第21話 これから……


 一泊二日で国境山脈から帰ってきた.

 翌日はクロウの特訓を行った。

 

 クレインの手加減はしているが、それなりに容赦のない魔法攻撃を食らわせていたおかげか、クロウはしっかりと耐性を覚えていた。この後はレベル上げをして、スタンピードに備えるしかないだろう。


 さらに、その翌日。

 クレインは教会の方で呼び出されて出掛けるというので、店の方まで見送りにと思っていたら、知らない少女が、店の入口にて店番を行っていた。


「あ、どうも~、初めまして~」

「あ、ああ……クレイン、説明してくれ」

「店空けてることが多いので、店番として雇ったのと……兄さん、何も聞いてない感じ?」

「何の話だ?」


 見知らぬ少女が「似てますね~」と言って、俺をじろじろと観察しているので居心地が悪く、クレインに説明を求めると、店番のために雇った子だという。

 店をやるつもりがあるとは聞いていなかったが、俺が聞いていないというのもなんだ?


 俺の方が何かした覚えはないんだが?

 二人は俺が知らない事に首を傾げている。だが、見知らぬ少女の方が「わかりました~」と言いながら、俺の腕を掴んだ。



「は~い、説明するんで~。今だけ、奥、入っていいですか~」

「どうぞ。べつに中は言っても怒らないよ? じゃあ、兄さん、私は冒険者ギルドに顔出してくるね」


 間延びした口調で、眠たげな瞳をしている少女は、面倒臭そうにしているが、説明はしてくれるらしい。

 奥の部屋に行くと、手のひらサイズの水晶を取り出す。

 そして、それに魔力を送り始める。


 説明をしてくれるんじゃなかったのかと思って見ていると、水晶が光り輝く。


「ボス~聞こえます~」

「んふっ、聞こえてますよ」


 輝く水晶から、知っている声が聞こえてきた。なるほど、雇った理由は理解できた。少女が何か説明するよりも手っ取り早いだろう。


「ネビアか」

「ええ、ご明察です。連絡係として、この子を貴方の妹とに雇ってもらいましたよ……貴方の妹、少々警戒心が足りないようですが」

「後で言っておく。それより、新しく情報を頼みたい。クヴェレ侯爵家の情報あるかい?」

「んふふふっ……伯爵家が終わったら間髪入れずにクヴェレ侯爵家ですか。しかし……あまり情報は持ってませんね。これから調べることになりますかね」

「何もないのか?」

「何もというわけではありませんが……5年くらい前に嫡子が除籍されてから、ほとんど社交界に顔を出してませんね。領地については前と変わらずで、目だった情報が少ないんですよ……まあ、嫡子の除籍、お家騒動には色々な噂がありましたが、調べなかったので」


 ラズが借り出されたとか言ってたのも5年前だったよな。その時もスタンビードが起きている。で、今年も起きそうである……その年に嫡子が除籍ね。

 前回は除籍された嫡子が動いていた可能性があるってことか?


「なるほどな。ちなみに、前回の大河でのスタンビードの後かい?」

「……後ですね。そういえば、今年は大河のスタンビードが起きそうという話でしたね。んふっ、楽しそうですねぇ。いいですよ、調べておきます」

「頼んだ」


 ぷつっと水晶から光が消えた。通信が終わったらしい。

 便利なものだなと思ったが、ぜぇぜぇと肩で息をしている少女を見る。


 魔力の使い過ぎかと思い、MPポーションと魔丸薬を手渡しておく。


「大丈夫かい?」

「魔力すっごく使うんで~まじで疲れるんですよ~」

「そうか……連絡を取る時は特別手当を出そう」

「あざま~す~。普段は~店番してるんで~貴族が店にきても取り次がないのが仕事です~」

「ああ。貴族は全て俺に取り次いでくれ。大物の商人とかもな……俺と連絡が取れない時は、ラズライト様の紹介状が無い限り、引き受けられないと断ってくれ。個人客で、安い薬の依頼ならそのままクレインに伝えてくれて構わない」

