008


 平和な日々って奴は、あんまり長く続かないらしい。


「アニキ、すげぇ嫌な気配がするぜ」


 丁度、掘り返したキノコが毒かどうか、目を凝らしてた時に、雷牙がそんか事を言い出した。


「あ、これ毒キノコ?」

「坊ちゃま!西南に魔力を感じました!」


 キノコじゃ無かったか、いやふざけてる場合じゃない。

 マリーが真剣だって事は、何か不測の事態だ。

 つまり、それは魔力を発する何かが、その方角にいるってことか、俺には分からないが。

 いや、俺にも分かった、誰かが魔術を使ってる?しかも派手にだ。


「行きますか?」

「アニキ、人の匂いもするぜ」

「なら行こう」


 襲われてるなら、助けないとな。


 雷牙を先頭に駆け出す、獣人の速さにはマリーでも追いつけないし、あいつが一番索敵範囲が広い。


 暫く走ると、遠目に何人かの人影が見えてきた。


「あれは…オークか?!」


 まずい、既に一人倒れてる!


「っ真ん中!射線を開けろ!」

「左行きます!」

「右だ!お前ら後ろに逃げろ!」


 オークは強い、いや肉体的な強さもそうだが、奴ら知能がある。

 それは、武器を持ち、集団で襲いかかってくるって事だ。


 それが三匹、冒険者も三人、俺たちと同じ新人だ…何回か話した事がある。

 だが、剣を持った少年は倒れてピクリとも動かない。

 もう一人の少年が、ローブ姿の少女の身体を引きずっている。

 あれは負傷してるな、魔術を使ったのは彼女か。

 多分、炎系の魔術を使ったんだろうが…森の中で使ったのか。

 延焼しない様に加減したのか、決定打にならなかったんだ。


 俺が今準備してるのも炎だ、風じゃ決定打にならない。

 最大火力を使う、命が掛かってるからな、これじゃないと多分倒せない。

 土とか使えれば良かったんだが、無いものは仕方ない。


 大丈夫、制御出来れば燃え広がる事は無いし、ここの大木は簡単には燃えない。


「…行くぞ!」


 マリーと雷牙が、自然に射線を空ける。

 今日まで培ったチームワークの賜物だ。


「ブルオォォォ!!」


 魔力の高まりを感じ取って、豚頭どもがこっちに向かって来た。

 こいつらはたまに、冒険者から奪った装備を身に着けてる。

 うん、武器は棍棒だけだ、剣とかじゃなくて良かった、防具も無い。


 なら火が効くな。

 唯一教わった火魔術、多分これならいける。


 俺はこのレベルの魔術だと、まだ補助の詠唱が必要。

 でも多少時間は掛かるが、この距離なら問題ないはず。

 

「炎!蛇!御!縛!『焔大蛇ほむらおろち』!!」


 一撃で決める!!




 ◇◆◇




「…アニキ、こっちは駄目だ」


 …少年は手遅れだったか。

 俺達が駆けつけた時には、もう亡くなってたかもしれないけど。


「そんな…カイトが死んだなんて…」


 一人、意識がある少年が、仲間の死に茫然としてる。


「アニーちゃんも危ないです、早く治療をしないと」


 魔術士の子はアニーって言うのか、マリーは名前覚えてたんだな。

 足から血が出てるな、少し出血が多いか。


「そ、そんな…頼むよ!アニーを助けてくれ!!」

「落ち着け!お前だって無傷じゃないんだぞ!」


 とにかく、急いで街まで戻らないといけないか。


「オークを解体してる暇は無い!急いで戻るぞ!」


 こいつの討伐証明部位は鼻か魔石だが、そんな余裕はない。


「アニキ、俺が担ぐぜ」


 音も無く獲物に襲い掛かる、獣人の肉体のしなやかさ。

 衝撃を殺しながら走れる、雷牙が適任だ。


「頼んだ」


 アニーを雷牙に背負わせて、横目でカイトの亡骸を見る。

 ごめんな、この子を助けなきゃいけないから、お前は置いて行くよ。


「よし行くぞ!」

「まかせてくれ!」

「わかりました!」


 間に合ってくれよ!



