004

「…気高く貴い血に族する者が、いらぬ愚を犯すな」


 休み明けの登校初日。

 今、俺とナントカ子爵の次男一派四人組は、校長に説教されていた。


 あれから、俺と四人組は殴り合った。

 貴族のガキと甘く見てた…流石に四人はきつかったよ。

 それでも、結構善戦したとは思う。

 俺含めた五人は、全員青あざだらけだ。


 まあ、あいつらのダメージの半分はマリーがやったんだが。

 気が付いたら、良さげな棒を持って参戦してた、すげー楽しそうにボコッてたよ。

 ちなみに、マリーはノーダメージだ、あいつメチャ強くない?

 最初、絡まれて悲鳴上げて転んでたよね?何だったの?まさか演技??


剰えあまつさえ、平民とメイド如きに不覚を取るなどあり得ぬ」


 あ、ちゃんとマリーにボコられた事も把握してるんだ。

 後ろに部下みたいに控えてる、衛兵隊長に聞いたんだろうな。


「此の事は、貴様らの家にも報告する。

 …さっさと戻るがいい、出来損ないどもが」

「は、はい!申し訳ごさいません!!」


 リーダーの、なんとか子爵の号令で一斉に頭を下げる四人組。

 謝る速さが、もう首がどっか飛んでいきそうな勢いだ、相手は上位の貴族だもんな。

 確か、侯爵?だっけ。


「…おい、平民」

「…はい」

「口を開くな、誰が話す事を許可した?」


 …まあ、俺の扱いは、ずっとこうだ。


「貴様の様な卑しい平民とのは、本来私の様に高貴な存在と同じ空気を吸うことは許されんのだ、存在を許している事が慈悲だ、有り難く思え」


 …いや、流石本物の貴族は差別のレベルが違うな。

 今まで会った貴族でも、トップクラスの選民思想。

 だが、絶対に逆らえない、本当に処刑される。


「貴様ら平民はハエやウジ虫と同列、放って置いても勝手に湧き、我々高貴な者のおこぼれに縋る事で、やっと生存を許される、賤しい存在。

 事しか能が無い、視界に入るだけで不快な汚物だ。

 次に私の手を煩わせたならば、二度と陽の光は見れぬ物と思え」


 侯爵が話し終わると、もう用はないとばかり、にべもなく追い出された。

 校長室から出てすぐ、衛兵隊長が声を掛けてくる。


「くくく、お前…次何かやったら、終わりだぜ?」


 ニヤリ、と嫌らしく笑う隊長。

 コイツは…侯爵にもずっと媚びへつらってた、小判鮫みたいなヤツだ。


「証拠なんざ無くてもいい、そのへんで立ちションしただけでも、ブタ箱行きだ…俺がそう決める、へへへ」


 ちっ、嫌なヤツだ。

 この衛兵隊長は、最初から最後までずっと校長のご機嫌伺いしてたからな。


 はぁ…、厄介なのに目を付けられたなぁ。




 ◆◇◆



「――という訳でさ、大変だったよ輝夜師匠」

「また、難儀なことよのう」


 そう言う訳で、俺は裏庭に向かうと早速師匠に愚痴を話してた。


「まあ、この程度の処分で済んだのはラッキーだったよ」 

「そうじゃの、お主も今後は、もう少し考えて行動するのじゃぞ」


 処分が軽かったのは、悔しいがババアの実家のお陰だろうな、うちは子爵だったけど、義母の実家は公爵だし。

 俺の貴族籍は抜けてても、バックにいる公爵家と波風を立てるのは嫌だろう。

 しかも、原因が子供の喧嘩だからな、そんな事で公爵家と関わりたく無いだろ。


「ただ、校長の侯爵に目を付けられたのは痛いな」

「ふむ…弟子よ、何かあれば妾に頼るがよい」


 嬉しい事言ってくれる、師匠も他国の貴族だと思うんだが、他の国だと此処ほど貴族の性格は悪くないのかも。

 でも、簡単には頼れないよな、やっぱり。


「ところでじゃ、お主は単位の方は大丈夫かの?」

「無理に決まってるじゃん」


 授業出てないんだし。

 仮にテストなんかやっても、まともに点数取れないからな。


