第10話 宣戦布告
宿から冒険者ギルドに向かう。
このギルドで2度とも、俺らの手続きを担当した受付嬢の列に並ぶ。こいつが俺に対し悪意を持っていることはわかっているが、他の奴らよりもやり口が分かるだけにマシだ。
むしろ、ここでもやらかしてくれた方が、さっさとけりがつく。
「冒険者証を盗まれた。今日以降の手続きが出来ない様に処理を頼みたい」
「は?」
「今日、君に手続きをしてもらっただろう? 俺と弟は処分されると文書も渡された……それ以降、俺の名前で手続きされた内容を取消、今後の手続きも出来ないようにしろと言っている」
「出来ません! 勝手な事言わないでください!!」
大きな声を出して、ギルドにいる連中の注目を引きつけた。
俺が無茶な事を言っているという印象をつけているようだ。ナーガとアルスには黙っておくように言っているが、ナーガはむしろ周りを睨んでいるので、こちらの印象が悪くなった。
ナイスアシストだな。まあ、本人にそのつもりはないだろうが。
「俺の冒険者証を盗んだ奴は捕らえたが、俺の冒険者証を持っていなくてな。このギルドで何かやっていたのがわかっている。だから、俺の名前を騙って手続きしたおそれがあるから、全て凍結しろ。出来ないではなく、しろと命令しているんだ」
「そんなこと出来る訳が!」
「出来るだろう? なにせ、本人じゃない奴が手続きは出来ないはずだ。ギルドのルールでは、本人以外の手続きが認められるのは、同じパーティーに入っているか、本人が死んだときだけだろう? パーティー結成時なら別だが、すでに出来てるパーティーに入る手続きをできる訳がない。弟の冒険者証で確認したが、パーティーメンバーが変わっていてな。冒険者ギルドにそんな権利はないよな? 勝手に手続きをしていないなら、凍結するだけ…………手続きをしているなら、取り消せ。最後の忠告だ」
何もしていない状態に戻すとは思わないが、こちらの主張を伝える。このままの状態を押し付けるならこの女とギルドに制裁を下す。
受付嬢は、こちらの命令に対し、鼻で笑い、あしらうことにしたらしい。
……白日の下に曝したところで、伯爵家の威光で助かると思っているようだが……貴族同士の争いになればこちらがやらなくても、切り捨てられるだろう。
「被害者である彼女達が望んだからですよ。あなた方がしたことはとても問題となりますが、彼女が反省しているし、一緒のパーティーになることになったから、罪を軽くして欲しいと。だから、ギルドは認めたんです! 一切問題はありません!」
「はっ……達じゃないだろう? 女と一緒にいたこいつは、俺らに助けられたと証言している。一緒のパーティーにすることも勝手にギルドができるとは初耳だ。人の荷物を盗んだ犯罪者と、どこから出てきたかわからない目撃者が俺らを嵌める証言をして、ギルドがそれを認めた。いや、ギルドが主導かい? 俺達が認めていない事を勝手に事実認定して、俺らを犯罪者にして、それを理由に勝手にパーティーに組み込む? ふざけているのか? 責任者を出せ! お前では話にならん!」
「ギルド長は貴族です! あなたなんかとっ……あっ……」
俺が首から指輪を外して、指にはめ、身に着けた状態で見えるように手を顔の前に掲げる。
その途端に、顔を青ざめさせて、震えだす……もう遅いんだがな。言われた通りに取り消すことを考えもしなかった時点で、終わっている。
「ようやく気付いたようだが、俺は貴族だ。次期子爵であり、当主印を預かる代理の立場でもある。君は貴族を嵌めたんだ……わかったら、さっさという通りにしろ!! あの盗人女の証言が通ると思うなよ? もう一人は俺に助けらえたとちゃんと証言している……俺が取り消せという慈悲を与えたのを踏みにじったのは君だ! 終わりだ!! さっさと、責任者を出せ!」
俺が怒鳴ると、周りから殺気や威圧が送られてくる。貴族であることに対することか、受付嬢を脅したことか……この場にいる冒険者を敵にまわした。
さて、これだけの騒ぎになれば、出てくると思うんだがな。他の受付嬢が奥の部屋に向かったので、すぐに出てくるだろう。
「何を騒いでいる! 冒険者ギルドで騒ぎを起こす奴と許すわけにはいかない! ドリット・ヴァルトの名において、騒ぎを起こす奴を捕えろ! 命令だ!」
