第13話 謁見



 馬車でキュアノエイブスに到着したのは、翌日の夕方。

 馬車がそのまま離宮に入り、すぐに部屋に案内された。着替えたらすぐに謁見が始まると言われ、俺とクロウはフォルから渡された謁見用の服に着替える。


 お師匠さんは隣の部屋で用意している。

 だいたい着替え終わった辺りで、ノックされて、見知った人物が入ってきた。


「漸く来たか。久しいな、グラノス」

「カイア。君こそ、起きていて大丈夫なのか?」

「何、大人しくしていれば大丈夫だ。そんなことより、父上との謁見後は、一緒に食事でもどうだ? 明日は空いているのか?」

「いいねぇ、だが、明日は難しいんじゃないか? 君と主治医と専属薬師にお師匠さんが、用があると聞いてる。俺も同席はするがな」

「なんと! それは仕方ないか。せっかくだから、時間が空くようならお茶をしようと思ったのだがな」


 そもそも、謁見後に、主治医と専属薬師に新薬を渡すところまでが、今回、お師匠さんがついてきた一番の目的だからな。

 あとは、話し合いの場にいるが、俺に任せると言っている。



「俺も時間があれば、君と茶をするつもりだ。妹自慢もしたいからな……あのお茶を用意してくれ。食事は、こいつもいいかい? 今回は従者役としてついてきてもらってな」

「うむうむ……良いぞ。さて……すまなんだな。名を聞いても良いか?」

「クロウと申します。以後、お見知りおきを」

「楽にしてよいぞ。そなたの話は聞いておる。会えてうれしいぞ?」


 クロウがぴくっと眉を上げた。

 表情こそ、何もないように装っているが、気になる点があったらしい。


 ただ、互いに笑顔であるが胡散臭さが出ている。相性は良く無さそうだ。


「君……帝国での反乱情報で、密入国者がいることも知ってたのか?」

「なに、帝国が血眼になって探す外見と一致しておったのでな。お主の妹が保護したと聞いた時点で、町から逃げるそぶりがあれば殺すようにと命じておいた」

「怖い怖い……せっかくの眼福な見た目も、空恐ろしい会話で楽しめないのは残念だ。もう少し、お手柔らかに頼みたいんだが?」


 殺す指示を出すのが早いな。

 クレインも逃げるのは厳しいと踏んでいたようだが、殺害を命じてたのか。きっちりマークしているあたり、抜け目がないんだよな。


 やれやれと呟いているあたり、クロウも大概、図太い男ではあるが……。


「あの町、ラズが治めている割には、君に情報筒抜けだよな。君の命令で動く手駒も潜んでいるし」

「今は特にそうだな。他家の密偵もわんさかいる故に、注視しておる。普段は手出しはしておらぬ。さて、では後ほどな、グラノス」

「ああ、後でな」


 カイアが立ち去ると同時に、フォルが入ってくる。

 着替えた姿を確認し、クロウが第一ボタンを締めていないことに注意して、他は問題がないと合格をもらった。


 しかし、髪型については、そのまま無造作では駄目だと、整えることになった。

 顔が良く見えるように、両サイドの髪を編み込んで、後ろに持っていき、高い位置で、赤い宝石がついている金環を使い、髪をまとめた。結構引っ張られるので、ゆるくして欲しいと頼んだが、我慢するように言われた。


 クロウについても、横の髪が顔を隠したりしないように少々髪型を弄られたりきっちりとした服装になっている。



「本当にあの方と仲が良いのですね」

「そうだな。ラズの従者としては、俺があいつと親しくするのは複雑かい?」

「……出来る事なら、ラズ様の指示に従って欲しいところではありました。ですが、今回の件で、手駒にすることは無いとお言葉をいただいております」

「今回は仕方なかったというか……巻き込まれて、対処しただけだろう」

「宣戦布告をしている時点で、破天荒すぎるかと」


 フォルからの苦情に「すまんな」と謝罪をしておく。

 クロウも首を振っているが、最初が肝心だと思うんだけどな。


 しかし、手駒にしないというのは、まあ……爵位を継ぐ時点で、家として動くので、ラズだって俺を手駒にというのが無理なのはわかっているはずだ。

 爵位継ぐまでに時間があったら、使いたかったのだろうが……なんだかんだと、この離宮の人員に対し、ラズの配下は少々見劣りするしな。


 ラズの方が人手不足といったところだろうか。フォルもラズのためだけに動けないようだしな。



「従者がついていって大丈夫なのか?」

「問題ないと聞いております。こちらのトレイをお持ちください。薬を乗せて、後ろを歩いていただくことになります。グラノス様は、パメラ様をエスコートして、王弟殿下が座っている前まで進んでください。止まる場所は絨毯が広くなりますので、そこで止まって口上をお願いいたします」


