第6話 救助


 予定通りに、魔物の肉を売りに何度か村へと行ったが、村人の多くはじろじろとこちらを遠巻きに見張っている様子だ。

 雑貨屋の店主は肉の買い取りをしてくれているが、何かを隠す様な素振りが見られる。調べるようなことをすると警戒されるため、見て見ぬふりをしているが、この村には、異邦人がいる可能性が高まった。


……歓迎されているかは判断がつけにくいが、利用されていないはずの宿屋の窓が開けられていて、中に人がいるのが見えたこともある。



「読み通りか……」

「……どうするんだ?」

「湖周辺で寝泊まりしつつ、魚の採取を続けるさ……歓迎されてないから、話を聞き出すことは出来ない。どちらにしろ、居るという報告するはするが、別に保護する必要はないさ」

「……そうだな」


 時期的に冒険者はいないと村長から聞いたが、宿屋を利用している者がいる。では、冒険者ではない者がいるということだろう。

 貴族に対しては、面倒事を避けたいというのもありそうだ。


 村ではなく、湖近くにテントを張って、寝泊まりをする。

 一応、交代で見張り役をするわけだが、魔物もあまり襲ってこない。こちらを遠巻きにしている事が多く、村に行くための理由作りで、こちらから弓矢で狩猟することもあるくらいだ。


「なかなか釣れないと退屈だな」

「……あんたがそうやって煩くするからじゃないか?」

「××××っ!!」


 ナーガとゆったりと会話をしながら釣りをしているところに、何か声が聞こえた気がした。辺りを確認するが、特に変化はない。


「なにか、聞こえたか?」

「……ん? そうか?」

「いやああああ!!」


 今度は確かに、女の悲鳴が聞こえた。ナーガはすぐに立ち上がり、聞こえた方へと走り出した。


「やれやれ……」


 放り出した釣り竿を仕舞い、テントはそのままだが、荷物はまとめた後に、ナーガの後を追う。俺の方が素早いので追いついたが、向かう先の気配は、少々厄介そうだ。


「ナーガ! 気を付けろ、ヤバい魔物だ!」

「……わかった」


 現れた魔物を〈鑑定〉するが、はじかれた。こちらよりもレベルが高いということだろう。まあ、レベルが実力の全てはないがな。

 魔物は……ライオンのような見た目だが、背には羽が生えている。確か、マンティコアというんだったか? 顔はライオンのままだが……羽を使って飛べるのであれば、厄介だな……羽の辺りには魔力を帯びている。大きさは、2m弱といったところだろう。

 そこまで大きいわけではないが、STRもAGIもかなり高そうだ。


 悲鳴の先にいたのは、男と女。男が庇うように女を守っているが、右目から血を流しており、おそらく鋭い爪で引っ掻かれたのだろう。片手で抑えているが、血の流れからかなり傷は深そうだ。

