第5話 伯爵領の村


 キュアノエイブスにて3日間過ごし、王弟殿下の預かる公爵領から出立して4日目。隣のヴァルト伯爵領にあるカエシウスの町へとやってきた。


 着いてそうそうに、この町にある冒険者ギルドに顔を出してみるが……あまりいい雰囲気ではなかった。

 この町は、中継地点になる要衝の街でもある。南にある王都からはここに来て、東に向かえばキュアノエイデスに、西にも北にも町がある。通過点としては、もっと栄えていても良さそうだが、マーレスタット町よりも廃れている印象をもつ。


 ここまでの道も含め、あまり整備はされていないためか、この領地に入ったところから、魔物が増えた。その割に、冒険者は多くはない。


 ちらりと見たクエストの成功報酬がマーレスタットにいた時よりも低い。素材についても引取額が安めだったので、日にちが経つと悪くなる物は売って、他はそのまま残すことにした。持ち帰って、お師匠さんやクレインに渡す予定の物も多い。


 受付嬢からは、こちらの討伐記録を確認して、他にも卸す様に求められたが、断ってギルドを出た。



「ナーガ。ここは一泊して、次は北に向かうか」

「……ああ、わかった」


 冒険者として、稼ぐには魔物を倒して、素材を売る必要があるわけだが……この町に長く滞在する気はないので、クエストなどを受けることもしなかった。

 他の冒険者から睨まれている様だが、気にする必要はないだろう。そもそも、マーレスタットとは町同士でも犬猿らしいからな、あちらから来たことすら嫌がられてる節がある。


「……売らなくて良かったのか?」

「ああ。日持ちして、薬の材料として加えることができる素材だと確認してるからな。売りたいか?」

「……いや。土産は必要だろう」

「先に目的地に向かうぞ」

「……目的地?」


 ラズに調べてもらった情報を元に、向かう村周辺を調べたわけだが……釣りを目的とすることにした。何日か滞在しても怪しまれない理由としては最適だろう。


「北の方にある湖で取れる魚だ。冬の間だけ取れるらしい……一応、近くに村もあるらしいからな。何とかなるだろ」

「魚……」

「鱗が貴重で、薬に使えるらしい。他にも角を持つ魚とかもな。多少、厄介な魔物も出るらしいが……いけるよな?」

「……ああ」


 季節によって採取できる、比較的長持ちする素材を探す旅だとナーガに伝えているので、ナーガからの反対はない。実際には、向かう先にある村の様子を確認するわけだが……そのことは告げていない。


 カエシウス町を出立してすぐに、魔鳩のライチが戻ってきて、クレインからの手紙が届いた。中身については、クレインからの手紙に加え、俺宛てにラズから、俺とナーガ宛てにフォルからの手紙が入っていた。


「君、ラズとの連絡手段整えていたのか」

「別に……俺は、フォルには知らせる可能性があると思った。クレインの後に、顔を出すようにとだけ指示した……。どうせ、あんたもだが、あいつも何かやらかしたんだろ……」

「ははっ……まあ、そういう事だろうな」


 クレインからの経緯を読むとあっさりとしているが、フォルの方から背後関係も含めた薬師ギルドの動きが伝えられている。薬師ギルドの意向により、無理やり勧誘され、リンチを受けたという話だった。


「……リンチだとっ!?」

「落ち着け。とりあえず、手紙でも解決したと書いてるだろ。しかし……こうなると、確かにクレインの身を守るためには、ラズとの関係を認めるのも間違いじゃなかったか」

「…………どういう事だ?」

「クレインを対外的には、ラズの婚約者候補という事にした。本人の了承は取ってないがな」

「おいっ! なんで、そうなる!!」


 立ち上がって、臨戦体勢を取るナーガを落ち着けと肩を叩いて座らせる。気持ちが分からないわけではないが、必要な事でもあった。勝手に判断したのは責められても仕方ないわけだが。