「いや、最初のテストは実技しかやらんぞ」

「あれ、マジで?」


 話を聞くと、単純に貴族の子弟がちゃんと勉強するわけないからだと。

 そういえば、入試もそんなんだったな。


 後半では流石にやるらしいが、それも比較的簡単らしい。

 まあ、魔術師自体が実力主義な面が強いってのもあるらしいが。


「内容は、クラス内での模擬戦じゃ」

「え、ぶん殴っていいの?」

「魔術の撃ち合いに決まっとるのじゃ!阿呆が!」


 駄目か、そうだよな。

 でもなあ、それ危ないんじゃ?


「模擬戦用の結界装置があるからの、その中ならば怪我などせんから、問題無い」

「へぇ、そんなの作った魔術師居るのか」

「魔術師でも魔道具師でもない、設計したのは大昔の召喚勇者じゃ」


 ああ、そういえば”学園”っていう教育機関を作らせたのも、召喚勇者だったっけ。

 何で”学校”じゃなく”学園”なんだろうな?


「伝説では、作成にあたり『学園モノに模擬戦は鉄板!』という言葉を残しておるとか」

「意味わかんねえな?」


 勇者、と言うか異世界人の感性かな?


「そういう事じゃから、今日からは攻撃魔術を教えるぞい」

「おお…、いよいよか」


 危ないからって、中々教えてもらえなかったもんな。


「緊張するなぁ」

「うむ、臆病になる位で丁度よい」


 とりあえず、怪我しないように頑張るか。




 ◆◇◆




 そんな訳で、試験と言うか模擬戦の日。


 場所は、かなり広いドーム状の体育館だ。

 まあ魔術って基本は遠距離攻撃だし、このくらい広くないと駄目なのか。

 しかし、王都の中にこれだけの広さを確保するとか…こんなもん郊外に作れよ、と思うんだが、貴族のいる場所だからな。

 安全な内壁の中ってわけだ、いや本当に反吐が出る。


 で、俺の模擬戦の相手は…何だっけ、なんとか子爵の三男、いや次男だったか。


「先日は卑怯な不意打ちで不覚を取ったが、このミケラ=アッテンマー今回はそうはいかんぞ!!」

「あー、えー正々、堂々?闘う事を…誓います?だっけ」

「貴様!なんだそのやる気のない宣誓は!」


 いや、だって一々宣誓するとか昨日聞いたばっかりだし。

 何でも、決闘の作法を覚える場でもあるらしい。

 宣誓の時に、各々が自分の家柄自慢をして、相手を威嚇するらしいんだか、どいつもこいつも、やれ我が家系の○○は何々戦線で功績を挙げだの、○○年前から続く由緒正しい家系だのと、聞いてもない家自慢をネチネチと…。

 面倒くさい、飽きた、帰りたい。


「…まあいい、混ざりもの平民如きが貴族の流儀を理解出来る筈もないからな!」

「ああ、うんスゴイすごい」


 何か、見習い用の杖をレイピアみたいに構えてるが、それ必要なのか、なんだその足の開き方、ウケる。


「ふん、どうせ貴様は此処で俺に負けて、無様に醜態を晒す事になる。

 試合が終わったら、あのメイドは俺が買い取ってやろう」

「ああ…あ?」


 ん、何だ。

 今、なんつったコイツ。


「路頭に迷う貴様に、路銀を恵んでやると言ったのだ。

 ついでに買い取ったメイドの面倒もみてやろう、そこそこ器量も良い、俺に奉仕させるには丁度良――」

「死ぬか?」


 結界だか何だか知らんけど、ずっとぶん殴ってれば死ぬよな?


 うん、そうだなそうしよう、もう学園とかどうでもいい、こいつ殺――


「魔力を抑えよ馬鹿者が」


 静かだが、凛とした声が響いた。

 魔力が乗ってるのか、声量の割に頭に響く声だ。


「輝夜?」


 俺の後ろに、見慣れた黒髪の少女が居た。


「阿呆弟子が、暴走してどうするのじゃ」


 見れば、何とか子爵の次男が腰を抜かしてた。

 何してんの、お前?


