第9話 後手に回る
「グラノス! 無事か!!」
部屋のドアを蹴破る勢いで開いて、入ってきたのはナーガだった。
焦った様子で、珍しく言葉が先に出ている感じだ。普段よりも幾分素直に感じる。よく見ると後ろにアルスもいる。どうやら一緒にいたらしい。
「おい! グラノス!」
「無事だ。取り押さえられたが、ケガはない」
「……そう、か。何があった?」
「君が出掛ける際に持って出たわけでないなら、荷物をあのくそ女に盗まれた。すぐに捕まえるように手配をしてもらったが……その前段階が不自然でな。俺らを嵌めて、身ぐるみを剥がす可能性が出てきた」
「ま、まって……そんなはずないんだ。彼女は、グラノスさんとちゃんと話し合いがしたいって言ってたから、ナーガ君と僕が一緒に……その、何か誤解が……」
ナーガは、アルスに話があると待っていると言われて、宿のロビーに行っていたらしい。支配人に俺が取り次ぐなと言ったにも関わらず、俺が風呂に入ってすぐに声を掛けられ、ナーガもひょこひょことついて行ったらしい。
完全に俺らの動きが筒抜けか。
その割には、あの情報屋は不用意に姿を現したしな……見張られているときといないときがあるんだろうが。俺とナーガには、それに気づくだけの能力がない。
すでに、冒険者ギルドについては、俺のクロが確定している。
続いて、先ほどの案件が俺の方が問題となる場合は、婦女暴行だろうか。風呂上りでほぼ裸だった。部屋に連れ込まれてなどという話になり、あの護衛達の証言を合わせて罪に問う可能性がある……この世界、軽微な犯罪については、領主が裁判権持っている。
いくらでも冤罪を作れるだろう。むしり取るつもりなのか、脅して、俺らを伯爵家側に組み込むことが目的か……。
「ナーガ。あの女の身柄次第では、すぐにでも動く。いいな?」
「……わかった…………捕まえたら、か?」
「逃げて、あれが伯爵家に保護された場合でもだ。荷物の中に入っている薬は一財産だ、俺らの言い分を聞かないのはすでに冒険者ギルドでわかった。ラズに報告して、助けを求める必要がある」
「……わかった」
「グラノスさん……あの、僕はどうすれば……」
「あの女は俺らと敵対した。どちらにつくか、今、この場で決めろ。ただし、俺らについたからと言って、君があの女に協力したことは消えない。あの女に言われて、ナーガを連れ出しているから当たり前だな」
ショックを受けているが、そんなことよりもナーガと今後の動きについて確認をする。テイマーギルドに行くという話があったが、ここから先、別行動は避けるべきだろう。
ほんの少し目を離した隙に仕掛けてくるのであれば、相手の動きが分からない状態にしないために一緒に行動するしかない。その分、動きが遅くなってしまうのは困るが……ナーガ、割と騙されやすいだろうしな。
ナーガは、荷物を纏め始めたので、先ほど預かった資料をナーガに渡しておく。俺の袋がないのは、痛い。だが、持ち歩けるものでもない。
「……荷物が無いとなると……最悪は武器なしでマーレスタットまで戻ることになるのか」
「道中の危険度は増すが、なんとかなるだろう」
実力的には……刀がないから厳しい訳ではない。ナーガ一人で戦えば十分、俺も武器なしでもたぶん大丈夫だろう。
俺らの話がまとまったのをみて、意を決したような表情でアルスが声を掛けてきた。
