第8話 情報提供者


 俺らが話を終えて、ゆったりしているとドアをノックされたので、対応する。


「失礼いたします。お連れ様を名乗る男女が現れたのですが……いかがいたしましょうか?」

「俺らに連れはいない。この町にいることを知らせていないしな」


 しばらく、ナーガと話をしていると支配人がやってきた。そして、確認された内容は、連れを名乗る男女とのことだった。

 その特徴を聞くまでもない事だろうが、念のために話を聞くと、特徴はアルスとリディの二人だった。主に、女の方が連れだと主張しているらしい。まあ、そういう奴だからとしか思わない。


「支配人。君も先ほどのアフェール殿との話を聞いていただろう? 俺らに助けられておきながら、俺らを嵌める証言をした痴れ者の二人だろう。取り次ぐ必要はない」

「かしこまりました。お時間をいただき、申し訳ございません」

「いや、君はよくやってくれている。すまないが、彼らがこの部屋には近づけない様にしてくれるかい?」

「そのように手配いたします」



 あの二人が、この宿に泊まれる程の金を持っているとは思えないが、もしものために部屋に近づけないように頼んでおく。

 その後、部屋の前に二つの気配が確認できたので、護衛が配備されたのだろう。


 どうやって、俺らが選んだ宿を見付けたのかは分からないが……金もなく、ここに来る時点で、だれか協力者がいるか。……それとも、俺らの位置を特定できる能力持ちか。……わからんな。


「……何を考えてるんだ?」

「うん? ここを突き止めた方法は何だと思う?」

「…………分からん。だが、そっちじゃない」


 俺が考えていたことを聞きたいのではなく、あいつらが何を考えているのかを聞いたらしい。だが、そんなことはわかるはずもない。


「あいつらの考えなんて、俺にわかる訳がない。まあ、連れだと名乗らないと宿も取れないんだろう……金があるようには見えなかった。道中も俺らに守られ、俺らが食事を用意した。それが当たり前、そう考えているんじゃないか? 若しくは、ここまで無理やり連れてこられたんだから、責任を持て、とかな」

「……あり得そうだ」


 やれやれと二人で顔を見合わせる。

 わざわざ別れを告げる必要性がないと思ったんだが、はっきりと告げてやるべきだったか。



「……風呂、先に使わせてもらうぞ」

「ああ」


 ナーガが風呂へと向かったので、その間に、今後について考えをまとめておく。



 伯爵家は、金に困っているとはいえ、由緒ある家柄だ。その家が自ら、このような貶める行為をするのか?

 だが、『メディシーア』に対して、複雑な感情を持っている可能性はある。何せ、領の財政を圧迫する原因だ。金額に頷けない部分はあるだろう。


 伯爵家から冒険者ギルドに指示がされている可能性もあるし、金に困っている元貴族である冒険者ギルド長によって、金を徴収するために冒険者に嫌がらせをしている可能性もある。

 後は、あの受付嬢の単独の嫌がらせの可能性もない訳でない。


 受付嬢は、少なくとも俺ら『メディシーア』の名前を確認できる。にもかかわらず、平民として扱い、罰金を仄めかした。前の時と同じ受付嬢だったが……他の受付嬢も諫めてる様子は無かったな。

 

 メディシーア家は、知名度と金はあるが……貴族として認知されていない可能性はある。



「わからんな……」

「…………出たぞ。入ったらどうだ……」


 色々と考えていると、ナーガが風呂から出てきた。

 上半身裸であるが、まだまだ成長途上ではあるが、前よりも少し身長も伸び、筋肉もついてきたような気がする。

 しかし、よく見ると腕とかに、ところどころ擦り傷が出来ている。……回復魔法が使えないから、多少の傷はどうしようもないんだが。

 

「薬、ちゃんと塗っとけよ? 傷はあまり残さないようにな」

「……たいした傷じゃない……」


 そう言いながらも、ちゃんと傷に薬を塗っている。クレインやお師匠さんに心配はかけたくないらしい。


 二人旅だと、多少の生傷ができる。無傷で勝利出来ればいいが、何だかんだと魔物もイレギュラーな動きをするので、ちまちまと傷を負う。回復魔法を使えないので、薬と自然治癒に任せるしかない。


「じゃあ、入ってくる。俺が出たら、夕食に出かけるか」

「……ああ」


 久しぶりの風呂だからな。のんびりと入らせてもらうが……出た頃にはちょうどいい時間になるだろう。

 ここ数日、疲れることばかりだったから、リラックスしたい。


 そう思いながら、そのまま旅の荷物を置いて風呂に入ったことを、後悔することになるとは思わなかった。

 