「お主の魔力に充てられおったのよ」


 ああ、そっか。


 やっべー、本気で殺す所だった。


「おーい次男、無事かー?」

「だ、な、おま、なっ、ゔ、ひ、」


 あ、駄目かな?

 あれ?漏らしてる?


「いやゴメンなー。

 だってさ…お前がマリーを…奴隷みたいに…金で買うとか…言うから!!!!!」

「ヒイィィィ!!い、言わない!!金輪際言わないから!!許してくれえぇぇ!!」


 よかった、分かってくれれば良いんだよ。


「よし!じゃあ試験の続きやるか!」

「ひっ!!い、嫌だぁぁぁぁぁ!!!」


 あれ、無理?

 あ、担架で運ばれていった…。

 え、これじゃ試験出来ないじゃん…どうするの?


 とか思ってたら、輝夜が先生に何やら話してる。

 あ、代わりの生徒を立ててくれるのか。


 …よく考えたら、何で輝夜師匠は平然とここにいるんだろ。

 まあいいか。


「よろしくな、次男ズ2号」

「だ、誰が2号だっ」


 取り巻きに居たよな、名前知らないが。

 …何か、みんな様子がおかしいな?

 クラスの奴らも先生も、さっきまでの小馬鹿にした態度が消えてるんだが。


「…は、始めろっ!!」


 おっと、今は眼の前の試験に集中しないとな。


「くっ、喰らえ!『アルティメットアイシクルジャベリン』!!」


 いや言いにくい魔術名だな!いくらその辺は自由って言ってもな!?

 そして危ない!結構速度があるな?!


「くそっ、なぜ躱せる!!」


 目はいいんだよ、親父の剣速に慣れてるから、避けるのばっかり上達したんだが。

 しかし、結界といっても土埃は防いでくれないんだな、魔術の余波で埃っぽい…。


 おっと、こっちも魔術で応戦しないと。

 殴ったほうが早そうだけどなぁ。


 練習の感覚を思い出せ、魔力を巡らせろ。

 俺が仕える攻撃魔術は、今のところ一つだけ。

 それしか師匠が教えてくれなかった、危ないから。

 風の刃を飛ばす魔術だ。


「はぁ…よし!『風じ…ヘックション!』」


 あ、やばい!

 土埃でクシャミが!!


「なぁぁぁぁ!風がっ!!!!!」


 ああ!次男ズの2番手がふっとばされた!!


 ああ!何か結界の上の方に張り付いちゃってる!!


「…おーい!大丈夫か?」

「ぶっ!砂が!ぶふぉ!!」


 駄目そうだな、ダメージ入らないんじゃなかったの?


「攻撃と認識出来る程の、瞬間火力が出ておらんのじゃ」

「ただの強い風だもんな」

「…取り敢えず魔術を止めるのじゃ」

「…どうやって?」

「…教えたじゃろう、体内魔力の流れを止めよ」


 おお、そうだったな。

 えーと、うん…こんな感じ?


 お、風が弱まって、次男2号がズリ落ちてきた。


「ブべっ!!」

「お、ボトッと落ちたな」


 あれ?鼻血でてるけど??

 ダメージは魔道具が消してくれるんじゃ??


「あれは落下の衝撃じゃからの」

「融通が効かないなぁ」


 で、どうなの?俺の勝ち?

 おい、教師、ぼーっとしてんな。


「…し、勝者ウィンロード!」

「おし、勝った!」


 よし、この試験は上手く出来たな!


「馬鹿者が、始動の魔言を違えた程度で暴発させおって、後で説教と再教育じゃ」

「そ、そんなぁ」


 試験、合格だよね??



 ◇◆◇



 合格だった。

 いやぁ、良かった!これで暫くは安心!

 …とは行かなかった。

 特大の面倒事が舞い込んできたのだ。


「…え?御前試合??」

「そうじゃ、普段は宮廷魔術師が、実力者の目星を付けに来る観覧試合なんじゃがの。

 各クラスから一名が選ばれる、と言うても実際は下位クラスは、上位クラスの当て馬じゃが。

 だがな、今回は国王も、視察を兼ねて生徒の実力をみるそうじゃ」


 いや、何で俺が、そんな恐れ多い大舞台に??


