018

「アニキ、遺跡ってのは、もっと奥に有んだよな?」

「多分な、道が合ってれば」


 俺も行くのは初めてだからな。


「『常闇』、ふぅ…やはり森の様子も可怪しいのう」


 キラーマンティスが、あっさり潰されて行く…。

 今回は輝夜師匠への依頼だから、最初からガンガン魔術をぶっ放してるな。


 ちなみに、『常闇』は重力魔術を時魔術で加速させた、ヤバいヤツ。

 制御が馬鹿みたいに難しい、俺には暫く使える気がしない。


「ん、多分アレ」

「もう着いたのか」

「魔物は全部輝夜さんが処理してしまいましたからね」


 街道沿いで野営して、夜が明ける前に森に入ったけど、まさか明るい内に来れるとは。


「これが、『沈んだ大神殿』か」


 大きな鐘楼の、鐘が吊るされる部分が地上に顔を覗かせている。

 最も、その鐘も既に外され、何も残されていない。

 そして、この神殿の殆どは、地下に埋没している。

 この、地上に突き出た鐘塔だけが、唯一の入り口になっていた。


「よく壊れねぇな」

「ふむ、かなり高度な魔術で補強してあるのう」

「中には何も残ってないらしいけどな」


 少なくとも、千五百年以上前の建造物らしい。


「中は広いですが、ギルドからマップを頂いたので、迷う事は無いと思います」

「じゃあ、早速降りるか」


 鐘楼には、何本かのロープと、梯子が掛かってる。

 真新しいロープがあるな…多分、ケントさん達だ。


 ある程度降りれば、そこからは階段もある。

 中に入るのは、それ程難しくない。


「意外と綺麗だな」

「新しい足跡が有りますね」


『銀閃』が、ここに来たのは確実だな。


「…アニキ、ちと急いだ方がいいかも知れねぇ」

「何だ雷牙、何か見つけたか?」

「血の臭いだ」


 雷牙の言葉に、全員の緊張が高まった。


「これは…駄目じゃ、魔力感知が効かぬ」

「…罠が有るかもしれません、焦らずに急ぎましょう」

「アニキ、オレが先頭に行くぜ」

「…頼んだ」


 どうも、ここの壁は魔力を遮るらしい。

 となると、頼りになるのは、雷牙の鼻と耳だ。


「よし、行こう」


 ケントさん、無事で居てくれ…。




 ◇◆◇




 長い、長い一本道の通路を走る。

 魔術の燭台には青い光が灯り、明かりの心配は要らない。

 他に道が無いのは、本来は鐘塔のある場所が、最奥だったからだろう。

 通路に窓も無いのが、ここのセキュリティの高さを物語っている。

 もっとも、窓があっても向こうは地面の中だが。


「アニキ!居るぜ!!」

「ああ、俺にも聴こえる!!」


 剣戟だ!誰かが戦っている!!


 何かの大きな像の裏手に繋がっていた通路を抜けると、急に開けた場所に出た。

 天井は高く、像の前には直径五メートルほどの白い柱が、等間隔に並んで、上まで伸びていた。


 その奥で、何かと対峙しているのは、見覚えのあるミスリルの槍を持った――!!


「ケントさん!!」

「な!ウィンか?!来るんじゃねえ!!」


 ケントさんの全身に斬られた傷が?!

 あの人ほどの実力者が、一方的に撫で斬りにされてる!!


 いや、それより…何だ、アレは、生き物なのか…?


 身体は、ドブに浮いた油のような、不快な色だ。

 辛うじて人の形に見えるソレは、両手足が細いブレードで出来ている。

 その醜悪な身体に、人の顔らしきものが、乗っかってる。


「魔族…」


 最初に言葉を発したのは、セラフィ義姉さんだった。


 ソイツは、俺達を確認すると…嬉しそうに嗤った。


『ギャハハハ!やっと新しいオモチャが来た!!お前らもうイラネ!!』


 その魔族が、そう言い放つと同時に、足元に転がっていた何かの、首が飛んだ。

 あれは…ケントさんのパーティーメンバーだ。

 今、アイツが首を斬ったのか?


