第27話 緑の沼の主


 翌日、ティガは納得して、ダンジョンについてくることはなかった。3人でダンジョンに行く前に冒険者ギルドへと向かう。



「おはようございます。ナーガさん、少しよろしいでしょうか?」

「……ああ」


 待ち合わせをしている冒険者ギルドに行くと、受付嬢に呼ばれて奥の部屋へと向かった。


「ユニコキュプリーノスの討伐部位の確認が取れました。こちらについては、パーティーの口座に振り込みでよろしいでしょうか?」

「……ああ……分配については、クレイン達が戻った時点で行う予定だ」

「それから、ヒュドールオピスの買い取りを希望し、取次の依頼が複数名から来ております」

「……全て、依頼主であるラズライト様に渡している……何もない」

「かしこまりました。伝えておきます」


 グラノスからの指示通りに全て渡しておいた。ただ、素材の買い取りを希望のために取次が来るとは思わなかった。だが、複数名というのは気になる。

 俺らがラズの依頼でスタンピードに行くのは、公表されていないはずだ。


「……貴族か?」

「はい。ですが、無いのであれば仕方ないかと……ユニコキュプリーノスはいかがでしょうか?」

「……ほぼ、魚の身を干して食料として保管している。魔石については、クレインが錬金に使うだろうから納品しないと思うが……角の部分は、納品することは出来る。あれも調合素材に使う可能性はあるが……」

「かしこまりました。持て余しているわけではないのであれば大丈夫です。食料とのことですが、今年は可能であれば備蓄をしておくことが推奨されるようです。一般的に食材になる魔物ではありませんが……今後は、他の魔物の肉などは買い取り額が上がります」

「……そうか。覚えておく」


 食料か。

 だが、シマオウもだが……実は、オリーブも結構な量を食べる。いや、サイズの割にというだけだが……。


 大量のユニコキュプリーノスについて、かなりの量を鰹節もどきにしていたが……同じ要領で干し肉とかも作って、食料保存に努めるほうがいいのだろうか。


「クレインさんから調査をお願いされている件がありますが、お伝えしてもいいですか?」

「……調査?」

「はい。緑の沼にて、危険な魔物がいるのではという報告を受けていまして……」

「……緑の沼?」


 俺自身も何度か採取に行ったことがある。

 ダンジョンに行かない新人や、薬草などの採取クエストを受ける冒険者くらいで、危険を感じるような魔物はいなかったはずだが……クレインが調査を依頼するようなことがあるか?


 だが、何故か、俺の肩に巻き付いているオリーブも地名に反応した。何かあるのだろうか。


「はい。クレインさんが危険を感じたこと、また、領主様の従者からの証言もあり、調べていました」

「……結果は?」

「はい。元々、新人などが行方不明になることはあったのですが、特に魔法使いの行方不明率が高いことがわかりました。ただ、多少魔物の数が減っていることは確認できましたが……」

