第4話 報酬
俺が望む褒美のため……では、続きを始めよう。
「じゃあ、続けるが……そっちから聞きたい内容があるかい?」
「そうだね。死んだ人間であるという根拠はあるのかな?」
「ないな。どういった経緯でこの世界に来たか、覚えてない奴が大半だからな。ただ、俺もクレインもきっかけがあって思い出したが、死因にも死んだ場所にも、死んだ時期にも、共通点は一切なかった。ただ、思い出す前から死んだと考えてたぜ? それは本能的なものなのか、わからないが。ナーガも死んだ状況は思い出せてないが、死んだ自覚はあるそうだ」
「そうか」
まあ、他の連中の話を聞いているわけじゃないから、3人だけたまたまという可能性も無くはないんだが……。
死んでないなら、記憶を封印しておく必要はないんだよな。
「ただ、まあ……記憶の欠陥は、死んだ瞬間のみじゃない。関連する記憶を全て封じられている。俺の場合は、割と直近の記憶のみだったが、クレインは数年間の記憶を一気に思い出したらしい。後、クレインは何度となく記憶を思い出そうとしては頭痛に悩まされていた。思い出せないようになっていたが……きっかけがあれば思い出せるがな」
「どういう事だ?」
クレインは、自分が死んだことを自覚はしていたが、その理由を思い出そうとすると頭痛を起こしていた。途中からは頭痛が起きると思い出そうとするのを止めるくらいには、苦しんでいた。
ただ、記憶を思い出したころは、精神が随分と安定をしていた。思い出しても、それを受け入れるだけの余裕があった。そのおかげで、一つの仮説ができた。
クレインは、自分の死因を最初から覚えていたら、こちらの世界でも生きることを望んだのだろうか? 生き延びたいと言いながら、ひどく目が死んでいることがあった。
他の異邦人もだが……精神的に病んでいると見られる部分が、クレインにも、ナーガにも確かにあった。
死因を含めた、病んだ理由を思い出しても大丈夫な程に、精神面が回復したので、記憶の封印が解けたと考えると……逆に、精神的に不安定だった時、クレインは生きることを選ばなかったのではないだろうか。
同じような記憶が封印されている可能性は異邦人全員にあるはずだ。
俺の場合……生来の疾患で、身体が不自由だった俺は、こちらでは自由に動けることだけでも、十分満足し、この世界で生きることを受け入れていたから、記憶の欠陥期間は短い。
こっちの世界でもう一度死を選ぶことより、やってみたいことが沢山あったからだ。そういう点では、俺は精神的には一番安定していた。
「俺らは何らかの目的を果たすために召喚された。だとしたら、自ら死なれては困るんだろう。生前の記憶、特に『死んだ事情』を覚えていると、死にたくなるような……その可能性があったとしたらどうだい? それでは、『神』の目的を果たせないことになるから、記憶を弄っている。まあ、推測だがな」
「……」
「根拠はない。ただ、死んだ人間でないなら、記憶を封印しておく必要はないと思わないか? 白い世界での能力を選んだ時の記憶だけ消しておけばいいんだ」
「……それなら、何故、思い出すんだ? 君も妹御も、記憶を思い出したのだろう?」
「さあな。ただ、思い出したのは、本当の意味でこちらで生きることを決めた時だと思うぜ? わざわざ、扱いを変えてるんだ。なにかあると思ったから、伝えているだけだ」
記憶について、「別々の事だと考える必要があると思う」、そう言ったのはクレインだ。だから、別の事として認識しておいた方が良いと思っただけだ。
「まあ、俺からの助言としては、あまり異邦人を信用しない方が良いってだけだ。なにせ、この世界に来て、金がない状態で2,3日過ごした結果が、町を襲うという結論を出す様な頭の可怪しい奴とそれに賛同する阿呆ばかりだからな。普通、この世界に来て、お金が無いことを門番に説明するなりして、上の人と話し合う場を設けるくらい出来るだろうに。いくらでも、穏便にすませる方法はあったはずだ。で、選んだのが、町を襲う? 向こうが手を差し伸べてきたことに不平不満をぶつける? 精神異常者でしかない。……俺とナーガは、何よりもあいつらと離れたかった。差し伸べられた手を取るよりも、あいつらと一緒はごめんだった」
「なるほど……それは、そうだろうね」
「まあ、そういう奴らばかりだとしたら……何もかもぶち壊したい、世界を壊したいと考える奴がいても不思議じゃないだろう? そして、それが出来る能力を与える。いや、選ばせたとも言えるか……? とにかく、沢山いる精神異常者の中で、破滅願望のあるヤバい奴を餞別して、好きにやらせてる。これが、善意で召喚しているとは言えないだろう?」
「だから、悪意がある……頭が痛い」
頭を抱えてるのは、セレスタイトだけだがな。いや、この話を聞いても、無表情な執事とメイドの度胸に驚きだ。もう少し、反応があってもいいだろう。