「落ち着けって。俺らでは守ってやれないんだ。近くにいて、その力がある奴に頼むのは間違いじゃない。実際、すでに貴族の厄介事に巻き込まれている。俺らが足場固めする間、守ってもらう存在としては必要な事だ」

「…………嫌がらないか?」

「クレインは必要な事だと割り切ると思うがな……俺らのためとか、そんな風に考えるなら何としてでもやめさせるが……あれで、状況把握の能力は高い。それこそ、俺らと出会う前に厄介な奴隷契約を結ばされても受け入れていたんだ」

「…………」

「落ち着け、ナーガ。その契約自体は、解除することで話を付けた。代わりに、婚約者扱いという事になったが、クレインを縛るものではない」

「……そのために、毒を飲んだのか? 俺には言わずに……」


 何のことだ? と誤魔化そうと思ったら、クレインからの手紙を突きつけられた。そこにはしっかりと、俺が毒を飲んで倒れていたのだと書かれている。


 俺への手紙には、毒薬茶についての事、対策を考える時間が欲しいと書かれていたため、ナーガには伝えないのだと思ったのだが、もキュアノエイブスで倒れた理由が体調不良では無かったこと、そして、今後も飲むつもりだとナーガに伝えたらしい。

 心配させた結果だろうが……クレイン自身もやらかしているのに俺だけを責められないだろ、絶対。

 

「あれについては、心配させて悪かった。ただ、俺も友人としてあいつと同じ目線に立ちたかっただけだ」

「……俺やクレインのためだろう」

「…………全部が全部、君らのためじゃないさ。それに、俺はな、多少は手を汚してでも、生きたいと願う。君もわかっているはずだ、ここは、めでたし、めでたしで終わる御伽噺のような世界ではない。綺麗なままで生き抜くには、俺らの置かれた状態は厳しいものだ」

「ああ……だが、俺には教えない…………あんたも、クレインも」


 いや。クレインはちゃんと伝えていると思うが……俺の所業についてだが。今回の旅の理由はクレインも知らないしな。


 悔しそうにつぶやいた言葉。俯いてしまったため、見え辛いが、目には涙が溜まっている。勝手に動いたことで、不安にさせてしまったらしい。

 話をしないのは、大人の汚い世界を見せたくないと考えるからだ。それに……貴族は、表面上の綺麗な部分だけではない。ナーガには向かない。


「すまんな……子どもを助けるのは大人の責任と、ついつい思っちまう。仲間外れにするつもりはないんだ。君の成長を期待するからこそ、汚い大人の世界を見せたくない」

「……言ってくれ。俺は……」

「…………そうだな。まず、俺の考えだが、王弟派に庇護を頼んだ。……ラズは王弟の息子だ。クレインとラズの関係的も、とりあえずクレインを婚約者とする。だが、二人が結ばれるには爵位とかもあってすぐには不可能だ。だが、婚約者という候補、目に見える形にすればクレインへの危険は減る」

「ああ……」

「あの二人は恋愛関係にはならん。……おそらくな。これは詳しくは説明しれやれない。俺も他から聞いた話だしな」


 ナーガには話せることだけでも伝える。クレインの身柄の事、ラズと手を組んでいること。異邦人の調査を受け持つこと。足場を固めておかないと、危険すぎる世界だと考えていること。

 ただ、異邦人を召喚した目的については、胡麻化した。確証がない話というのもあるが、これから向かう先で異邦人に会った場合、ナーガの態度で相手に警戒されても困る。基本的には表情は乏しいので、クレインよりは平気だと思うが。



「……」

「全部を受け入れる必要はない。俺がやりすぎだと思ったら、クレインに言え。それと……焦る必要はないんだ。君は君、ちゃんと見極めて大人になってくれ」


 ナーガは少し戸惑ったが、ゆっくりと大きく頷いた。おそらく、自分なりに答えを出すのだろう。クレイン宛てに手紙を書くと言って、机に向かうのを見送り、ラズからの手紙を確認する。