 ◇◆◇




 街の治療院に駆け込み、アニーという少女の命は繋がった。

 但し…。


「命に別状はありませんが…後遺症は残ります」


 右足を、やられたらしい。

 つまり、冒険者を続けるのは難しいと言う事だ。


「高位の治癒魔法でしたら、治せるかもしれませんが…」


 成り立ての冒険者に、そんな金あるわけ無い。


「良いんです、生きてるだけで…本当に、ありがとうございました」


 比較的軽症だった少年…リヨン君が、腫れ上がった瞼のまま、頭を下げた。

 仲間…友人を失ったばかりの彼。

 泣き止んだのは、ついさっきだ。


 掛ける言葉が、見つからない。




 ◇◆◇




 治療院を出て、ギルドに向かう。

 今回の件を、報告しないといけない。


「坊ちゃま、元気出してください、ね?」

「…マリー」


 そんなに心配そうな顔をさせて、ごめんな。


 雷牙は…俯いて、尻尾も垂れ下がってる。


「アニキ、オレぁ人ってのは、もっと頑丈だと思ってたんだが…違うんだな」

「…うん、そうだな」


 人って言うのは、俺達が思っていたよりも、ずっと脆いんだよ。


 この時、俺はそれを分かった気になってたけど。


 本当に思い知るのは、ずっと後。

 忘れた頃になってからだった。




 ◇◆◇




「…そんな浅い場所に、オークが三体も出たのですか?Dランク相当の魔物が?」


 いつもの受付嬢さんに説明すると、そんな事を言われた。

 まあ、俺もそう思う。


「皆さんの実力なら、討伐自体は問題無さそうですが…討伐証明は持って来れなかったのですね?」

「はい、瀕死の怪我人が居たので、街に帰るのを優先しました」

「では仕方ないですね、後でギルドから確認の人員を――」

「――その必要は無いよ!!」


 あ?何だ…人の話を遮りやがって。

 話の途中で割り込むなって、親に教わらなかったか?


「ふむ、君たちが殺しそこねたオークは、僕達が倒しておいた」

「…は?」

「感謝するがいい、これがオークの魔石だ」


 ゴトリと三つの魔石をカウンターに置く、何かキザったらしい野郎。

 何だコイツ?つか割り込むなよ。


「おいおい、オークはアニキが倒したんだぜ?!」

「そうだよ、丸焦げだったろうが?」

「ふっ、君たちは甘い。

 オークは生命力が強いんだ、あの位なら生きていてもおかしくないのだよ」


 …いや、そんな訳ないだろ。


「あのな、流石に止めは差したが?」

「だが現に生きていた、君の怠慢だ!」


 …何言ってんだコイツ。


「それに、君は火魔術を使ったね?森など延焼の可能性がある場所で火魔術を使うのはいだたけないなぁ」

「…なんだアンタ、まるで見てたみたいに言うな」

「…そんなもの、オークの死体の痕跡を見れば分かるだろう!」

「いや、死体って自分で言ってんじゃん」

「な?!君は一々人の上げ足を取って!!卑劣極まりないな!!」

「…なんだこいつ」


 支離滅裂だ…自分の理論が破綻してるのに、ゴリ押ししようとしてやがる。


「うるさいわね、レックスが言ってるのよ!黙って言う事聞いてればいいのよ!」

「そうです!Eランのくせに生意気ですね!!」


 両側にくっついてた、派手目な女二人がわめき出した。

 露出の多い斥候風の女と、やたら胸がデカいローブ姿の女だ、いやでっか?!

 

「まあ、何事ですか?!」

「おお!メリンダ女史、良い所に来てくれたね!」


 なんか、見たことない、ケバいオバサンがカウンターの奥から出てきたぞ?


