010


「アニキ!今日もオレの尻の穴を見てくれっ!!」

「わかったわかった」


 やめろ、尻尾を上げて尻を突き出すな。


 あの騒動から、もう一ヶ月か…。


 結局、リヨン君達は田舎に帰った。


 俺達は、最初はオーク三匹分の報酬だけ受け取り、残りはリヨンとアニーに内緒で回して欲しいと、ギルド長にお願いした。

 アニーの足の件もあるし、精神的に立ち直る時間もいるだろう、餞別みたいな物だ。

 もちろん、ちゃんと三人で話し合って決めた。


 まあ、その場で『冒険者なら報酬はキッチリ受け取りやがれ!』って、ハゲマスターに怒られたが。

 それでも、半分は辞退した。

 マスターは渋い顔してたけど、最後はフッと笑ってた。


 今頃、あの二人は何してるだろうな。


 おっと、感傷に浸ってる場合じゃ無いな、仕事するか。


「お、アニキ!この木の実は、ピリッとして美味いぜ!」

「毒じゃないよな?」


 なんだよピリッとする味って。

 ん、マリーが籠に入れてる。

 ああ、スパイスになるのか。


 そうそう、実は俺達、先日昇級試験を受けた。

 そしてなんと、見事に合格!ランクがDに上がったのだ!


 マリーだけな。


「やりました!」


 俺と雷牙は落ちた、筆記で。


「アニキ、一緒に勉強しようぜ…」

「うん、そうだな…」


 でもな、あんなの問題が悪いよ。


 何だよ、あの問い掛けは。


『子供が魔物に襲われていた場合、できる限り救助しなければならない』


 これ、◯だと思った?正解は✕だ、


『なぜなら、子供以外でも救助しなければならないから』


 って何だよ舐めてんのか!!このクソ問題!!


「あの試験作った奴は、相当ひねくれた性格してる」

「坊ちゃま、あの試験問題は、千年前に勇者が作った物が基本になっているそうですよ」

「勇者ぁ…」


 異世界人の性格、どうなってんだ。


「お二人とも、実技は合格したんですよね?」

「おう、そっちは大丈夫」

「バッチリだったぜ姐さん!」

「なら、筆記だけ受け直せば大丈夫ですね!」


 ケントさんも、戦闘は文句なくDランクだって太鼓判押してくれたし。

 まあ、強いだけで知識の無いの奴は早死する、とも言ってたが。


 腕っぷしだけじゃ、世の中渡っていけないんだな。


「今日は早めに上がって、勉強です!」

「ぐっ、仕方ねぇぜ…」

「よろしく、マリー先生」

「はい!先生がビシビシいきますよ!」


 幸いにも金銭は少し余裕あるから、今のうちにランクを上げたい。

 早くBランクに行く為にも、頑張ろう。




 ◇◆◇




 さて、依頼の完了報告もしたから、今日は早めに宿へと戻るか、となった筈なんだが…。


 現在、俺は手足を拘束された状態で、何処かに監禁されてた。



 …。

 …。

 …うん、何故こんな事になってるか分からない。


 たしか、マリーが貸し炊事場で夕食を用意してたんだが、マヨネーズが無いから買いに行ったんだよ、美味いよなマヨネーズ。


 まだ明るい時間だったし、俺一人で行ったんだが…路地に入った所で、何か嗅がされて意識を失った、と思う。


 つまり、拐われた訳だ。

 うう、あちこち寝違えたみたいに痛い…。


「しかし、何処だ此処…」


 一応、灯りの魔道具が壁に付いてるけど、寝起きで視界がはっきりしない…。

 窓は無いか、なんだこれ…地下牢っぽいぞ?


「あ、気が付いたみたいだね」

「おおっ!!人居たのか?!」

「あは、ごめんね驚かせて」


 うん、目が慣れてきたから段々見えるようになってきた。

 ベッドも椅子もない、簡素な牢屋だな…床には毛皮みたいなのが敷いてあるから、寝そべっても痛くはないがり


 で、ちょっと離れた所で、膝を抱えてちょこんと座ってる子がいる。

 同じ様に、手足を拘束されてるが…?