 内容は、調査して欲しい事についての続報。主に異邦人について、現れた場所や人数、他国でのおおよその状況と国内でのやらかしをまとめた書類。

 各地でのやらかしを考えても、やはり警戒が必要そうだった。



 北の村へと向かうこと、二日。漸くついた村では、あまり歓迎はされていない。冒険者が来るのは決まっていて、スタンピードの時期くらいで、その時期でないと宿は無いと断られる始末だ。

 閉鎖的な村であり、探るために滞在することは難しいと判断するしかない。


「なあ、俺らは薬師に卸すため、近くの湖で、銀麗魚と角持ちアンギラを釣る予定なんだが、魔物とかの買取はここで可能かい?」

「薬師ねぇ……まあ、そういう理由なら納得だよ。ただ、辺鄙な村だからね……旨い魔物の肉とかなら、買取するよ。あと、村長には挨拶しておきな」

「ああ。それは助かる。肉は悪くなるから、町まで持たないんで買取してもらえるだけでありがたい。また、寄らせてもらう」


 雑貨を扱ってる店主に声を掛けて、話をしたが、大した情報を得る事は出来なかった。まあ、この様子だと、異邦人がいるとも思えないが……。


 まずは、村長の家に行ってみたが、相手は渋い顔をしている。徹底的によそ者を排除したいらしい。


「滞在を希望するという事か?」

「いや。数日おきに魔物の肉を売りさばきに来るのを許可して欲しい」

「……どこの誰だか分らん冒険者に許可はできん。許可が欲しければ貴族の推薦でも持ってこい」

「俺らは、メディシ―アの者だ。マーレスタットのパメラ・メディシ―アの子。一応、こんな物も持っている」


 お師匠さんから預かっている指輪……チェーンを通して首からかけている指輪を見せる。当主が持つ指輪。貴族であることの証明だった。


「……貴族の当主の指輪、だと?」

「ああ。薬師のパメラはわかるかい? あの人ももう年だからな。養子にした俺に任せたいってことで、預かってる。もちろん、証明する手紙もある。……パメラ・メディシ―アと王弟殿下からのな」


 首輪から下げている指輪を見えるようにする。渡すことはしない。

 まあ、これは各地で素材採取をするのには役に立つのは間違いないんだが。

 

「……つまり、あの方の薬の素材を手に入れるために、湖に滞在する。その間に倒した不要となる魔物の肉を村に売りたいって事でいいのか?」

「そういう事だ。別に高く売るつもりはないぜ? 解体して調合素材を手に入れた後、肉とか食べきれない分が出てくる。それを放置して、魔物を呼び込むことはしたくないから、村に卸したいんだ」

「わかった。許可しよう。だが、領主様には報告するぞ」

「いちいち冒険者の売り買いまで報告してるのか。大変だな」

「はっ……睨まれたらやっていけないからな。今は村の出入りは厳重に管理するようにお達しがでてる」


 村長の言葉には面倒だが仕方ないという思いが読み取れる。

 つまり、ここを治める伯爵家では、出入りについては厳しく取り締まっているということだろう。


「じゃ、こいつはお近づきの印ってことで。次からは買い取ってくれよな」


 村長の家には、ここまでで狩った魔物の肉。特に、ボアやラビット系の食べやすい肉を置いていく。俺とナーガの分はこれからいくらでも狩れるので、ここは奮発して印象を良くしておく。


「あ、ああ。村の者にも分けておこう」


 村長に挨拶をした事を雑貨屋に伝え、許可を取ったので、次から頼むと言って、村を出て、湖へと向かう。

 当てにしていた宿は取れなかったから、テントでの寝泊まりになる。問題はないだろう。二人しかいないから、夜の見張りは気をつけないとだがな。



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