「りょ~かいです~」


 少女の方が心得たとばかりに店に戻り、座ってぼ~っとしている。特に仕事をする素振りはない。クレインの方も居てくれるだけでいいということなんだろう。

 貴族と関わりたくないが、無視できない可能性もあるから留守番を置くのだろう。

 

 その後、しばらく俺一人で本を読んでいるとお師匠さんがやってきた。


「お師匠さん? 今日、クレインは、教会にかり出されているが……」

「知ってるよ。ひよっこがいないから来たんだよ」

「それは、穏やかじゃない話かい?」

「そうでもないさ。折り入って話というわけじゃないんだがね、グラ坊。あんたも弟子になる気はないかね?」

「俺が……いや、急にどうしたんだ?」


 お師匠さんの言葉に驚きつつも、お茶を煎れてゆっくりと話を聞くことにした。


「大したことじゃないが……胃薬を使ってるそうじゃないか」

「あ、いや……少しな」

「貴族対応なんてやっていれば、当たり前だと思うよ……わたしにも言わず、妹に心配かけたくないんだろう? なら、自分で作ったらどうだい?」


 胃薬を使っているとバレた。いや、ラズが報告したのか?

 ただ、確かに自分で作れるなら、それに越したことはないか。


 いや……俺が作れることを知られた場合、クレインの身が危険となる可能性。

 無い、とは言えないだろう。兄妹で作れるなら技術の独占を責められる可能性も出てくる。


 しかし、クレインだけに負担をかけていることも事実だしな。簡単な物を俺が作れるようになるだけでも、クレインが楽になるだろう。


「何か悩む理由があるなら聞くよ」

「お師匠さんの申出だが、俺自身はすごく有難い。だが、そのせいであの子を危険に晒したくはない」

「ふむ。グラ坊には、危険を招くことだと感じるのかい?」

「希少価値があるから守られる部分はあるだろう? 兄妹で同じ力を持つことは、あの子のためにならん気がしてな」


 それに、俺自身は家に籠るよりは外へ出たい気持ちもある。出来ることなら、作るのは他の奴に任せたい。いい塩梅がわからんだけに、答えに困る。

 

「だが、薬の作成表を見たが、回数も多くて無茶し過ぎている気もしてな……どうしたもんかと悩んでいる」

「そうだねぇ……私もそこが気になって声をかけたんだよ。作り過ぎるというのも、目を付けられるからね。グラ坊も弟子にしちまって、これを使うつもりだったんだよ」


 お師匠さんに『製作者登録申請』という書類も渡される。すでにお師匠さんが記載する欄や、製作者欄に記載がされている。


「これは?」

「物を作った時、鑑定すると製作者の名前が表示されるさね。これを提出しておけば、作った物は製作者名がメディシーアとなる。これは、わたしとひよっこも提出しようと思ってね」


 メディシーアってことは、仮に俺が作っても、グラノス・メディシーアではなく、メディシーアとだけ表示されるということだろう。何か理由があるのだろうか? 


「あの子が大量に作ってるからね……悪い事じゃないが、目立ちすぎると少々心配なんだよ。だから、グラ坊とわたしも作っている。その分も含まれていると隠れ蓑にすればと考えたんだが……グラ坊にその気がないとどうするかね。まあ、そもそもが焼け石に水かもしれんがね」