 女は泣き叫んで、錯乱している。「助けて」と叫んでいるが、まずは魔物を何とかするしかない。


「俺が引き付ける! 〈ビッグシールド〉、〈挑発〉!」


 ナーガが魔物をおびき寄せる技を使って、盾を構える。

 しかし、魔物は〈挑発〉を受けても、こちらを警戒していているのか、ナーガと相対するが、攻撃をしてこない。


「ナーガ。そのままでいい、油断するなよ? 俺が仕掛ける!」


 ナーガにそのままにと指示を出して、俺が横から斬りつけると、魔物は後ろに下がってしまった。こちらから距離を取り、警戒していることがわかる。

 魔物が下がったことで、襲われていた二人との距離が近づいたがここで、予想外のことが起きた。


「助けて!」


 魔物が後ろに下がった途端に、いきなり後ろから女がしがみ付いてきた。

 隙だらけになるのを見計らったように、魔物はこちらに鋭い爪で切り裂こうとしてきたので、女を振りほどいて、刀で爪を受け止める。


「邪魔をするな! 死にたいのか!」


 マンティコアの攻撃を何とか捌いて、刀を構え直す。

 しばし、睨み合うが、マンティコアは羽を広げて飛び上がる。立ち去る訳でもなく、上空で旋回し始め、こちらを威嚇するように吠える。


「GURUUUU……」

「やれやれ、手出し出来んな」

「……だが、諦めたわけじゃ無さそうだ」


 攻撃を警戒はするが、空を飛んでいる状態では、こちらから手出しが難しい。

 相手も俺とナーガを警戒しているようだから、勝てないわけではないのだろうが。


「ねぇ、さっさと倒してよ! はやく!」

「きぃきぃと喚くな! 上空の敵を剣や刀で倒せるわけないだろう」


 俺とナーガの側に寄ってきた女が勝手な事を言っている。

 男の方は、それを止めるでもなく、俺らの傍まではやってきた。顔半分が血が垂れていて目立つが、どうやら利き手である右手も骨折しているのか、左手で抑えている。武器は剣のようだが、鞘があるのに、肝心の本体は、どこにも持っていない。見るからに満身創痍……あの魔物にやられたのだろうが、次に攻撃を受ければ最悪も有りそうだ。


「……おい、そっちの。傷薬やポーションはないのか」

「…………ない、かな。彼女は回復魔法使えるけど……」

「無理よ! こんな状況で魔法使ったら狙われるでしょ! 危ないじゃない!」


 この状態で傷を負って視界が悪い奴がいるだけで、戦闘が不利になるんだがな。いや、むしろ、狙ってきてくれた方が、こちらもカウンターで攻撃できるか?

 ナーガが庇うだろうが……流石に囮にするのはマズイよな。


「早く何とかしなさいよ!」


 俺らがあいつを倒すことを前提のように言い放ち、仲間が怪我をしていても、回復魔法を唱える気もない。この女の印象、最悪だった。


「ほら、HPポーションだ。傷口にかければ、傷は塞がるはずだ。ポーションだと傷が完全に消えることはないから、傷跡が残ることになるけどな」

「あ、ありがとう」


 仕方なく、こちらの持っているHPポーションを分け与える。青年が治療している間は、魔物を警戒するが、隙を見せても襲ってくる様子はない。

 


「ナーガ。こいつらを頼む。俺は向こう側から、弓であいつを射る……上手くいけばいいが」

「……ああ」


 刀から弓に持ち替えて、ナーガ達から距離を取る。

 ナーガ達から20mほど離れた辺りで、弓を構えて、上空の魔物に矢を何本か放つが、相手にたどり着く前に風魔法により、空中で失速、魔物に届くことなく落ちていく。

 これでは、何度繰り返しても当たりそうもない。クレインのように魔法を撃つ方法もあるだろうが……。


 俺の適性が高い風魔法はあいつの方が上手だろう。火は木に燃え広がる可能性を考慮すると出来ない。水の攻撃魔法も、上空に攻撃出来るようなものはない。

 それに、俺では大した攻撃力にはならないだろう。ナーガは言わずもがな。

 

 試しに、刀にSPを纏わせたように弓にもやってみようとしたが、それも上手くいかない。そもそもの弓術レベルが足りないからなのか、全くSPを溜めることが出来ない。



 色々と手段を考えても、俺らでは空中から撃ち落とすことは出来そうもない。


「やれやれ……だめだな」


 こちらが武器を収めても、空中から唸っている。……よほど、あの二人が怒らせるようなことをしたのだろうか。

 俺らが現れた後も狙いは二人で変わっていない。


「MP切れを起こすまで、睨めっこをするわけにもいかんしな」


 空中で旋回している様子を見る限り、あの体で飛ぶには羽が小さい上にバタバタと羽を動かしている様子がない。おそらく、魔法を使って飛んでるとは思うんだが……。


 俺とナーガ二人なら、負けはしないだろうが……足手纏いが二人。しかも、そちらを狙っているようだから、戦いにくい……俺を警戒しつつも、狙いは向こう。瀕死から回復したとはいえ、危険域。そもそも、〈観察〉を使ったら、レベル3……出歩けるレベルじゃない。


 しばらく、そのまま互いに動かなかったが、空中でこちらを覗うだけで、攻撃をしてくることもない。

 