「あちらは、先日副ギルド長になられた、メリンダ女史です」


 受付嬢さんまが、こっそりと耳打ちしてくれた。


 そうこうしてるうちに、レックスとかいうアホが芝居がかった口調で、オークの件を盛りまくって話してる…周りの冒険者も呆れてるぞ?


「まあ!ワタクシが折角、他のギルドから来て頂いたBランク冒険者『ブレイズオブグローリー』のレックス様の足を引っ張って!!」


 うわ、又頭悪いパーティー名だな。

 つか、よくその名前通ったな?そこは凄い。


 なるほど、こいつら他の街から来たのか。

 見たこと無い訳だ。


「森に火を放ち、手負いの魔物を放置して逃げたですって?!厳罰ね!あなた達は除名よ!!」

「はあ?!」


 なんだこのババア…。


「おい、アニキ、こいつやっちまおう」

「こら、駄目ですよライ君、証拠が残らないようにしないと」


 いや、うちの連れは頼もしいな。

 ま、俺もいい加減ぶん殴りたくなってきたが。


「まあ待ってくれメリンダ女史、将来ある若者の芽を、摘んでしまうのはいけないよ。

 特にそこの、メイド服の彼女は…見所がありそうだと思うんだ。

 彼女はうちのメンバーに加えて上げよう、残りの彼らは一からやり直せばいい」

「まあ、レックス様がそう仰るなら、降格処分で反省を促し、態度を改めさせましょう」


 …はー?


「頭ん中に虫でも湧いてんのかお前ら?」

「フッ、学の無いキミには分からないだろうが、才能という物はね、それに相応しい人物と共に居なければ、開花しないのだよ。

 そこの二刀を操るメイドの彼女は素晴らしい、僕の様に優れた人物の隣にいれば、より才能を花開かせるだろうし、何より美しい。

 君の様なEランクの凡夫より、将来Aランク入りが約束された、僕のような英雄の側に仕えるべきなのだよ」


 いや、よっく喋るし内容もアホ丸出しだな。

 いい加減、殴りかかるの抑えるのも、限界なんだが?


「あの、少し宜しいですか?」

「なんだい?美しいメイドのキミ、僕の傍に仕える気になったかい?」

「いえ、あなた息が臭いので、呼吸やめてもらっていいですか?」

「…なっ?!」


 んん!マリーの強烈な言葉の右ストレート!!

 おお、さっきまでヘラヘラ喋ってたイケメンが、エサもらう鯉みたいに口パクパクさせてる…。


「キミ…いくら僕の心が広いと言ってもね、そんな――」

「あれぇ!?言葉通じませんかぁ?マリーは吐き気がする臭いを口閉じてろと言いましたよねー??

 困りましたねー大陸共通語が通じないなんて。

 もしかして、発情してる猿か何かでしたか?それだと言葉が通じないのも仕方ないですぅ。

 すいませーん!お客様の中に!発情期のおサルさんの言葉が分かる方いらっしゃいませんかー!!」


 ひゅっ…。

 マリーが、ガチで切れてるわ。

 すげえ、ここまで据わった眼を見せるの初めてだ…。


「ヒャッハー!!いいぞメイドの嬢ちゃん!!」

「ヒュー!言うじゃねえか!!」

「ガハハ!冒険者は舐められたら終わりよ!!」


 おお、一瞬でギャラリーを味方にした…。

 イケメンの連れの女二人や、副ギルド長のオバサンとかが何か喚いてるが、歓声にかき消されてるし。


「き、キミ!!僕の寛大な心にも、限度があるよ!」

「そうね!こうなれば…あなた達のパーティーは解散の上、ギルドの規律違反と火を放った森の復旧費用も合わせて請求させてもらうわ!!」

「フッ!それはいい、もし金を払えないなら、メイドのキミは借金奴隷として僕のモノになってもらおう!!」


 な、なんて無茶苦茶な?!