「…えっと?女の子?!」


 肩まで伸びた、さらさらの髪…ただし、上半身は何も着てない。


「あ!ご、ごめん裸だって気が付かなくて!」

「大丈夫、ボクも男の子だよ」

「…え」


 マジで?あ、胸が無い。

 え、その顔で、男?

 本当だ、男だ…。


「お、おう…そっか、男か…」

「うんうん、だから気兼ねしなくていいよ」

「わ、分かった…しかし、凄い格好してるな?」


 うん、まず上半身は何も着てない。

 で、頭にはメイドっぽいカチューシャ?みたいなの。

 そして、下は…前掛けくらいのサイズしかないエプロンだ。

 本当に、大事な部分しか隠れてないヤツ。

 なんだ、この変態趣味は…。


「でも、キミも同じ格好だよ?」

「え?いやいや嘘だろお前…って?!マジだ!!」


 なんか寒いと思ったよ!!


「なあなあ、何で俺達って、こんな頭悪い恰好してるの?」

「あはは!面白いねキミ!」


 お前な、自分らの事だぞ?


「いや、ホント何か知ってるなら教えて?」

「あれ、キミ本当に何も知らずに連れて来られたんだ?」

「そうだよ」


 で、色々教えてもらい、分かった事。

 ここは、ラーストン商会とか言う金持ちが所有する屋敷らしい。

 そして、時間は大体真夜中。

 半日くらい寝てたのか…。


「それでね、ここの主人はボクみたいな年端もいかない美少年を、いやらしく手籠めにするのが趣味の、ド変態なんだ」

「とんでもねえ所に来ちゃったな…」


 ついでに衣装の謎もとけたよ、くっそ。


「ボクはね、違法奴隷として売られて来たの。

 ほら、ボクって美人だから」

「お前メンタルすげー強いな?」


 どうなってんだ、コイツの精神力。

 しかし、違法奴隷とは…王国ならまず死刑なのに。


「ラーストン商会の会頭が、ドルバッグって言うお爺ちゃんなんだけど、ボクはそいつに買われたみたい」

「え、俺もジジイの相手されられるの?」

「んー、キミは可愛い系じゃないし、身体におっきな傷跡もあるから、お爺ちゃんは好みじゃないと思う。

 イケメン好きの娘の方に、あてがわれるんじゃないかな?」

「…そいつ、どんな奴か分かる?」

「小太りの中年オバサンだよ、名前はメリンダ」

「あー!分かったメリンダね繋がったわくっそ!!」

「心当たりあるんだね?」


 ここ、レックスのパトロンやってたオバサンの所か…。

 あいつ、捕まった筈なのに…まさか脱獄?

 いや、金で何とかしたのかも。


「何とか逃げ出せないかな」

「難しいよ、ここ地下だもん」


 うん、外に見張りも居るらしい。

 おまけに、手足に付けられた枷は、外せそうにないし。

 ついでに、魔術も使えない…多分、この手枷が、魔術を阻害する魔道具になってる。


 動きは…手は余り自由に出来ないけど、足は小股で歩く位は出来る。

 まあ走るのは無理だ、つまりどうにも出来ない。


「ねえ、落ち着きなよ、疲れちゃうよ?」

「そ、そんな事言ってもな…何とか逃げ出さないと」

「でも、何も思い付かないんでしょ?

 なら、静かにして体力を温存した方がいいよ。

 偶然逃げるチャンスが来たとき、動けないと困るでしょ?」

「お前、場馴れしすぎじゃない?」


 何者だよお前。

 でも、確かに言う通りだな。

 今は、何か動きがあるまで、体力を温存しよう。


「…そういえば、喉渇いたな」


 ここに来るまで、水とか食事はどうしてたんだろう。

 覚えてないけど、食べさせられてたのかも、あんまり腹減ってないし。


「水なら、そこの水差しに入ってるよ」

「お、本当だ…何か甘い匂いしない?」

「うん、媚薬入りだから」

「なるほど…」


 媚薬ね、媚薬…。


 これで、俺達を発情させた上で、ナニしようって事か。


 …。


 アホなの?


「くっそ絶対逃げてやる」


 それにしても渇く…。

 でも、他に水がない。

 くっ、どうすればいいの。


「とりあえず、キミも飲んだら?結構美味しいよ」

「お前、既に飲んでるのかよ」

「うん、だから媚薬だって分かるんだよ」


 だよな。

 うーん、実際めっちゃ喉渇いてるんだが。

 飲んじゃうか?

