第16話 対決


 翌日。

 話し合いの場には、各勢力というのもおかしいが、4人ずつ参加。ギルドの受付嬢や俺の冒険者証を盗んだ女はいない。


 そもそも、キュアノエイブスには連れてきていないようだとネビアから教えてもらっていたので、いないことに不信感はない。


 むしろ、あれらがいないということは、少しほっとした。俺が本人達にその場で処刑を命じることは無くなったということでもある。


 ネビアからの報告は、盗人女の身柄は伯爵家が握っている。生死は不明。

 商業ギルド長アフェール殿の手紙を渡には、商人ギルドに預けていたはずの盗人女の身柄について報告があった。

 予想通りに伯爵家の者が解放するように求め、引き渡しに応じたということが、謝罪と共に書かれていた。


 ついでに、ネビアがこちらに向かう日まで、あの受付嬢は普通にギルドで働いていたという。

 処罰していないだろうということ。さらにその姉は、昨日、クロウにハニートラップを仕掛けている。

 

 昨日捕らえた暗部の男の件もあるので、手札には困らない。尋問もせずに、そのまま拘束してあり、何かあったら呼べるように手配している。


 穏便にすませることが出来ない……これから、俺は人を殺すことを命じることになる。



 すでにラズ経由で王弟殿下に対し、俺が作成した経緯書を離宮についた日に、そして、昨日まとめた俺の方針についても追加で渡してある。


 同様に、証拠として受付嬢が俺らへの処罰のために町から出る事を禁止する旨の文書、ネビアが調べていた伯爵家の情報の一部、アフェール殿からの手紙と、クレインのパーティー離脱および俺らのパーティー資金など、マーレスタット冒険者ギルドで確認できた記録、アルスの暗示を解いた時に作ってもらった鑑定書。


 これらの証拠についても王弟殿下に渡っている。それらの文書が、王弟殿下の席に置かれていることは確認できる。



「さて、皆、集まっているようだね。始めようか」


 王弟殿下とその横にはセレスタイト。そして、護衛の騎士が二人。

 俺の方は、俺、お師匠さん、ネビア、クロウ。

 相手方は、伯爵、先代伯爵、冒険者ギルド長、メイド……クロウを見ると頷いたので、ハニトラを仕掛けてきたうちの一人らしい。


 最初に、俺が提出した経緯書のうち、カエシウス町での一連の流れをセレスタイトが読み上げた。


「メディシーア子爵令息、この内容に間違いはあるかい?」

「ない。俺から見た事実だ」

「では、ヴァルト伯爵家からはどうかな?」


 王弟殿下の言葉に、嬉々として答えたのは冒険者ギルド長だった。


「誤解をされる事態になったのは事実ですが、こちらは、あくまでもギルドで揉め事を起こしていた冒険者を落ち着かせるために拘束を……」

「話を聞くこともなく拘束を選ぶのが正しい? わざわざ冒険者に命令して、俺を拘束させようとしたんだ……怪我をしても構わなかったんだろう? あの時点で、俺が分からないわけがないよな? だいたい、あの男が俺に触れることを止めた後も、あんたはあの命令を撤回しなかった」

「そ、それは……」


 俺の言葉に焦った様子で、視線を彷徨わせている。


「そして、この場での第一声が落ち着かせるためという言い訳。俺への謝罪ではない……残念だ。伯爵家の考えはよくわかった。メディシーア子爵令息グラノスの名において、今読み上げた事が事実であると宣言する。その上で、伯爵家に対し、改めて宣戦布告を行う」


 俺はギルド長との会話後、改めて、伯爵家の人間……現当主に視線を合せて、宣戦布告を行った。

 それを聞いた王弟殿下がこちらに視線を向けたが、その意図はわからなかった。


「まて、グラノス卿。君は調停のために、父と俺に立会いを求めたはずだ。ここで宣戦布告をするのか?」



 セレスタイトが、確認として、改めて聞き返したのを、俺は大きく頷いて「そうだ」と告げる。


「俺はヴァルト伯爵家とメディシーア子爵家の戦いになるところを、身体を張って止め、俺に首を差し出す状態で赦しを乞うた者がいたから、伯爵家の意思でない可能性があると考えて話し合いの場を設けようとした」


 まあ、実際に伯爵家の意思だろうとあまり関係はなかったわけだがな。


「だが、その後の伯爵家の行動は何だ? 俺を貶める発言をし、荷物を盗んだ伯爵家の協力者を捕えていたのに、伯爵家が開放するように命じられ、その女を連れていかれたと報告が来ている。ここまで家を貶められ、調停もないだろう? ヴァルト伯爵家とは敵対するしかない」

