006

「何だぁ?!ガキが何見てやがる…!!」


 バイトが早めに終わり、マリーと二人で帰る途中だったんだ。


 路地裏で、見るからに薄汚いオッサンが絡んで来た。


「あぁ?なんでメイドがいやがるんだぁ?」

「凄くお酒臭いです…」

「やめろってオッサン」


 治安悪いな…まだ夜には早い時間なのに。

 近道しなきゃ良かったな…。


「なんだガキ…ん、良く見りゃメイドは中々べっぴんじゃねぇか。

 おい女!こっちで酌しろ!ついでにアッチの相手もなぁ…へへへ」

「…おい、いい加減にしろよオッサン」


 お前、あんまり調子乗るなよ?


「何だぁ、ガキがぁ…殺されてぇのか!!」

「な!?オッサン刃物はやめろ!!」


 一応、ここ王都だぞ?!裏路地とは言えスラムじゃ無いんだから!!


「おらぁ!ぶっ殺してやる!!」


 キレた酔っぱらいが、斬りかかってきた!


「うお!あっぶね!!」


 かなり酔ってんのか目ん玉ぐるぐるしてて、前後の怪しいオッサンを躱すのは簡単だったんだが…そのまま、足をもつれさせて木箱に突っ込んだ。


「ぐぇぇ…」

「…あれ?おいオッサン、大丈夫か…おい…?」



 ◇◆◇




「打ち所が、悪かったですね」


 俺が避けた拍子で、足をもつれさせて転んだオッサンは、たまたま近くに置いてあった木箱に頭を打ち、死んだ。


「どうする…衛兵に説明すれば正当防衛で…駄目だ、目を付けられてるんだった…」


 あの侯爵の、息が掛かった衛兵隊長が居る。

 俺が悪くないと説明しても、何かしら証拠をでっちあげて、罪を被せてくるだろう。

 どうすればいい?


「坊ちゃま、逃げましょう」

「で、でも…」


 確かに…事故とはいえ、俺が見つかればタダじゃ済まないよな。


「坊ちゃま、まず落ち着いて下さい」

「ま、マリー…」


 俺の震える手を、マリーが優しく掌で包みこんでくれる。

 お陰で、少しだが落ち着いてきた…。


「大丈夫ですよ、坊ちゃまは何も悪くないのですから、マリーに任せて下さい」

「で、でも…人が、死んでるんだぜ…?」

「坊ちゃまの責任ではありませんよ、これは事故です」


 マリーが、繰り返し大丈夫と言いながら、俺を抱きしめる。

 彼女の腕の中、柔らかな感触に包まれていると、だんだん落ち着いてくる…。

 そうか、大丈夫なのか…うん、落ち着いてきた。


「幸いにも目撃者は居ませんから、王都を出て国外に逃げましょう」

「…うん、そうしよう」


 夜逃げか…。

 まあ、それしか無いよな。


 どうせ、学園にも通えなくなるし。

 それなら、ここにいる意味もない。

 御前試合とか、もうどうでも良いわ。


 …輝夜師匠には、申し訳ないが。


「では坊ちゃま、急いで宿を引き払いましょう」

「…うん、分かった」


 それから俺達の行動は早かった、元々そんなに荷物も無いからな。


 学校の制服とか、あのクソ校長から渡された杖は、宿に置いて行くことにした。

 返しに行く時間もないしな。


 師匠には手紙を書いた。

 宿の事は教えてあるから、もしそれっぽい人が来たら渡して欲しいと、宿屋のお婆さんに預けた。

 急いで書いたので、汗で文字が滲んでしまったが。

 事情もあまり詳しくも書けないので、『ごめん、もう会えない』とだけ。


 …生きてれば、何処かで会えるだろう、目立つ人だからな。

 