「きゃあああああ!!」


 風呂から出た瞬間に、煩い女の甲高い悲鳴。

 部屋には何故か、ナーガではなくあの女がいて……目があった瞬間に悲鳴を上げられた。


「どうされました!」

「あっ……わ、わたし……」


 その後、泣く様な仕草をして部屋を立ち去った女と、入れ替わりで部屋に入ってきた宿の護衛らしき人物にいきなり俺が拘束をされた。



 その後、しばらくすると 俺の部屋にて、問題が発生したと聞いた支配人が駆け付ける。

 腰にタオルを巻いている以外、首元に指輪を通した紐をかけているだけの裸の俺が、護衛によって地面に押さえつけられている現場だ。


 支配人は蒼白になった後、拘束を解かせた。俺を抑えつけていた護衛達と共に腰を直角に曲げて謝罪をする。

 俺はそれを無視して、服を着替えてから、音を立てるようにして椅子に座り、足を組んで、顔を上げろと命じる。


「さて……支配人。俺はあの女を近づけないようにと頼んだな? 何故、あの女が部屋に通されている? しかも、勝手に部屋に侵入した不審者を拘束するどころか、そいつらは俺を拘束したんだが?」

「へ、部屋に近づけないようにするために、この2名の護衛を配置し……お前達! いったい何が起きたんだ!」

「あ、あの方が部屋に用があるとおっしゃるのでお通しし……」


 がんっと足もとにあった、テーブルをわざと蹴り倒す。こんなことをすれば普通にモラハラだろうがな。俺の態度に、護衛達は「申し訳ありませんでした」と手を床について謝罪をする。この世界でも土下座のような仕草はあるらしい。


 

「あの方? なんで、あいつが偉いことになっているんだかな?」

「あ、いえ、それで……その、泣いて部屋を出ていかれて……その裸の男がいたので拘束をすべきかとっ」

「はっ……つまり、女が勝手に部屋に入りたいと言って、通して? 泣いて出ていったから、部屋の主を拘束したわけだ?」

「も、申し訳ございません」


 真っ青な顔で謝罪をする支配人だが、ここでこちらが許すわけにはいかない。

 他の従業員が固唾を飲んでこちらの様子を窺っているようだ。騒ぎが広がっている……とはいえ、この区画には他の客はいないようだが。


「まず、この役立たずの護衛を拘束してくれないか。いつまでの自由な状態で俺の前にいられるのは不快だ。後に罰を与えるから、絶対に逃がすな。それから、俺の相方が出掛けているようだが、探してきて欲しい」

「し、失礼いたしました。この者達を拘束しておけ! ナーガ様は、すぐに探してまいりますが、何か御用が?」

「ああ。急いでくれ……ナーガの荷物が置きっぱなしなのに、俺の荷物が無くなっている。あの女が持ち去ったなら問題だ。あの中身は、君も知っているだろう? すぐにでも、取り返す必要がある」

「す、すぐに手配します! おい、急げ! 警吏にも連絡を!!」


 慌ただしく、指示を飛ばし終えた支配人には、手配と人払いを頼む。

 ナーガが長時間離れるとは思わないが……どこに出かけたんだか。



「やれやれ……それで、君は?」

「んふふっ……」


 支配人たちが慌ただしく出ていったが、一人……従業員の恰好をしている男がそのまま、そこに残っている。声を掛けると、笑いながらこちらに近づいてきた。


「騒ぎの前からずっと気配があったな?」

「ええ。貴方が無様に取り押さえられているところも見ていましたよ。さて、僕ですか……そうですね、ある男を追っていてここに来まして……少々遅かったようですが」


 遅かったという割には、急いでいる様子はない。

 むしろ、俺に対して何かあるから、待っていたと考えるべきだろう。


 そのまま、俺の座っているベッドの前に椅子を持って来て、勝手に座る。ゆっくりと話をするつもりらしい。


「事情を知っているなら、教えてくれないか?」

「そうですね、ふふっ……対価をいただけるのであれば構いませんよ」

「望みは?」

「おや、望みを叶えてくれるのですか?」

「金が欲しいようには見えないからな」


 物腰が柔らかく丁寧な口調ではあるが、態度が慇懃無礼である。

 目的もなく近づいてこないだろうし、金を求めているようには見えない。不審人物ではあるが、話を聞いてみようと思ったのは、こいつが見る限り、表の人間ではないからだろう。


 正直、この世界のことが分からない俺らにとって、裏の人間との出会いというのは貴重でもある。


「んふっ……そうですねぇ。実は、後ろ盾が欲しいんですよね、好き勝手するために」

「俺でいいのかい?」

「ええ。僕、根っからの貴族って嫌いなんですよね。貴方くらいがちょうど良さそうです」


 好き勝手するため、ね。

 真っ当な世界で生きている人間では無いことが本人の言葉で確定した。


 貴族が嫌い? 憎いの間違いだろうな。蔑むような瞳が隠しきれていない。

 それに、少なくとも、伯爵家を敵視している。情報が欲しいこともある……特に、加工されていない情報を手に入れるなら、こういう奴からだろう。


 信頼できる部下を一から育てるような暇は無いが、貴族として多少でも振舞う必要がある。


「好き勝手のレベルがどの程度か教えてくれるかい?」

「少々痛い目にあって欲しい貴族がいます。そのために情報を集めていますが……無所属はなかなかに敵が多いんですよ。貴方の存在は都合がいい……メディシーアを敵にまわす家は少ないので」

「なんだ、俺の身分もバレているのか……わかった。俺としては情報が欲しい。特に貴族周りのな。必要な物があれば言ってくれ。一応、俺の部下という建前になるから、家の紋章を彫った物を用意するが……取引相手でいいのか?」