 目の前のコイツも飲んだらしいしけど、そこまで影響無いみたいだし。


「いいや、飲んじゃえ」

「あはは!やっぱりキミ面白いねっ!」


 どれどれ、取り敢えずコップ一杯。


 うーん、マイルド。

 それでいて、さわやかなのど越し。


「んー!美味い!」


 ゴクゴク飲めるな!


「あ、そんなに飲んだら…」

「うん!おかわり!うまい!」


 飲み始めると止まらないなコレぇ!


 …あれ?何かおかしい…?


「う、身体か熱い…」

「あーあ、そんなに飲むからだよ」


 めっちゃお腹熱い…。

 うう、媚薬舐めてた…。


「あは、でもこれ美味しいよね」

「いや、お前も飲んだら駄目だろ」


 乾杯すんな。

 あー、何だか目が回るー。


「駄目だ、ちょっと横になるわ」

「ボクも熱くなってきちゃった」


 床が剥き出しじゃなくて良かった。


「で…お前さ、距離感近くない?」

「えー、いいでしょ別に男同士だもん」


 くっそ、ただでさえ女っぽいのに、媚薬のせいで余計に可愛く見えやがる、媚薬のせいで。

 媚薬のせいだって言ってんだろ、ああ?


「ねえ、キミ名前何て言うの?」

「…ウィン」

「うん、格好良い名前だね」

「…お前は、何て言うの?」

「ボクはね、ミカだよ」

「うん、良い名前だな」


 名前まで可愛いな、こいつめ。

 そして、いつの間にか顔がすっげー近い…。


「あのね、本音を言うと…ボクも不安なんだ。

 だから、傍に居てくれると嬉しいなって…」

「あ、あー…し、しょうがないなー!」


 そう言われたら、断わりにくい。

 だ、大丈夫!ミカは男だ!


「あはは、やっぱりキミ優しいんだ。

 それに、あったかいね」


 流石に懐で密着されるとまずいな!

 ほぼ裸だしお互いに!!

 あっ。


「…あっ」

「あ…、当たっちゃったね」


 …。

 …。


 媚薬め。

 媚薬め…。


「あはは、まあボクのも…だから、お相子だね、ウィン」

「お、おう、そうだなミカ」


 ごっちんこ!!しちゃったからな!!

 あー!!!


「さてと…もう少しウィンと仲良くしたかったけど、時間切れみたいだね」

「ん?なんだ??」


 …扉の外で、誰かの話し声が聞こえる。

 ミカが立ち上がったので、俺もつられて立つ。


 聴いたことある声も混ざってるな、これは。

 そんな風に考えていると、扉を開けて見覚えのあるオバサンと、白い顎髭を蓄えた初老の男が入ってきた。


「ふむ、二人とも媚薬が効いておるようだな」


 ヒゲの爺さんが、俺とミロの下半身に、粘着質な視線を送ってやがる。

 あ、俺達の腰に着けた小さいエプロンが、盛り上がってテントになってる。

 なるほど、そういう使い方なんだーって納得してたまるか!変態が!!