「確かに。伯爵家が関与している疑いだったが、これにより関与が確定したようだね。伯爵家からは、何かあるかな?」


 王弟殿下は俺が出した結論に頷く。別に理論としては破綻していないはずだ。

 

 俺に対し、雑に扱っても良いという雰囲気がそのままに、ギルド長が言い訳を口にしたわけだ。伯爵家が口を開くことを許していることになる。


「その者も我が家を騙ったのでは? 叔父が勝手に名前を名乗ったように」

「伯爵家の紋章の入った品を見せられたから、きちんと鑑定したらしいが? そもそも、家の名を勝手に使われて、調べもしないのか? アフェール殿は、伯爵家にも俺と同じように報告書を出したと聞いてる」


 ちゃんとアフェール殿から、伯爵家の人間だったかを問い合わせが入っているはずだ。

 返答は返って来なかったらしい。まあ、否定も肯定出来ないだろうが。


「伯爵家の紋章を見せられ、俺から預かっていた罪人を解放したと……普通、貴族を騙ったらどうなる? 死罪だろう? なぜ死罪じゃない? 伯爵家は随分と緩いらしい。だいたい、騙ったのか? 今、王弟殿下が伯爵家から何かあるかという問いに、その男は答えてるじゃないか。伯爵家の者であると、自ら証明している。止めなかった君達もそれを認めているだろう」


 俺の言葉に、現伯爵は顔を真っ赤にして、だが、反論も出来ずに俺を睨んでいる。


 脇が甘いとしか言えない。証人がいなければいいとでも考えたんだろうが、アフェール殿は海千山千の証人。その命令が伯爵家の誰からであるかも確認し、きちんと紋章の写しも取っていた。

 伯爵家は関与していないと言い逃れは出来ない。


「メディシーア子息。君の怒りは最もだ。だが、こちらは君のことを知らなかったから起きてしまったことでもあるだろう。それに当主の意思はどうなんだい? 我が家とは上手くやってきたはずだね、パメラ殿?」


 先代伯爵はターゲットを俺からお師匠さんに変えた。

 俺では話が出来ないと考えたのだろう。


「これは家全体の意志さね。別に冒険者だから侮っただけなら、ここまで大事にはしないさ。貴族として振舞っていないなら、無礼打ちなんてするような子じゃないよ。だがねぇ、冒険者ギルドも伯爵家も、メディシーアだと気づいていただろう?」


 お師匠さんの言葉に、苦い顔を返すのは冒険者ギルド長。


「そうでないと、クレインをパーティーから外せない。あの子がリンチ騒ぎを起こした時、メディシーア子爵または子爵代理の許可なく、パーティー移動は出来ないとギルドに手続きを変えさせた。盗んだグラノスの冒険者証を使わないと手続きはできないようにね。狙っていなきゃ、対応が早すぎる」


 まあ、明らかに冒険者証をあの女から奪って、短時間で手続きしてるからな。


 狙ってやっているとしか考えられないんだ。


「……残念だよ、一昨年までは先々代のために薬を納品し、よい関係にあると思っていたが、ヴァルト伯爵家にとって、うちは用済みらしいね」


 お師匠さんは悲しそうに顔を伏せた。


 先代伯爵が俺では駄目だとお師匠さんに話を振ったが、あっさりと和解を叩き割ってしまった。


 お師匠さんは、円満な関係を崩したのは、伯爵家と証言する。その言葉に慌てるのは、相手側だ。まあ、お師匠さんもクレインの身柄が狙われてる件は怒っているからな。


 モモが攫われた件にしても、クランの人間は一人で撃退していたが、謎の男が本気でクレインを狙っていたら、パーティー離脱させられている状態だったからこそ危なかったはずだ。


「パメラ殿、こちらとしては円満な解決を……」

「円満? そっちに都合よくなるように折れろということなら、断る。こちらの要求は、三つ。一つ、今回の一連の騒動に伯爵家が関与していたことを認め、謝罪と賠償金を支払うこと」


 指を一つ立てていたのを増やし、二つに増やして続ける。


「二つ、今回の騒動を実行した、俺の冒険者証を盗んだ女、女と共謀して俺らを嵌める証言をした者、女に協力して宿に忍び込む手助けをした者、冒険者ギルドの受付嬢達、冒険者ギルド長に対し、俺の不敬および危害を与えたことを理由に処刑とするため、即時に引き渡すこと。及び、それらの家族を連座とし、犯罪奴隷とする。手続きはそちらで行い、奴隷の売却費用をメディシーアに渡すこと」