 普通に考えて、そんな横暴通るわけないだろ!


「メリンダ様は、首都にも店を構える、この辺りで一番大きい大商会の出ですから…しかし、これは…」

「はぁ…なるほど、ありがとう受付さん」

「ハルカです、いい加減名前覚えて下さいね」


 受付嬢ことハルカさんが、又こっそりと教えてくれた。

 しかし、この国は貴族制じゃないから油断してたが…何処にでも、クソみたいな権力者はいるもんだな。

 何か、面倒になってきたな…いっそ、このイケメン達全員ぶん殴って逃げるか?


「おいおい副ギルド長、そりゃちょっとやり過ぎってもんじゃねぇかい?」


 おお?ケントさんだ!

 ここ数日見かけなかったが、戻ってきたんだな。


「はあ?!何よアナタは、変な頭ね…一介の冒険者が、アタクシのやる事に文句をつけないで頂戴!」

「め、メリンダ女史…彼は、Bランク冒険者『銀閃の槍』のケントです」

「Bランクの、異名持ち…ですって?!」


 ん、なに?ケントさんそんな凄いの?!

 怪しいモヒカンのトゲ肩パッドなのに??

 え、『銀閃』って、やたらかっこよくない??


「新人のやらかしにしちゃ、ちと処分が重すぎやしませんかね?

 どうしてもっつーなら、せめてギルド長が戻ってからにするのが、スジでしょうよ」

「し、しかし…実際、彼らは森で火魔術を使い、手負いの魔物を放置したのだ!」

「いや、俺はその現場確認してきたけどな、地面が多少焦げただけだったぜ。

 あれなら、あんたらの焚き火の跡の方が酷えぞ」

「そ、それは…」


 なんだ、こいつら野営の後始末サボったのか。

 しかし、ケントさん相手だと大人しいな、同じBランクなのに。


「まあ、俺たちゃ冒険者だしよ、細かい事でウダウダ言い合うのは性分に合わねえよな?」

「な、何が言いたいんだい…『銀閃』よ」


 ケントさんが、こっちを見てイタズラっぽく笑ってるな。

 あー、何だろう…多分碌な事じゃないな、あの感じは。


「銀髪のボウズ達は、オークを仕留めたと言ってる。

 あんたらは、自分が止めをさしたと言ってる。

 結局は、どっちが正しいかって事だ、そうだろ?」

「そ、その通りだよ!

 大体だね、Eランクの彼らがオーク三体を被害も出さずに倒せるわけが無いだろう?!」

「まあまあ、慌てんなって。

 今更んなこと確認しようにも、出来ねぇだろ?

 冒険者なら、もっとシンプルに行こうぜ」

「何を言っているんだい…?」


 …うわぁ、嫌な予感マシマシだぁ。


「なあなあ…それで、どうするんだよケントさん」

「そんなの決まってんだろ、銀髪のボウズ。

 どっちだか分からねぇなら、強い方が倒したに決まってんだよ。

 お前らリーダーが二人で闘って、勝ったほうが正しいって事にすればいい」


 あー!ほらーやっぱり碌でもない事言いだした!


「フッ、流石は『銀閃』だ。

 それならば、僕としても文句は無い」


 …こいつ、もう勝った気でいるな?

 口の端を吊り上げて、ニタリと嫌らしく嗤ってやがる。

 たしかに…相手はBランク、Eの俺じゃ勝ち目はないけど。

 普通はな?


「俺はいいよ?丁度そいつをボコボコにしてやりたいと思ってたし」

「ふっ!Eランクの君が、このAランクを約束された、未来の英雄レックスに勝てると思っているとはね!」

「いや、まだBだろお前」

「…キミはいちいち癇に障るね!」


 なんだ、この程度の煽りで青筋立ててんなよ。


「僕が勝ったら、キミ達のパーティーは解散だ!そしてメイドの彼女は、僕の奴隷になってもらおう!

