第7話 事件


 カエシウス町まで戻ってきた俺らは、そのまま、冒険者ギルドへと向かった。

 だが、その対応は腹立たしい限りだった。



 俺とナーガが、釣りをしている際中に、悲鳴が聞こえ、魔物に襲われている二人を助けたこと。

 魔物が上空にいて、こちらが攻撃を出来ないため、救援と警戒を頼むために、同じ領内であるこの町に報告をしている。

 そう伝えたにも関わらず、個別に話を聞くと言われて、その後のギルド嬢の言葉は、これだった。


「困るんですよね~。格上の魔物に手を出しておきながら、倒せないとか。しかも、民間人を連れまわした挙句に怪我させるとか、あり得ないですよ。ギルドは問題行動と判断しました。おそらく、罰金を払っていただくことになるので、町から出ないでくださいね。町から出るようなら、指名手配をします」

「俺らの話と食い違うのに、何をもって判断した」

「本人達の証言と、他の目撃者がいたからですよ」

「目撃者ね……」


 こちらの言い分は聞かず、全面的に俺とナーガに非があり、罰金を支払うことになるそうだ。最初に魔物と戦っていたのは俺ら。そして、民間人である二人を巻き込み、怪我をさせたことになっていた。


 さらに、この町まで無理やり連れてきたことになっている。しかも、目撃者がいる。俺らの処分について纏められた紙を確認するが、目撃者の名前などはないがその発言はそのまま俺らに対する悪意しかない。


 俺の視力で確認する限り、俺らの行動を見ていた奴なんていないんだがな。


「ギルド長を出してくれ。そちらと話をする」

「無理です。ギルド長は、貴族ですよ。平民なんかと話をしたり、しませんから。とにかく、正式な処分が下るまで、大人しくしてください」



 話にならない。首からかけている指輪を見せればいいのかもしれんが、他の冒険者達もこちらを見てにやにやと笑っているので、この町はこれが当たり前なんだろう。


 気に入らない冒険者に対し、嫌がらせをしても問題はない。この文書では、俺らの意見を一切聞いていない……まあ、この文書を証拠にさせてもらうがな。


 つくづく、マーレスタット町は、町でありながらもきちんと統治され、冒険者の町として人気があるという理由がわかった。

 

 俺とナーガは、さっさと高級宿に向かう。

 冒険者が使うような宿では、ギルドにいた奴らから嫌がらせをされる可能性もあるので、選択肢から除外した。


 ついでに、この町でやっておかないといけないことが出来たからな。



 高級宿は、冒険者の恰好をしている俺らを不快そうに見ていたが、宿帳に『メディシーア』という名前を書くと手のひらを返した。

 わざわざ支配人まで出てきて挨拶をしに来たのは驚いたがな。


「わざわざ挨拶に来てもらってすまないな」

「滅相もございません。わがホテルでは、パメラ・メディシーア様には恩がございます。そのご子息様達に使っていただけるとあらば、これ以上の誉はございません」

「俺らは養子だけどな」

「そのような事は些細な事でございます。何かございましたら、遠慮なくご命じください」

「そうか……では、一つ頼まれてくれないか?」

「勿論でござます」



 この町の商業ギルド長と商談をしたいので、この部屋に呼んで欲しいと頼んだ。

 支配人は、「すぐに場を整えます」といい、俺らが使う客室ではなく、豪華な応接間へと案内された。「商業ギルド長が来るまで、お寛ぎください」と、茶に菓子まで用意される厚遇だ。なかなかにやり手の支配人かもしれない。


 俺とナーガは、その部屋にて、出された茶を飲んでいると15分も経たずに、商業ギルド長がその場に現れた。


 ギルド長、秘書と護衛、そして、宿の支配人が同席して、話が始まった。



「カエシウス支部商業ギルド長をしております、アフェールと申します。お見知りおきいただけますと望外の幸いにございます」

「メディシーア子爵家のグラノス・メディシーアだ。隣のは、弟のナーガ・メディシーア。マーレスタットのパメラ薬師の養子だ。突然呼び出してすまないな」

「とんでもございません。商人がご入用でしょうか?」

「ああ。俺達は、冒険者として活動しながら、調合素材の採取をしているんだが、少々この町の冒険者ギルドと揉めてしまってな。罰金を払うことになるらしいんだが、持ち金があまりなくてな。できれば、いくつかの薬を買い取ってくれる商人を紹介して欲しい」

「な、なんと! 詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 ギルドであったことを全て説明する。ついでに、渡された書面も見せておく。

