第24話 報告
レウス達と別れて領主の館に向かったが、応接室でずっと待たされることになった。
おそらく一時間以上経過して、フォルが姿を現す。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「……いや。俺が急だった。今日が無理なら、明日の約束を取り付ければいいと……安易だった。すまない……」
俺が頭を下げ、改めて、お互いに席について話を始める。預かっていた書類と報酬でもある調合用の素材を机に出す。それ以外の物は袋のままだが、そのまま置く。
「随分と早いようですが、何かございましたか?」
「……少々トラブルがあった。グラノスが、経緯をしたためた書類がこれだ。クレインから預かった素材と、討伐したヒュドールオピスのうち、解体が済んでいる物がこっちの袋に入っている。解体が済んでいないものはこちらの袋だ。……ユニコキュプリーノスについては、納品する必要はあるのか?」
「いえ。そちらは、討伐部位をギルドに提出いただければ、その数だけ報酬がでます」
「……わかった」
「確認させていただきますが……ずいぶんと多いようですね」
渡した袋を確認して、入っている量に驚いたようだ。
スタンピードが予定通りではなかったからだろう。かなりの数を狩っている。双子の方が数は多いがそれでも、クレイン達もそれなりに狩っている。
「……戦利品については、止めを刺した側が権利を得ることにして分配している。詳しいことはグラノスが書いてないか?」
「流石に子爵令息であるグラノス様がラズライト様に宛てた物を勝手に見るわけにはいきません」
「……そうか。あんたでも良いと考えていた。すまない……」
きちんとグラノスの方で、ラズしか読まないように細工をしていたのか?
特に説明は受けていない。ラズに渡してくれと言われたがフォルに渡してはいけなかったらしい。事前にラズに会えるように約束を取り付ける必要があったらしい。
「簡単にで構いませんので、事情をお聞きしても?」
「……グラノスがどこまで報告するかを聞いていない。ただ、共鳴進化をさせたが、予定外に数が多くなった……すまん。俺は不参加のため、詳細がわからない」
「不参加、ですか?」
「……ああ」
「そうでしたか。承知いたしました。ナーガ様、この後のご予定は?」
「……ない」
その後、また待たされることになった。「宜しかったら……、と言って渡されたのは本だった。時間潰しに用意してくれたらしい。何冊か用意されているので、興味深そうな本を手に取って読み始める。
ページを開いて、読んでいると、首に巻き付いていたオリーブも移動して、一緒に見始めた。
実際に読めているのかはわからないが、気になるらしい。だが、生きている蛇だと気付いたメイドが「ひっ」と声を上げ、その場を離れていった。マントに隠れていて、オリーブがきちんと見えてなかったらしい。
「ナーガ様……そちらはペットですか?」
「……すまん。大人しくしているので、大丈夫だと思うが……テイムした、ヒュドールオピス・ケラスだ」
「ご報告は、正確にお願いします」
「……すまない、今後気を付ける」
その後、慌てた様子のラズがすぐに現れて、グラノスの手紙を確認。ラズにも「危険な魔物を持ち込むならちゃんと報告するように」と言われた。
まずはラズが全てを確認した。その後、フォルにも見せ、その後俺にも渡された。1枚目には簡潔な概要。2枚目以降に詳細が書かれている。多分、記録として残すのは1枚目のみだろう。
2枚目以降には、ため池のこと、俺の暴走やアルスが川に落ちたことも含め、オリーブをテイムしたとこまで、きちんと全て記載されている。記載がないのは、魔石で雷壁を保持していたことくらいだろうか?