 もっとも、キミは決闘中に事故で死んでしまうかもしれないがね!ハハハ!!」


 あー、まだだ、まだまだ、まだ殺すな…。

 やるなら、ちゃんと決闘が始まってからだ。


「俺が勝ったら…まあいいや、お前が生きてたら言うわ」

「フッ、そうやって軽口を叩けるのも、今だけだがね!」

「お前ら、一応は死ぬ前に止めろよ?」


 それは、こいつ次第だけどな。



 ◇◆◇



「ケントさんが、何故俺達を焚き付けたんだ」


 あの様子だと、何か考えがあるんだと思うが。


「悪いな、ちょっと予定外なんだ。

 時間稼いでくれ、危なくなったらオレが止める」

「…まあ、貸しですよ?」

「すまねえな、後でギルマスからも礼させるからよ」


 ギルドマスターが後ろに居るのか、なら悪い事にはならないかな?


 しかし…一応、相手はBランクだ、格上もいいところなんだか…まあ、大丈夫だと思う。


 何故って、マリーが止めなかったから。

 危ない事なら、マリーは全力で阻止する。


「坊ちゃま!あのニセ金髪ナルシス野郎を、ギタギタにしちゃって下さい!」

「ニセ金髪って…アレ毛染めしてるのか?」

「ニオイでわかるぜ!アニキ!」


 染髪料の臭いなんて分かるかっ。


「本当にすまねえな、ボウズを巻き込んじまって」

「危なくなったら助けてくれるって話だけど、別に倒してしまっても構わないんでしょ?」

「やる気だな坊主…」


 まあ、どのみちケンカにはなってただろうから。

 こうして、公に決闘という形にしてもらったのは、後腐れないし、かえって良かったと思う。


「ま、レックスの野郎は、精々がCランク程度の実力しか無いからな、見掛け倒しだ」

「それでも、俺より格上なんですが?」

「オークを、一発で丸焦げに出来るお前が?」


 いや、確かにやったよ?

 でも、あれと同じ魔術を使うと、多分死んじゃうけど?


 …まあいいか、幸い審判役もケントさんがやってくれるみたいだし。

 お互い、最悪の事態にはならないと思う。


「勝敗は、相手が降参するか意識を失うか、審判が戦闘不能と判断した場合に決着だ。

 又、不慮の事故が起こった場合の、責任は問わない」

「フッ、構わないよ…まあ気を付けても、事故は起こってしまうものだけどね」

「こっちも良いよ、早く始めようぜ」


 対人戦か…学園のアレも入れたら二回目だけど、流石にあの模擬戦とは勝手が違うからな。


 で、相手は両手持ちのロングソードに軽めの金属鎧、典型的な速度重視剣士のスタイル。

 こっちは安物のローブのみの、魔術師スタイル。


 ここまではいい、問題は決闘の会場だ。

 ギルドで修練や試験に使われる場所なんだが、外側だけの小屋が3つほど建てられた、村の中での戦闘を想定した場所。

 そう、屋外だけど狭いんだよここ。

 完全に魔術師が不利な場所じゃね?


「今使えるのは此処だけだったのよ!オホホホ!」


 メリンダとか言うオバサンが、わざとらしく弁明してるが、まあ嘘だな。


「フッ、冒険者ならば、場所を選ばず戦えなくてはなぁ?」


 開始位置も剣士の間合いだ、普通の魔術師なら初手で切られて終わるな。


 と、考えてたら始まりそうだ。


「それじゃ行くぞ、はじめ!」

「フハハ、死ねっ!!」


 殺意剥き出しじゃん、死ねとか言ってるし。

 まあ、当たらないけどな。


「な、なんだ、この!何故あたらんっ!!」


 なんでって言われてもな…。


「いや、剣速おそいし、攻撃読みやすいからじゃね?」

「な!調子にのるなガキがぁぁぁ!!」


 なんかもう、外面も取り繕わなくなってきたな?