「ああ、くそ、マグス!ジグノウ!!」

『ああー!ソウヤッテ被害者ぶっチャって!!先に斬りカカったのはボクさまなんダカらぁ!ボクさま悪くナイよネぇ?ギャハハハ!!』


 …なんだこのフザケた奴は。


『アァァァァ!!ヒトを殺スノって!愉シいィィィャァァァァ!!!!!』


 …吐き気がする。

 価値観が、完全に違う。

 嫌悪感しか沸かない。


「悪鬼め、失せよ!『常闇』!」


 輝夜師匠が、すでに準備を終えていた魔術を発動した。

 たが、魔族が剣と一体化した腕を振ると、空中で魔素が爆ぜた…?


「…馬鹿な、妾の魔術を、発動前に斬りおったじゃと?!」

『ギャハハ!ボクさま強いカラ魔術だっテ斬っちゃウノぉ!!つよくテメンごー!!!』


 は?嘘だろオイ?

 師匠の魔術を、斬った?


『だって!ボクさまは!魔術師狩りの『ベーダベータ』!!キミたチはバカだカらボクさまの罠にハマっチャったんダ!!こんな狭い場所ジャ魔術シは戦エ無ァい!!あーあーたイへんだァァァ!!!』

「…ちっ、ウィン逃げろ!コイツの言う事が本当なら、今頃街が襲われてる!!」

「なんだって!?」


 つまり、この騒ぎ自体が、陽動!?


『あれれ?逃げちゃウの??じゃアソの間は!またオジサンをオモチャにしテアそぼーっと!!』

「この、ゲス野郎が!!」


 やっぱりケントさんを、いたぶってやがったな。


「くっ?!お主ら耳を貸すな!此奴の話す言葉、全て『魔力』が乗っておる!!」

「…さっきから、マリーの身体が震えるのは、その所為ですか」

『ソウナの!でもボクさまワザとジャナいから!悪く無イヨネぇ!?』


 …それでか、皆の動きが悪いのは。

 常に呪詛を垂れ流してる様なものだ。

 俺と…セラフィ義姉さんは、余り影響が無いみたいだ。

 そう、義姉さんは既に、魔術の準備を終えていた。


「聖域展開、『サンクチュアリ』」


 光の結界が、一瞬で広がる。

 纏わりついていた、嫌な気配が霧散した。

 流石は義姉さんだ。


 マリー達の様子も元に戻ったな、これで戦える。


『ああ!?何してンダよぉぉ゙ォ!!あアああイライラするなァァァァァァ!!!』


 ベーダベータが、イライラした様子で当たり散らし始めた。

 転がっていたケントさんの仲間の首が、ヤツの足で斬り刻まれている。


「てめぇ…オレの仲間を何だと思ってやがる!」

『あ?ニンゲンなんて、みんな憎いに決まってるだろぉ??』


 …?!今迄のふざけた態度が、いきなり消えた。

 あの表情は憎悪だ、それも、激しい憎しみ。


『死ね、ニンゲンはみなシね。

 男も女も人族も獣族も妖精族も竜族も善人も悪人も偽善者も貴族も奴隷も王様も皇帝も商人も職人も農夫も鉱夫も子供も妊婦も年寄も冒険者も盗賊も領主も淑女も娼婦も聖職者も詐欺師も剣士も魔術師も英雄も大罪人も賢者も愚者も聖女も勇者も、みんな死ね、苦しんでシネ、後悔しながらシネ』


 …一体、何なんだコイツは。


「何、なんだ…お前は…『魔族』とは何なんだよ」

『ギャハハ!それが間違いナンぁダァなぁ!!何オブラートに包んだ表現してルのぉ??魔族??違うネ『魔人』ダよ!!』

「はぁ?!お前は何が言いたいんだ!!」


 勿体ぶってんじゃねえよ。


『ボクさまはぁ!!元『人』なんだよぉ!!お前らニンゲンを!!恨んでうらみマクッて!!可哀想なボクさまを!!カミサマが『魔人』にしてクレたのダぁハハハはは!!!!!』

「…は?お前が、元々『人』だと?!」


 何バカな事言ってんだ?お前の様なクソ野郎が??