 ◇◆◇




 しかし、やけに親切な商人さんだったな、助かった…。


 これからの事を、街の宿でマリーと相談した。

 逃げる方角は、王都から見て東の国。


 ザーン連合国と言う、商業の盛んな国だ、ここは人の出入りが多いらしい。

 様々な人種が入り乱れている上に、冒険者が多く、俺達の様な流れ者が行くには都合が良い。

 今の所、紛争などのきな臭い話もない。


 国境を越えたら、冒険者の手続きをする予定だ。

 魔術を使える様になり、俺も多少は戦える様になったし。

 道中、何度かオオカミっぽいのと遭遇したが、魔術で問題なく追い払えた。


 まあ、マリーも居るしな、ぶっちゃけ俺より強い。

 気が付いたら片手剣を振り回して、オオカミを斬り払ってた。

 いや、その剣どこから出した。


「マリーも、旦那様に戦い方を教わりましたから!」


 それは知ってる。

 俺と一緒に木刀振り回して、親父相手に打ち込み稽古してたから。

 俺は木刀がすっ飛んで危ないから、途中から参加させてもらえなかったが。

 ははは…。


「うーん、片手が寂しいですね」

「落ち着いたら盾でも買うか」


 バイトした金が多少はあるから。

 余裕はそんなに無いが、命に関わるからな。


「鎧とかの防具とかはどうするかな」

「マリーはこのメイド服で大丈夫ですよ!ちょっとした革鎧程度の防御力があるのです!」


 何だその防御力、メイドにいらんだろ。

 

「マリーがメイドになる時に、旦那様から支給されたのです!」

「親父が…」


 親父のプレゼントか、納得。

 無駄に色々と隠し機能ありそう、何ならマジックバッグ付いてそう。


 今思うと親父は、マリーを俺のメイド兼護衛にしたかったのかな。

 何で、とは思うけど…もう本人に聞くことは出来ない。

 本当、何考えてたんだか、親父は…。


 でも、マリーが頑なにメイド服を着続ける理由は少し分かった。

 まあ、本人の趣味も有るんだろうけど。


「でも、目立つなぁ…」

「坊ちゃま、冒険者は結構、奇抜な服装が多いそうですよ?」

「まあ、そうだけどな」


 そういや、王都の宿で隣に泊まってた冒険者は、ローブに動物の耳っぽい意匠のフード付いてたし、杖も猫だか犬だかの肉球みたいな飾りが先端に付いてて、あれも目立ってたか。


 王都はあまり冒険者を見かけなかったけど、やっぱり目立つ格好してた気はする。


「顔を覚えて貰えれば、指名で依頼が来ますからね」

「なるほど、アピールするのも仕事か」


 そう考えると、俺は地味だな。

 何か服装も庶民っぽいし、今から冒険者っぽい格好になった方がいいか?