 取り敢えず…親父に比べると、本気で遅い。

 そして、マリーよりも遅い。

 なのにフェイントも無いし、視線で何処狙ってるのか分かりすぎ。

 親父の剣は、こんなに温くなかった。

 たまに、今本気で斬ろうとしてた?!って攻撃も来た。

 剣の才能は無かったが、躱すのは上手いって褒められたよ、懐かしい。


「…うん、マリーの方が強い」

「な?!ぐっ!!」


 さっと足を引っ掛けると、面白い様にイケメンが転けた。

 あーあ、受け身を取れよ。

 まあ丁度いいので、今のうちに距離を取るか。

 素手だと、流石に決定打に欠けるし。


 こういう、家の壁面とかは案外引っ掛かりが多くて登りやすい。

 元々、木登りとかも得意だからな。


 あれ?こんなの、上から魔術で狙い放題じゃない?


「くっ!ひ、卑怯者め!降りてこい!!」

「お前も登ってくれば?冒険者ならば場所を選ばず戦えとか言ってただろ?」


 こいつマジでアホだな。

 あ、剣で壁をガシガシ斬りつけ始めた。

 こいつ、登れないのか…。


 …なんて言うか、馬鹿過ぎて怒りが収まってきたな。

 これでBランク、いやCランクも怪しいだろ、

 もういいや、後は適当に魔術ぶち込んで終わろう。


「『風刃』」

「くっ!魔術か…だが、この程度の威力ならたえられる!

 魔力が切れた後で、ゆっくりと嬲り殺しだ!」


 そうだな、相手は素手の魔術士だし。

 魔力切れたら、後は好き放題出来るって、考えるよな。


「ハハハ!まず最初に降参出来ない様、喉を切ってや――」

「『風刃』『風刃』」

「ぐっ!うっとおしい…だが、それだけ魔術を連発すれば、すぐに魔力が尽き――」

「『風刃』『風刃』『風刃』」


 切れないよ、残念だけど。


「『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』」


「ぐ!あ!きさまっ――」


「『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』」


「おま、え…まりょ、く…いつま――」


「『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風刃』『風じっ』『風刃』『ふーじん』『風刃』『風』『風刃』『風じっ』『ふー』『ふーじ』『ふじっ』『ふーじんっ』『風――」


 途中で何回か噛んじゃったけど、発動してるからいいか。


「き、さまっ…そん、な…てきとう、な…」


 なかなか降参しないな、根性だけは認めてもいい。


「お、おい…も…く、こう、っぐご!」


 あ、喋ろうとするから、風の刃で舌を切ったな。

 まあ、この魔術って、細かい空気の刃をバラまくだけだから、そんなに深くは切れてないでしょ。


「『ふーじん、ふーじん』」


 まだかなー?

 早く降参してくれないかなー?


「あ、ぐが…お…」


 お、やっと膝をついたか。

 そろそろかな?


「ストーップ!!止めろボウズ!!」


 ん、ケントさんが慌てて止めに来た。

 でもそいつ、降参してないけどな?


「おい、話せるか?無理か…降参なら地面を三回叩け…よし、わかった。

 この勝負、魔術師ウィンの勝ちだ!!」

「よっしゃ!勝ったぞー!!」


 おお、やっと終わった。

 いやー完勝だな!周りのギャラリーからも割れんばかりの拍手が…起こらないな?


 拍手してるの、マリーだけじゃん。

 あれ?あんま盛り上がんなかった??


 ちょっと地味だったかな?


「アニキ…、アイツ血だるまじゃねぇか」

「やりましたね!素敵でしたよ坊ちゃま!!」


 ん、賛否両論だな?