 クロウは出来れば着いて行きたくないらしい。だが、事前に謁見はクロウも許可されているらしい。


「わかった。ということだ、クロウ。君が献上する薬を運ぶことになるから、頑張れよ」

「おそらく、王弟殿下の指示で、従者が受取に参りますので、前に出ない様にお願いいたします」

「そういうものか、気を付けよう」



 フォルに案内されて、謁見の間へと向かう。

 お師匠さんは、貴族女性のようなドレスは身に着けていないが、一級品だとわかる上等なローブを身に着け、不敬に当たらないような服装になっている。


 まあ、貴族ではないというスタンスのためにも、ドレスにしないのか?


「じゃあ、すまないがこの二つを運んでくれるかい? 頼むよ」

「勿論だ、任せてくれ」


 お師匠さんが薬を二つ、トレイに乗せる。さらに、丸められた巻物を二つ乗せる。


 謁見の間にて、侍従らしき人物から名を呼ばれ、お師匠さんをエスコートして、そのまま前へと進む。


 謁見の間には、正面に立派な椅子が置かれていて、そこに王弟殿下が座っている。そして、その横にはセレスタイトが立っており、多数の騎士が配置されていて、重々しい空気を醸し出している。

そのまま、王弟殿下の座る場から、だいたい3メートルくらい離れたところで止まり、お師匠さんはカテーシーと言われる礼を、俺は首だけ曲げて会釈する。


「面を上げよ。……随分と久しい顔だ。なつかしさを感じる。パメラ・メディシーア女子爵、突然の謁見の申出だが、何かあったかな?」

「願いに応じ、早急にお許しをいただきましたこと、感謝申し上げます」

「ああ、楽にして構わない。貴方はこの国の発展に貢献した、希代の薬師。貴族としての振る舞いが苦手であることも承知しているよ。無理をすることはない」

「……感謝するよ、すまないね。わかってはいても、どうもうまく振舞えなくてね……無礼で申し訳ないが、お言葉に甘えさせてもらうさね」


 お師匠さんが姿勢を元に戻した同時に、俺も姿勢を戻して、正面を見る。周囲には文官も配置されている。ただ、王弟殿下の発言に対し、特に反応をしないことから、最初から言い含められていたか、お師匠さんが特別か。まあ、後者だろうな。


 正直、俺らが考えていた数倍もメディシーアの名はかなりでかい。マーレスタットから離れてからこそ、その大きさを感じた。


「もう、20年以上前になる。依頼され、力不足を理由にお断りしたことがあった。あれから、この歳になっても、ずっと研究だけは続けていてね」

「あの時から、随分と時は過ぎたが……20年ぶりに姿を見せ、薬を献上したいということは、新薬が出来たということかな?」

「……いや。あの時に言ったように、わたしにはあの薬を超える物を作り出すことは出来なかった。ただ、それでも出来た薬がある……弟子の発想と知己のおかげでね。あの薬の効果を高める、補助薬を2種類。今更だろうが、これを献上したくてね」


 王弟殿下は珍しく身体を乗り出すようにして、薬が出来たかを確認をしたのは……それを待ち望んでいた様子がわかる。

 どうやら、あの毒草茶のことか? 俺がクレインに送ったアレ、お師匠さんが改良を依頼されたことがあったのか。

 

 すぐに指示を受けた侍従が、クロウの持っているトレイごと受取、王弟殿下の元へと届けられた。


「ふむ……補助薬にはどのような効果があるんだい?」

「どちらも、薬の効果が発揮される時間を遅らせる作用がある。これによって、現在よりも摂取する量を少なくしても、目的の魔力溜りの場所で効果がでるようになる。また、毒の部分を抑えた状態で胃などの器官を通過できるため、身体への負担も軽減できる……可能性があると考えている。まだ、試したのは二人だけでね。経過を見守る必要もあるが、許してもらえるなら、主治医殿と専属薬師殿に話をさせてもらえないかね」