目論見通りにギルド長が来たが、まさかの登場と同時に捕らえろと命じるとはな……この状態で、騒ぎを起こす奴が悪いとするのは悪手でしかない。
まあ、握りつぶせるという自信の表れだろう。こういう単純な奴ばかりなら、いいんだがな。
宣言に従い、ギルドにいる冒険者がこちらを拘束しようとし始める。ナーガには、剣は抜くなと伝える。
「上等だ! ドリット・ヴァルトと言ったな! 受けて立つ! 貴様は事情すら確認せずに、次期メディシーア家の当主である俺の拘束を命じたな! グラノス・メディシーアの名において、この場で貴様の指示に従った奴が俺に触れた瞬間に、メディシーア子爵家に対するヴァルト伯爵家からの宣戦布告とみなす!!」
「はっ!? 何を言っている!」
俺の啖呵に対し、意味を理解しようともせずにギルド長の指示に従い、横から俺を拘束しようとした冒険者が俺に触れようとした……その瞬間に、手が切り落とされて、血飛沫が舞い、俺の顔にも血が飛び散った。
「うわぁっぁぁぁ!!」
目の前には、跪く男。その右手にある暗器には血が付いており、冒険者の腕を切り落としたことがわかる。
触れた瞬間に宣戦布告とみなすと宣言したわけだが。
本人から切り落とされた腕が当たっているだけに、開戦と言うのか……とても微妙な状態になった。いや、それも含めて狙った可能性もあるが。
「失礼いたしました。無礼を止めるつもりでしたが……結局、触れさせてしまいましたが…………宣戦布告は撤回していただけないでしょうか?」
「……伯爵家の者かい?」
「はい」
膝をついて、俺に頭を下げて首が見える状態……そのまま、首筋に刀を当てても良いが、それをやれば、互いに引けないだろう。
目立たない服装に髪型……顔も特徴はないが、その顔にギルド長の方がひくっと喉を詰まらせている。見知った顔のようだな……先々代の3男坊が恐れる相手ねぇ。
「では、言伝を頼む。メディシーアは、冒険者ギルドのカエシウス支部の受付嬢およびギルド長に嵌められ、罰金を受けることになった。また、ギルド主導で勝手にパーティーを離脱させられた者、勝手に加入した者もいる。これらの抗議に対し、ギルド長がわざわざ家名を出してまで俺を拘束しようとしたことから、伯爵家の意思も含まれるものと判断し、宣戦布告となった」
ここまでは、ここで何が起きていたかの説明だ。ギルド長はそれを聞いて、口元を動かして、何か言おうとしているが言葉にはなっていない。
顔面蒼白なのは、冒険者達だろう。貴族同士の戦いに巻き込まれた。しかも、ギルド長の言葉に従ったのに、目の前で腕を切り落とされた奴がいる。どうすればいいかわからないのだろう。
「止めようとした者もその場に現れたが、間に合っていない。だが、その行動により、メディシーアとの敵対意思がない者もいることは伝わった。よって、当主同士の話し合いの場を設けるのが妥当だろう。この事は寄り親である王弟殿下に報告の上で、今後を考えたい。和解を望むのであれば、王弟殿下のもとでの話し合いに応じていただきたい、そう伝えてくれ」
俺は言葉を続け、王弟殿下を巻き込んだ上での話し合いをしたいと言う伝言を託す。まあ、応じないという選択は取れないだろう。
「……はっ。確認ですが、その者が伯爵家の名を騙っただけとは考えて頂けませんか?」
「おいおい。笑わせてくれるな? 自分でわざわざ家名を名乗っただろう? 伯父と甥だろう? 普段から許していないとこんなことにはならない。原因となった女は、伯爵家の者に紹介するとか、さも関わりがあることを言っていた……あの宿を特定できたのも伯爵家が指示をしていたと聞いてる。だいたい、女だけの証言では、俺らが悪いと判断できない。その受付嬢が他に証言者がいると言っているが、これは伯爵家の者だろう? 本人達よりも信頼できる証言を用意できるはずがないんだからな」
びくっと震えながら、助けを願い、縋る瞳をしている受付嬢。どう考えても、伯爵家の援助がないと、俺を嵌めるわけがない。
ギルド長も受付嬢の不正をしかけるのではなく、俺らを捕えることを選んでいるわけだ。貴族の後ろ盾をもとに、やりたい放題としか感じない。
「日時は7日後、キュアノエイブスの離宮にて、話し合いがなされない場合には、ヴァルト伯爵領出身者の全てに対し、メディシーアは薬の提供を控える、とな」
「…………承知いたしました」
