第6話 親の顔より見た赤点

 委員長が変な人である事を知った翌日。


 学校から帰宅した後、明日の日本史の小テストに備えて軽く勉強していたら、ふと頭の中に奈良咲さんの顔が浮かんできた。



「そういえば、今回のテストで赤点を取ったら、赤点を回避できるまで毎日補習と再テストをするって先生が言ってたけど、奈良咲さん大丈夫かな……? お昼休みの時は、全然平気って言ってたけど……」



 奈良咲さん、休み時間になる度に私のとこに来てくれるし、なんならお昼ご飯も一緒に食べてくれるんだよね……こんな事されたら好きになっちゃうよ。



(というかダメだよ奈良咲さん……そんな他人に優しくしたら全人類が奈良咲さんの事を好きになっちゃうじゃんか)



 なんて思いながら、ふと奈良咲さんのチャンネルを確認すると今まさにダンジョンで配信をしている最中だったので、彼女の様子を確認するべく配信を開く事にした。


 そして画面を開いた瞬間、ちょうど奈良咲さんはテストの話をし始めた所であった。



「明日テストあるんだけどさー、結構やばいんだよね……補習になったらしばらく配信キツいかも」



 そして、そんな彼女の言葉に対して即座にコメント欄が反応する。



 :いつもの

 :テストの時毎回そう言ってない?

 :いつまでも待ってるよ



「赤点取る事前提にしないでよ! みんなあたしの味方でしょ!?」



 :味方だけど、赤点は取ると思ってる

 :よっ、世界一赤点が似合う女!

 :せっかく彼女できたんだから、彼女に勉強教えてもらえよ



「……ワカナちゃんには『全然へーき!』って言っちゃったから、今更頼れないんだよねー」



 :そんな嘘つく子に育てた覚えはありません!

 :なんで一瞬でバレる嘘つくん?

 :恋愛で偽りの自分を見せても意味ないんだぞ



「だって好きな人の前じゃカッコつけたいじゃんかぁ! まぁ、みんなは恋人できた事ないだろうから、カッコつけたがるあたしの気持ちなんか分かんないと思うけどさっ!」



 :急にこっちを刺してくるな

 :いつものオタクに優しいギャルはどこ……?

 :荒れてんなぁ



「あーもう! 今回こそ赤点取んないから! 絶対明日も配信してやるからなぁ!」



 そうして息巻く彼女を見て若干不安になりながらも、とりあえず元気そうだったので配信を閉じて、自分の勉強に戻った。



 ――そして翌日。テストが終わった後、奈良咲さんはこちらに駆け寄って泣きついてきた。



「若菜ちゃん、あたし補習確定したぁ! 勉強教えて下さい!」


「えぇ……」



 昨日、配信ではあんなに息巻いてたのに……



「と、というか、まだテスト終わって二分くらいですし、流石に早くないですか?」


「うん、もう既に補習確定してる点数なの自覚あるし、どうせなら早めに教えてもらおうと思って! ほら、先を見すえる的なやつ?」


「本当に先を見据えてたら、補習にはならないと思いますけど……」



 そして、そんな返事をしながらも私はふと思った。



(なんかギャルに泣きつかれるのちょっと良いかも……へへ。涙目の奈良咲さん可愛い……)



 ……あ、いやいや、新たな癖に目覚めてる場合じゃなくて、この後勉強するならこの話しとかないと。



「あの、今日も配信する予定だったんですよね? なら、リスナーさんに今日は配信できない事を連絡しておいた方が良くないですか?」


「うっ……やっぱそうだよね、そうしよ……」



 そうして奈良咲さんは落ち込みながらもY(旧ツブヤイッター)に、普段のテンションとは真逆で『今日は勉強するので配信はお休みです、暇させてごめんね』とだけ淡白なコメントを残した。