「……わからなかったか」

「はい。スタンピード中も特に異常もありませんでした。これ以上の調査の継続が難しいため、また何かあったときに対処することになります」

「……伝えておく」


 調査報告書を渡されて確認をしてみるが、特に異常がないことだけは確認できた。

 クレインが沼の中に何かいるという証言はあるが、そもそもあの池の中に入って調べることは出来ないため、定期的に人を派遣して沼の様子を見るくらいだったようだ。


 だが、オリーブだったら、沼の中を確認出来る。


「……クレインに渡しておく。俺も一度、寄ってみる……その後、俺とレウスとアルスでミリエラダンジョンに行く予定だ。パーティーなどはどうすればいい?」

「はい……基本的にはパーティーメンバーはそのままで、一部のみ参加……こちらでも記録しておきますが、ダンジョン入口で、メンバーを記入するようにしてください」

「……わかった」

「お気をつけて、幸運をお祈りいたします」


 一通り手続きを済ませ、討伐依頼を確認していたレウスとアルスと合流する。


「あ、ナーガ。奥にいたんだ? 何かあった?」

「……いや。少し、緑の沼に寄り道してもいいか?」

「いいけど、どうしたの?」

「……後で話す」


 他の冒険者の前で話すことでもないと、テイマーギルドへと向かって、シマオウ達を連れて町を出る。

 緑の沼にてキャロ達の餌をやりつつ、奥へと進んでいく。


「で? クレインが、ここの調査を依頼してたの?」

「……ああ、そうらしい。ただ、何もなかったので打ち切るそうだ」

「えっと……僕たち、何度か来てたけど、聞いてないよね?」

「…………ああ」


 たぶん、自分の時には危険を感じたが、それ以降平気だったから忘れていたとかだろう。特にここに何かあるとは思わないが……。


「……何もないとは思うが……オリーブなら、水の中を潜っても問題はないはずだ。少し調べる……」

「蛇って、水の中泳げるの?」

「いや、アルス……そいつ、蛇じゃないじゃん」

「え? そうなの?」

「……擬態している」


 擬態しているだけで、蛇ではない。緑に濁った沼の中であっても、おそらく大丈夫だろう。毒状態になる可能性はあるのかもしれないが。


「……頼むぞ」

「シャ~」


 沼の中にオリーブを放つ。キャロとロットが沼の水を飲んでいるが、ここの水は飲んでも大丈夫なのだろうか。気にせずにそこらへんの草を食べ始めた二匹にシマオウが頷いているので、腹を壊したりはしないのか。


「でもさ、クレインが逃げだすのに、俺ら3人で大丈夫なの?」

「た、確かに……レベルは上がったけど、危ないのかな」

「……危険な時には逃げる」


 危険を全く考えなかった訳ではないが、戦力としては十分。

 魔法もキャロとロットがいるため、そこまでバランスが悪くない……いや、そもそもシマオウもだが、自己判断で勝手に戦うので不安は残っているが……。


「ねえ、あれ!」

「え? 大きい影……あれ、どうしよう?」

「……いや、その前をオリーブが泳いでいて、襲う気配もない……」


 大きな影が沼の真ん中からこちらの岸へと向かってきているが、その前を悠々と泳いでいるオリーブがいるので、危険ではないということだろう。


「でも、でかいよ?」

「う、うん」

「ぷ~!!」

「ぷぷっ!!」


 少し腰がひけたアルスに対し、後ろからロットが前に押していく。戦うつもりかもしれない。キャロはレウスと一緒に屈伸運動をしている。泳げないだろうから、水面に飛ぶのは良くないんだが……。


 ざばぁ~っと音を立てて、姿を現す。

 オリーブが沼から上がってきて、大きな頭だけを出したのは……巨大なヒュドールオピス。


 頭の幅でも2メートルはありそうなほど大きく、体中に緑色の苔がくっついていて、どことなく動きが遅い。


『ほぉ……本当に竜の魂をもつ人の子じゃ。愉快、愉快。長生きはしてみるもんじゃ』

「……人言葉を話せるのか」

『おぉ、話せておるか。よきかな、よきかな』

「話ができる魔物初めて見たんだけど、話せるようになるの?」

『おお、お主は竜人族ではないか。うむうむ、一度でよいから会ってみたかったのじゃ。今日は良き日じゃな』


 レウスを見ると楽しそうに笑っている竜はずいぶんと人に友好的だった。

 一口で俺らどころか、シマオウやキャロ達も含めて全員を一飲みできそうな大きさだが、どこか愛嬌のあるような笑いをするので好々爺に見えてくる。


『ここは同族もおらんのじゃ。話し相手になってくれる者がおらんのは無性に寂しゅうてな。稀に人が来るので、話し相手になってくれんかと練習をしたんじゃ』

「え? 練習すると人語しゃべれるようになるの?」

『うむうむ。魔力があるじゃろう? 儂らも、人も魔法を使うときには魔力を媒体にして発動するでな、魔力に意思を乗せれば通じるのではないかと試しておったのじゃ』

「そうなんだ……すごいですね」

『おお、お主は獣人の子か。よいぞ、よいぞ。ちこうよれ』

「え?」


 アルスがざざっと後ろに下がる様子を見ると、ロットがアルスの前に立ちはだかり庇った。よく見ると、ロットのひげのあたりが紫色に光っているので、臨戦態勢かもしれない。


『なんじゃ、怖いのう……儂は臆病なんじゃ、戦う気などないぞ。連れの兎は気が荒いのではないか?』

「……すまん。……なあ、他の魔物も話が出来るようになるのか?」

『うむ。練習すれば出来るようになるじゃろ。儂も人と話そうと思ってから、もう1000年は経つしのう』

「……千年」

「いやいや、単位おかしいって!」


 シマオウ達と会話が出来るようになるのかと一瞬期待したが、無理だとわかった。アビリティに〈意思疎通〉というのがあり、それを俺が覚えた方が早そうだ。だが、どうすれば覚えるのかは検討もついていない。