「そういう事か……」


 お師匠さんもクレインのためにと思っての提案だったらしい。

 なるほど……俺自身の胃薬よりも、クレインのためとなると対処を考えたい。


 少し考え、ふと、思い出した。俺もだが、鳥人はDEX値が高いようなことを冒険者ギルドで誰かが言っていた。

 本人のやる気の有無はあるが……クレインも助手にしたいと言っているし、打って付けの人間だな。


「俺でなくてもいいかい?」

「……調合はそれなりにDEX値が高くないと先行きが行き詰るさね。あんた以外に候補がいるのかい?」

「まあ、一人だけな」



 お師匠さんとしては、俺ならいいが、他の奴ならあまり乗り気ではないようだった。俺の事を気に入ってくれていることは素直に嬉しい。

 だからこそ、俺が名前を告げ、一つ一つ推薦する理由を伝えると少し考えてから頷いた。


 クロウを宿まで迎えに行き、店に帰ると、怠そうに客の相手をしているラーナがいた。話を聞くと薬師ギルドの連中がクレインを呼べと騒ぎ立てていたらしい。

 一切取り次ぐ気が無いラーナに感心するが、仕方なく留守だと伝える。そうすると明日薬師ギルドに来るようにと偉そうな事を言って帰っていった。


 やれやれと思いながら、ラーナにはお礼を言っておやつを渡しておく。

 そして、クロウと一緒にお師匠さんが待つ作業場に向かい、説明する。


「で、俺にお鉢が回ってきたってことか。出来る男は辛いなぁ」

「クレインよりもいい鑑定眼を持ってる上に、クレインが助手にする宣言をしてるだろ。それに、俺と同じで鳥人の血が入っているから器用だからな」

「無理にとは言わないさね……どうする、あんた次第さ」

「婆様にも助けられてるんだ。婆様の願いとあれば、是非、お願いしたいもんだ……ただ、あれほど優秀にはならんだろうから、そこは勘弁してくれ」

「あの子は規格外さね……クロ坊。よろしく頼むよ」

 

 そう言って、お師匠さんはクロウと『師弟の契り』を結んでいた。

 また、クロウはメディシーアの人間ではないが、奴隷であり、メディシーア家に仕えていることで、登録名は『メディシーア』でいけるらしい。

 クレインも助手とすると言っているので問題はないだろう。


「じゃあ、さっそく実践といこうかね」

「俺は席外すかい?」

「あんたもだよ、グラ坊。弟子にしなくとも、教えることは出来るんだからね」


 そして、冒険者ギルド・商業ギルドに納品するような簡単でよく使うレシピを渡された。


「クロ坊、あんたにもすぐに用意するが、少し待っておくれ」

「お師匠さん。これをそのまま渡したらいいんじゃないのか?」

「それはあんたのだよ、グラ坊。受け取りな……薬師でなくても、あんたが持つべき物だ」


 お師匠さんの言葉に、渡されたレシピを確認すると、レシピの元の所有者の名前が『フィン』になっている。

 レオのおっさんの相棒で、俺らの父親ということになっている人物の名前だ。所有者はお師匠さんからフィン、フィンから俺に受け継がれたことになっていた。


「お師匠さん、このレシピ……」

「なに……冒険者を引退したら、わたしの跡を継ぐとか軽口を聞いていたバカ息子のもんだよ。弟子になるのは引退してからだなんて言って、レシピを買って練習はしていてね……あんたとナーガに渡した金は全部、払われたレシピ代だよ。結局、レシピを買っておいて、ほとんど調合することもなくね。クレインの調合器具はそんときのものだよ…………せっかくのレシピが勿体ないだろう?」

「……有難くいただく」


 詳しく、何があったかは聞いていないが……昨年、亡くなったことは聞いている。俺やクレインを可愛がってくれる冒険者の連中は、「奥さん美人だったんだな」と言いながら、俺らにほぼ無償で情報をくれ、世話を焼いてくれている。

 危険が無いようにと魔物の情報はしっかりと教えてくれるからこそ、俺らは冒険者としても順調に進めている。


 さらに、クレインの調合で生活の見通しが立ったわけだが、調合器具までその人のおかげだったとはな。

 俺らが上手くいく地盤を手に入れられたのは、『フィン』という父親のおかげだ。今度、ちゃんと墓に行って挨拶はしてこないとだろうな。



「グラ坊。呆けてないで、〈調合〉を教えるよ。まず、グラ坊がレシピを見ながら思うように作るといい。クロ坊はきちんと見て勉強さね」

「俺は〈調合〉を覚えていないんだが」

「なに、素材の処理の仕方は完璧だから、やってるうちに覚えるさね。心配はしてないよ、あんたもDEX値は高いからね」


 最初は傷薬からということで、そのまま作る。お師匠さんのレシピを見ながら、そのまま……何度となくクレインが作っているところを見ていたので、そのまま再現するように作ってみたが、お師匠さんが呆れた顔をしている。