 周りの様子は…あら、皆さんやべー奴を見る目を向けてらっしゃる。


「傷は浅いが範囲が全身に…こりゃ酷えや」

「おい、念の為に鎧も脱がせろ!」

「顔が酷いな…兜がありゃマシだったのにな」


 あっ、全身を魔獣に引っ掻かれたみたいになってる。

 出血は…見た目程は酷く無い?良かった。

 表面の皮一枚くらいしか切れない魔術だしな…死なないよね?


「あのな、威力は低いが、魔術の数が多すぎんだよ…お前、なんで魔力切れねえんだ?」

「あー、俺って燃費良くて…」

「…まあ、傷は本当に浅いから、死にはしねぇよ、全身痛むだろうがな」


 そう?でも鎧着てたよ?

 あ、隙間から結構いってた?

 安物だったんじゃない?その鎧。


 そういえば、あっちの仲間とかオバサンは何してんだろ…棒立ち?そっか、現実を受け止められないと。


「そりゃ、Eランクの小僧に負けるとか、思って無かっただろうからな。

 実際、レックスが舐めてなきゃ負けてたかもしれねぇし、相性も良かった」


 んー、どうでもいいか。

 なんか、暴れたからスッキリしたし。


「それでケントさん、今回の件は何だったんですか?」

「あー、まあギルド長が戻ったら説明――」


 その時だった。

 演習場の真ん中から、突然火柱が上がった?!


「な、何が?!」

「分からねぇ!おい全員下がれ!!」


 あれは、イケメン…レックスが倒れてた場所だ。


 誰か居るが…あれ、俺達が助けた子か?

 確か、アニーって名前の…重症だった筈だが、なんで此処に?


「嵐よ燃え盛れ!『ファイヤストーム』!!」


 なっ?!あの子魔術を!!


「おい!やめろよ!!」

「うるさい!こいつが…この男が!!カイトを殺したのよ!!」

「…はあ?いや、どういう事だよ?!」


 いや、まずは消火だ!

 レックスはまだ生きてる、とにかく火を消さないと!


「マリー!この子を頼む!」

「はい!大人しくして下さい!」

「いや!はなして!殺させて!!」


 マリーが抑えてくれている、今のうちだ!

 大量に水を出す…ああ!勢い強すぎ!!

 落ち着け、ゆっくりだ、そうそうその位で良い。

 …うん、火は消えた。


「おい担架持ってこい!!急げ!!」


 全身焼け焦げてるが…息は有るのか。

 鎧を脱がせてたのが、仇になったな。

 しかし、さすが腐ってもBランク冒険者だ、まだ生きてる。


「悪い、ボウズの世話になっちまった」

「仕方ないですよ、タイミングも悪かったし」


 俺とケントさんが話し込んでて、現場の空気も緩んだ瞬間だった。


 と、そんな事を話していると、アニーと同じパーティーのリヨン君が走ってきた。


「ごめんなさい、僕が目を離した隙に…」

「おい、悪いが説明してくれねぇか?