「…………グラノスさん。敵となった場合に、どうなるの?」
「殺し合いにならないことを祈れ。あの女は死ぬか奴隷か……この世界で平民が貴族に手を出した場合の罪は重い。あの女をここの領主が庇うか、切り捨てるかは知らんが…………終わりだ」
俺が見据えるのは、伯爵家との今後であり、俺らを嵌めた末端の女ではない。
何を考えて、伯爵家に踊らされているかは知らんが、すでに取り返しはつかない。そもそもが好感度マイナスで、俺が助けると考える方が可怪しい。
俺の言葉を理解したのか、アルスは絶望の顔をした。ナーガはそれを痛ましそうに見ている。
迂闊な行動をしているのは、俺ら自身もだ。平気だろうと甘い考えをしていたのが、裏目に出て、後手に回っている。こいつらは最初から見捨てるべきだったし、ナーガにもきちんと言い聞かせておくべきだった。
だからこそ、これ以上、甘い対応は出来ない。
「ははっ……そっかぁ…………話し合いでは、もう、すまないんだね?」
「俺らは、助けたはずの君らの証言で、罰金刑は確定だ。下手すれば冒険者資格も無くなるだろう。なにせ、一般人への扱いは、他の地域でも問題となる……今後の行動に差し障ることになっている」
「どういうこと?」
「あの女と君の証言により、勝てない魔物に挑んで、一般人を巻き込み、ケガをさせ、こんなところまで連れ回した罪で、罰せられるんだ.。俺たちはな」
「待って、そんなことしてないでしょ! 僕らを助けてくれたって、ちゃんと伝えたよ!!」
「その意見は採用されていない。さあ、いい加減、どちらにつくか決めろ。俺らについても信用はしないがな」
まだ、自分の気持ちは決められないらしい。
わからんでもないが、それに付き合うほどの時間はない。
「失礼いたします。例の女を冒険者ギルドから出てきた瞬間に捕えました。荷物はこちらです、ご確認ください」
「…………薬は減っていないようだな。武器もある……冒険者証がないな」
渡された魔法袋の中身を確認する。
お師匠さんから渡されている薬の数は合っている。クレインからの物はわからない。あの子から渡された分は使ったりもしている。そもそも数が揃ってないから確認ができん。
だが、そんな事よりも俺の冒険者証が中に入っていなかった。
「女は?」
「……ご案内いたします。伯爵家の手の物に任せる訳にはいかないと思いましたので、こちらで部屋を用意しています」
「ああ、すまんな」
ナーガと共に部屋を出ると、アルスもついて来ようとするので、逃がすような動きをすれば拘束することを告げたが、それでもいいらしい。ショックを受ける現場になる可能性もあるんだがな。
「……さて、俺の冒険者証はどうした?」
宿の方で用意してくれた部屋は、人が寄り付かない倉庫のような場所。おそらく、従業員以外は入らない部屋だろう。そこに、腕を後ろで拘束された状態で、口は布によって塞がれている女が蹲っていた。
こちらを睨んで暴れようとするが、護衛により腕を締め上げられ、痛みで大人しくなった。
「すまないが、身体検査をしてくれ。どうせ、こいつが持ってるだろう」
「畏まりました」
目の前で、女は身体を探ってもらうが、見つからなかった。
ナーガやアルスはその様子を見ながら、少し赤くなっている。大して刺激のある姿でもないと思うんだが……青少年には早いのだろうか?
