第14話 食事会


 謁見が終わり、部屋に戻って、ごてごてとした肩がこる貴族用の上等な上着を脱ぐ。

 ラフな服装に着替えたいところだが、カイアとの食事があるので上着を変えるくらいで、あまり変化はない。


 ついでに、編み込まれ、後ろで一つに纏めた髪をほどいて、軽く結んでおく。多少、癖がついてしまっているが、まあ、そこまでおかしくもないだろう。


「俺は食事に参加しないでもいいかい?」

「うん? ああ、強制ではないんだが。君、俺の事を見極めるためについてきたんじゃないのか?」


 クロウは、カイアとの食事に参加をしたくないという。

 それは別に構わない。俺としては手を組む相手になったので、隠す気はないというだけで、強制するつもりもなかった。


「ティガほど真面目じゃないさ。すでに、あんたは王弟派に属することを決めているしな。相手も認めているのだから、問題もないだろう」

「それはすまんな。君らの意見を聞くよりも前から王弟派と組むために動いていたのもあるし、見逃してもらっている事情もあってな」

「そっちに事情があるのもわかってるつもりだ。俺らが手を取り合うことの重要性もな。利用されているだけだと、泥船。あんたについてきて見極めるつもりではあったが、王弟との関係は確認出来た。問題も無さそうだしなぁ。言っただろ、あんたが主だから、言われたことはするさ……だが、力はあの子に渡すと決めたんでな」


 そう言って、部屋に戻った。クロウと俺は同室を与えられている。まあ、従者兼護衛ということにしているからな。しかし、食えない奴だ。俺のために力を使う気はない。

 だから、カイアとの食事会に参加しない。まあ、わかりやすく俺のために行動しないが、全員のためには行動するといったところか。


 クロウの食事については、この部屋に運んでもらうことをフォルに依頼して、カイアの元に案内してもらう。



「すまんな。予定が変わって、俺だけになった」

「うむ。俺は構わん……しかし、着替えてしまったのか」

「肩が凝るからな。髪もきつく編み込まれて皮膚が引っ張られて疲れる」

「似合っていたがな。フォルは随分といい仕事をした。あの髪飾りは俺が用意したものだ。今後も正装の時に使うといい、お主によく似合う」

「高そうで怖いんだが? 何をさせる気だ?」


 謁見の間にはいなかったが、どこからか見ていたらしい。

 ラズのお下がりの服の割に、髪をまとめた金環は、ラズには似合わなそうな色だとは思っていた。俺のためにわざわざ用意したらしい。


「なに、たまには世間話にでも付き合ってくれ」

「近くに寄ったらな」


 軽口を叩きながら、席に座ると料理が運ばれてくる。

 運んでくるのは、前に茶会の時にカイアの後ろに控えていた従者だった。



「酒はどうする?」

「いや、あまり強くなくてな。疲れも貯まっているし、寝落ちしてしまいそうだからやめておこう」


 ワインを用意する従者に「すまんな」と伝えて、水を用意してもらう。食事は、カイアに合わせた内容で俺の方が量を多くしているようだ。

 


「なかなか波乱万丈のようだな。兄上が頭を抱えていた。ラズもな」

「すまないとは思っているが、そちらとしても伯爵家の力を削げるだろう?」

「派閥の調整に困っているようだがな。できれば、敵対派閥は無能であった方がやりやすい。没落させてしまうと、次が有能であれば困るという身勝手な理由だがな。ついでに、お主を重用することに対して、派閥に入ってなかった者を優遇するのか、我が家の権威を使うなど許されない等、一部が息を巻いているな」


 そういうもんかと思うが、ラズも調整がどうのと言っていたが、貴族は本当に面倒だな。

 王弟派の派閥内では、俺は歓迎されていないことだけはわかったが。


「お主が拘束されれば厄介だったので、無事、逃げおおせたと聞いて安堵したがな」

「俺がそのまま拘束された場合に、あちらがメディシーアを取り込んだことにする可能性もあったのか? まあ、無様に嵌められたんだがな」


 どこまでかは知らないが、こちらの事情は知っているらしい。他に取れる選択肢が無かった。虎の威を借る狐であることを悪いとは思っているが、どうしようも無かったことも事実だ。


