第5話 兄と姉の邂逅と生徒会
~花音view~
「え? なんでこれ持ってるの!?」
さっきまで緊張してしまっていた私だったけど、先輩の驚いた声で逆に冷静になった。
秋谷大河先輩。この人が〈美青ドナ〉先生。
上級生の男子生徒と聞いて大人な人を想像してしまったけど、予想に反して本人は小さな人だった。
背は高くない。平均よりひと回り下ぐらいだろうか。そういえば、大洋さんも同じぐらいだったような気もする。
身長以上に彼を小さく感じさせるのが、身体の細さだ。化繊のTシャツから覗かせる二の腕は、木の枝のように細い。しかしそこに不健康さは無く、まだ六月の初旬なのに日に焼けた肌が男性的な存在感を担保している。
いけない。変なこと考えこんじゃった。
「このアクキーは金曜日に先輩の弟さんからいただいたもので、これを鞄に付けてきたら秋谷さん……妹さんが偶然気づいて、先輩を紹介してくれると申し出てくださって……」
「あ、ああー。もしかして君が、大洋が言ってたヴァイオリン少女」
「ヴァイオリン少女? え、飯山さんヴァイオリン弾けるの? あたし初耳」
「わあああ!? ちょ、ちょっとそれ今ここで言わないでくださいっ!」
ヴァイオリンのこと、学校内では触れないでほしい……!
「え? あ、ごめん。もしかして秘密のことなの?」
「弾けること、あんまり大っぴらにしたくないんです……」
中学生時代、ヴァイオリンが弾けることが知れ渡ってしまったことで面倒ごとを呼び込んでしまった反省で、高校に進学してからはヴァイオリンのことは伏せている。
「そうか。そういうことなら理由は聞かないよ」
「すみません。助かります……」
「なんかごめんね……」
あ、なんか私のせいで気まずい空気になってる……? な、なにか言わなきゃ……!
「ああ、えっとその……あ、そうだ! 私にご用があるんでしたっけ?」
「そうそう。俺のせいで話がそれたね。申し訳ない。用があるのはこいつなんだ」
先輩はそう言って、隣にいた男子生徒を前に出す。
「こんにちは、飯山花音さん。僕は生徒会長の
どこかで見たような顔だと思ったら、生徒会長だった。こちらは中肉中背で、大河先輩と並ぶと武藤会長のほうが上級生のように見える。
「こんにちは。ご用件はなんでしょうか?」
「ちょっと生徒会の用事で話したいことがあって、今から時間ある?」
生徒会に呼ばれる心当たりは無いんだけど、怪しい話ではなさそうだ。
「ええ、まあ、ある程度は」
「ありがとう。そしたら、生徒会室まで来てもらっていい?」
「わかりました」
「じゃあついてきて。あ、荷物は持っていく?」
「んー……。じゃあ一応持ってくるので、少し待っててください」
自席に置いていた鞄を取って戻ると、武藤会長は大河先輩を伴って歩き始めた。
「兄貴が行くならあたしも行くー。ねえ、あたしもついてっていいでしょ?」
秋谷さんも追いかけてきてそんなことを言う。
「まあ内緒話じゃないから好きにしなー」
若干投げやりながらも、邪険にすることなく答える先輩。
なんとなくこの兄妹の距離感が垣間見えた気がする。
**
生徒会室は、一年生の教室からそう遠くないところにあった。
武藤会長は奥の窓際の席、大河先輩はその隣の席に座った。
私と秋谷さんも、好きな席にどうぞと促されて腰かけたところで、生徒会長が口を開いた。
「ご足労ありがとう。ここまで来てもらった用件についてだけど、飯山さんに来月から始まる次期生徒会選挙に立候補してほしいんだ」
「つまり、生徒会への勧誘ですか」
「その通り。今年はまだ一年生の立候補者がいなくてね。こっちから声かけないと生徒会存亡の危機なんだよ」
まあ新入生の立候補者が少ないのはよくあることなんだけどねと、武藤会長は肩をすくめながら言う。
「純粋な疑問なんですけど、どうして私に?」
「えっとまあ、単純に飯山さんが委員会も部活動も無所属で、あとは主席入学だったことなんだけど。ぶっちゃけて言うと、生徒会の権限で把握できる情報の中から一番良いと思ったのが飯山さんだって理由です。面白みのない回答で悪いけど」
まあ、それはさもありなんといったところか。
「理由は理解できました。ぶっちゃけ話をお聞かせくださりありがとうございます。でも学年主席の生徒を引き入れたいというなら、たぶん私はこの中間テストで主席からは落ちますよ?」
「え!? ……そうなの?」
隣の秋谷さんが驚いた声を上げる。
