003

「メスの匂いがします」


 ゔ!ビクビク!!


 いつもの安宿に帰って早々、マリーにそんな事を言われた訳で。


「そ、そりゃ学校には女子もいるし?」

「発情した、メスの匂いがします」

「ンッ!!ゔグッグッ!」


 ひいぃぃ!!

 ヤバい、一瞬ちょっと恐怖で過呼吸になった。

 いつも通り微笑んでるけど、眼だけ据わってるし…。


 マリーは特に何も追求してこないが、張り付いた笑顔のまま一言も喋らん、怖い。


 その日は、寝る時までそんな感じだった…。



 ◇◆◇




 あれから暫く経ち。

 何故か、マリーとデートする事になっていた。


 …うん、マリーの機嫌を取るために、俺は全力で媚びを売った訳で。

 で、何でか知らんけどデート一回で手を打つ事になった。


 お金にそんな余裕はないが、追い出された当初よりはマシになったので、デートくらい安いもんである。

 そう、今は俺もバイトしてるのだ。

 まあ、マリーが働いてる食堂兼酒場の皿洗いだが。

 どうも、可愛い金髪のメイドさんが看板娘になってから、売り上げが爆上りらしく、人出が全然足りなかったそうだ。

 凄えなマリー。


 店主のおっさんが、未成年なのでマリーを酒場の時間で雇えない事を嘆いて、奥さんにしばかれてたが。

 まあ、うちのメイドに酔っ払いの相手なんぞさせないがな。


 そんな訳で、贅沢するほどではないが、食事も前よりはマシ、お金も多少はある。

 たまに息抜きするのは必要だよな。


 王都では、色々と催物がやってる事も多い。

 今も、ちょっとしたお祭りみたいな行事が行われてるそうだ。

 何でも、ずいぶん昔に勇者が邪神を倒して千年目だとか。


「”大勇者展”楽しみですね、坊ちゃま!」

「そうだけど、はしゃぎ過ぎてはぐれるなよ?」


 千年前の勇者といえば、異世界から召喚されてやって来た、物語にもなってる伝説の人物だ。


 邪神や魔王、その手下の魔族なんかを倒しまくった、凄く強い人。


 それだけでなく、異世界の言葉や文化を広めた。

 医学や産業、農耕などなど、飛躍的に発展させたとか。

 お陰で神様扱いされて、勇者発祥の宗教もあったり。

 実際、農村なんかじゃよく祀られてるらしい。


 生活には役に立たない物も含めれば、召喚勇者が広めた文化は、あちこちに残っている。


 もっとも、それらは王政に不都合な思想が含まれてたりするらしく、この国だと規制されてる物もある、漫画とか。


 それでも好きな奴は、こっそりと楽しんでるが。

 屋敷に居た、料理人の兄ちゃんとか。


 とにかく、千年前の当時、戦争ばかりしてバラバラだった人類種をまとめあげ、魔王を倒し、邪神を封印した異世界人。


 召喚勇者とか、大勇者とか言われてる。


「そういえば、そろそろ魔王が出てくるかもしれないんだっけ?」

「食堂に来るお客様から、そんな噂は聞きましたね」


 魔王は邪神の手先、今でも出る。

 邪神が封印されてる場所の隙間から、時々漏れ出てくるらしい。

 でも、封印のお陰で弱体化しており、出現するのは百年に一体くらいのペース。

 出ても、その時代の勇者にすぐ倒される。


「勇者は、『勇者教』って言う宗教団体が選定してるんだっけ」

「そうです、これから行く”大勇者展”の主催団体ですね!」


 召喚勇者を祀る宗教団体だな。