「そうですね、旅慣れた装いにしたほうがいいです」


 そんな訳で、貴重な路銀から俺の装備代を捻出することになった。


「魔術師らしく、ローブと杖を装備しましょう!」

「まあ無難だけど、そうなるか」


 と思ったが、杖は結構高くて手が出なかった、仕方ない。

 ローブだけ買うか、安い中古のだが、前開きで白っぽいヤツ。


「前、閉じないんですね」

「そういう作りなんじゃ?」


 何かガウンみたいだが、これもローブなのか。


 ギリギリ魔術師に見えると思う。

 見えなくても困らないし。


 本当は、俺は黒が良かったんだが、マリーに全力で止められた。


「そんな職質されそうなのはダメです」


 ぐうの音も出ない。

 黒かっこいいのに…確かに、違法な実験してそうな見た目になるが。

 まあ、白も有りだけどな、うん。

 少し煤けてるけど、かえって冒険者っぽい雰囲気出てる、良いね。


「白のほうが、坊ちゃまの銀髪に良く合います!」


 そうか?まあマリーが言うなら間違いないか。

 ローブの下に防具を着ようかとも考えたが、高い。

 それに、胸当てとか鎖帷子とか、そういうの着ると、何故か動き悪くなるんだよな。

 一度装備したとき、マリーに『ゴーレムみたいにカクカクしてますね!』って言われてから着てない。

 まあ、魔術師に鎧とかいらんだろ、知らんけど。




 ◆◇◆




 隣国行きの馬車に揺られて、五日目。

 国境は割とあっさり越えた。

 身分証出した時にドキドキしたが、指名手配はされてないらしい。


 ハハハ、逃げ切った。


 乗合馬車には十人位乗ってるけど、特にトラブルもない。

 たまに山間部で野生動物や魔物に襲われたが、護衛のベテラン風冒険者がさっくり片付けてた。

 この人達は、別に目立つ格好はしてないが、お揃いのスカーフを身に着けてる、多分パーティーなんだろう。

 こういうやり方も、印象に残りやすいな。


 そんな訳で、暇そうにしてた冒険者の方々と雑談して、情報収集も出来た。

 まあ、大体マリーが聞き出したんだが。

 

 一緒に乗り合わせた、頬にキズがある剣士っぽい兄ちゃんが、色々教えてくれる。



「この先の『クロスロード』の街は、駆け出しからベテランまで仕事があるいい街だぜ」


 うんうん、勉強になる。


「これから行く街に、おっきな冒険者ギルドが有るそうですよ!」

「じゃあ、そこで手続きだな」


 いよいよ冒険者か、ちょっとワクワクする。

 王都から逃げ出した時は、どうなる事かと思ってたけど、結果的には良かったかもな。

 あのまま王国に居ても、良いこと無さそうだったし。



 ◆◇◆




 街の名前の通り、太い商用道路が十字に街を区切ってる。

 物流の拠点にもなっているこの街は、本当にデカいな。

 広さだけなら、王都よりもあるかも。


「で、王国に比べると、ゴチャっとしてるなぁ」

「そうですね、人種も多いです!」


 あの国は人族以外に差別的だからな、まあ庶民はそんな事ないんだが、貴族がな。

 だから、他種族はあんまり近寄らないらしい。


 俺はよく知らんけどな、こういうのは当事者にならないと分からん。

 まあ、千年前に召喚勇者が、妖精族や獣族を始めとした亜人種族の差別を、徹底的に無くしたらしく、昔に比べると全然マシらしいけど。


 しかし、この街は本当に人種が多い…流れる人波に、見慣れない種族も見かける。

 あんまりキョロキョロしない様にしよう、田舎者だと思われるし。


「エルフやドワーフも見かけますね」


 うん、他にも角生えたヤツとか居るな、何の種族かは知らんけど。


 そして露店も色んな場所から売りに来てるから、果物屋から魔道具屋まで様々。


 うーん、この雑多感たまらない。


「ここは色々な国が集まった連合国家で、特に商業が盛んですから、出店も国際色豊かですね。

 冒険者の仕事も多いので、色々な国から人が集まってるそうですよ」


 そうだったのか、適当に来たけど、俺達にピッタリな国なんじゃない?


「じゃあ、宿を決めたら、早速ギルドに登録しに行くか」

「はい!行きましょう坊ちゃま!」



 ◆◇◆



 いやー凄いね!

 王都のギルドに比べると、倍以上デカい建物だな!

 そして、本当に酒場が併設されてる、すげえ!


「うひょー!これだよコレ!」

「すごいです!王都のギルドは、お役所みたいに地味でしたからね!」


 やば、テンション上がるわ。

 まあ、こんな入り口前で盛り上がってても仕方ないし、さっさと入って手続きするか。


 スイングドアをくぐると、鉄と獣臭の混じり合う様な、独特の匂いが鼻に付く、まあ不快になるほどじゃ無いが。

 そして、メイドの衣装が全く浮かない…すげえなモヒカンかよ、三人くらいいるし。

 褐色の大男とか、やたらキラキラメッキした鎧を着た剣士とか、全身真っ黒なレザー装備の怪しい斥候とか、なんじゃこりゃって感じ。


 ん、俺達と同い年位の奴らもいるな、新人だな、地味だし。

 まあ、俺とマリーも新人だけど。




「はい、『農家の俺の才能がチート過ぎて最強!』様、本日の依頼完了です」


「すいませーん!『役立たずアイテムで無双したら美女に囲まれてしまったんだが』、パーティーメンバー募集中でーす!!」


「どうも、『虐げられた次女は超絶魔法でざまぁする』です、依頼達成の報告お願いします」


 …。

 なんだ、この、何だ??


