔人』を左右から挟み、双剣と双拳が乱れ飛ぶ。


『おおっ!?おっおおおお!!ギヒャァァァァァ!!ナンでコイツに攻撃が当たらないンダぁぁぁ!!こんなにガンバッテるのにィィィ!!ってかぁぁぁぁぁぁァアアァア!!!!』

「だまってさっさと死ね!!!」

「そうですキモイんですよ!!!」


 俺とマリー両方を相手どっても、攻撃が掠りもしない。

 性格は最悪だが、実力は本物だ。


 だけど、もう一人加わったらどうだ?


「消されるなら当たるまで打てばよい!『黒曜槍』乱れ打ち!!」


 無数の黒曜石が槍となって飛翔するのに合わせて、俺とマリーは飛び退いた!


『グゲェ!!うっとおしいナァァァァ!!!』


 初めて攻撃が当たった!だが…抉れた箇所はすぐに再生する?!


 いや、今はこれで十分!!ケントさんの準備は終わっている!!


「くたばれ!!『グングニル』!!!」


 銀色の閃光が飛翔し、『魔人』ベーダベータの胸に吸い込まれていく!!

 槍は水平に空気を切り裂きながら、『魔人』の胸部を大きく抉り、後ろの大柱に突き刺さった!!


『クゴゴォ!!ナンダこれアッブネェ!!もう!!『魔人石』に刺さっタラどうするんだヨォォォォォ!!!!』


 僅かに逸れた!?いや、あの速度に反応したのか!!

 胸にでかい穴は空いたけど、そこから見える魔石…『魔人石』は無傷だ。


 まずい、再生が始まる!!


「ならその前に壊す!『縮地』!!」

「坊ちゃま!?」

「前に出過ぎるでない!!」


 ケントさんは槍を投げ終えると同時に、倒れ伏している。

 セラフィ義姉さんが診てるけど、多分もう死んでる。


 その命を、無駄には出来ない!!


『オオオオ!?何おヒトリ様で突っ込ンで来ちゃっテルのさぁぁぁぁ!!』

「お前はもう死ね!!!」

『成りソコないのハンパものガァァァ!!クソォ動ケぇぇぇぇぇぇ!!!』


 正直分が悪い賭けだ、でもやるかないだろ!!

『魔人石』はもう手が届く、砕け無いまでももぎ取るか、せめてキズの一つでもつけてやる!


『あぁぁぁぁヤメロォォォォ!!!!』

「取った!!――あ??」


『魔人石』に触れた瞬間、それは起こった。


「な、何だ、手が離れない??!!」

『ウグォォォォォ!!チカラガ吸わレル!!!!!!』


 感情だ。

 感情が雪崩込んでくる。



 ――悲哀、憎悪、落胆、不安、罪悪、嫉妬、苦痛、焦燥、軽蔑、怨恨、険悪、殺意、憤慨、羨望、恐怖、自責、憤怒。



 ――絶望。



「坊ちゃま!!」

「――え?」


 あれ、何だコレ。

 風か。

 銀色の風が吹いている。

 俺の身体から。


「があぁぁぁぁぁぁ?!」


 駄目だ!!

 何でか解らないけどは駄目だ!!


『イギィィィデェェェェェェ!!!なんだコノ風ばィァァァァァ!!!再生できネェォォォォォ?!?!』


 風は一瞬で収まったが、その瞬きほどの時間で、『魔人』ベーダベータの左肩から先は、消え去ってしまっている。

 …何だ、俺は…今、何をした?


『アァぁぁ?!お前ェ゙!イマノが!キサマの『魔人』のチカラカァ?!

 ボクさまの『魔人石』からチカラを吸い上げタノかァ?!ンな事タダの『魔人』にデキるワケネェだロォ!!何モンなんダヨお前ェ゙!!!』

「あ…?」


 …駄目だ、頭が痛い、身体が怠い。

 考えるのも、面倒くせぇ…。


『お前ェ…まさカ?『魔人』ジャねぇノか…?このチカラァ…マサカ…『魔人』じゃナクテ…』


 何ブツブツ言ってんだよ、だから俺は『人』だって言ってんだよ。


『お前…キケン過ぎるゥ゙…死ネ、裏切リ者』


 ま、不味い…奴が来る。

 マリー達は、今の『銀色の風』の余波を避け、離れた場所に居る。


「く、『黒鉄』!」

『オオォォォ゙!!シネェェェェェェ!!!』


 片腕だけで突進して来た『魔人』を、辛うじて魔術で受ける。

 ぐ、こいつっ!針金みたいな身体で、とんでもない力だ、押し込まれる!


『クソガ!何デ斬れナイんだヨ!!』


 幸いにも、俺の防御はコイツの斬撃に耐えている。

 このまま耐えて、勢いがなくなった所で、また『魔人石』を狙って――。


「駄目じゃ!避けよ!!」

「ウィン君だめ!!」

「坊ちゃま逃げて!!」


 ――あれ?痛いっ。


 …ん、何で、俺の胸から、何か棒状のモノが生えて…??


 …あ、これ槍だ。

 柱に刺さったままの、ケントさんの槍。

 尖った石突の部分が、真っ赤に染まってる。


『ギャハハハ!!ボクさまの『剣』ハ通じナいけど、『人間の武器』はヨク効くなァ!!!』

「がっ…は…ゴブッ」


 元々有った胸の傷痕辺りから、丁度生えてる。

 あー、痛いな。


 これ駄目だ、死んだか。


 雷牙が、飛び掛かって行くのが見える。

 マリーが、何かを叫びながら斬りかかる。

 輝夜師匠が来た、今のうちに俺を回収する気か。

 セラフィ義姉さんの所まで来れたか、そんな顔させてごめん。


 あぁ、親父みたいに、格好良くはやれないか。


 死にたく無いなぁ。


 マリー――。


 ――。



 ◇◆◇




 




 ――『ソウルアナライズ』、魂魄流出率83%、生体反応消失…。




 ――…大丈夫、おねえちゃんが、助けてあげる。




 ――…。




 ――代替魂魄準備開始、禁呪使用制限解除、魂魄抽出開始、『サクリファイス』…っ。




 ――こ…、魂魄整形、完了。




 ――蘇生開始…最上位神聖魔術マスタースペル『リザレクション』





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