 内心どう思っているかはわからないが、少なくとも商業ギルド長も支配人も俺への対応には首を捻っている。


 あり得ない行動をしているように見えるんだろうな、あの受付嬢が……あちらは俺の立場を知らないがな。



「さて。そういう事情だ……金が必要になる。商人の紹介を頼む」


 全て、説明をした後、お師匠さんが用意してくれた薬を3種類一つずつ、そしてクレインが作った調合薬を10個ほど、テーブルに置く。


「恐れながら、冒険者ギルドの罰金程度であれば、こちらの調合薬を売った値段で十分に補えるかと思いますが……」

「うん? ああ、説明が足りなかったか。ここの冒険者ギルド長は、この地を支配する伯爵家の縁者だろう? 伯爵家と諍いになるのであれば、種銭が必要になる……そうは思わないか? 額が足りんようなら、もういくつか売ることになるが」


 無機質な表情を作り、口の端だけを上げて笑う。

 そう、俺が金を必要としているのは、罰金を払うためではない。この地を治める伯爵家とやり合うためだと伝える。


 こちらの言い分を聞かず、罰金を支払わせると言い、ギルド長を呼んでも、姿は現さず。平民相手だからと高をくくるのは勝手だが、こちらは貴族としてやりあってやろう。

 ギルドの対応を許している伯爵家と、舐められた子爵家との諍い。


 貴族にとって、家の評判は大事なものだ。だからこそ、理不尽な出来事をそのまま許容することは出来ない。たとえ、爵位が上であろうが、いや……上だからこそ、今後のメディシーア家を侮れないように出鼻を挫く。


 その布石をここで買う。敵の本拠地であっても、動くために商人を使って金を動かす。面倒なことこの上ないが、やれるところまでやる。



「はっ……ははっ…………ええ、おっしゃる通りかと。申し訳ございません。私の考えが足りておりませんでした。では、こちらの調合薬につきましては、定価の2倍の値段にて、買取をさせて頂けますでしょうか?」


 俺の意図がわかったらしい、商業ギルド長の顔は青い。この町の領主に喧嘩を売ると宣言したわけだ。それでも、商売人としてきちんと対応するらしい。

 薬は、入手する伝手が無い限り、市場価格よりも高くなる傾向にある。提示された額は妥当な額ではある。


「原価ではなく定価の2倍かい?」

「パメラ様のお弟子さんが作った物でしたら……宣伝効果に使用できますので」

「そうか。……君に任せよう。で、こっちの三種類は?」

「オークションにて、販売してはいかがでしょうか。パメラ様の作った……貴重な薬であれば、その値段は一商人が付ける値段では損になるかと。売却額の1割を商業ギルドに収めていただく形になりますが、いかがでしょうか?」

「そうか……では、さらに売却額の1割をギルド長、君の取り分としてくれて構わない。些事に関わることは本意ではないのでな。オークションの手配及び売却額の8割をマーレスタットの俺の口座に収めるまでの諸々を君に任せたい。この町の冒険者ギルドは信用出来んので、マーレスタットに運ぶまで任せることになるが」

「お任せください。また、費用につきましては、1割をお預かりいたしますが、後ほど清算した明細をお持ちし、残りの金銭はご指定の口座にお返し致します」

「そうか。では、委任状はこれで問題がないか?」


 オークションについて、委任する旨を記載した契約。内容を確認させるのと、身分証明として首からかけている指輪を外し、一緒に渡す。


「指輪は、こちらの鑑定書の上に一度置いていただけますでしょうか」

「ああ」


 当主印を鑑定書の上に置くと、指輪から出た光を集めて、メディシーア家の家紋が浮かび上がり、それが記録される。

 便利ではあるんだろうが、これを盗まれれば大変なことになりそうだな。肌身離さず持っておくか。


「ありがとうございました。では、オークションについては、こちらで抜かりなく。よろしければ、冒険者ギルドへの立会いなどもこちらで行えますが」

「いや、このまま俺が対応した方が、色々としてくれそうだからな」

「さようでございますか。では、何かございましたら、またお呼びください」

「ああ、助かった。礼を言う。滞在が長くなるようなら、追加で薬を売ることも検討するので、そのときは頼む」

「かしこまりました」


 商談は、あっさりと纏まり、俺らは用意された客室へと移る。



 この伯爵領は、貧乏とはまでは言わないが、交通の要所を抑えている割には、栄えていないことは調べてある。

 理由の大部分は、先々代伯爵の病気で、薬代が嵩んだことによるものだった。お師匠さんの薬により、8年にわたる闘病生活の末に、一昨年亡くなったそうだ。およそ10年……領の財政を圧迫し続け、舗装整備やら領の発展のための施策が少なかった弊害。