 宗教としては、あんまりガチガチじゃない、ユルユルした所らしい。


 教会が勇者を選ぶ基準は知らんけど、何か独自の方法があるらしい。

 で、選んだ勇者は一応結果を出してるらしく、各国からも一定の支持は得てるという話。


「まさか、坊ちゃまも勇者に憧れてますか?」

「嫌だよ面倒くさい、魔王とか出会ったら、俺死んじゃうぞ?」


 魔王は弱体化してると言っても、一般兵士じゃ何千人掛かっても倒せない。


 そして、たまに本当に危ない奴も出てくる。

 五百年前の魔王は、一国を滅ぼしたらしい。

 まあ、それも倒されたんだから勇者ってすげー。


 子供があこがれる存在だよな。

 俺は嫌だが、弱いし死にたくない。


「しかし、人混みが凄いなこれ」

「そうですね、はぐれない様に手をつなぎましょうか!」


 マリーとは子供の頃から一緒だから、こうやって手を繋いで歩くのも慣れてる。

 ごめんウソ、この年頃だとちょっと照れるわ。

 マリーがどう思ってるかは分からんけどな、幼馴染だし。


 本当、どう思ってるんだろうな…。



 ◆◇◆



 メイン会場にあたる広場には、様々な屋台が立ち並んでた。

 丁度良いので、この辺で食事を済ませてる。


 何か魔物肉の串焼きや、召喚勇者発祥の食べ物が中心たな。

 魔物の牙とかのアクセサリー類も売ってる。

 高いな…あの変な置物ボッタクリだろ、なんだよ”こけし”って。


 あ、”焼きそば”と”たこ焼き”は知ってる、名前の由来は知らんけど、たこって何??


「海で狩れる魔物のお肉らしいですよ」

「へー、魔物なのか」


 足がいっぱいでウネウネしてる奴?

 気持ち悪いな、それ

 実物が想像出来ない。


 ん、炭酸で割った果実水とかもある、あれ魔術で作るから高いんだよな。

 魔術師だと、ああいう仕事も出来るのか、祭りの時しか稼げなさそうだが。


「坊ちゃま!あの”わたがし”っていうの食べてみましょう!」

「お、良いな」


 すでに、適当な串物で腹を満たしたからな。

 甘い物も、たまには良い贅沢だろ。


「なんで砂糖が、こんな雲みたいになるんだろうな?」

「分かりません!甘くて美味しいですね!」


 うん、甘いな。

 ちょっとベタつくけど。


「手洗い場は無いな」


 ここで水出すわけには行かないし。


「ちょっとですし、このまま行きましょう!」


 繋いだマリーの手がベタベタしてる…。

 いや、これ俺の手もか。


「んー、まあいいか!」

「ですね、ふふふ!」


 楽しいなー。

 本当に子供の頃に戻った気分だ、ちょと俺もはしゃぎすぎかな?

 繋いだ手が、綿菓子の糖分でくっつきそう。

 まあ、それも良いかもしれない。


「あ、ほっぺたに何かついてますよ?」


 ん、さっきの串焼きのタレかな?

 と思ってたら、マリーが肩をグイグイ寄せてくる、顔が近い。

 一瞬吐息が掛かった、と思ったら、頬に湿った感触が触れる。


「んっ、とれました!」

「…今、何した?」

「え?ほっぺを舐めただけですよ?」


 え、なんで。

 あ、ソースがついてた?

 あ、そっかー。


「いや、キスされたかと思ったわ」

「そんなはしたない事、往来でしませんよ?」


 あ、そうだよなぁ。

 舐めたダケならセーフだな。

 ???