「カエシウスの状況が良くないという話は入っていたが、まさか、お主が嵌められるとは……なかなか愉しめる報告だった」

「暇を持て余す君の娯楽になれたなら何よりだ」

「さて……グラノス。まず、お主がどこまで把握して、仕込んだのかを教えてくれるか?」



 仕込んだと言われても、何もしていないんだがな。

 俺の方で動いたことなどほぼ無い。しかし、凄みのある笑顔を向けられれば、降参するしかない。


 しかし、仕込みね。俺の知らないところで、ネビアが仕込んでる可能性はある、のか……? 伯爵家を潰すために暗躍はしている可能性が十分あるな。



「すまんな。俺は何も把握していないし、仕込んでもいない。単純に嵌められた。相手は俺を平民の冒険者と考えていた。だから、敵対しているのは貴族だという意思表示で、わざと身分がわかる形で大金を作って、伯爵家本体の対応を見るつもりだったわけだが……メディシーアの名前が予想以上に大きかった」

「流行り病で救われた人間がどれくらいいると思っている? 国内でで知らぬものは少ないだろう」


 この領も隣の量でも、むしろ王国全土での流行り病を救っているので、その名は大きいそうだ。

 知らないということは怖いな。


「なるほど。宿も商業ギルドもこちらに協力的でな。妨害がある可能性は考慮していたんだが、逆にこちら側のために体を張って動いてくれたらしい。さらに、伯爵家に恨みを持っている奴が売り込みに来たから雇った。で、俺の盗まれた冒険者証で悪さしていると聞いて、ギルドに行ったら拘束されそうだから、逃げて、マーレスタットまで帰り着いた」

「後手に回って、してやられたといったところか。迂闊だな」

「まあ、そういう事だ」


 村では、村長とかとの交渉も上手くいっていたつもりだったんだな。

 カエシウスで、悪意を持たれていたのに気づきながら、対応を間違えた。迂闊と言われても、その通りとしか返せない。


「今後はどうする?」

「一応、伯爵家の内情については、書類で確認したけどな。伯爵家内でも考え方が違うし、そもそも現当主は力が無い。付け入るとしたら、そこだろうなとは考えている」


 実際、俺を嵌めた冒険者ギルドは、伯爵家の部下の中でも質が悪い奴だった。お金に困っているギルドに協力して小金を稼ぐ奴だということはわかっている。現伯爵の直属の部下であることも、村と町を行き来し、連絡係をしていたが……俺らのことを見張っていたわけではないことも確認している。


 ネビアの資料で……少なくとも、あいつはそれが確認できるくらいには、部下なり、仲間なりがいるということだ。カイアが把握している諸々の伯爵家に敵対行為をしているだろう、俺の名前を使って……責任は俺が取ることになる。


 相手方、冒険者ギルド、カエシウス支部は金が無い。理由は、数年前までは薬の素材を含め、伯爵家がかなり金銭的支援をしていたのに対し、全てを打ち切ったから。

 そして、それで金が無いからこそ、金を持っている冒険者を嵌めて金を集めている。

 ネビアから渡された書類には、その嵌められた冒険者達の名前も記載されており、こちらの求めに応じて証人となる者もいるらしい。


 冒険者ギルドの受付嬢は、伯爵家の縁者でもあった。まあ、父が伯爵家に仕えているというだけだが……俺の冒険者証が盗まれた物だとわかっていて、勝手にパーティーの加入・脱退を手続きした。

 加入だけなら、あの盗人女の指示だとなるが、わざわざクレインをパーティーから外すのは、伯爵家から命じられているだろう……推測だが。



「あと、相手の弱いところは金だろうな。幸い、こっちは薬を売ることで、増やそうと思えば、何とでもなる」

 

 メディシーアはその気がないだけで、稼ごうと思えば富豪だ。薬を作るときに冒険者を優遇したり、一般人でも手に入る価格に抑え、必要な分だけを供給している。万が一の時にしか使わないような高価な薬を売り出さない。ただ、あっさりと俺とナーガには渡してくれている。これを金に糸目をつけない奴に売るだけで、金には困らない。


