第28話 名付け


『さて、竜人の子よ、儂に何が聞きたいんじゃ?』

「俺も竜から命令されるんだけど、どうすれば命令を聞かないですむ?」


 レウスの質問に対し、老竜はうなり始めてしまった。

 何やら考え込んでいる様子だが、シマオウがのそっと立ち上がって、老竜に近づいていく。


 何やら、シマオウとも会話を始めたが、俺では何を言っているかがわからない。


『竜もじゃが、魔物にとって上位の種族に逆らうことは難しい。竜人は竜と近いしいからのう。影響を受けることもあるじゃろうな』

「どうしても、無理? 操られると困るんだよね」


 俺が巻き込んだことだが、レウスとしても憤りがあるらしい。

 俺とレウスが戦線離脱状態の中、アルスはしっかりと活躍しているのも悔しいとも言っていた。


「……なんとかならないか?」

『下位の種族であっても、上位よりも強くあればよいのじゃ。儂も、そのこわっぱのが上位種じゃが、生きた年月が違うからのう。命令されても逆らえるぞい』


 老竜よりもオリーブの方が上位種……〈ケラス〉という固有種であるから、命令をされれば普通なら逆らえないらしい。だが、生まれたてのオリーブに比べ、数千年を生きているこの老竜なら、命令を跳ね除けるくらいはできる。


『じゃが、それはせぬのじゃ』

「……なぜ?」

『怒らせるからじゃ。争いとなる。儂は争いは嫌いじゃ。沼でまどろみつつ食事が出来ておればよいのじゃ』

「つまり、おじいちゃんは逆らって面倒ごとになるくらいなら従っておくってこと?」

『そうじゃな。命令を受けても逆らえる強さがあり、その後も狙われても跳ね除けるだけの強さがあればよい』

「そっか。強くなるしかないか」


 レウスは握りこぶしを作り、気合を入れる。それを見たアルスもこくりと頷いている。

 強くなる。それは俺達の目標であることは変わらない。


『そうじゃのう……おい、こわっぱ。儂の尾付近の、鱗を3枚ほどとってきてくれんか。痛くないようにそっとじゃぞ』


 老竜が俺らの様子を見て、少し考えてから、オリーブに頼み事をする。

 俺がオリーブに頷きを返すと、オリーブが沼に潜っていった。この巨体の尾の部分が何メートル先かはわからないが、陸地に上がってもらうのは良くないだろう。


「オリーブのが上位種って言ってなかった?」

「……ああ」

「怒ってもたいしたことないってことかな。大きさ……違い過ぎるよね」


 オリーブのが上位種といいながら、こわっぱと呼んで、頼み事している。上位種でも、明らかに差があれば怒らせることにもならないということか。

 この老竜が友好的だから問題ない。だが、この巨体と戦うことになれば、勝ち目はないだろう。大きな被害を受けることになるだけだ。


『いだっ……いっ……痛いのう。老体を労わって、もっと優しく取れんのか』

「……大丈夫か?」

『ひどいのう。尾の当りがちくちくするわい』


 オリーブが鱗を剥いでいるのだろう。そのたびに、「痛い」と言いながら、体をひねらせている。

 そして、体が揺れるたびに沼に波が立ち、俺らの足元もぬかるみになりつつある。大波ではないことが救いだが、だいぶ陸地が水浸しになっている。


 他の魔物たちも迷惑だろうが、姿は一切見えなくなっている。おそらく、老竜が姿を現した時点で逃げ出している。


「ぷ~」


 老竜に対し、キャロが一鳴きすると淡い光が老竜を包んだ。どうやら、キャロが回復魔法を唱えたらしい。一瞬、体が光って消えていく。


『おお! 痛みがひいた。よきよき』

「すごいじゃん、本当に魔法唱えてる!」

「ぷぷっ」

「……ああ。よくやった」


 キャロを褒めて、撫でる。ロットも近づいてきたので撫でようとするが、二人でじゃれつきはじめたので、撫でるのをやめる。老竜の方に視線を戻す。


『助かったのじゃ』

「……ああ」


 戻ってきたオリーブは口元に鱗を3枚……ではなく、7枚咥えている。

 それに気づいた老竜に対し、オリーブは威嚇している。オリーブなりの意思表示。自分が上位種という矜持として従うだけではないということだろうか。

 二匹は、何か言い合いのように話をしている。


 だが、興奮した老竜が動くせいで、周囲がびしょびしょになってきているので、ほどほどにして欲しい。


『こわっぱ! 3枚と言ったじゃろう! 儂の尾がハゲたらどうするんじゃ』

「しゃ~」


 オリーブはそのまま、俺の手に7枚の鱗を置く。先日倒したヒュドールオピスの鱗とは比べ物にならない高魔力が宿っていることがわかる。


『子らよ。これを身に着けておけば、儂と同程度の竜なら命令を跳ね除けられるはずじゃ』

「……いいのか?」

「いいの? マジで?」

「えっと、ありがとうございます」

『じゃが、ただではやらんぞ』


 千年以上生きた水竜の鱗であれば、今後、竜種への対策としてはかなり効果があるだろう。お礼を言って頭を下げた。

 だが、鱗をくれるのかと思ったが、違うらしい。重々しい声で、渡すための条件をつけるという。「戦え」と言われたら、全滅の恐れもあるため、俺らが身構えつつも、慎重に答える。