「そいつの口の布を外してくれるかい?」
俺の指示に護衛が頷いて、布を取る。
「ちょっと! 何するのよ!!」
開口一番、大声でこちらを責める様に耳ざわりな声で叫んだ。
「煩い。俺の冒険者証はどこにやった?」
「ふん、これを取ってくれるなら、教えてもいいわよ。誤解があったって、伯爵家の人にもちゃんと伝えて、紹介してあげるわよ。感謝してよね」
上から目線で、当然のように従うことを強要してにんまりと嫌な顔で笑う女に、アルスの方が青ざめていく。状況がわかっていないのは今更だがな。
「ならいい。無駄だったな。支配人、こいつは無礼打ちとする。手間をかけてすまないが、商業ギルド長に金と一緒にこいつも輸送してくれるように伝えてくれ。死ななければ何をしても構わない、また、事情を説明した上で、他の貴族から解放するように言われたら、その証拠さえあれば解放して構わないと伝えてくれ」
「かしこまりました」
「え? ちょっと、待ってよ! そんなことしたって、返ってこないわよ!!」
盗人猛々しいとはこのことだな。人の荷物を取っておきながら、全く反省していない。とりあえず、ああいうってことは、今は持っていないんだろう。
誰かに渡したのであれば……面倒ではあるが、もう今更だ。冒険者ギルドにいたというから、そこで確認をするか……虎穴に入らずんば、と言うが、手ぐすね引いて待ってる可能性もあるよな。
女を見るのも煩わしいので、払うように手を振ると口に布を巻かれ、護衛が引きずるようにして連れて行った。
さて、どうするかと顎に手をやると、部屋の外に気配を感じた。そちらに視線を送るとにこりと笑って、会釈をする……つい、先ほど立ち去ったはずの男がいた。
「支配人、世話になった。すまないが、ゆっくりと宿を満喫できる状態ではなくなってしまった。色々と騒がせてすまなかったな」
「いえ……こちらの不手際も多く、あの護衛達も……」
「助けてもらったのは、こちらだ。受け取って欲しい……うちの妹が作った薬だ。お師匠さんの薬程の価値はないが、効果は保証する」
当初の予定であった3日くらいの滞在分の宿代と一緒に、いくつかの薬を渡しておく。薬を贈答用に渡すのも変かもしれないが、使いどころはあるだろう。
俺を取り押さえた護衛については、処理は任せることにする。そいつらまで、捕えておいて、後ほど処分は出来そうもない。
「さてと……ナーガ、トイレに行ってくる。その後、出立する。アルス。3分やる。その間に決めろ」
トイレの方向に向かうと、あの男はちゃんと付いてきている。存在感がある時とない時の差が激しいな……先ほどのも、一瞬だけ姿を出して、俺だけに気付かせたようにも見える。声を掛けようとして、そういえば、名前を聞いていなかったな。
「……あの女が冒険者ギルドで何をしたのか、知っているか?」
「んふふ……貴方のパーティーに加入するため、小細工をしたようですよ。ついでに、パーティーの口座からお金をおろそうとして、貴方の冒険者証はお金を用意する間、ギルドが預かるらしいですよ」
「はっ……やってくれる。というか、君。名前は?」
「おや、今更聞きます? まあ、いいでしょう。ネビアと言います。冒険者ギルドの前であの女を捕らえたので、おそらく伯爵家が動きますよ。どうします?」
さて、どうするか。
こちらの事情を説明したら聞いてくれるような連中ではない。どう考えても、この地でやり合っても勝機が無い以上、逃げる方がいいだろうな。
争いの場は、ここである必要がない。
「冒険者ギルドに行って、出方次第では逃げる。君、後始末を任せていいか?」
「連絡係くらいはしてあげますよ。とはいえ、僕があなたの部下である証明、できないのですが?」
「今後の活動資金として、いくつか超級・上級の薬を譲渡する。その文書と薬で証明してくれ。それと、状況によるが、あの資料を王弟に流してもいいか?」
「おや、そんな伝手があるんですか? 意外ですね。ええ、お任せしますよ……それでは」
ネビアに譲渡する旨の文書と薬を渡して、別れる。
部下を持つのであれば、金は何とかしないといけないな。お師匠さんの薬を売って金を作る状態では、今後に差し障る。しかし、冒険者としての稼ぎがいいわけでもないしな。なにか、手段を考えないとだな。
そして、ナーガとアルスのいる場所に戻った。
「ナーガ。冒険者ギルドに行く……その後は、寝ずにマーレスタットに向かうことになる可能性が高い」
「……わかった」
ナーガが頷いたのを確認して、宿の出口へと向かう。アルスには声を掛けない。
しかし、数歩歩いたところで、俺達を追いかけてきた。
「僕もっ……僕も連れて行って欲しい! お願いします!!」
「わかった」
結局、アルスも連れていくことにする。こいつが冒険者ギルドで俺らの行動を証言したこと、それを証明することも多少はこちらに有利になる。そのために、連れていくのも無意味ではない。
全く……俺も、甘い。見捨てるべきといいながら、結局見捨てられない。
冒険者ギルドへと向かった。まったく……なんでこうなったんだか。
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