「予想だけどね。入試は猛勉強したけど、中間はあんまり勉強してなかったから、さすがに主席は無理じゃないかなって」
とはいえ、トップテンには入ると思うけど。
「へ~。学年一位にこだわりは無いんだ」
「ないねー」
秋谷さんの言葉を受け流すように答える。世の中には一位であることにアイデンティティーを抱く人もいるようだけど、私にはそれはない。順位なんてナマモノだ。
「あんまり勉強しなかったのはどうして?」
「ちょっと他に優先することがあったから。まあそれはもう終わったから、次からは普通に勉強するけど」
この春の間は原付免許の取得と運転練習に集中していたので、いろいろ二の次になっていた。これについては今だけだからと割り切ったし、過ぎたことだ。
「学年主席の印が重要であれば私は不適ですが、いかがですか?」
武藤会長に目を向ける。試すようなことを言った私に対し、彼はとくに表情を変えることなく回答を口にした。
「生徒会への勧誘要件に成績はあまり重要じゃないから平気だよ。かく言う僕も成績は平均前後だし。まあ、成績優秀であることは望ましいけど、本当に重要なのは生活態度とか、共に仕事できるかだから」
それは確かにもっともな話だ。
「生徒会ってどんなことをするんですか?」
「いい質問だ。あ、これ一度言ってみたかったんだよね。夢が一つ叶ったよ。……ああ、ごめん。脱線した」
気を取り直して……と前置きして、武藤会長は生徒会の役職のことや年間の活動予定を、大雑把に教えてくれた。
「――とまあこんな感じで暇ではないけど、それなりの権限がもらえるから結構自由にやれるし、要領が良ければ楽もできる感じだよ」
「なるほど……」
話を聞いて、気になった点が一つあった。
「今の話だと、三年生の大河先輩は前期で引退ということになるのですね」
私たちの学校――
「いや、俺は後期も生徒会にいるよ」
今まで黙っていた大河先輩から、意外な回答が飛び出してきた。
「え? いられるんですか?」
「とは言っても非正規役員だけどねぇ」
「非正規役員……?」
どういうことなのかと、武藤会長に顔を向ける。
「秋谷先輩には僕が会長権限で非正規の役職を与えて、生徒会の一員として参画してもらってるんだ。というか今もそうなんだけど」
今も?
「先輩の役職ってなんですか?」
疑問をぶつけてみる。
「相談役」
「相談役……」
復唱してしまった。てっきり副会長とかそういうのだと思っていたのに、斜め上の回答だった。
「非正規役員だから対学校への権限は無いんだけど、対生徒への権限は一応正規役員と同様に
学校側に認めさせるのが大変だったと、武藤会長は語り始める。
なんでも、武藤会長が一年生だった時代の生徒会は二年生が在籍しておらず、一年生ながら会長に就いてしまった武藤会長はどうにか仕事を回すため、人手不足を理由に非正規役員制度の確立とその任命権を得るために東奔西走し、今日の現状を得たのだと言う。
「そういうわけで、先輩には来期も相談役に就いてもらう予定なんだ」
「なるほど……」
「それで、どう? 生徒会、一緒にやってもらえないかな?」
「うーん、そうですねー……」
ちょっと考える素振りを見せてみる。
「やってもいいですけど、ひとつ条件があります」
二つ返事で引き受けるのは勿体ないので、ちょっとおねだりしてもいいよね。
「どんな条件かな?」
「……大河先輩」
「ん? 俺?」
「私に絵を描いてください!」
「あ、えっ。あー……」
先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから、何か悟ったように語尾を萎ませる。
「条件はそれだけです」
「……絵?」
話についてこれない武藤会長は首をかしげている。
大河先輩は難しい顔をして、うーんとかむーとか唸っている。
「……別の条件にしない?」
「しません」
「……この会長を奴隷のように使っていいとか」
「ダメっすよ!? 勝手にそんなこと言わないでください!」
武藤会長が抗議の声を上げている。
「いりません」
「いらないの!?」
妥協の提案も代替案も一刀両断で棄却させてもらう。またとないチャンス、逃しませんよ。
大河先輩はうめき声をあげながら悩みこむ。
「いいじゃん兄貴。ここは先輩らしく一肌脱ぎなよ」
泉美が助け舟を出す。
「お前な……ああもうわかった。描くよ」
やった!!