「手配しよう。この紙はレシピのようだが……」

「だいぶ遅くなり、完全な薬とはならなかったが……これをもって、かつての無礼をお許しいただきたい」


 もう一度、先ほどと同じように深くカテーシーをするお師匠さんに、合わせるように慌てて、俺も頭を下げる。


 お師匠さんとしては、俺らのために、過去のわだかまりを消してくれたということだろう。これで、俺らが王弟派についても、問題が無い。


「貴方は誠実だった。薬師として、貴族の一人を救うことよりも、多くの民を救いたいと口にした。そして、20年間ずっと民に寄り添っていたことは把握している。また、薬師としての専門性から、自分以上に適任がいると……決して、無礼な行いではなかった。それでも、我が子のため、多くを望んでしまったのは私のほうだ……顔を上げて欲しい」


 お師匠さんの動きに合わせて、俺も立ち上がる。本心かはわからないが、この言葉をもって、メディシーアと王弟の間は和解が成立したことになるのだろう。


 まあ、敵対していた訳でもないんだがな……そもそもが、その領地に暮らしていたわけだ。他にいくらでも庇護をする貴族がいたにも関わらず、王弟の治める土地に居続けた時点で、敵対ではないだろうと思うんだが、不仲であるという話はずっとあったらしい。


「この薬が、わたしが献上する最後の薬になるさね……だが、長く心配させたようだが、無事に受け継いでくれる子達と出会えた。今後、メディシーアは、グラノスとナーガとクレイン、3人が継いでくれる。どうか、見守ってやって欲しい」

「貴族として、薬師として……貴殿の後継ぎができたことは喜ばしいことだ。メディシーアの今後の発展を祈ろう。……さて、グラノス・メディシーア。君からは何かあるかな?」

「改めまして、パメラ・メディシーアの子、グラノス・メディシーアが、王国の青の君にご挨拶申し上げます」


 膝をついて頭を垂れて、最高礼をした状態で挨拶をする。これは、儀式的な物であり、俺が王弟殿下に挨拶するのは初めてということになっているので、きちんとしておく必要がある。


 青の君は、王弟並びにその子息達の呼称である。

 現王やその子供は、水色や紫色の髪色をしているらしい。だが、元々の王家の髪色は青だという。だから、王弟派およびその支援者たちは。王弟殿下たちを青の君と呼ぶらしい。


 ここで、俺は改めて、王弟に仕えることを宣言したことになる。まあ、既定路線であり、メディシーアが王弟派に正式に組み込まれることを内外に示したわけだ。

 


「ああ。メディシーアの次代である君には期待しているよ」

「光栄にございます。ご挨拶の機会を得ただけでもご配慮いただいておりますところに、誠に僭越ながら、お許しをいただきたいことがございます」

「うん、何かな?」

「周知の事実ではございますが、当主が高齢であると、当主に何かあった時に揉める原因となります。特に我が家、メディシーアには、かつて破門された弟子、ハンバード子爵家との因縁がありますことも、既知の事かと……出来ましたら、当主変更の後押しをお願いしたく」

「ああ。そうだね、出来る事なら、お願いしたいね。すでに、当主の指輪を渡して、実権は渡しているのだけどね」

「なるほど。パメラ殿も新しい弟子の教育にも時間がかかるだろう。貴族としての荷を下ろすということであれば、こちらでも話を進めるように伝えよう」

「感謝申し上げます」



 俺の願いを受け入れる形で、謁見が終了した。

 そして、そのまま今日は離宮に泊ることとなった。


「やれやれ……あとは、グラ坊。あんたが頑張んな」

「ああ。色々すまないな、お師匠さん。明日、専門家同士の話し合いなんだろうが、俺も参加しても良いかい?」

「ああ。構わないよ。また、明日さね。おやすみ」


 用意された部屋は、お師匠さんとは隣の部屋。また、きちんと護衛も用意されているので、俺とクロウがついていなくても護衛は問題がない。


 さて、俺はカイアと食事に行くかな。




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