 そして人気者の奈良咲さんと言うこともあって、すぐに返信が届いた。



 :予定調和

 :親の顔より見た赤点

 :今日は配信ないと思ってたから予定入れたけど正解だったわ、俺の勝ちな



「くっそぉ……言いたい放題言ってぇ! ふん、良いもんね! みんなが暇してる間にあたしは若菜ちゃんとイチャイチャしてやるもんね!」


「……流石に補習まで赤点はまずいですから、勉強しましょう?」


「……だよねー。お願いします……くうぅ」



 そうして放課後になり図書室の一角にて、二人きりの勉強会が始まった。

 

 そして、だいたい五分くらいが経過した頃、奈良咲さんが提案してきた。



「……若菜ちゃん、あたし一つ提案があるんだけど、今からダンジョン配信しない?」


「ま、まだ五分くらいしか経ってませんよ……? もうちょっと粘りませんか……?」


「あ、いや、勉強したくないんじゃなくてね、あたしめっちゃ良い事思いついたの!」



 正直、勉強から離れようとしてる地点であんまり良い予感しないけど……一応聞くだけ聞こうかな。



「えっと、何を思いついたんですか?」


「ダンジョンって宝箱からいろんなアイテム拾えるじゃん? だからダンジョンで宝探しして、それで頭が良くなるアイテムとか見つけたら、補習も一発で合格できるんじゃないかな?」



 ……確かにそんなアイテムがあれば問題は解決するし、なんなら私も欲しい。


 でも、そんな事を思い浮かぶなんて、やっぱり勉強したくないだけじゃ……?



(というか、ここで提案に乗るのは奈良咲さんの為にならないし、反論しなきゃ駄目だよね。私は奈良咲さんの……か、彼女なわけだし)



 奈良咲さん私の事好きって言ってたし、それを知ってる今なら反論できるはず!


 数日前の手を握られただけでびっくりして声が出なくなってた頃の、弱い私はもう居ないって事を証明してみせる!



「で、でも、アイテムを拾えない可能性も考えると、普通に勉強した方が確実に補習を乗り越えられるのではないでしょうか……?」


「でもさ、モチベ無いままやっても身にならなくない? 今日アイテム見つからなかったら諦めて勉強するし、やるだけ得じゃん?」


「た、確かにそうかもしれませんけどぉ……」


「ささ、そうと決まったらノートしまって! 細かいことはダンジョン行ってから考えよ! さあ、出発だー!」



 ああ、ギャル強い!



(……これ、試しに加速も反論に使えるように訓練してみようかな。脳の回転を加速させて口を回せるようにする……とか? いや、脳みそ焼き切れちゃうかもしれないし、やめとこ)



 なんて思ってたら、急に顔を赤くし始めた奈良咲さんが、私の手をぎゅっと手を握ってきた。



「よ、よし。じゃ……その、手繋いで行こっか、折角だし、ね?」



 そして、そんな彼女に私は返答をする。



「へ? は、はい、そうですね……?」


「えへへ……最初に助けてもらった時ぶりだよね……? てか、なんか改めて手握るとめっちゃ緊張してきた、これ、思ってたよりヤバいかも、心臓めっちゃバクバクいってるし……」



 そう言いながらどんどん顔を赤くする奈良咲さん。


 そんな彼女を見た時、私の心に住んでいる内なる獣が目覚めて、なにか大きな感情が胸の奥に込み上げてきた。



(あっ、駄目です。これは調子に乗ります私)



 こんなの実質交尾でしょ……そりゃ調子にも乗るよ。


 そんな真っ赤な顔で俯いて……こんな可愛い子が私の事好きなんだって私を調子づかせて……


 もし私が奈良咲さんに手を出しても、可愛い顔してこんな事してくる奈良咲さんがいけないんだよ……?



「じゃ、じゃあ、行こっか! ね!」


「は、はい! 行きましょう!」



 そうして私達は、ダンジョンへと走りだした。


 しかし、そんな私達の様子を遠くから見つめる視線がこちらを追尾してきている事に、その時の私は気がつかなかった。



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