「クラス代表なんじゃが、お主以外は皆が辞退したからの」

「え、なんで?ミケ何とか君は?」

「あれだけ鼻っ柱ポッキリやっておいて、出てくる訳ないじゃろ」


 お漏らししちゃってたからなぁ。

 え、でも他のクラスメイトも?


「お主の頑張り過ぎじゃよ、あの自然災害の如き魔術を見て、全員腰が引けおった」


 全員辞退?めっちゃびびってる??

 俺に??


「やだ、王様とか怖い!」

「我儘言うでない、断れる訳が無かろう。

 それにじゃ、此処で結果を出せば、お主の待遇も大分良くなる筈じゃて」

「…結果なぁ」


 今のところ、くしゃみして魔術暴発させただけなんだが。


「…確かに、色々と不安は有る。

 正直言えば、お主の魔術師としての才能は、よく分からん。

 じゃがの、お主は余人に代え難い、唯一無二の特技が有る」

「魔素を、外から取り込んでることか?」

「うむ…普通、それは魔術の極みなのじゃ、妾でも真似出来ん」


 いやまあ、そのへんは色々聞いたけどなぁ。


「そこら中に漂っておる魔素は、言うなれば魔力のゴミじゃ。

 普通そんな残りカスを集めてもな、生身では再利用なんぞ出来ぬ」


 泥水から水だけ選別して飲んでる様なもんじゃ、とか言ってたな。

 あんまり良い絵面じゃないなぁ…。


「ウィンよ、お主は

 数人掛かりで行う大規模な魔術でも、独りで行使出来る…理論上は、だがの。

 それは、稀有な才能じゃ」


 うん、言ってたな。

 ただ、現状は危なっかしくて教えられん!!とも言ってたが。


「その代わりなのか、自分で魔力を作れんがの」

「ガッカリだよな」

「…とにかくじゃ、他に手は無い故に、やるしか無いのじゃ」

「はぁ…俺の人生、出たとこ勝負ばっかりだ…」


 だって王様だよ?やらかしたら不敬罪どころじゃないでしょ。

 はぁ、いっそ逃げ出したい…。


「全く、ちょっと暴発した程度で情けない奴じゃの。

 仕方ない、お主に自信が付く魔術を掛けてやるのじゃ」


 そう言って俺の正面にたった彼女は、ベンチに腰掛けたままの俺を、頭だけ引き寄せて胸元に抱きしめた。

 あれ、何なってんの輝夜さん…?


「いやな、こうすると大体、男子おのこは喜ぶじゃろ?」

「へ?あ、ふぁい、いいにほいがしまふ」


 わあ、髪とか俺の顔に当たってサラッサラして良い香りだぁ。

 師匠は何かプルプルしてる、多分恥ずかしいんだろ、顔見えないけど。


「…少し、真面目な話をするから、このまま聴いてておくれ」


 真面目な話って、この体制で何を話すつもりなんだ…?

 え、告白?告白なの??


「妾はな、今ままで弟子なぞとった事は無い。

 初めてなんじゃ、魔術を教えるのも、こんなに楽しいのも」


 …告白じゃないけど、ガチで真面目な話だった。

 まあ…俺も教わってて楽しい、覚えが悪いのは本当申し訳ないけど。


「本当は、妾は生徒じゃない、でも…今はまだ何者かは、言えぬ…特に、この国の貴族は面倒じゃ。

 お主を、危険に巻き込みたく無い」


 …薄々は勘づいてたけどな、普通じゃないよなって。


「この国の国王に、お主の実力が認められれば…妾の弟子に、本当の意味で値すると判断されたら、その時は…話しておらぬ事も、全部話すからの」


 そっか。

 俺は、輝夜師匠に期待されてるのか。


「…じゃあ、師匠の期待に応えないとな」

「ふふ、その通りよ」


 女の子に期待されたら、頑張らないとな。










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