「手が塞がってるので、やむを得ず舌を使いました」

「なるほど、合理的だな」


 ハハハ、とお互いに笑い合う。

 ふー…。


「…マリー、ちょっと浮かれてる?」

「…すいません、結構浮かれてます」


 はにかむな、可愛い。

 あと手をぶんぶんすんな、腕が痛い。


 人混みが激しくなってきた、はぐれない様にマリーの手を少し強めに引くと、自然と腕と肩が触れ合う距離になった。

 …俺も浮かれてるなあ。


「…キスの方が、良かったですか?」

「ななな何キスとかっかっか」

「…坊ちゃま、凄く童貞っぽいです」


 すみません、童貞で。

 あと、甲斐性が無くて。




 ◆◇◆



 人混みの流れに任せたまま歩く。

 まあ、みんな目的地同じだからな。


「あ!坊ちゃま見えてきました!」

「お!なんか凄いぞ!」


 この祭りのメイン、『大勇者展〜その偉業の軌跡と奇跡〜』の会場に着いた。


 場所は、王都にある勇者聖教の教会だ、初めて来たけど結構でかいな…。

 礼拝堂の他にも、普段は立ち入れない場所も開放され、この地にまつわる召喚勇者の遺物なんかも飾ってあるらしい。

 しかも、入場無料だ。

 まあ、大部分はレプリカらしいけどな。

 何せ、他の国でも似た様な祭りやってるだろうし。


 入り口から並べられたボードに、召喚勇者の活躍が年表で分かるように貼られている。


 礼拝堂のステンドグラスには、剣を持った男性と、なんかヤバそうな生き物が描かれてた。

 多分、勇者と邪神かな?

 周りには勇者の仲間たち…いや女多くね?!女の人ばっかりなんだが!!??

 あれが有名な、勇者のハーレムパーティーか…。


「チーレムパーティーとも呼ばれてるらしいです」

「何だチーレムって」

「チートハーレムの略ですよ」

「何だよチートって」

「なんでしょうね?」


 勇者関係の専門用語は、よく分からないな…。

 勇者用語をまとめた本も有るくらいだしな、高いけど。


 まあとにかく、勇者は多くの女性と結婚したらしい。

 邪神との戦いは激戦だったが、嫁さんは全員生き残った、守りきった訳だ。

 彼女達も、英雄クラスの猛者ばっかりだったらしいけど、中には普通の女性も居たらしいからな。

 好色だったけど、今でも英雄視されてるのは、そういう部分だ。

 ある意味誠実なのか?千年経っても人気がある秘密だ。


 え!あの中に男も居る!?

 どこだよ…見つかんねぇぞ、間違い探しか?

 いや待って、そいつもハーレムなの?!


「…いや、凄いな大勇者」

「そうですね、圧倒されます」


 マリー、俺は違う部分で圧倒されてるんだよ。


 …まあいいや、余計な事は言わないでおこう。


 ん、銅像もあるな、『原寸大』てプレートが出てる。

 背丈は、あんまり無いな。

 ぶっちゃけ強そうには見えない、何ていうか…モブ顔?

 これでも、凶悪な魔族をダース単位でまとめて倒したとか。


 色々と逸話が残ってるが、千年前の話だ、どこまで本当なのかは知らない。


「坊ちゃま見てください!”セーブポイント”ですって!!」

「お、おう?」


 マリーが、白いツルツルした石をペシペシしてた。

 何だこれ?何に使ってたの、インテリア?

 まあ楽しそうだし、連れてきて良かったなぁ。


「じゃなくて!ここに『展示品にはお手を触れないで下さい』って立て札あるだろ!!」


 ほら!あそこに居る教会のおっさん、凄い目で睨んでんじゃん!


「本当、申し訳ありませんでした」

「あう、ごめんなさい…」


 謝ったら、にっこり笑って許してもらえた。

 作り笑いだし、青筋浮かんだままだったが。


「えへへ、ちょっとはしゃいでしまいました」

「マリーは仕方ないなぁハハハ」


 ま、大半はレプリカらしいので、あれも何かのレプリカだろ。 

 ここにある『君らの翼』とか。


「いや、何に使うんだこの羽根??」

「任意の場所に瞬間移動出来る、使い捨て魔道具だそうですよ」


 いや、なにそれ反則すぎない?