「素材については、きちんと評価額を出して買い取るよ。ただ、予想よりも多いから待ってもらってもいいかな」
「……グラノスに伝えておく」
「うん。クレインが調合の素材としたい物もあるだろうから、後で話をつめるよ。それから、この内容で訂正する部分ある~?」
「……俺が知らないことも多い。……クレインがMP節約のために、雷魔法を付与した魔石・中を大量に用意していて、それを使っていたくらいだ」
「それだけ?」
「……あと、このアルスが川に落ちたとき、グラノスは解毒薬を作成するための素材採取にシマオウと出かけていた……。基本的にはクレインだけ他の作業をしていて、他は無言で大量のユニコキュプリーノスを処理……会話が続かなかっただけだが」
「そう。テイムしたこと、何か言ってた?」
「……全員がスルーして、何も言わなかった。シュトルツが俺に話しかけようとしたのは、スペルビアが止めていた」
まあ、突然蛇を首に巻き始めたのに、何も言わなかった。全員が察していたけどスルーしたということだ。特に、クレインがスルーしたのが大きいのだろう。オリーブが同じように咆哮を上げたら、俺が暴走する可能性があるなら、絶対に見逃さない。
「何も言わないなら見なかったことにするってことだね。その蛇がいる限り、ヒュドールオピスの解毒に関してはクレインは困らないね。それで充分でもあるのかな。グラノスとしては、失敗したと思ってるみたいだけど、十分な戦果だよ」
「……あの双子を危険に晒したのがまずかったんじゃないのか?」
「危険? 別に、あの二人は平気だよ。君に剣を向けたのもポーズだね。本気だったら、宣言しないでさっさと君を殺してる……いや、グラノスが強くなってたらわからないか」
「……わからない?」
「グラノスやクレインが邪魔をするのか、試してもいたかな。どちらにしろ、最初から殺す気は無かったはずだよ。一応、僕は婚約者を貸し出したわけだから、その兄弟を手にかけるようなことはあっちも出来ない」
お互いに立場を主張するだけで、中身はないらしい。
グラノスの立場としては危険に晒したことはまずいと思っているようだが、先に危険な状態になる可能性を知りながら、その方法を取っている時点で責められないらしい。
「双子としても、君たちを敵にしないと選択をした。それくらい強いと判断したのか……クレインがおかしいと思ったか」
「おかしい?」
「ため池作ったり、雷の壁〈サンダーウォール〉って……。多分、他の属性で壁作ってるからできると思ったんだろうけどね。そんな魔法、聞いたことないからね~。僕、雷魔法得意な魔導士なのにね。まあ、魔導士として二流止まりだから仕方ないけど」
クレインが異常なのだと思う。
出来るはずというだけで、魔法を生み出してたのか……。
ラズとしては、クレインを派遣して予定以上の結果を出したので、満足はしている。ただ、才能の差は少し感じているようだ。
「今更だけどね」
「……そうか」
「ナーガもすでにフォルよりも強そうだけど、他はどう?」
俺を見て、二人で頷いている。今回の急激なレベル上げで、ステータス上はフォルを上回ったかもしれない。だが、俺らの中でも実力差が出ている。それをそのまま伝えると満足そうに頷く。
「……なぜ、あいつらと扱いを変えるんだ?」
「うん? 君達兄弟は、この世界の住人になった。すでに異邦人ではない。彼らとはそもそもが、取り扱いが違うよ」
「…………」
「クレイン様との取引でもあります。それ以外にも、異邦人に土地を与えることの危険度などを考慮しますと……少なくとも、グラノス様とクレイン様については、フィン様の子どもであり、異邦人でないという取り扱いが必要となります。そのための実績作りもしていただいています。場合によっては、ナーガ様は切り離す可能性はありますが」
「……構わない。二人の安全を第一に頼む」
ラズの後に、フォルが話を続けた。クレインとグラノスは、異邦人としない。それは揺るがない事実として扱うらしい。クレインは薬師として、グラノスは貴族としての振る舞いをしている。それなりに影響力を発揮しているらしい。
特にクレインについては、薬師ギルドから認定も受けたので、成果としては十分すぎるらしい。
そして、異邦人を庇うあたりが問題になるようなら、俺を異邦人として公表も考えているらしい。たまたま出会った異邦人を庇っていたことにして、他の異邦人を保護したことも俺が頼んだことで処理するらしい。
「まあ、最終手段だけどね」