 金に困っている伯爵家としては、クレインを自陣営に引き込みたいという気持ちがあるのは不思議ではない。

 実際、伯爵家は当主が変わったことで、部下に対して給料を下げ、人員整理をしているようだ。部下からの信頼を失い、家内で分裂も起こしている。すでに落ち目な状態だな。


「そうだな。流石に金を集めすぎるとまずいが、今の程度であれば問題は無いだろうな」

「いや、そもそも、言うほど手元には無いぞ? あくまでも、これからを見越して派手にやっているだけで、手元に一切ないからな」

「そうか。そうそう、お主が雇った情報屋は中々に優秀でな。俺もスカウトをしたことがあるくらいに、その道では有名だ。現にメディシーア子爵家とヴァルト伯爵家の対立は貴族間で広まっている。もちろん、冒険者ギルドがやったことも、ここ数年、伯爵家の不正も広がりを見せているな。……お主の今後の動きは注目されておる」


 カイアがスカウトね。

 つまり、裏の人間としてはネビアは優秀。貴族の中でも、それなりに能力が高く、裏に顔を聞く人間には注目されている。


「あいつ、そこまで優秀なのか。しかし、どこまで広まっているんだ?」

「うむ。それなりに広がっているな。カエシウスの商業ギルド長のおかげでもあるが。薬のオークションに参加する者には参加条件として、薬が出品される経緯が伝えられている」


 つまり、ネビアだけでなく、アフェール殿もしっかり動いてる。こちらの有利に動いてくれるのは助かるんだが……事が終わったら礼状だすか。

 そのまま、カイアがふっと笑ってから話を続ける。


「だが、それだけでなく、ここや王都、他の大きい都市でも伯爵家と子爵家の対立の噂は持ち切りのようだ。年貢の取り立て、魔物の討伐記録などの水増しや通行税の値上げなども含めて、王家への報告と違うというのが実しやかに流れている」

「マジか……流石にそこまでは指示していない。まあ、敵対者に優しくする気もないが……ここで俺が簡単に許せば、甘いとみられるか」


 すでに噂が広がっているというが、早すぎないか?

 通信機みたいなのは普及していないという話だったと思うんだがな……俺がカエシウスから、移動を続けている間に……もっと距離がある場所にまで伝わっている。


「商業ギルドの方で、オークションを行うにあたり、各支部に呼びかけ、広まっている。それと、暗殺ギルドや情報ギルドなどの裏の組織との関わりがある人物が、金でこの話をばらまいているのは間違いが無い。指示をした訳でないのなら、きちんと手綱を握っておくことだな、グラノスよ」

「はぁ……伯爵家が生き残る道、最初から潰しにきてるよな。俺の采配の前に、結果出てないか? 責任はとるつもりだが」

「そうだな。だが、全てお膳立てした通りにすると、お主が舐められる。また、徹底的にやり過ぎると他から目を付けられるだろうがな……お主の技量次第、頑張ることだ」


 ここら辺はお手並み拝見ってやつか。

 しかし、ここまで派手に動くとなると……ネビアの給料、ちゃんと考えておく必要あるな。俺の方も金を用意できないと、詰みそうだ。


「なるほど。こちらとしては、ハンバート子爵家かヴァルト伯爵家のどちらかを潰してでも、クレインの安全を図りたいんだが……どっちなら、許可が出るんだ?」

「うむ。ヴァルト伯爵家を標的にしてくれると助かる。ハンバード子爵家については、こちらで処理をしたいのでな」


 クレインから、ハンバード子爵家からの指示で動く冒険者クランや、薬などで異常状態にされた薬師ギルド長の事を聞いているからな。

 こちらには手を出すなということであれば、従う。まあ、情報収集くらいはこちらでもするだろうが……とはいえ、格上の伯爵家を相手にするだけに大変ではあるんだが。


「わかった。今後、薬師ギルドからの嫌がらせやクレインへの暴力などが無いなら、報復はしない。一応聞くが、どういう処理の予定だ?」

「パメラ殿、その弟子への危害は、全てハンバード家がやったこととして、家を取り潰す。実行犯は全員が犯罪奴隷になる。……その土地をお前に与えることも出来なくはないが?」