「オホホ!気分はどうかしら?クソガキ」

「…ちっ、お前は捕まって牢屋に居るはずだろ」

「少年よ、金とコネが有れば、多少の事はどうとでもなるのだよ」


 やっぱり、揉み消しやがったのか…。

 ギルドは何してんだ、本当に。


「とは言え、流石に今回の件は、少しばかり無理をしたがな」

「フン!使った金とアタクシを牢屋になんて入れた罪は、坊やの身体で払って貰うわ、オホホホホ!!」


 うわぁ、気持ち悪い。


「メリンダよ、生意気な小僧に、しっかりと対価を払わせるがいい。

 どれ、こちらはこちらで愉しむとしよう、今回は特に…素晴らしい」


 ねっとり粘着質な視線だ、そんな目でミカ君をみるな。


「は!奴隷商からも、急な掘り出し物であり、真っ先にドルバッグ様へお持ちしたと言っておりました!」

「なるほど、今回の料金には、色を付けてやらねばな」


 目の前で最悪な会話をしながら、ドルバッグのジジイはミカを連れて出て行った。

 護衛の男二人に、両腕を引きずられるように連れて行かれる。


 …あいつ、バレないように舌だしてやがる。

 図太過ぎる、それとも逃げる算段でもあるのか?あるなら俺もつれてけ。


 まあ、流石に本気で期待は出来ない、自分で何とかして逃げないと。


「さあ!このガキもアタクシのプレイルームに運びなさい!」

「はっ!」


 何だよ、プレイルームって。

 うわぁ、嫌だ、行きたくない。




 ◇◆◇




 連れて行かれた部屋は、天蓋付きベッドや、使い道が分からない拘束具などが並べられた、壁一面がピンク色の、居るだけで頭痛が痛い部屋だった。


 俺の両足は肩幅位で床に固定されて、両腕は手枷に繋がれた鎖で、天井に吊り下げられてる。


 丁度、尻を突き出す様な配置が、嫌な予感を加速させる…。


 ほら、見てみろ。

 ピンクのネグリジェ着たオバサンが、腰に馬の頭みたいな模型をくっつけてる。

 いや、本気で意味分からんな?


「オホホ!これはアタクシがデザインした『ユニコーンヘッド』よ!

 処女にしか懐かないと言われる伝説の幻獣で、ボウヤの処女を散らせてあげるわ!!」


 ゆにこーん?あ、ホントだ…ツノ付いてるね。

 あれ?角の形が、明らかに男性のアレなんだけど、なんで??

 え、俺の処女って、そういう意味??


「おおおいテメェェ゙!!ふざけんなぁァ゙!!」

「オホホホ!!その声が聴きたかったのよ!!シュッ!シュッ!」

「おいやめろ!素振りすんな!腰を前後させんな!!」


 最悪だ!!何考えたらこんな狂った物考えられるんだ!!


「ああああ!!嫌ダァァァァ助けてェェェ゙!!」

「叫んでも!助けなんて!来ないわよオホホ――」

「この!外れろ!くそ…って、あれ?」


 …あれ?何か急に静かになったな。


「おーい、どうしたー、頭ピンクババア…?」


 なんだこいつ、石像みたいに固まってない?


 いや…よく見ると、凄くゆっくり動いてる。

 何か、キラキラしたのが空中を漂ってるけど…これは、魔術か?!


 などと考えてたら、誰かが入ってくる気配が…いつの間にか扉が開いてる?


 黒髪黒目の美少女だ、長い髪が歩調に合わせて揺れている。

 黒いワンピースの裾からは、小さくて白い膝が覗いて。

 黒髪の上には、衣装に併せた黒いベレー帽が載ってる。

 肩から垂れる黒いマントの裏地には、月と時計の模様が、左右に描かれていた。


 …その私服は、初めて見るなぁ。


「おお、やはり此処におったのじゃ!」


 やっぱり…聞き覚えのある声だ。


「探したぞ、よ」

「あれ、なんで…輝夜?」


 嘘だろ、夢か?

 ここで、会えるとか。


 師匠が手を触れると、手枷があっさりと外れた。

 足も、自由になってる。


「しかし、お主は…また難義な事に巻き込まれておるの?

 なんじゃ、その珍妙な装束は…」

「えっと、助けてくれてありがとう…いや、師匠は何でここに居るの??」

「まあ待つのじゃ、少しそこに立っておれ、そうそうそのまま…」


 きゅ、と師匠の両手が、俺の身体の両側から、背中にまわされた。

 この人、何で出会い頭にハグしてきた?

 あ、でも温かい…心が安らぐ…。


「…馬鹿者が、妾に頼れと言うたじゃろう?」

「…うん、ごめん師匠…急に居なくなって」


 東に向かえば、会えるかもなんて思ってたけど。

 こんな形で会えるとは、流石に想像してなかった。


「今はよい、それより、尻は大丈夫か?」

「まだ無事です!!」


 ホント助かった!!


「ううっ師匠、ありがどゔゔゔ!!」

「…もう、泣くでない。

 妾の前から勝手に居なくなるから、こんな目に遭うのじゃ」

「うん、ゔん、ごめん…」


 はぁ、体温を感じる、落ち着く…。


 しかし…何だか、とんでもない再会になってしまった。

 でも、助かったって気持ちよりも…また会えて嬉しい。

 本当に、良かった。

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