基本的には、クレインにも約束をしているので俺を保護する方針は変わらない。ただ、必要になれば俺は異邦人と公表してでも、二人の立場を残すのは決めているらしい。
「実際、二人が異邦人だと予想できたとしても、わざわざ暴いて、王弟派を敵に回すような貴族はない。クレインが影響力を持てば持つほど、君たちの安全は高まる。ただ、クレイン以外にも能力が高い者がいれば……脅威に感じる。排除しなくてはいけないと考えるんだよ」
「……だから、能力を中途半端にするのか?」
「強すぎる力は軋轢を生む。今、異邦人が強くなることは危険しかない。だから、異邦人の割には弱い、くらいがいいんだよ。何かあっても、グラノスが排除できるくらいの強さなら構わない、それが基準だね」
「……グラノスが?」
あいつが強いことは間違いがない。それに、必要と判断した場合に切り捨てるだけの判断能力もある。
上の命令があれば、仲間を殺させるということなら……。
「まあ、クレインや君でも良いんだけどね? 何かあったとき、自分たちで対処できるという力関係なら、いくらでも言い訳できる。何かあれば、自分たちで処理できる。異邦人が暴走することは無いという保証を付けられるからね」
帝国の二の舞を恐れる王国貴族にとって、自分の兵力を使ってまで、対処はしたくない。なら、グラノスに首輪をつけておくだけで、貴族としては満足する。そういう目論見らしい。
「特殊な耳、特殊な目を持つ彼らが高い戦闘能力を持てば、クレインの能力が霞む可能性もあるからね。彼らの能力としても、戦闘面に期待するわけではない。さっさとレベルだけ上げて簡単には殺せないくらいまで引き上げるだけでいい」
「……説明してるのか?」
「したら、納得する? 僕は彼らと契約したわけじゃない。僕の契約相手はクレインだよ。クレインの安全が優先。まあ、それを感じ取って、無意識で色々手を打ってくるから厄介でもあるんだけどね」
「……なんのことだ?」
「クレインのことだよ」
よくわからない。
首を傾げると、フォルが苦笑している。
「貴族は、予想外の動きをした場合に、何か裏があるのではないかと疑う者が多いのですよ。本人にそんな意図は無かったとしても、素直に受け取らず、邪推するものです」
「……ああ」
「クロウ殿に贈られたコート。あれは、特注の物であることはすぐにわかります。そして、疑り深い貴族が裏を取ろうとすれば、ラズ様が冒険者をしていたとき、その最後の獲物で作られたコートであることも調べられるでしょう。ラズ様の婚約者であるクレイン様がそのコートをクロウ殿に渡す。そこにラズ様の意図があるのではないかと邪推し、手出し辛くなるのです」
「こっちは事後報告で、渡したって聞かされただけなのにね。兄からも『何を考えてる?』と確認されたくらいだよ。良いコートだったし、僕の関係だろうと思ったから報告しただけで、本人は何も考えてないのにね」
むしろ、クロウとグラノスのが頭抱えていたな。
ただ、防御力強化する必要があるというのは事実だった。
しかし……面倒な考え方をする。クレインにそんな裏はないのはすぐにわかるだろう。
「でも、ただの奴隷でないという牽制になった。帝国側も流石に攫うことも、殺すことも躊躇するくらいにはね」
「……結果論か?」
「そうだよ。時間を稼げば、異邦人の状況は悪くなる。だけど、そこから切り離せるくらいに実績も出来そうだしね」
「……まどろっこしい」
二人が苦笑している。貴族というのが面倒なことはわかる。
グラノスが担当するという理由は、俺やクレインには無理ということだろう。
「グラノスが戻ったら、土地が与えられる。そこを開墾することになるのは聞いてる?」
「……ああ」
「そう。良かったよ。行きたくないと言われると困るからね」
「……全員か?」
「そこが悩みどころかな。クレインは置いていってもらうかもしれない」
「……そうか」
ラズの意思であれば、クレインは従うだろう。
それに、一から開墾するのであれば……。ある程度、住めるようになってから移住する方が楽なはずだ。
「いいの?」
「……俺のためにグラノスが願った土地だろう。テイマーギルドに預け続けるのも限界だろう。クレインは野宿嫌いだ」
「そうだね~。王にケラスまでいるなら、あのギルドの許容範囲を超えてるよ。固有種なんて、滅多にいないんだから」
「…………今日、メガダッシュプースをスペルダッシュプースという固有種に進化させたんだが……まずいか?」
固有種。王個体とか、ケラスも特殊個体と聞いていたが……そんなにまずいのだろうか?