「いらん。開拓する土地を希望と伝えたはずだ……しかし、犯罪奴隷か」

「死刑にするよりも資源として使えるのでな。貴族に手を出した平民がどうなるか、お主も甘い事はせぬようにな」

「……俺が処刑するように命じるってことか」

「さてな。だが、扱いきれぬだろう?」

「もっともだな。恨みを持ってる奴を側に置けない以上、奴隷の選択肢はとれない」

 

 そう。人手が足りないからといって、揉める原因になった奴を側に置いておくことはできない。かといって、売る様なことをすると……奴隷の扱い方が人によって異なると反感を買う可能性がある。今後もクレインが借金奴隷を抱える可能性をもつ。家としては、犯罪奴隷は持たずに処刑が妥当ではある。


 カエシウスの冒険者ギルド長はともかく、盗人女と受付嬢は、処刑するしかないか。


 俺が……ねぇ。

 他貴族から舐められないようにするなら……人殺しもするしかない。

 ダメだな、覚悟していたつもりだが、手が震えている。


「無理なら、俺がしてやろうか?」

「いや。俺は友人として君と対等でいたい。手は出すな」

「ふふっ……そうか。では、見守ろう」



 せっかくの食事だが、楽しいどころが陰鬱な話のまま、デザートまで食べ終わってしまった。

 俺は情報を貰えて助かるが、カイアにとっては面白い話でもないだろう。


「せっかく時間が出来たのに、こんな話に付き合わせてすまない。俺の方でしっかりと対処出来てないから、助かっている……貴族の当主としては、自分でやるべきなんだろうが」

「焦る必要もなかろう。何の教育も受けていない状態で、よく対応していると思うぞ。だが、ゆっくりと成長している時間がないことも事実だ。今回は助けてやるが、これが続くようなら……父上は俺ほど甘くはない」


 顔は微笑んでいるが、瞳は笑っていない。友人として、手を貸せるところは貸し、こちらに肩入れをしてくれている。だが、カイアも……その父である王弟殿下の立場もある。

 今回のように、急に対処を放り投げるようなことをしていれば……貴族としては資格なしと切り捨てることも検討しそうだな。



「……平穏に暮らしたいだけなんだがな」

「友人としての忠告だ。ヴァルト伯爵家との一件が片付いたら、確保した奴隷も含めて、急いでレベル上げをしておくことだな。中途半端な強さでいる方が手を出してくる。今回の件でもそうだ。新人で容易に丸め込めると思ったからこそ、仕掛けてきているだろう。突き抜けてしまった方が面倒は少ない」

「強くなり過ぎた方が、危険視されないか?」

「敵にまわしたくないと考えさせる方が早い。妹御の戦闘能力、伯爵家にバレておるのだろう? 強みを生かせる環境を作れなければ、弱者は淘汰される運命だぞ」


 そういえば、クレインが例の冒険者クランとの対峙をする直前に、〈直感〉が働いたと言っていたな。無意識ではなく、〈直感〉が働くのは……いい兆候ではない。

 ちらっとでも実力を見せているなら、そのままの能力は確かにまずいかもしれん。


 さっさと貴族家として独り立ちしておかないと、他の異邦人の巻き添えで潰される


「忠告、ありがとな。対処しておく」

「ダンジョンに籠るつもりなら、新しい薬師ギルド長に妹御が顔合わせをしてからにするようにな」


 そういや、新しい薬師ギルド長が派遣されるんだったか。ラズ……というよりも、王弟殿下の意向を受けたものであるなら、顔合わせは必須か。


「……色々お見通しか」

「やるべきことをやっておけば、大丈夫だ。だが、わかっておろう? やるべきことの中に、荒事が混じることも。お主たちに期待するのは、普通の貴族としての働きではない」

「……だよな」

「俺でよければ、相談くらいは乗ってやれる。まだ、貴族としての振る舞いは難しいだろうしな」

「ああ、助かる」


 クレインを説得して、またキノコの森に行くか……いや、あのダンジョン行くには、C級に昇格が必要だったか? 鉱山ダンジョンに行くのもありかもしれん。


 先にやることをやっておく必要はあるけどな。


 

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