「あんたも水を魔法で出すのかい」

「いや、汲みに行くより楽だしな……俺はクレインのように多岐にわたる魔法は使えないが、これくらいならな」

「まあ、構わないが……人前では気を付けるんだよ」

「ああ、わかった」


 最初の傷薬はゴミとなった。どこで失敗したのか、丁寧に説明をしてもらい、俺もクロウも何度か作ってみると出来るようになった。


「レベルが上がってみないとわからんが、多分覚えたんじゃないかね」

「そうかい? まあ、練習しておこう」

「婆様には手間をかけさせたなぁ。俺は予定外だっただろうに、すまんなぁ」

「何、巻き込まれたのはクロ坊さね。だが、あんた達は器用だよ。弟子が頼もしくて何よりさね」


 俺もほぼ弟子……う~ん。そうなるとナーガが拗ねるかもしれないな。

 師弟の契りは交わしていないんだが、どうするかな。


「……お師匠さんが嫌じゃなければ、ナーガにも教えてやってくれ。不器用だが根気よく続けられる子だ。これが最近の矢じりだ」

「おや……そうかい。じゃあ、やる気があればおいでと伝えておくれ。わたしは暇だからね、いつでもいいよ」


 お師匠さんはナーガの矢じりを「貰ってくよ」と言って、嬉しそうに帰っていった。

 何だかんだと夜営の時にずっと作っているので、ナーガのクラフトの腕は上がっている。やる気があるならお師匠さんのところへ行くだろう。

 


 お師匠さんは帰る間際に「こいつはあんたが作ってやるといい」と言って、クロウに胃薬のレシピを大量に渡していた。

 クロウは、苦笑しながら受け取り、一番簡単なレシピだけでもと練習をしている。


「しかし……お師匠さん、上級の胃薬混じってるんだが。材料もなかなかレア素材のようだし、作れないだろ」

「そのうち手に入れられると思ってるんだろうさぁ……あんたも必要なら自分で取ってきてくれ」


 クロウに渡されたレシピを確認しつつ、軽めの胃薬からかなり貴重な胃薬まで……そこまで酷い胃痛ではないんだが……上級中の薬で、素材がA級とか書かれているレシピを見る。


「ほら、出来たぞ。若いんだ、あんま無理しなさんな」

「助かる……君も巻き込んですまんな」



 クロウから渡された胃薬を魔法鞄に仕舞っておく。

 出来る事なら、この薬の出番がないことを祈りたいところだ。


「あれ、兄さん? クロウも? 何やってるの?」

「ああ、ちょっとお師匠さんが来て、色々な。説明するから、上の部屋に行こうか」

「うん? この傷薬……だれが作ったの?」


 置いてあった傷薬を見て、首を傾げている。きちんと制作者名は『メディシーア』になっているが、お師匠さんが作ったにしては粗悪品なので、疑問をもったらしい。


「こっちは俺、そいつはクロウだ。茶を飲みながら説明するからいくぞ」



 クレインに事情を説明しつつ、これからのことを考える。


 冒険者として見たことの無い景色を見て周りたいという願い。貴族として地位を確立して、妹を守りたいという願い。


 どちらも俺の中にある。その思いは本物だ。


 今すぐには難しくても、状況が落ち着いたなら……まずは海を見に行くか。

 クレインとナーガ、それに仲間たちが来るならそいつらも一緒に……そして、カイアに土産と一緒に手紙を送ろう。


「兄さん? どうしたの?」

「そのうち、俺らの親父の墓行かないか? 親父に世話になった奴らから俺らも世話になってるだろ」

「うん? そうだね、場所知ってる?」

「おっさんから聞いてくる。今日は飲んでくるから」

「ずるい……でも、今日は譲るよ。レオニスさん、兄さんに顔出す様にって言ってたし。飲み過ぎない様にね」

「ああ」


 クレインとナーガの夕飯を用意してから、冒険者ギルドへ向かうか。

 今後について、おっさんに相談するのも良さそうだしな。これからも俺は俺らしく……やれることをやっていくしかないからな。


 これからも、共にいられるように頑張るか。




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