「しゃ~!」

『こわっぱがうるさいのう。人と話すのは長き竜生でも初めてのことじゃ。ゆっくりとはなさせんか』


 ゆったりとした渋い声で話をする老体らしいヒュドールオピスは、オリーブに吠えられても面倒くさそうに岸に頭を置く。

 顎を置いて、姿勢を楽にして話をするつもりなのだろう。しかし、巨大すぎて、よくこんな大きな魔物が放置されていたなと思う。


『う~む。不思議なもんじゃ』

「ねぇ、竜のじいちゃん。何が不思議なの?」

『魂を内包しても狂わずに正気なことじゃ。一つの体に魂が複数あると狂いそうなものじゃがな』


 俺のことをじっと観察している。何が見えているのだろう……。俺の内側にいる、あの竜とも話せたりするのだろうか。


『初めて同族の上位種にあっただけでも、歓喜に震えておったのじゃがな。人の子達と楽しく話せるなど、長生きするものじゃ』

「……同族と会ったことは無いのか? 随分と長生きしてそうだが」

『うむ。長生きだけしておってな……随分と昔、まだ進化をする前に他の同族とはぐれ、この沼に迷い込んでしまってな。この姿になる前は川へと抜けられたんじゃが、進化して大きくなってしまうと川に戻れなくてのう』

「町から近いのに、よく討伐されなかったな」

『うむうむ。わしは臆病でな、この沼は餌を取らんでも十分な魔力を含んだ水じゃからな。底でじっとしながら水を飲んで生きておったんじゃ。じゃが、寂しいのでのう。同じように一人で沼に来た者がいると話してみようと近づくんじゃが、逃げてしまってのう』


 クレインが一人で来たときに見かけたのはそういうことか。

 ソロでないと現れない……だが、友好的なら逃げる必要は無さそうだ。


「えっと……なんで、出てきたんですか?」

『そこのこわっぱが主に会って欲しいというのでな。なんぞ、この老いぼれにようでもあるのかの?』


 どうやら、オリーブが俺と会わせるために呼んできてくれたらしい。

 オリーブを撫でてやり、老竜に方を向く。


「……竜種が白と黒を狙う理由を教えて欲しい。害悪という理由もわかるようなら……」

『うむ? なんじゃ、それは?』

「シャー、シャシャー!」


 聞いてみたが、知らないようだった。だが、オリーブが何かを伝えようとしているのか、二匹で話を始めた。


「えっと? これ、大丈夫なのかな?」

「おじいちゃん知らないみたい? でもさ、白ってあれでしょ? クレインのこと」

「……多分。白って呼んでいた」


 しばらくの間、老竜とオリーブの間で話をしていたようだが、シマオウはスルーしている。キャロとロットは戦うつもりだったのに、話し合いになり、つまらないのか餌を食べ始めている。



『すまんの。なんぞ、こわっぱの話を聞いたが、わしは知らぬでのう。力になれん』

「……そうか」

『竜種は上位種の命令には絶対じゃ。必ず従うでな。どうやら、今の若い竜は、ドラゴンの長達より、白と黒という者を殺すように命じられておるそうだ』

「……理由は?」


 この老竜は聞いたことがない命令だが、オリーブは教え込まれているということだろう。また、二匹で会話を始めてしまったので、待ってみる。


『どうやら、白がなんぞ破壊し、ドラゴンの長は迷惑しておるようじゃな。同じことをしようとする黒も許さんと言っておるようじゃ。竜種の全てに命じておる』

「……そうか。撤回は出来ないのか?」

『そういうことなら、話を聞きに行ってはどうじゃ? どうせ、ドラゴンの長達も儂と同じで暇じゃからな。歓迎するはずじゃ』

「……場所は?」


 ラズも冒険者がドラゴンの元へ訪れることがあるとも言っていた。話し合いはできる可能性がある。

 敵対しているクレインを連れて話をしに行くわけにはいかないだろう。

 グラノスに相談し、出来れば……ちらっとレウスに視線を送るとこくこくと頷いている。目が輝いているので、一緒に行くだろう。


 場所は、帝国の東に位置する火山、共和国の南の砂漠、王国の西にある大滝、王国と帝国を隔てる山脈の頂。それぞれにドラゴンの長がいるという。


「……助かる。礼をいう」

『よいよい。なんぞ役に立てたなら嬉しいのう。おぬしらは何かないのか?』

「じゃあ、俺! 聞いていい、おじいちゃん」

『うむ。構わぬぞ』



 4か所のうち、近いのは山脈の頂になるだろう。すぐにではないが、行ってみる価値はあるかもしれない。二人が帰ってきたら、相談するか。

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