 形振り構わず、金を落とさせようとするなら、その場を作ってやろう。

 新興貴族は金だけは持っている……むしろ、クレインとお師匠さんなら無限に金を作れてしまう。金の動きに敏感な商人は、傍観するのではなく、こちらの利のために動きそうだしな。



「……いいのか?」


 ナーガは少々複雑そうな顔をして、商談を見守っていた。

 俺のやることに口出したりはしなかったが、全面戦争に突入しそうなことは賛成できないらしい。


「薬の事かい? あれは、一種の脅しだ。商業ギルドを巻き込み、冒険者ギルドの不手際を容易に隠蔽出来ない様にするためのな。黙ったままでいれば、御しやすいと判断して、もめ事が増える可能性があるからな。お師匠さんを容易く扱うことはできなくても、クレインは違う。あの子のためにも、最初が肝心。手強い相手と見せておく」

「……そうか。…………口止めしなかったな」

「ああ……商業ギルドから話が広がる……かもな。まあ、商人は金に靡く。少なくとも、この地を治める伯爵様には、金がない。貴族同士の戦い方は知らんが、なんとかなるだろ」

「……知らない?」

「君は知ってるのか?」


 怪訝そうな顔をしているが……俺らの時代に、そんな制度は無かったんだ。知る訳がないだろうに。


 相手の弱いところを突いて、周囲を巻き込んで責め立て、こちらの利益に繋げる。そのために陽動し、弱みを作り出すために動くだけだ。

 後手に回っても良い事はない。なら、相手が防備を固める前にこちらが仕掛けるのは常道だろう。それだけのつもりだったんだがな。


「……大丈夫なのか?」

「俺と君の安全で言えば大丈夫だ。特に、君ついては何かあったらクレインが怒るだろう」

「……別に怒らないだろう」

「いや。怒る……男同士で嵌めを外し過ぎたり、君に危ない事や色事を教えたら……怒るぞ。もしくは、拗ねる。絶対にな」

「…………だが、するんだろう?」

「バレなきゃ平気だ」


 にっと笑うと、ナーガも同じような表情をする。

 素直ないい子である反面、俺の影響も確実に受けつつあるな。まあ、問題はないだろう。



「俺らを嵌めた、あの女とアルスは、どうなるか知らん。保証は出来ん」

「……」


 この町に来るまでの数日間。ナーガはそれなりにあの青年、アルスとも仲良くなっていた。アルスについては、少々、女を見る目が無くて、甘ちゃんなところはあるが、俺自身も嫌いではない。


 ただ、少なくとも、俺らに対し、不利な証言を行ったのは、女だけではないだろう。アルスも口裏を合わせないと状況が可怪しい。

 


「……アルスがこんなことをしたとは思わない」

「ああ、だが、実際には俺らは罰金刑だと……伯爵家と全面戦争だな」

「……俺がすることはあるか?」

「今のところはないが……危険な場合、マーレまで戻ることになる……夜通しな。刺客を放たれる可能性も考慮しておけ。なんせ、この事が他に知れ渡れば、伯爵家の進退にかかわる」

「…………よく言う。あんたがそうさせるくせに……テイマーギルドに顔を出しておく。騎乗できる魔物を借りれることもあると聞いた……」


 移動が速くなるなら、それだけ追手を振り切ることができる。

 味方に付けられるなら、付けておいた方がいいだろう。


「おっ、それは良いな。頼む。金は……」

「俺の方にも分けて渡されている……本当は作らなくても持っているだろう?」


 何だかんだと、お師匠さんも過保護だからな。金は余るほどあると、あっさり俺らに大金渡して……クレインは、自分で稼げるようになるだろう思っているのだろうが渡してない。あの子の方が、金に困ってないか? とはたまに思う。



「……危険はない、そう考えていいんだな?」

「ナーガ……」


 何もないことを祈るが、そもそもが、国王派の伯爵家。すでに俺自身は王弟派についた以上、敵対していると見做しておいた方がいいんだろうな。


 どんな手段を取るかなど、考えようがない。危険はない、そんな事はあり得ない。



「ナーガ……俺に何かあれば、俺を見捨ててクレインの元へ戻れ」

「……嫌だと言ったら?」

「優先順位の話だ。俺は、次期当主としての地位がある、無下には扱えん。だが、君は違う。クレインもだ」

「…………わかった」



 やる事は決まっている。今後の俺らの未来を切り開くため……売られた喧嘩を高値で買う……最終的な着地点は、仲裁を王弟殿下に願うことになるだろう。



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