クレインがいないうちの方がいいかと、さっさと進化させたのだが、固有種は取り扱いが面倒らしい。
「うん。色々まずいね。ちなみに、どうやって進化させたの?」
「……クレインが調合に使うような素材ばかり食べて、エーテルダッシュプースに進化。その状態で、誤ってクレインが付与した魔石を食べ……雷と光魔法使える個体になった」
「グラノスの報告書に書いてないんだけど? あと、クレインには管理に厳重注意が必要だね」
……不可抗力。
いや、キャロの我儘に答えたクロウが渡したんで、クレインの管理が悪いわけではないのだが……。
「…………ダッシュプース達はクロウ達と先に帰らせていたから、クレインとグラノスは知らない」
「テイマーギルドにいるんだよね? 確認してもいい?」
「……ああ」
フォルが頷いて、部屋を出て行き、しばらくして戻ってきた。おそらく何か指示をしてきたのだろう。
「はぁ……さっさと準備した方がいいね」
「はい。そのようですが、流石に、グラノス様が戻ってからでは?」
「それはそうだけどね。ナーガ、今後の予定は?」
「……四の月の1日が近いから、教会で掃除の手伝いをする。あとは、時間があればミニエラダンジョンに行く予定だ……」
俺の返答ににっこりと笑顔が返ってきた。
貴族対応で笑顔を作ったということは、何か駄目なのだろうか。
「理由は?」
「……教会は、神父様に世話になったからだ。……それと、少し気になることがあるから聞きに行く。ダンジョンは、クレインがもうミニエラダンジョンに興味がない。あいつがいない時でないと攻略に行けないから行こうということになった……許可は得てる」
「そう……大丈夫だと思うけど、もし、他の貴族からテイムした魔物を譲ってほしいという接触があったら僕の名前だしてね。テイムした魔物はすべて、王弟殿下の許可がある、そういうことにしておいて」
テイムした魔物を勝手に受け渡したりしないようにということを言い含められた。
ただ、クレインのようにテイムを控えろという訳ではないらしい。
「……いいのか?」
「テイムした魔物も君の戦力だからね。異邦人たちが団結しても、君たち三人に勝てないという状況を作り出してくれるならやりやすいからね。君がそちらの才能を全面的に出してくれた方が……本当のユニークスキルを探られないから都合がいい」
「……そうか。あんたも何か知ってるのか?」
「全然。まあ、ドラゴンの一部は、知性を持っていて、接触したことがある冒険者もいないわけじゃない。僕はドラゴンと出会ったことはないし、基本的には人の前には現れないくらいしか情報はないよ」
「……竜が白と黒と呼ぶ存在は?」
「…………黒は悪魔だろうね。白は……聖女」
聖女?
そういうユニークスキルがあるのは、あの集団にいた女から聞いているが……明らかにクレインを白と呼んでいたはずだが。
「はぁ……それを教会で確かめるつもり?」
「……ああ」
ラズが眉間に皺を寄せている。
貴族の割には顔に出る……グラノスの方が隠しきるのにと思ったが、口には出さなかった。
ただ、まずい状況であることは伝わった。
「多分、だよ。絶対ではない」
「……何だ?」
前置きをして、近くによるようにと手をこまねくので、ラズの目の前まで近づく。
「クレインは聖女の素質を持っている。光・聖魔法の適正が高いこと、聖水を甘いと発言したことからの想像だけどね。……聖女ということになれば、聖教国が黙っていない。クレインの判断でないなら、相談するのは慎重にね。あの神父はともかく、聖教国は面倒な国だからね……ユニークスキルで聖女というのがあるのは、今回の召還で知ったけど、多分そうじゃない部分で聖女という素質がある」
「……わかった」
聞き方には注意しろということだろう。
聖女と確定させるような言い方になれば、神父様も動かなくてはいけないのか……。
だが、全てを任せて、何もしないのでは意味がない。俺なりに調べられるところは調べておきたい……どちらかといえば、竜の情報が欲しいが、前途多難だ。
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