 何か、パーティーネームが前衛的過ぎない??


「なあマリー、アレが普通なの?」

「んー、マリーにも解りかねます!」


 そっか…。


 よし、とりあえずスルーしよう。

 どうせまだパーティーとか考えてないし。


 今は登録が先だ、さっさとカウンターに向かおうか。

 受付は若いお姉さん、営業スマイルが板についてる。


「すいません、登録お願いします」

「はい、お二人ですか?」

「そうです!」


 手続きは簡単だった、紙に名前書いたら、変な金属板…魔道具かな、そこに手を乗せて終わり。

 手のひらサイズのプレートが出てきて、受付の人が確認したら終わり。

 今後はこれが身分証明になる、しかも国を跨いで使える、便利過ぎる。

 この魔道具も召喚勇者が作り、各国に交渉して、共通の身分証になるようにした。

 いや、何でそこまでしたの?

 マジで凄いな勇者、ありがとう。

 おっと、受付のお姉さんから何か説明があるっぽい。


「この“冒険者証“は、依頼料や実績の管理、税金の引き落とし、その他身分証としての役割もあります。

 本人以外は使用出来ない様になっていますが、無くさないよう注意して下さい。

 初回は無料ですが、再発行には手数料が掛かりますからね」

「気を付けます」

「わかりました!」


 ニッコリスマイルだな、これがプロの受付嬢か。


 その後、冒険者ランクについてや注意事項も聞いて終わった。

 Fから順に上がっていってA、そしてSになる。

 凄い、本当に最上位はSなんだ、判りにくい。


「坊ちゃま、この後どうします?」

「んー、依頼ってどんなの有るかだけ見ていかないか?」


 見るだけ見たいんだよな。

 今日は、流石に受ける時間は無いし。


「薬草の採集とか、畑に出る害獣駆除か」

「マリー達が受けられる依頼だと、そのへんですね」


 今の俺たちはFランク、まあ見習いみたいなもんだ。

 金になる依頼は危険度も高いから、当たり前だが制限が掛かってる。


 まあ、焦らずやっていこう。

 パーティーを組むのも有りだけど、当面はマリーと二人でも良いかな。


「お、これがあの”ゴブリン退治”か、どれどれ」


 その依頼書に手を伸ばすと、ぷにっとした感触が伝わってきた。


「あ?何だてめぇ?」


 獣人の手だ。

 でかい獣人の、肉球だ。

 ぷにっとしてるのな。


 全身を茶色い虎柄の体毛に覆われた、ガタイの良い獣人だ。


 鋭い爪に、大きく開けた口から覗くキバ。

 鼻の横に伸びるヒゲに、頭にちょこんと乗っかる三角ミミと、円らな瞳。


 ん、ネコじゃね?


 二足歩行する猫だ、しかも茶トラ。


「いやネコじゃん!!」

「んだとゴラァ!!誰がネコだゴラァ!!」


 あ、つい声に出ちゃった。


「俺は金虎族の”雷牙”だ!」

「あ、トラなのな、ごめんごめん獣人に慣れてなくて」

「ちっ、仕方ねえな…」


 案外、物わかりが良い茶トラだな。

 まあいいや、ゴブリン退治の依頼書をっと…。


「おい退け!その依頼はオレが先に見つけたんだ!」

「あ!?先に取ったのは俺だろう?!」


 こいつ引かないな、面倒な…。


「チッ、危ねぇからチビは草むしり採取依頼でもやってろ」


 …ん、チビだって??

 あれ?コイツもしかして…俺に言ってんのか??


「あ”!?誰がチビだ!!この野郎…やんのかコラ!?茶トラが!!」

「なんだとぉ、テメェ…喧嘩売ってんのか!!!」

「そうだよ!この野郎…舐めやがって!!!」

「いい度胸じゃねぇか!!その喧嘩買ってやるぜ!!!」


 この野郎ギタギタにしてやらぁ!!!

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