「ええ、それで構いませんよ。無所属だと面倒なので、名前を借りるだけですが、形は必要でしょう。必要な情報から渡しましょうか。……伯爵家の飼い犬が、あの小娘に情報を与えています。冒険者ギルドでは、すでに飼い犬の証言が採用されているので、覆ることはありません」


 なるほど。

 アルスが口裏を合わせて、俺らを嵌めたわけではないか。ナーガの見立てがあたりだな。

 冒険者資格をはく奪されたくなければ、金を払えということか。


「しかし……そこまでするかね」

「貴方の正体がわかっていないからですよ。あの犬は女を利用できそうだと思ったのでしょう、んふふ……冒険者ギルド長はただの小遣い稼ぎのつもりですよ。当主が甥になり、金に困ってますからね」

「君はその時点で俺の正体がわかっていた?」

「いいえ。様子を見ていただけですよ、商業ギルド長を呼び出したあたりからね。メディシーアと確信したのは、先ほど支配人を呼びに行った時に、その名前を出したからですよ」

「そうか……俺の荷物、持っていったのはどっちだ?」

「小娘が持っていますよ。持ち出す様に言ったのは犬かもしれませんがね……小娘が宿に入れるようにしてますから、何らかの指示は貰ってるでしょう」


 関わり合いたくないと考えて、探りを入れなかったのが失敗だったか? 村に匿われている時点で、伯爵家の関与があったと考えるべきだったな。

 魔物の件があるからと、一緒に行動するべきでは無かった。

 あの女がそうそう難しい指示を聞けるとも思わないがな……アルスの立場もわからない。


「そうか。指示貰っているのは女の方だけかい?」

「おそらくですけどね。僕が調べてた件とは関わり合いが無かったので……必要なら調べておきますよ」

「いや、男の方は引き込むかを検討しているだけだ。わざわざ調べるほどではないさ。君は伯爵家と敵対している、で、いいんだよな?」

「ええ。多少の悪事はあれど、潰せるようなネタでもなく……周囲との抗争などでもあれば良いのですが、そこら辺は先代が上手く動いていて、手詰まりだったんですよね。喧嘩売るような馬鹿がいて助かりました」


 馬鹿、ねぇ……。否定は出来んか。

 貴族の力が大きい世界で、貴族に喧嘩を売る……事前準備もなく、挑むつもりだからな。俺だって、力が無い状態で、強大な相手とやり合うなんて馬鹿だとは思う。

 

「……勝算あると思ってるのか?」

「ええ。今の伯爵家は新米の若造の暴走状態……貴方のが若いですけどね。一枚岩でなく、各々がやりたい放題の結果、部下の統率も取れていない。チャンスだったんですよ……僕が集めた情報、利用していいですよ」


 ぱさっと机に置かれたのは、厚さ10センチはある書類の束。ちらっと見る限り、伯爵家の現状がまとめられたものらしい。

 さらっと見ると、現状は家臣団が先代につく者が多く、統率が取れていない。しかも、暗部の人間は完全に手綱が緩んで、好き放題……こいつの狙いに、この中の誰かかがいるのかもしれない。


 伯爵家の人員がわかるのは有難いな。ついでに、悪事……だいぶ小規模だが、領地の問題もしっかりとわかる。年貢の誤魔化しやら、冒険者ギルドのやらかし……こまごましたものだが、他の領への嫌がらせ行為。


「助かった。情報代を払いたいが、手持ちが無くてな」

「ええ、知っていますよ。初回サービスとしておきましょう。僕が望むのは、現在の伯爵家当主の統治を潰す事です。厄介なのは、先代はそれなりに優秀。仕える部下もいるので、長期間になれば立て直します」

「…………なるほど。この資料を見る限り、税収をさらに上げようとしているのは、現当主。先代が反対しているらしいな」

「ええ……ですが、すでに農村は疲弊しています。お金に困っているので、貴方が用意した見せ金も、なんとか奪おうとするでしょうね。まあ、あの商業ギルド長は屈しないでしょうが」


 見せ金に釣られるのであれば、話は早いか。

 資産が本当にないらしいな。それを奪いに来るなら、こちらも動きが読みやすくなる。


「さて、人がこちらに向かっているようなので、僕はお暇しますね。戦禍を楽しみにしていますよ」

「ああ……俺に連絡が取れない時には、マーレスタットにいる、クレインという妹の住んでいる場所に頼む。状況によっては、さっさととんずらするんでな」

「ええ。それでは……また、会いましょう」


 資料が真実かを判断するのは、俺では無理だが……。まずは、人間関係……人の配置を把握しておくか。

 暗部の情報がかなり詳しい……やれやれ。あいつ、二重スパイ状態か? 内部事情が詳しい。まあ、このタイミングで接触するあたり、伯爵家への恨みは相当だろう。


 貴族……とくに伯爵家を憎む理由は知らんが……混乱に乗じて、何するつもりなんだか。

 まあ、俺には関係ない……こともないか? 利用されるだけではないように気を付けないとだな。


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