第25話 教会にて


 翌日。

 教会でまず祈りを捧げた後、掃除を始める。


「精がでるな、朝っぱらから」

「……別に。また、1日には子供が集まるんだろう? 掃除は必要だろう」

「最近、評判が良くなってな。お前さん達が掃除してくれるおかげだな。仕事増えるから来なくていいんだが」

「……そうか」


 この時期はスタンピードによる怪我人も運ばれてくるので、それなりに忙しいらしい。何か起きたときを考えると酒が飲めないとぼやきつつ、荷物を移動させたいから手伝ってくれと駆り出された。


「嬢ちゃんは忙しいのか?」

「……まだ、他の用事があって帰ってきてない。兄貴の方もな」

「戻ったら話があると伝えておいてくれ」

「……話?」

「そんな、警戒する必要はない。いや、でも警戒した方がいいのか?」

「……どっちだ?」


 要領を得ない神父をじっと見ると、「たいしたことじゃないがな」と前置きがあり、話が始まった。

 聖教国から使者がこの町へと向かっているらしい。


「……巡察使?」

「春になるとな。聖教国の神官が各地の視察に来る。まあ、いままでは放置されてて、今回は……5年ぶりだがな。ただ、嬢ちゃんは避けた方がいい。顔出さんように伝えてくれ」

「……いいのか?」

「本人が本国と連絡とりたいっていうなら、結びをつけるが……あの嬢ちゃんは自覚ない上に、薬師として一流になれる腕前って噂も聞いてるんでな。隠れたままのがいいだろ」


 本国……聖教国のことだろう。

 生臭神父を装っているだけで、この神父様は信仰を捨てているわけではない。ただ、本国のやり方に疑問を持っているのだろうとクレインも言っていた。


「……それは、あいつに素質があるからか?」

「あ~……嬢ちゃんもついに知ったのか?」

「いや……ここに行く予定だと言ったら、忠告された。多分、本人は自覚がない、はずだ」


 たぶん。本人も嫌がる。俺もクレインが聖女と言われれば首を傾げる。

 だが、神父様としては、随分前から知っていて何も言わなかったということらしい。


「なるほど。貴族のごたごたに嫌気がさしたなら、聖教国に逃げられるが……逆に行けば最後、二度と出られんと言っておいてくれ」

「……わかった。ちなみに、聖教国からという意味か?」

「いや。大聖堂の地下に閉じ込められて、聖女の役目を押し付けられる」

「……役目?」

「……忘れろ。幸せになれないとだけ覚えておくといい」


 神父の顔は苦味を嚙みつぶしたような、思い出すのも不快という表情をしている。本当に嫌なことだけはわかった。

 俺もクレインが幸せになれないのなら、そんなところに渡す気はない。


「……俺が顔出すのは問題ないか?」

「手伝ってくれるのは助かるがな」

「……そうか」

「これは独り言なんだが…………聖教国に現れた異邦人は、殺された。内部で、な」


 がばっと、神父に向き直って顔を見ると、こくりと頷かれた。殺された? 聖教国の内部で?


「……なっ」

「聖教国に降り立てる異邦人は、聖女か聖者しかいない。二人いたらしいが……」


 なぜ? と聞こうとしたが、口に指を当てられそれ以上は口にできなかった。


 どちらも殺されたということだろう。

 だが、なぜ? 


「権力の頂点の椅子が欲しい連中にとって、異世界からきた常識の違う、手駒にならない聖女なんて邪魔なだけだ。それに、居ては困る存在でもある」

「……っ」

「悪いが、こんな小さな町の教会にはたいした情報は入らない。逆に、こんな場所の情報なんてあちらにも届かない。それでいいんだ。だがな……今までの小規模の召還なら消してしまっても問題なかっただろうが、今回は大規模。他国には数百人の戦力があると知って、焦りだしたようだ。王国に送った一番の理由は〈聖女〉のユニークスキルがあった少女だろう。ここに派遣されてくるのも、その件で嬢ちゃんは関係ない」