 言い澱むことなく、言い切れたことにほっとする。内心が顔に出ないようにしながら、王弟殿下に視線を送ると、小さく頷きが返された。


 俺の対応は間違っていないらしい。


 さらに、指を増やして3本にして、続ける。


「三つ、お互いの家に禍根があったことを発表、爵位が移譲され、次世代にならない限り互いに交流は行わない。具体的にはメディシーアの薬は流通させない。薬が領地を通ることも許さない」


 お師匠さんと話を進めようとするのを止め、俺が宣言する。お師匠さんはその言葉に頷いているので、文句はないようだ。


「わ、私に爵位を降りろと言うのか!」

「別に君が爵位を持つ限り、一切の交流を断つだけだろ。俺だけでなく、冒険者達を嵌めて稼いでいたのは調べさせてもらった。それ以外にも色々不正をしているようじゃないか。そんな奴が治める領地に、貴重な薬を通過させるのはリスクがある。検疫と称して薬を奪いそうだからな。薬が届かないとなればこちらの評判にも関わるから、当然のことだ」


 いくつか、ネビアが用意した書類に記載されている不正を読み上げる。稼いでいる後ろ盾のない冒険者に対し、同じように嵌めたこと。資格取消をしないために大金を支払ったこと。

 冒険者ギルドが不正塗れであり、それを許したのは伯爵家の庇護に他ならないことも暴露しておく。


「メディシーア子爵令息、家族を奴隷とするのは……」

「そうするしかないだろう。平民が貴族に対し、やらかしたことだろう? 一族郎党まで罰せられるのは当然だ。そこのメイド、あの無礼な受付嬢の姉らしいな?」


 俺に名指しされた女がびくっと震えるが、構わず話を続ける。


「当然のように参加しているが、昨日、クロウに接触したらしいじゃないか。何を狙っていたのか知らないが、妹の非礼を詫びるのではなく、胸を押し付けるなどの色仕掛けされたと報告があった。そのまま放置して、こちらが女性に暴行したなどと言い出されてはたまらないからな」


 俺の言葉に、女と現伯爵が慌てた素振りをしている。俺の指摘は間違っていないらしい。


「図星か、顔が真っ青だな。俺は家族まで罪に問うつもりは無かったんだが、そちらの行動のせいで、懲罰を与える必要が出てきたわけだ。関わった奴は処刑、家族は奴隷落ち。奴隷落ちが嫌なら、一緒に処刑してやる」


 メイドが泣き出すが今更だろう。

 こちらもネビアの情報が無ければここまでは出来なかったわけだが……。ある程度、こちらが正しい証拠を用意したのに対し、相手は何も持ってこなかったらしい。


 今更、思うようにいかない展開に焦っているようだ。まあ、先代伯爵だけは、沈痛な顔をしながらも、仕方ないと受け入れようとしている。


「そうそう、あいつを連れてきてくれ」

「かしこまりました」


 俺の指示に、クロウが頷いて、一度部屋を出る。

 そして、拘束された状態の暗部の人間が引きずられて、部屋に入ってくる。


「昨日、うちの従者を狙っていた暗殺者だ。こちらが鑑定書……伯爵家の所属だ。確認してくれ」

「ふむ。……誰か、その男の名を鑑定してくれ」

「はっ…………こちらの鑑定書の名前と一致しております。間違いはないかと」


 王弟殿下に鑑定書を渡し、護衛の騎士が鑑定した内容と鑑定書が相違ないことを告げる。


「そいつは俺にも刃を向けた。……他家の後継ぎを殺そうと伯爵家が暗部を放ったということになる。我がメディシーア家が上位の家に歯向かったとしても、仕方ないと見做されるだろう。やり過ぎにはならない……俺の行動に非があるとするなら、他家の跡取り殺しを許す事になるからな?」

「そうなるだろうね。伯爵家からは何かあるかな?」


 王弟殿下は内容を確認し、ゆっくりと頷く。鑑定書は偽造が出来ない。鑑定した結果をそのまま記載される。

 これがこちらの最後の切り札だった。


「……鑑定書を見せていただきたい」


 伯爵の言葉に、王弟殿下がこちらに確認を取るように視線を向けたので、頷きを返す。そして、その鑑定書を手に取った瞬間に破き始めた。


「はっ……これで、その男が家の関係者だと証明は出来ない! メディシーアの言い掛かりに過ぎん、そんな男は知らん!! 文句があるなら国王陛下の前で、公正に判断して貰えば良いのだ!」