嬉しくて思わずガッツポーズをしてしまった。
「その代わり生徒会は真面目にやってくれよ」
「はい。もちろんです!」
「は~……」
呆れた表情でため息をついている。
「……えっと、先輩? 彼女めっちゃ嬉しそうっすけど、先輩の絵って何なんですか?」
武藤会長は未だに状況が飲み込めず、混乱していた。
「良かったな武藤。次期役員ひとり確保だ。明日飯奢れ。あと俺はこれからここでクライアントと打ち合わせするから、お前は出ていけ」
「ちょっ!? 何いきなり横暴なこと言うんすか!?」
「役員確保の功労者に感謝しろって言ってるんだよ」
「だから意味わかんないんですって!」
「だー! そのうち説明するから、今日のところはすっこんでくれ」
「……わかりましたよ。帰るときはちゃんと鍵かけてくださいね。ったく……、僕は生徒会長なのにこんな扱い……」
武藤会長はわざとらしく拗ねながら生徒会室を退室した。
私はちょっとだけ申し訳なく思った。
「あたしも部活行くから帰ろっかな。兄貴ぃ~。こんな美少女と二人っきりだからって、いやらしいことしちゃダメだからね~」
「そっかー。ダメかー」
「あたしならいいけど~」
「じゃあな」
「素っ気な~」
茶番に満足したのか、秋谷さんも私にまた明日ねと言って退室していった。
「さて、邪魔なのがいなくなったところで――」
二人きりになって少し静かになった教室に、先輩のあまり大きくない声が響き渡る。
「単刀直入に聞くけど、君が〈ハナネ〉さん?」
「あ、はい。〈ハナネ〉のアカウントは私のです。ごめんなさい。まさかあの投稿があんなにバズるとは思いもよらなくて……」
「うん、まあ、正直困ったけど不可抗力だから気に病まないで……」
「すみません。ありがとうございます……」
私の通知欄でも大洪水だったのだから、先輩の方も大変だったのだろう。若干遠い目をしていて本当に申し訳なくなった。
「あー……。それで、さっきの絵を描いてほしいって話は、俺が〈美青ドナ〉として一枚描き下せばいいのかな?」
「はい! 私、〈美青ドナ〉先生の絵をもっと見たいんです! あのアクキーはすっごく可愛かったし、ドナ先生のアカウントがわかってから見つけた他の絵も素敵で、どれも目が吸い込まれるようで感動しました! ……ちょっとズルしましたけど、こうして絵をお願いできるなら生徒会でも何でもします!」
「…………」
先輩が固まっている。
はっ!? しまった。ちょっと熱くなっちゃったかもしれない。あれは引いてるよ。
「ご、ごめんなさい……! 興奮しちゃって……。えっとその、絵は一枚描いて下さればそれでいいので……」
「あ、いや、うん。一枚絵ね。どんな絵がいいかリクエストはある?」
「アクキーのキャラでお願いします。あの娘、可愛くて好きです! そういえば、あのキャラの名前はなんて言うんですか?」
「名前? いや、名前は無いな……。強いて言えば看板娘?」
「え!? 名無しなんてかわいそうですよ! すぐ決めましょう。今決めましょう!」
「今? えー。うーん……名前……名前かぁ……」
いままで名無しで放置してたわりには、かなり真剣な顔で考え込んでしまった。
無言のまま時間が一分、二分と過ぎていく。
「……ごめん。そのうち決めるから今日は勘弁してくれる?」
「わかりました。宿題にしましょう」
ホッとした表情をする先輩。そんなにプレッシャーを与えたつもりは無いんだけど、名付けに思うところがあるのだろうか。創作者には親心とか、何かいろいろあるのかな。
「絵だけど、ポーズとかシチュエーションとか指定はある?」
「お任せじゃだめですか?」
「別にそれでも構わないけど、あると助かるかな」
「そうですか。そうですねー……」
ちょっと考えてみる。が、これが意外に思い浮かばない。
なるほど。あると助かるというのはこういうことか。
ポーズ……シチュエーション……うーん……。
「あ、服装の指定はどうですか?」
「いいね服装の指定。大歓迎だよ。それで、ご希望は?」
「ええとですね……。最近私が買った服があって、それを着せてほしいかなーって……」
思いつきで言ったことだけど、言ってる途中で恥ずかしくなってきて尻すぼみな声になってしまった。
「なるほどね。どんな服? 写真とかある?」
私の様子に気づいた様子もなくナチュラルに聞いてくる先輩。
写真……あったっけ? スマホの写真ファイルを開いてみる。
「ごめんなさい。今は写真無いです……」
「そう。じゃあ明日持ってきてよ」
「明日ですか」
「他の日でもいいけど」
「いえ。明日持ってきますよ」
「了解。じゃあどうしようか。放課後になったらまたこの生徒会室に来てもらうってことでいいかな」
「はい。大丈夫です」
「それじゃあ明日よろしくね」
その日はこれで解散となった。
イラストの完成が今から楽しみ!
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