 ああ、これもレプリカなんだ、そりゃそうか。


 どれも、召喚勇者が作った魔道具らしいが、勇者本人にしか作れなかったらしく、製法は失われているらしい。


 周りには、『こ、これがあの”セーブポイント”!!』とか言って感激してる人もいるが、あれはマニアだな、手に漫画だか小説を抱えてる。

 さっきマリーが触ったのを見てたのか、触ろうとして警備に止められてる。

 いや、すいませんね本当に。


 でも…何だろう、あの玉、ちょっと気になるな…。

 後で、こっそり触りに行くか?何か御利益あるかも。


 とか考えながら歩いていたら、突然周囲の空気が変わった。


「これは…凄い、綺麗です…」

「おお…これ凄いな…」


 女性の像だ。

 ここは特に広いホールだ、人も多い。

 その中心に祀られた青白い宝石の様な透明感彫像。

 周囲の見学者みんなが、頭を下げて祈っていた。


 …腰に二本の剣を下げた剣士、凛々しい女性の像だな。

 ここだけ、空気が違う。

 神聖な空気とでも言うのか…。


 いや…これ本物だ…まいった。


「こんな綺麗な方が、勇者と一緒に戦った仲間なんですね」

「ああ、奥さんの一人だな」


 彫像の台座には、文字が書かれたプレートがはまっている。



『その優しさ故に、常に最も苛烈な戦場に降り立ち、戦った君へ』



 …これは、召喚勇者本人が彫ったのかな?

 千年経っても、像自体が宝石のような光沢なのは、魔術か何かを掛けられているんだろう。


「何のために、千年前の勇者は、これを遺したのでしょうね」

「さあな…」


 まあ、愛だろ。

 恥ずかしいから言わないけど。



 ◆◇◆



 一通り観終わったし、さあ帰るかという所でトラブルが。


「おい!平民がメイド連れてるぞ!」

「貴族でも無いのに生意気な!」


 学園の生徒だろうな、制服着てるし。

 在学中はなるべく着て行動するよう言われてるし、俺も着てる。


 ただなー、顔見ても名前が浮かばない…。

 多分クラスメイトなんだろうが…。

 そもそも、初日以降は教室に入った事ないし。

 んー、まあ聞くか、無視したらあとから面倒そうだ。


「あのー、どちら様でしたっけ?」

「な?!俺はアッテンマー子爵家の次男ミケラだ!ウィンロード!」

「…ロードは付けんな、そっちは無くなったんだ」


 貴族籍と一緒にな。

 つか、こいつよく俺の名前知ってたな、まあ貴族だしそんなもんか。


「こいつ…!授業にも出ない不良平民のくせに!メイドなんぞ連れて…!」

「そうだぞ!この混ざり者平民混じりめ!」

「平民のクセに可愛い女の子連れて!くそが!」

「そうだ!こっちは男だけなのに羨ましい!」


 …要は俺が女の子連れて楽しそうにしてるから、嫉妬で因縁つけてきたのか。

 面倒くさい連中だ、暇なのか?


「あのな、授業に関しては、教室から出てけと言ったのはお前らなんだが?」

「やだ、坊ちゃま可愛いですって!」

「マリー、今大事な話してるから黙ってような?」


 まあ可愛いのは事実だが。


「くっ!こいつら貴族を前にイチャイチャしやがって…!」

「庶民が!これみよがしに腕を組みやがって!」

「平民のくせに生意気だ!」

「俺だって可愛い女の子とラブコメしたい!」


 …全く平民だ何だと…面倒くせぇ、折角の楽しい日が台無しだ、腹立ってくる。

 大体お前らも嫡男じゃないだろ、わざわざ学校で勉強しに来るやつなんて大体、あぶれる予定の次男坊以下の連中だし。


 まあ、一人だけ純粋に嫉妬してるのが居るが。

 うん、あいつはいいや。

 女子にもてないだろうな、可哀想に。


「ふん、まあいい。

 おい、そこのメイドよ!中々の器量だな、わが家で雇ってやろう、来るがよい!」

「嫌ですけど?」

「なんだと!?…平民のメイドごときが、貴族の慈悲を断るとは!」


 …あー、駄目だこいつぶん殴りてー。

 でも、我慢しないと。

 一応、相手貴族の子供だし。


「…可愛がってやろうと言うのだ、いいから来い!!」

「きゃっ!」


 マリーの腕を取ろうとしたナントカ子爵の奴を避けようとして、彼女が転んだ。

 あ、無理。


「俺のマリーになにしてんだテメェ!!!!」

「ンッごふっ!!」


 良いのが入ったが、気が済まん。

 とりあえず、泣くまで全員ボコる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る