 あっちの嬢ちゃんは、気失っちまったからな」


 見ると、倒れたアニーを、マリーが介抱していた。

 あの怪我で無理した上に、魔力が切れたのだろう。


「はい、実はあのオークを僕らに擦り付けたのが、あそこに居た男の人だったんです…」

「おいおい、そりゃ本当か?」


 詳しく話を聞くと、彼ら三人は最初、普通に採取依頼をこなしていたらしい。

 その時、やけに急いだ様子の冒険者パーティーとすれ違ったのだが、彼らの後からオーク達が現れたそうだ。

 オークに追われていたパーティーは、いつの間にか消えており…結果、突然Dランクの魔物と戦う羽目になる。

 そして、前衛の男の子が、魔術師の子を庇って死んだ。


「あの野郎…魔物の擦り付けは犯罪だ。

 冒険者資格の剥奪だけじゃすまねえぞ」

「僕ら、その事をギルドに報告しに来たんです。

 そしたらアニーが、あいつらがその時の冒険者だって言って…」


 ああ、逆上してやっちまった訳だ。


「ううっ…あの…アニーは、どうなりますか?」

「ギルド内で魔術による傷害だが…幸いにも、レックスの野郎はくたばっちゃいねぇ。

 俺もギルマスに、なるべく事情を酌んでもらう様に言うからよ、そこまで重い罪にはさせねえ」


 リヨン君は…泣きながら何度も、お願いしますと頭を下げてる。

 せっかく助かった仲間が、犯罪者になってしまった…それも、クズの所為で。


「やりきれないな」


 ぼそり、と思った事が口から漏れた。


「ああ!レックス死なないで!」

「い、今回復してあげますからね!」


 レックスの方を見ると、仲間の女性が必死に治療をしていた。

 回復魔術やポーションを、じゃぶじゃぶ使っている。


 あんな奴に勿体ない…と思うけど、今は生きてくれたほうが、アニーの罪が軽くなる。


 多分、あの死んだ少年…カイトとアニーは、恋人同士か、それに近い関係だったんだろう。

 もしかしたら、アニーは、未だ想いを伝えて無かったのかもしれない。

 だとしたら、この世の中は…残酷だな。


 もし、あの場に居たのが自分達だったら、どうなっていたのだろう。

 もし、俺にとって大事な、愛する人が失われたら。


 やっぱり、俺もアニーと同じ事をしただろうか。

 なら、そんな日が来ないように、頑張ろう。

 いつの間にか隣に居た、マリーの横顔を眺めながら、思う。


「坊ちゃま、行きましょう」

「…うん、そうだな」


 帰ろう。


 もう、ここで俺たちが出来ることは、無い。




 ◇◆◇



 気が付いたら、宿の部屋で天井を見上げてた。

 どうやって、ここまで来たっけ。

 夕飯は、何食べたっけか、覚えてない…。


 色々な事が起こり過ぎた、考えたく無いのに、脳が勝手にぐるぐる動く。


「坊ちゃま」

「…マリー」


 ごめん、心配かけてるな。

 でも、この不安を、何て言葉にすれば良いのか、解らないんだ。


「坊ちゃま、無理に気持ちを言葉にしなくて良いんですよ。

 感情というのは、言葉にするのは難しいのです」

「うん、そっか、そうなんだな」


 たしかに、そうだ。

 今回の事件は、色々考えさせられたな。


 死んでしまって、悲しい。

 もう会えなくて、寂しい。

 助けられなくて、悔しい。

 何も出来なくて、虚しい。


 冒険者をやっていれば、どれも起こり得る。


 もし、これがマリーだったら、俺はどうなる?

 俺は…。


「マリーは、居なくなりませんからね」

「…うん」

「ずっと、一緒ですよ」

「うん」


 マリーが慰めてくれる…そうだな、考えても仕方ない。

 そうならない様、俺が守れば良いんだ。


「マリー、ありがとう」


 マリーは、何も言わずに寄り添ってくれている。

 だから、きっと大丈夫だ。


 だけど、今は…涙が溢れそうになる。

 親父が死んだと聞かされた時も、泣かなかったんだけどな。

 聞かされただけで、死に目にも会えなかったから、実感も無いだけかな。


 でも、今回は間違いなく目の前で…。

 別れは、結構身近にあるんだと。

 そう、思い知らされた。


「それで…マリーからも、お願いがあるんです」

「うん」

「坊ちゃまも、マリーの前から、居なくなったりしないで下さいね」

「…うん、絶対に、居なくなったりしない」


 そう言うと、マリーは軽く俺を抱きしめて来た。

 マリーも、寂しいし、悲しいのかな。

 だから、俺は彼女を、それよりずっと強く抱きしめた。

 彼女の柔らかい身体が、腕の中で少し窮屈になるくらいに。


 雷牙が、別の部屋で良かった。


 声を出して泣いてる所なんて、マリー以外に見せられない。

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