「……俺達にできることなら」

「うん。おじいちゃん、何かして欲しいなら俺らも手伝うよ」

『おお、優しいのう。では、頼みじゃが、儂も名前が欲しい』


 予想外の返事だった。

 名前? 首を傾げるが、そこに何か意味はあるのだろうか。

 いや、オリーブがまた威嚇の鳴き声を出しているので、名前自体に意味があるのかもしれない。


「……名前?」

「名前? ないの?」

『名付けてくれるような話し相手もおらぬ。お主らを見ていると羨ましくての。儂もそのこわっぱのように名前が欲しい。名前で呼ばれたいんじゃ』


 ずっと沼の底で引きこもり生活をしていたこの老竜は、名前がないらしい。呼んでくれる仲間がいないと名前はいらない。俺らと話す中で、欲しくなったという。

 だが、シマオウも少々複雑そうに鳴いているので、名前をつけるという行為に何かあるのかもしれない。


「名前か~? なにがいいかな?」

「……翁」

「いや、それは敬称じゃないの? おじいちゃんなのはわかるけど、もっといい名前つけてあげようよ。あ、果物とか野菜は禁止!」


 流石に自分がテイムするわけじゃないのに、そんな名前は付けない。ネーミングセンスがあるわけじゃないのは理解しているが……。

 ちらっとアルスに視線を送るが、アルスも首を振っていて、案はないようだ。


「……年老いた竜…………応竜?」

「で、でも、応竜って、竜の長じゃなかった? ドラゴンの長は別にいるなら、他の名前のがいいんじゃないかな」

「そうそう。でも、俺も特に浮かばないな。アルス、なんかいいのある?」



 3人で頭をひねって考えるが、いい名前が浮かばない。

 しばらく考えて、アルスが思いついたらしい。それでも、戸惑っている。レウスが「いいから、いいから」と先を促すと漸く口を開いた。


「え……う~ん。夜刀神、とか?」

「……やとのかみ?」

『おお! なんぞ、よき響きよな! ヤトノカミ、儂の名前はヤトノカミじゃ!』


 アルスの名前が気に入ったらしい。自分で名乗りを上げると、少し体が光ってからすぐに消えた。持っていた鱗も一瞬輝いたが、何かあるのだろうか。


「良かった。たしか、蛇の神様の名前だったはずだから、似合うかなって」

『うむ。気に入ったぞ』

「ヤトノカミじいちゃん。それで、これ貰っていいの?」

『うむ。もちろんじゃ。ヤトノカミから友である……名前はなんじゃったかの?』

「俺、レウス」

「……ナーガ」

「僕はアルス」


 俺らも名乗っていなかったのを思い出し、各自名乗りをあげる。それに続くようにシマオウ、キャロ、ロットも鳴いた。


『そうか、そうか。ではヤトノカミよりレウス、ナーガ、アルスに贈ろう。残りの4枚は、そ奴らにでも渡してくれ』


 俺の周りにキャロとロットが寄ってきたので、「少し待て」と言って、鱗に紐を通す。

 俺達も首からかけられるようにしたが、キャロとロット、シマオウにも首輪にようにして身に着けさせる。


 オリーブはどうするかと思ったが、首を振って固辞されたので、とりあえず荷物にしまっておく。


『さて、アルスよ。そなたは何かあるか?』

「え? いや、僕もこれをいただいただけで、十分で」

『駄目じゃ』

「だ、だめ? え? 何が?」

『ナーガとレウスの望みを叶えたのじゃ。そなたの望みも叶えるべきじゃ。ほれ、何かないのか』


 俺らの願いを叶えたから、アルスの願いも叶えるというヤトノカミに、アルスは戸惑っている。


 アルスがしばらく考え込む。元から控えめなため、自分が何かを願うとは考えていなかったらしい。しばらく考え込んでいたが、漸く口を開いた。


「その、また遊びに来たとき、話相手をしてください」

『うむ? そんなことでよいのか?』

「僕たち、たまにこの沼に素材を採りに来るので、暇だったら顔みたいかなって。友達なら、いいかな?」

『おお、そうか。では、来たときは名を呼んでくれればよいぞ』

「わ、わかりました。あ、その……討伐されないように、僕ら以外には姿を現さない方がいいかもしれないので」

『うむ。お主ら以外の前では気を付けよう』

「あ、俺らの仲間を連れてくることもあるから、他の気配があっても呼んだときは顔だしてよ、ヤトノカミじいちゃん」

『おお、ではそうしよう」


 楽しそうに承諾したヤトノカミに別れを告げて、ダンジョンへと出発する。

 予想外のことではあったが、収穫はあった。


 具体的に、クレインが狙われる理由はわからないが、その手掛かりとして、ドラゴンを訪ねてみる。

 そのためには、強くなる必要がある。ドラゴンの元へと行けるだけの強さが。



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