「これは、無理だな」


 埒が明かないので、ナーガの元に戻る。


「いいから! 早く、何とかして!」

「ちょっと……だめだよ、そんなこと言っちゃ」

「……」


 勝手な事を言う少女に対し、止める男だが、弱弱しい態度であり、ほぼ意味を成していない。ナーガも眉間に皺を寄せているので、よくは思っていないようだ。


 狙われている理由を聞き出すべきかもしれないが、関わり合いたくないという思いが強い。



「ナーガ。あの状態ではこちらからはどうしようもない。戻ろう」

「……わかった」


 弓を背負った状態にもどし、ナーガも俺の言葉に戦闘状態を解除し、盾の構えと解く。

 こちらが武器をしまったことがわかったのか、上空の魔物も威嚇を止めた。


「え? ちょっと待ってよ、何言ってるの! あれを倒してよ!」

「倒せないって言ってるだろ。あれが、地上に降りてきたら別だがな。で、いつまで仲間を放置するつもりなんだ? 俺らが武器を構えてる間も散々文句だけ言って、お仲間が苦しんでるのを放置して……見ての通り、あいつはこちらを観察しているだけで、攻撃してきてないだろう」

「で、でも……」

「ああ、別に俺らは関係ないから、勝手にしてくれ。救援はしたが、倒しきれなかった。それで、終わりだ……じゃあな」

「はぁ!? 置いてくつもりなの!! 私達、死んじゃうでしょ!」

「それこそ、危険があるのを承知で外をうろついてるんだろうが。文句を言われる筋合いはない。自己責任だ」


 俺らには関係のない事だと、背を向けて歩きだす。魔物に背を向けた状態だが、俺らを攻撃しようとはしてこなかった。


 俺らが歩き出すと、少女と男もこちらについてくる。

 そして、俺らのテントまで戻ってくると、少女はぶすっとした表情で、男につんつんと指でつついて、耳元で何か囁き、その後、青年の方が懇願するように、俺らに話かけてきた。


「あの……その、僕たちだけでは…………村まで、送ってくれないかな?」

「君も馬鹿なのか? 村に送れるわけないだろう? あの魔物が村に行ったら、どんな被害を受けると思ってるんだ。あの魔物が諦めるまで、村には戻れないことくらい、自分で理解してくれないか? あと、俺達には君達を守ってやる理由はない。俺らに何か求めないでくれるか」

「ご、ごめん」

 

 上空には、まだ魔物がこちらを覗っている。とはいえ、かなり距離はある。諦めてくれればいいんだが……。こいつらが村に帰ろうとすれば、そちらについて行く可能性すらあるのが、厄介だ。



「やれやれ。ナーガ、テント畳んで移動するぞ。カエシウスに行く」

「……戻るのか?」

「俺らでは倒せず、人を狙う魔物が村の近くにいるんだ。報告しておいた方がいいだろう」

「……ああ、そういうことか……」

 

 ナーガは納得したように準備を始める。


「えっと……僕たちはどうすれば?」

「俺らは南に向かい、あの村よりは大きい……流通の拠点になっている町にいき、魔物が出たことを報告する。討伐できていないからな。君達がどうするかは、知らん。だが、先ほど言った通り、あの魔物を村に連れていく行為は止めとけ」

「……僕たちも連れて行ってくれない?」

「……遭難者を保護したということで、町までは連れていく。だが、それだけだ」


 村に帰らせるわけにはいかない。放置すれば、あの魔物に殺される可能性がある。

 感情的には、関わりたくないが、仕方ないだろう。



 男の方はアルス、女の方はリディと名乗った。


 向かう間にも、色々問題を起こしてくれたがな。少女の方が人の話も理解できずに喚くだけの厄介だった。夜営なんてできない、テントは女である自分が使うべきとか、我儘三昧。


 食事は、塩が足りないと言い出して、勝手に追加するだけでは飽き足らずに、胡椒も勝手にどばどばと使われた。


 この世界の胡椒の価値は、砂金粒とまではいかないが、かなり貴重な部類だ。文句を言ったら、泣き出して、自分は悪くない。男の方も、そんなバカ女を甘やかし、可愛いといって庇う。



 町へ向かって1日経過するとあの魔物もいなくなったので、ここで別れれば良かった。


 俺とナーガは助けるんじゃなかったという後悔しかない。

 そんなこんなで、5日間かけてようやくカエシウスまで戻ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る