 国王は自分を見捨てないという自信があるのだろうが……馬鹿な事を。


「伯爵家の総意でいいかい?」

「………………息子は、爵位を継いだ後から、病気が見つかりまして。しかし、ころころと当主が変更されるのも良くないため……この場にも隠居した私がついてこなくてはいけない状態でして……」

「それは困ったことだね。私達はどちらの言い分を信じるべきかな?」

「こちらを……私が当主印を持っております。息子の戯言はお聞き流しください……」


 先代伯爵の言葉に頷いた王弟が、騎士に命令して、現伯爵は「病」であることを理由に離席させられた。話はこれで終わりだろう。

 

 真っ青になっているギルド長と泣き崩れているメイドも一緒に退席させられた。



「……メディシーアの爵位移譲はいつの予定ですかな?」

「わたしの方でも口添えはしているのだけどね。国王陛下から、すぐには認められないと返事が来ていてね。1年かかるか、2年かかるか……もしかしたら、パメラ殿が亡くなるのをまって、家を断絶させたいのかもしれないね」


 王弟殿下の言葉が真実かどうかは問題ではない。

 ただ、俺が爵位を継げないということにそこまでリスクは無い。


 こちらは爵位の移譲を望んでいるが、許可が下りないという体裁を取っているだけだ。


「この歳だ。いつお迎えが来てもおかしくないさね……ただ、そうかい。断絶させたかったとはねぇ」

「まあ、貴族として認めないなら、それでそれで自由だからいいさ。今は貴族なんだ。今回は、貴族同士で起こったことだ。その後、爵位移譲されないまま、家が断絶するなら……貴族や王族に薬を献上する必要もないし、ヴァルト伯爵家には永遠に薬を持ち込ませないだけだ」

「そうさね。あの子はわたしのレシピは全て引き継げる腕になったから、何も問題はないさね」


 お師匠さんはクレインのことを誇らしげに語っている。


「おや。流石だね。ご自慢の愛弟子殿は、レシピを引き継げるのか。素晴らしい」

「王国の法では、師匠のレシピを弟子が作れない場合、その調合が途絶えないために、レシピを国が徴収する。あの子ならそれはない……今、恨みをもった伯爵家がわたしを殺すことでもしない限りね」


 レシピねぇ……そういう狙いもあるのか。

 まあ、国王とやらが、断絶をさせるというのなら、それは逆に助かる気もしてきたな。権力として、爵位はあった方が便利だが、実際には、手に余るからな。

 しかし、お師匠さん。死ねば伯爵家のせいだと宣言するとは……今まで、貴族として振舞わなかっただけで、貴族のやり口は十分にわかっているらしい。


「伯爵家として、今回の件について謝罪及び賠償を致します。ですが…………弟は貴族の籍が残っており、他の平民達とは扱いが異なるかと。離籍させて、ギルド長の座からも降ろし、幽閉とさせていただきたい」

「他の冒険者ギルドの面子はどうする? 俺を嵌めた受付嬢と、手続きをした受付嬢は処刑だが、他はそのままかい? まあ、処罰する気がないから、そのまま受付嬢する働いてるようだがな」

「……全員入れ替えを。もちろん、我が家から関係のない者を他支部から呼びよせます。また、先ほどの被害にあったという冒険者へは保証も。そして、息子は伯爵から降ろし、弟と同じく幽閉。次の伯爵は孫に。まだ幼少であり、教育不足があるため補佐をすることは許していただきたい」


 ちらりとネビアを見ると嗤いながらも頷いたので、一応は溜飲が下がったようだ。まあ、今後も要警戒ではあるんだが……。セレスタイトが呆れた顔をしているが、とりあえずは、この条件で和平成立ということになるだろう。


 これで、今後は他の家も控えてくれることを願う。人の命を軽々と扱うようなこんなのが日常なら、俺は山の中にでも引きこもり、狩りをしていたい。

 こんなこと、何が楽しくてやれるのか……やっていられない。


「それからグラノス殿の爵位継承について、我が家からも推薦を致しましょう。それをもって、今回の件をお許しいただきたい」

「お師匠さん、いいかい?」

「ああ。助かったよ、グラ坊。これで安心できるさね……。今後、貴族の窓口は頼んだよ」

「任せてくれ」


 お師匠さんがほっとした顔をしている。貴族相手は色々苦労があったらしい。俺の方は胃がギリギリと締め付けられ、吐きたいくらいなんだが。


 それでも、きちんとポーカーフェイスでやり遂げた。人の命を奪う、こんなくそみたいな話し合いを……。相手の譲歩を引き出す交渉ではなく、ただ一方的に条件と突きつけて飲ませた……敵が増えるだろうな。

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