「…ウィン君、事実」

「…セラフィ義姉さん」

「強い『恨みや憎しみ』、負の感情に、邪神はつけ込む」

「なんじゃと…真に、人が、あのような物の怪に成ると言うのか?」

「ん、『勇者教』でも知ってる人、少ない。

『人』が『魔物』に成る。

 知られると無知な人、混乱して無実の人を、迫害する」


 …なるほど、分からなくもない。


「『魔人』になると、体内に魔石…『魔人石』、出来る。

 それが『人』との違い、そして弱点」

「おう、つまり魔物と同じにやりゃいいのか、簡単じゃねえか、なあアニキ!!」

「…ははっ、確かにそうだ!!」


 ウダウダやってる暇があるなら、コイツをさっさと片付ける!!


「『大鎌鼬』!」

『だから魔術は効かないのぉ!脳みそないのかなぁ!!』


 分かってる、こっちは囮だ!


「はあ!『セイバーウイング』!!」

「喰らえ!『サンダークロウ』!!」


 完璧なタイミングで、左右からの同時攻撃だ、流石マリーと雷牙。


「い、いけねえ!早まるな!!」


 ケントさんの忠告は、少し遅かったため。

 マリーの剣は受けられて、雷牙の鉄爪は右腕ごと切断された…?!


「ぐああぁぁ!!」

「雷牙?!」

「私が行く」


 義姉さんが、飛ばされた雷牙の右腕を拾いに駆け出した。


「くそ、おい!ミスリル以上の武器じゃねぇと斬られるぞ!!」

『ギャハハハ!!そうなんだよぉぉぉ!!!』


 だからマリーの剣は無事だったのか。


「…これは、呪い?!駄目!腕が、繋がらない!」

『あーあー!あーあー!タいヘンだぁ!!モう治らナイぞぉ!!!』


 くそ、ただの傷じゃ無いのかよ!


「セラさん!オレは血だけ止めりゃいい!!」

「でも、そんな事したら、もう腕が」

「オレぁ今役立たずだ!魔力は取っといてくれ!!」

「でも」

「あの化け物はココで始末しなきゃダメだ!!」

「…わかった」


 セラフィ義姉さんでも、止血するのがやっとの斬撃…雷牙の腕は、もう…。


「呆けるな弟子よ!『十六夜』!!」

『おっトソレもダメェェェェ!!!』

「くっ、面妖な術を使いおって!!」


 …そうだ、とにかく目の前の『魔人』を、倒さないと。

 師匠の魔術は、さっきからずっと斬られてる。

 俺とマリーで、何とかするしかない。


「やるぞマリー!『黒鉄』!『韋駄天』!!」

「行きます!『ヴィクトリーサイン』!!」


 今度は俺とマリーの同時攻撃だ!

 流石のコイツも、俺が自分に使う魔術までは防げない!


 だが、『魔人』の剣化した手足は、有り得ない角度に曲がり、俺達の攻撃を防ぐ。

 マリーの剣は又も弾かれて、硬化した俺の腕も刃に阻まれ、火花を上げた。


 クソッ、これも駄目か…ん、何だアイツ、何で追撃してこない?

 何だ、何かおかしな物を見る目で、俺を見てるが…?


『…はァァ?!おい待て待てお前ェ゙!!何でキレて無いんだよォォォ゙ァ!!!』

「あ?!気合いだろ気合い」

『ンなわけ無いでしょおォォォ!!何で『カミサマ』から貰った『祝福のろい』が効かねぇのさあぁぁぁぁ?!?!』


 呪い?やっぱり、あの『魔人』の斬撃には、全部『呪い』が込められてるのか。

 いや、そういや何で俺は、鉄を切り裂く斬撃を『黒鉄』程度で受けられると思ったんだ?

 …正直、あんまり怖く無かったんだよな、あの『魔人』の剣。


『お前ェ…そうか、ボクさまとしたことがぁァ…良く見たらオマエ、『人間』じゃないなァ?』

「…は、何言ってんだ?」


 …いきなり、何を言い出すかと思えば。

 頭、おかしくなったか?


『もおー、『魔人石』が無いから解らなかったヨ、お前…『魔人同類』だなァ?どぉりで『呪い』が効かねぇワケなんダよなァァァ!!!』

「な、何を言って…」


 何だよコイツ、苦し紛れに、とんでもない嘘を付き始めたぞ。


『正しくはァ、『成りそこない』かぁ??まさか、自分で『魔人石』引っこ抜いたのかァ??ギャハハハ!なンでソンなオモシロ無駄な事してンダよ!!ウヒョー!!』


 …え。

 俺が、『魔人』?


 は?


 嘘だ。


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