 異邦人が現れて、3か月経つ。

 各国の戦力図は大きく変わったということだろう。


 いまさら、聖女を欲しているのは、どうなんだ……自分たちで殺したんだろう。


「さて、くだらん独り言は終わりだ。せっかくの話し相手がいるからな。聞きたいことはあるか?」

「……もし、竜が町を襲うことがあるなら、どう防げばいい?」

「この町は冒険者の町だ。竜種でも下位の竜なら……冒険者が多いこの町なら撃退できるだろう」

「……そうか」


 何かあっても、この町自体が戦力を抱えているから問題ない。それなら、安心だろう。そう思ったが、神父は首を振る。


「やれやれ……結局、そっちの話に戻るのか。さっきもいっただろう? 聖女が聖教国に居ては困ると……竜の中でも上位種、ドラゴンが聖女を襲う。その力は、強大だ。成す術もなく滅ぼさせる」

「……ドラゴン?」

「竜の中の竜、最強であるドラゴンは、秘境に住まうと伝わっている。亜人の国にはドラゴンを崇める国もある。竜人と言われる種族がいる国……いや、国というほどの規模ではないがな。その国では、ドラゴンこそが世界を守る、神の使いだ。竜人は、ドラゴンに言われて、竜種を伴い聖教国を攻めてきた過去もある」

「……」


 神父の知る伝承では、ドラゴンと聖女は敵対関係にある。また、竜人もドラゴンの味方であり、人の敵らしい。

 また、他の獣人とかも竜人よりの考えが多い。人には伝わらない情報があるのだろう。


「言い伝えでは、ドラゴンは守るべき土地から動かない。たまに命知らずの冒険者がその場を訪れることもあるが、怒らせない限りは何もしない。力の差を理解し、何もせずに帰る分には見逃すらしい。怒らせると命はないが、あちらさんからすると人わざわざ倒そうとも思わない。聖女を覗いてな」

「……?」

「ドラゴンは聖女を襲う。実際に、聖教国はこれまでにも何度か、ドラゴンに襲われて滅亡しかけるということがあった」

「……それなら、聖女を欲しがらないだろう。矛盾している」

「だから、地下に閉じ込める。その力が外に漏れない、特別な部屋に……」


 聖教国の方でも、ドラゴン対策はしているらしい。

 この町では……おそらく、それは出来ない。クレインも、巻き込むことは望まないだろう。



「…………絶対だめだ」

「あの嬢ちゃんは望まないだろう。まあ、おまえさんが顔を出すなら、巡察使が来そうな時は教えてやる。予告なく来ることもあるから、本人は来させないようにな」

「……わかった。だが、あいつは残念がりそうだ。まだ書物読み終わってないんだろう?」

「読まんでも十分身に着けている。焦らなくても、落ち着いたらまた顔を出せばいい。半年もすれば、落ち着くだろう……新しい土地でもな」


 この神父様は、どういう情報網を持っているのか。

 俺らがこの町を離れることも察している。よくわからない。


「ほら、他の連中も来たようだし、掃除しちまうぞ。1日は来れるのか?」

「いや……明日から、ダンジョンに向かおうと思っている」

「それがいい。意外と冒険者ってのも、自由にできる時期は少ないからな。やりたいこと探して、自分たちの都合を優先しておけ。悪目立ちしたくもないだろうしな」

「……ああ」


 アルスとレウスも来て、聖堂を綺麗に掃除した。

 最初はクレインが魔法で綺麗にしていたが……掃除を定期的にしているせいか、前よりは綺麗に保たれている。午前中だけでも十分にきれいになった。


 一通り終えて、教会を出る。


「ナーガ、聞きたいこと聞けた?」

「……多少はな。俺自身のことは調べたくても難しい」


 来るのが遅かったのは、レウスが気を使ってくれていたらしい。

 アルスも良かったねと頷いている。


「そっか。また暴走すると俺も巻き込まれそうだから、なんか対策しないとだよな」

「……すまん」

「竜人自体の情報、全然ないからな。俺、ハーフにしちゃったから血が濃いんだよね」

「……一応、国があるみたいだぞ。さっき聞いた」

「マジ? ちょっと、冒険者ギルドとかで聞いてみようかな? でも、怪しまれる?」

「……バレてもいいことは無さそうだぞ」

「だよな~。とりあえず、なんか耐性系のアクセサリーとか装備してみようかな」

「僕は……武器を見に行きたいな」


 冒険者ギルドで調べるのも難しいだろう。アルスの武器を見に行った。その後は防具やアクセサリーなどの装備を見て回ったが、こちらはあまり効果は無かった。




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