腕を切られた男やほかの冒険者達、受付嬢やギルド長すらその会話をじっと黙って聞いていたが、俺に一礼をすると男はそのままギルドを出ていった。
伯爵に報告をするのだろうが、7日後というのは、こちらもあちらも準備期間が少ない。カイアに謝罪とともに手紙を送るが……まあ、準備期間があれば有利になるのはあちらだから、受け入れてもらうしかない。
残されたのは、どうしていいかわからない冒険者達。こちらを責めるような瞳をしているが、知ったことではない。
「さて、俺を拘束したい奴はまだいるかい? …………いないな? ギルド長、そういう事だ。君の不用意な判断で、貴族同士の戦争の始まりだな。君の指示に従った受付嬢ともども、首を洗って待ってろ」
「ま、まってください! わ、私は!!」
「受付嬢である、君が全ての発端だな。嫌がらせする相手はちゃんと見極めるべきだな……次は無いだろうが」
「……そもそも、職務中に嫌がらせするのがおかしいだろう」
「たしかに! ナーガの言う通りだな」
ナーガの突っ込みに頷いて、「行くぞ」と声を掛けて、ギルドを出て、町の出口へと向かう。
アルスの顔色は悪い……。人の腕が切り落とされるような現場は初めてみたからだろう。この世界で、嫌な事を見ずにすんでいたのは良かったのか、悪かったのか……アルスは、この世界での立ち位置の認識がとても甘い。
「やれやれ……どうするかな」
「……あそこまで啖呵をきったんだ、やるんだろう」
「ああ、そうだな」
町の出口に行くと、そこには、ネビアがいた。
でかい、耳の長い動物を二頭連れて待っていた。毛が長く、艶々しているが……兎、でいいのだろうか? 人が乗っても大丈夫そうな大きさで、背中には鞍のようなものまで取り付けられている。
「どうぞ。意外と体力がある魔物ですから、2,3日間くらいなら潰れることなく走れるでしょう。マーレスタットまで向かうのにお使いください」
「君、優秀だな」
「当たり前です。家畜化された魔物ですから、凶暴性はありません。スピードは馬型の魔物には負けますので、追手に追いつかれる可能性はありますけど」
「テイムしても大丈夫か?」
「ええ、出来るならお好きにどうぞ、それでは……6日後に合流します。僕も7日後の話し合いに参加させてくださいね?」
「わかった……またな」
ネビアから渡された……二頭の兎。ナーガと俺、アルスで分かれて乗ることにしたが乗り心地としては……かなり揺れる。
ナーガに操縦を任せて、俺は事の顛末を手紙に書いていくが、字が乱れる。急いでマーレスタットに戻り、お師匠さんに説明した上でキュアノエイブスに向かわないといけない。おそらく、この兎のおかげで多少は余裕が出来る予定だ。
その時間を有効に使い、こちらの優位な状態で和解を成立させる必要がある。逆に、和解の結果、クレインの身柄を抑えられるような負け状態には絶対に出来ない。
「ナーガ。戻ったら、しばらくクレインの側にいて守ってくれ」
「……俺がいない方が動きやすいか?」
「いや。だが、アルスの扱いを考えると、話し合いの場には連れていくことは出来ない。なら、クレインのとこに置いていった方がいいが、流石に君も俺もいないとなると逃げ出す可能性もあるだろう」
「…………わかった。で、他には?」
「ほ、他……」
「……俺を置いておきたい理由、それだけか?」
ナーガも確信を付く様になってきたか。心配はかけたくないのだが、そうも言ってられないか。
「クレインをパーティーから外した思惑が掴めていない。……わざわざ、俺らのパーティー編成を確認して、クレインを外してから二人を加入させた。俺らに首輪を付けて、いい様にできるパーティーを作りたかった可能性もあるが、伯爵家の人間がうろついてると聞いてるんでな。クレインを最優先におく」
「あの男の情報……あいつ、信用できるのか?」
「情報屋だ。手を組むと決めた……少なくとも、伯爵家を恨んでいるようだから、足を引っ張ることは無いだろう」
見るからに怪しいわけではないが、ナーガとしては気に入らないっぽいな。この兎は気に入ったようだが……。
しかし、ペットを増やすなとクレインは怒りそうだが……。この兎も、マーレについた後、どうするか……テイムした以上、ナーガは飼うつもりだろうしな。困ったもんだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます