第4話 妹は見た
~泉美view~
「行ってきます」
「
火曜日の朝。眠い目をこすりながら朝ごはんを食べていると、玄関から二人分のお節介な声が聞こえてきた。
「そんなことしません~。さっさと行ってらっしゃ~い」
あたしには兄が二人いる。しかも双子だ。
二人は違う学校に通っているのに、毎朝こうして一緒に出ていくぐらい仲がいい。
上の兄の学校はあたしと同じなのだけれど、二十キロ離れた学校へ自転車で通う下の兄と途中まで付き合ってから登校しているので、真っすぐ行けば八キロ程度の通学路を遠回りしてその倍ぐらい走っている。
なので、電車通学のあたしは兄とは時間差で家を出る。まあ、この歳で兄妹揃って登校するのも気恥ずかしいから、全然かまわないんだけど。
「ほんと、仲いいよね」
あの仲のよさは双子だからなのか、それとも同性の兄弟だからなのか。
そのどちらも持たないあたしにとっては、たまにそれを羨ましく思うのだった。
**
「おはよー」
「おはー」
一年A組の教室に入り、目が合ったクラスメイトに挨拶したりしつつ自席に座る。
苗字が『秋谷』のあたしの席は左奥の最前列。今まであいうえお順で先頭を譲ったことは一度もない。あ、嘘。秋田さんに負けたことがあった。
中間テスト明けの今週は、先週と打って変わって
「秋谷さん、おはよう。なんか眠そうだね」
「おはよ飯山さん。今日もほとんど中間テスト返却かー。嫌だなー」
「私は授業がないから楽でいいと思うな。テスト返却」
「それはそうだけど、そうじゃないんだよなー」
後ろの席に座るのは飯山花音さん。小柄で童顔な可愛らしい子で、成績もいい優等生だ。
入学式で新入生代表として挨拶していたから主席入学だったのだろう。初めの頃はガリ勉ちゃんなのかなと気にしていたのだけど、実際の彼女はマイペースな子で秀才っぽくないことがすぐわかった。
おかげで親友とまではいかないものの、こうして距離感なく会話できる程度の関係ではある。
「ホームルーム始めるぞー。席につけー」
そうこうしているうちに、担任の先生が教室へやってきた。
また気怠い一日の始まりだ。
**
待ち遠しかった放課後がやってきた。
授業終わりに鞄にノートを仕舞って帰り支度をしている飯山さんを見て、ふと気がついた。
彼女の鞄にいつの間にやら新しいキーホルダーが仲間入りして取り付けられていた。
そのキーホルダーは見覚えがあるというか、浅からぬ縁のあるもので……。
「ねえ飯山さん。そのアクキー……」
「あ、これ? えへへ~。可愛いよね! 可愛いよね!」
すごい食い気味に言われた。
「う、うん。可愛いと思うけど、それ……」
「あ、このキャラクターってね、イラストレーターさんのオリジナルキャラクターなんだよ」
「いや、知ってるけど……」
そういうことが聞きたいんじゃなくて……。
「えっ!? うそ。秋谷さんこのキャラ知ってたの!?」
「知ってたっていうかなんていうか……飯山さんの方こそどうしてこれ知ってるの? ていうか何でこれ持ってるの?」
このアクキーは
「これはね、先週人から貰ったものなの。すぐ気に入っちゃって、昨日から付けてきてるんだ」
「ああ、貰い物。貰い物……あっ!」
そういえば、
「ねえ飯山さん。そのアクキーくれた人って、もしかして自転車乗ってた?」
「え……そうだけど、え? なんでわかったの?」
「いやぁ。その人、たぶんうちの兄貴かなって……」
そう言った瞬間、彼女は大きく目を見開き、こちらに身を乗り出してきた。
「じゃ、じゃあ秋谷さんのお兄さんのお兄さんってドナ先生なんですか!?」
「そうだけど……ちょ、ちょっと声大きい! ドナ先生とかここで言っちゃダメ!」
「あ、ごめんなさい! 興奮して……」
このネット社会、ハンドルネームというものは、ファンタジー世界の真名のようなものだ。教室内で安易に叫ぶものじゃない。
「でもまあ、確かに驚くよねぇ」
「そうだよ! まさか秋谷さんが妹さんだなんて」
そこはかとなくキラキラした目で言うなぁこの子。
「さっきお兄さんのお兄さんって言ったよね? あたしに兄が二人いるって言ったことあったっけ?」
「ううん。このアクキーくれた人が、作者は自分のお兄さんだって言ってたから、そうかなって」
「やっぱり洋兄が誰だかにアクキーあげた相手って、飯山さんだったのか。なるほど……」
「洋兄?」
「我が家の次男で名前は
「へー。大洋さんって名前だったんだ」
「あいつ名乗らなかったの?」
「名前は聞かなかったねー」
我が兄ながら塩対応だなぁ。まあでもそういうもんかも。
そのとき、スマホにメッセージ通知が届く。
ふーん。このタイミングで……噂をすればってやつかしら。
「ねえ、ドナ先生に会ってみる? 今から」
「え、今!?」
「うん、今。この学校にいるから」
「え、え? ドナ先生って、ここの在校生なの?」
「そうだよ。三年にいる」
「へー……」
「で、もうすぐここに来るらしいんだけど」
「ふえっ!? もうすぐ!? 呼んだの?」
「や、なんか用があるらしくて、そっち行くってメッセージが来て。……って、噂をすれば」
教室の外で手をひらひらと振っている人影が見える。話題の人の到着だ。
「兄貴来たけど、挨拶してく?」
「え、あ、う、うん。それじゃあご挨拶させてもらおうかな……。ちょ、ちょっと待ってね」
彼女は慌ただしくスマホのインカメラを起動して前髪を整えたり、服のしわを伸ばしたりしている。なんかかわいい。
「よし……じゃあ、お願いします」
「はいはい。おいで」
あたし先導で、教室の外で待つ大河兄の下へ向かう。
**
大河兄は一人の男子生徒と並んで廊下で佇んでいた。
「お待たせ」
「呼び出して悪い、泉美。ちょっと取次ぎを頼みたくて」
「取次ぎ?」
「そう。飯山花音さんって生徒を呼んで欲しいんだけど」
ん。なんか面白そうなことが起きそうな予感。
「ちょうどいいや。ねえ大河兄、ここに大河兄に会ってみたいって人がいるんだけど」
「え? 俺に?」
「うん。……ほら、挨拶するんでしょ」
あたしの背中で隠れるようにしていた彼女に声をかけると、彼女はおずおずと顔を出した。
「は、はじめまして。私、飯山花音と申しますっ」
「ああ、どうも。三年の秋谷大河です……」
大河兄は受け答えしながら、あたしに目でどういう状況かと訴えてくる。
「大河先輩というのですね。よろしくお願いします。あの、単刀直入に聞くんですけど、このキーホルダーの制作者は先輩で間違いないでしょうか」
「え? なんでこれ持ってるの!?」
こんなに動揺する兄を見るのは珍しい。面白いから傍観してよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます