第26話 話し合いの場
アルスの槍については、色々と店をまわってみたが、これというのは見つからなかった。とりあえず、俺の槍をそのまま使うということで、ダンジョンの準備を一通りした。
「邪魔してるぞ」
「……ああ」
家に帰ると、クロウが地下でシロップを作っていた。
ちらっと確認すると、それ以外の薬も含めて、かなり受注しているらしい。クレインがいないため頼まれたようだ。
「……忙しそうだな」
「稼ぎ時なんでなぁ。どうせ、今の時期だけだろう。シロップもそろそろ他で確保できるそうだ。薬師ギルドの方からの受注を再会するため、お互いの領分は確認中みたいだなぁ。ただ、前に冒険者ギルドに納めていた薬師はクビになっていて、後任が決まるまではクレインにして欲しいらしい。いないから、代わりに作っているが、メディシーアへの依頼となってる。あとでグラノスに確認してもらう」
「……そうか。明日から、ダンジョンに行ってくる」
「中1日の休みでダンジョンか。若いなぁ」
「……クレイン達が帰ってくる前に踏破してくる」
前回でもそれなりに余裕だったが、レベルが上がったので問題はない。
さっさと行って、帰ってくる。余裕があるから、進化したキャロとロットについても、ダンジョン内で連れ歩けるのかを試すことができるだろう。
「ポーションや薬は足りてるか?」
「……スタンピードでほぼ使ってない」
「ヒーラーがいれば、使わないよなぁ……まあ、今回はちゃんと持っておくといい」
「……ああ」
「後でティガが来ると思うが……俺がいた方がいいか?」
クロウはダンジョンについてくるつもりはない。
だが、ティガはそうではないということだろか。話をするのであれば構わないが、心配されているようだ。
「一応、俺の方でもあいつに話をしたんだがなぁ。足並みを崩すようなことはしないと約束させた」
「……そうか」
「一応、あいつも反省はしたはずだ。クレインがパーティーを外れる必要はないと伝えてくれ」
「……?」
それは、スタンピード中にクレインが話をしたことだろうか?
落ち着いたら話すつもりだったのか、ばたばたしたせいでクレインからは何も聞いていない。
「聞いてないのか。ティガに対し、クレインがパーティーを外れること。自分が貴族に庇護を求めたのだから、自分だけが対処するといったらしい。まあ、クレインだけでなく、グラノスはそっちに参加するんだろうがなぁ」
「……クレインはもともとソロ志望だ。今回のスタンピードで無理だと考えたかもな。外れるのはクレインの判断に任せた方がいい」
貴族関連はクレインもだが、グラノスが対応すると宣言している。ラズの依頼は、クレインも動くだろうが、それ以外はグラノスだろう。
「……何が気に入らなかったんだ?」
「まあ、貴族関連は帝国で色々な。あいつは聞こえるだけに嫌なことも聞いているから、不信感が強い。クレインへの不信は毒だろうな」
「……治療しただろ?」
「何の毒か、ぼかしてる。たいした毒でもないのに、借金を背負わされて災難だったとティガに吹き込んだ冒険者がいたようだな」
「……そうか」
悪意のある冒険者が町にいたことは知っているので、俺らよりそちらを信じたのかという気持ちはあった。だが、納得する部分でもある。
信じたいものを信じる。俺がクレインとグラノスを信じるように、ティガはその冒険者の言うことを信じたということだ。
「俺らが噛まれた蛇の素性を知っているのは、俺とクレインと婆様に冒険者ギルドと後見人だけだろう? クレインがあくどい方法で奴隷にしたということを吹き込んだ冒険者の意図までは把握していないが……疑心暗鬼にはさせられたようだなぁ」
「…………説明してないのか?」
「毒の知識なんて、薬師でない奴がわからないだろう。そう思って、詳細には言わなかったな。生きた死体を作るおぞましい毒なんて、説明しても伝わらないだろ。……結果、新人の薬師でも作れる程度の解毒と考えるように付け込まれた。すまんな」
クレインの方で、その毒を解毒できるという事実を伏せたいという意図もあったのだろう。クロウも治療を受け……その洞窟に転がっていた生きた死体を見てわかっていただけに、説明はしたくなかったのだろう。
結局、情報を正しく伝えていなかった弊害か。
「で、どうする?」
「……ティガが話したいなら話をする。納得しないでも、追い出しはしない。死なせるつもりはない」
「なんだ、わかってたのか」
「……クレインが追い出さないなら、他に理由はない」
死なせない。それだけで、仲間から外さない。
クレインはそういう奴だから……。一緒に支え合いたいと思っている。
「……俺一人でも大丈夫だ」
「そうか」
クロウは邪魔したいわけじゃないと、きりのいいところで作業を終えて帰っていった。ただ、明日以降も作業場は使うらしい。
元からクレインに鍵を渡されているようだから、問題はない。居住区には入らないようにしているとも言っていた。
しばらくしてから、ティガがやってきた。クロウが帰ってから声をかけたとかだろう。明日の準備もあるから、話をするなら早めにということだ。
「明日から、ダンジョンに行くそうだね」
「……ああ」
「わたしも同行しようと思ってね」
「……断る」
「どうしてかな?」
「……あんたはダンジョンに行きたいのか?」
俺の返しに苦笑が返ってくる。
別にダンジョン攻略に興味がない。俺らだけの行動が心配なんだろう、ティガなりに。
「行くべきだと思っているよ」
「……あんたがするべきことか?」
「わたしの指揮では不安かな?」
「……いや。あんたの指揮は正しいと思う。無駄がない。……指揮能力はあんたのが高いとは俺も思う」
グラノスとクロウがキュアノエイデスに行き、クレインが調合作業で抜けたとき、俺らを指揮したのはティガだった。
合理的で隙のない、効率重視とも言えるが、間違いのない指揮をする。突発的なことが起きるクレインの指揮よりも安定し、混乱はない。その安定した指揮に文句がある訳ではない。
「なら、何故断るのかな?」
「……いらないからだ。ミニエラダンジョンはレベルが40程度の4人パーティーで踏破できる。俺とレウスにアルスは60レベルを超えた。シマオウもいる。戦力は十分だ……あんたはするべきことをしたらどうだ?」
「ナーガ。きみは私がするべきことはなんだと思う?」
「……さあな。だが、少なくとも俺らのお守りじゃない」
やるべきことがわからないなら、考えるべきだろう。クレイン達が帰ってくる前に。
何がしたいのか、何が出来るのか。皆が持ってしまったティガへの違和感を解消するためにも、自分で道を考えるべきだ。
「……あんたがダンジョンに一緒に来たとして、何か変わるか? 俺はクレインを守ることは変わらない。アルスのグラノスへの執着も変わらない。レウスは、今のあんただと好感度は下がるんじゃないか?」
一緒にいても、何も変わらない。むしろ、いい奴だとわかっても戸惑いが強くなるだけだ。
大事なことは、すでに自分たちで決めて行動を始めている。揺らぐようなことはないだろう。
「……ナーガ。きみは何故、彼女に従うのかな?」
「…………好きだから、では駄目か?」
「え? あ、いや」
「……命を預けられる理由。人によって違う……俺は、グラノスとクレインには安心して預けられる」
「ああ、そう、なんだね」
少し挙動不審になったティガに首を傾げる。
別に、他の奴の指示に従わない訳ではない。俺に判断できないことを判断してくれているのに、逆らうことはしない。
そうでなくても、他の奴に比べて、俺は頑丈だ。多少、ガードが遅れたりしたところで、瀕死になるようなことはない。ダンジョンなどで危険となることはない。
「…………あんたとクレインの指揮、生存率が高いのはどちらだと思う?」
「難しいね。条件によって、異なるだろう? ただ、納得出来ないような説明不足の指示では人が多い場合の指揮は出来ないはずだよ」
「……だろうな。クレインは生き延びる。生きたい、仲間を死なせない。……それだけだ。指揮をするタイプではないし、人の命を預かることも苦手だ。……一人で活動していた方が、危険を回避出来る奴だ……増えれば、それだけ鈍る……向いてない」
クレインの能力の限界だろう。
危険を説明できない。他が感じ取れない何かを感じ取っているのだから、仕方ない部分でもある。それでも、クレインを信じられるか……それがスタンピードで顕著になった。
レウスはクレインを信じた。アルスも一度、俺らに対し敵対行動している自覚があり、指示には絶対に従う。クロウも言葉で否定することはあっても、従う。
だが、それはティガからはどう映ったのか。不信だったのだろう。だから、安易に他の冒険者の口車に乗った。
「……あんたは犠牲が出ても、多数を生かす方法が取れる。クレインは無理だ。人が傷つくことを恐れるからな。あんたとグラノスだけ、犠牲を理解して作戦を考え、実行出来る……。だから、クレインの未熟さが嫌なんじゃないのか?」
「……そう、かもしれないね」
「…………グラノスが『嫌なら出て行け』と言ったのに、クレインがそう言わないのはあんたが仲間でなくなれば殺されると感じてるからだ。その上で聞く……あんたはどうしたい?」
「死にたいわけではないよ。ただ、情報がきちんと開示されないから、何をするべきか、役割も見えてこない」
ティガに期待する役割か。
そもそも、役割を期待して仲間になった奴、いるのか?
俺らを拾ったときも、レウスに助けを請われたのも偶然だろう。能力を知っていて声をかけるようなことはしていないはずだ。
「……別に、ダンジョン攻略がしたい、レウスと一緒にいたいならそれでいいと思うが……今回、色々な思惑が重なっただけで……今後、全員一緒に行動はないと決まっただろう。俺とレウスは冒険者がメインになる。アルスは……本人次第。あんたは冒険者として活動するのか?」
「向いていないだろうね」
「……だろうな。俺もそう思う」
俺やレウスみたいに帰ってきて、すぐに次の冒険に行きたがる方が珍しい。ある程度、体を休ませて次に備えるタイプにとって、準備もせずに飛び出していくのは苦痛だろう。
ただ、グラノスもどちらかといえば戦闘狂で、ダンジョンには行きたがる。クレインも素材が必要となれば急に飛び出していくだろう。
そういう点では、留守を守る奴は必要だろうが……。
「一つ確認していいかな? きみ達はなぜ、貴族に逆らわず、搾取され続けることを選ぶのかな?」
「……搾取? 俺はそう考えていない。……身分を用意してもらった。自由にできる土地もすでに用意されている……。代わりに、あちらの依頼を受けることになるが、今後は俺とグラノスとクレインのみ参加にする。俺らは互いに利用してると判断してる」
怪訝そうにこちらを見ているティガに苦笑する。
「あちらがあんたとクロウを捕らえないのは……少なくとも、クレインの命を保証するだけでなく、意思も尊重してくれているからだ」
ラズの様子だと、クレインやグラノスに頼み事はしても、他のメンバーには何もしない。依頼もしないし、関わりもしない。多分……守る気もないが、クレインが庇護する意思を見せている間は放置だろう。
不利益だけを押し付けてはいない。
「本当に土地を貰えるのかな? 餌として、見せてるだけでは?」
「……いや、さっさと渡して、出ていかせたいようだ。グラノスが帰ってきたら、貰えるんじゃないか? あいつに管理というか、開発をする余裕があるかはわからないが……」
すでに土地は用意している。俺が預ける魔物で何か起きた場合、責任取れないというのもあるが、急ぐと言っていた……。
そうでなくても、俺らがいることで統治の邪魔というのはあるのだろう。
クレインは薬師として活動、グラノスは貴族とクレインとの調整をするとなると……忙しいだろう。特にクレインは町に残すことも考えていた。
「……できる事をやるなら、あんたは留守居役のが合うかもな。今後、人が増える分、まとめ役がいないといけなくなる。……問題児ばかりだろうがな」
グラノスは嫌がる。クレインには出来ない。
俺ら、年少組は無理。クロウは……どうなんだろうな。やる気がない、が正しいだろうか。
向いているのはティガだろう。ある程度、現場監督をする人間を置いておかないと開発できないだろうが、俺らはいない状態もある。
「そうだね。少し考えてみるよ。だけど、いいのかな? わたしにそんなことを言って」
「……大事なものはそれぞれだ。別に、あんたとどう接するべきかを悩んでるだけだろ、みんな……余裕がないだけだ。あんたが……嫌いなわけじゃない」
クレインが別行動になる以上、グラノスはある程度、町と行き来してでも、調整を図る可能性がある。そうなれば、開発地域を監督する人が必要になる。
たぶん、それが出来るのはティガだろうが……俺が推薦したところで、他が納得するかは別問題な気がする。……言うだけ、言っておくか。
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