この話をそのまま受け止められるというのは、絶対の忠誠があるからなのか……俺のような危険人物を睨んでいる騎士二人の方がよっぽど普通なんだがな。
「そう。そもそも、異邦人の大量転移は初めてじゃないんだ。前の記録は確認しないのかい?」
「は? 待ってくれ、これほどの人数の転移は初めてのはずだ。何を根拠に話をしている?」
「教会で聞いた神話だ。あの悪魔と言われる存在、俺らみたいな異邦人だと考えられないか? 神話では、人と他の亜人族の戦いだと伝わっているわけだが……人ではない人の形をした悪魔。俺らが突然この世界の各地に現れたように、過去にも、今回のような多数の転移があって、現地人との戦いになったことが実際にあった。神と呼ばれる存在が、俺らを使って世界を混乱させた後、自ら鎮めた……辻褄が合いそうじゃないか。だいたい、『異邦人』という言葉がある時点で、お察しだろ?」
「あれは、神話だろう。だいたい、悪魔は……」
「あの話では、『神』が悪魔を倒したから、戦いをやめろと言ったな。その回答は、『まだいる』から戦いをやめない。これは、現地に溶け込めた奴もいたってことじゃないか? だが、悪魔のような所業をした奴がいるから、その仲間かもしれない奴も根絶やしにすることを当時の上層部が望んだ…………他人事ではない」
「いやぁ……面白い説だね。君はよく、状況が見えている。素晴らしい」
混乱をしたセレスタイトに代わり、王弟が褒めたたえる。まるで拍手をするかのように……だが、その瞳はこちらを警戒している。今までの話と違い、神話の話は何かしらの琴線に触れたようだ。
現地に上手く溶け込めたとしても、他の奴らのせいで、あぶり出されるのは許容できない。それなら、事前にその情報を渡して、出方を確認したいんだが……。
あっさりと受け流されたようだな。まあ、政治を担う者としては、俺らの身を保証できる者でもないだろう。
「では、こちらからも少し情報を渡そうか。神話に出てくる悪魔、その姿が『黒髪・紫目』と言われているね。異邦人の中には、その特徴を持った人間がいることも確認している」
「……黒髪・紫目?」
王弟からの話は、神話に出てくる悪魔の外見。
その外見には、心当たりがあった。たった一瞬の出会いであるけど、異邦人の集団で、話を聞いたあとに立ち去った、あの男のことが脳裏に過ぎる。
「他にも、王家の直系にだけ伝わる異邦人の話があるが……これは、伝えることは出来ない。ただ、その伝聞があるからこそ、早期に君達を除いた異邦人の確保に動いたと言っておこう」
「父上!」
「これ以上は今は伝えることはできない」
「ああ。ただ、対応の早さは、そういう事情だったのか……」
直系にだけ、ね。少なくとも、貴族には渡すことが出来ない情報ということだ。
息子たちも知らないようだしな。
「あとは、セレスタイトに任せるよ」
「……わかりました。帝国にて異邦人による内乱が起きた。主導していたのは、第三皇子だが、少々特殊で……暴走とも言える。傍らにいたのは異邦人の茶髪の男性と、接触した『黒髪・紫瞳』の男の間で何かが起き、それが切っ掛けで騒動が起きたという情報が入っている」
異邦人が原因ということは聞いていたが、その人物が黒髪に紫瞳ということ。その容姿の異邦人がいるかは知らないが、警戒しておく必要がありそうだ。
「その男は?」
「消息不明だね。その場で、第三皇子を含む、多くの騎士が殺され、集められた異邦人は逃げ出し……その後、現在は異邦人狩りが起きている。何せ、軍を率いていた大将軍を殺した異邦人に軍部は怒りを露わにしている……というのは建て前だがね。あの国は、皇帝が病気で倒れており、皇太子の第一皇子、内政をまとめる宰相の第二皇子、軍部をまとめる大将軍の第三皇子。三人の力のバランスが保たれていたからこそ、安定していた。これからは、情勢は混乱を極める……すでに第一皇子と第二皇子の争いが始まっている」
「承知した。一応、伝えておくが、マーレスタットにも黒髪・紫瞳の奴はいた。集団から話を聞いた後、すぐに離れてしまい戻ってこなかったがな」
「……はぁ……こちらでも調べるよ。ラズは知ってるかな?」
「どう、だろうな? レオのおっさんには話してるが、どこまで伝わってるかは知らん。そこら辺、ラズが曖昧にしてるだろ。俺はクレインと違って報告義務ないしな」
そもそも、レオのおっさんとギルド長とラズ……協力関係がどこまでか、俺らはわかってないからな。おっさんに報告したところで、無駄な可能性はある。契約外の人間だから。
まあ、割とギルド長が止めている可能性もあるが。あの爺さんも食えないんだよな。
「うん……まず、君は今後について、報告はしてくれるのかな?」
「メディシーア家が王弟派に組み込まれ、派閥の長、上司となるのであれば、次期子爵として、きちんと報告はするつもりだ」
「当主の同意は?」
「この指輪を渡された時点で許可は、お師匠さんからは許可されているぜ? まあ、お師匠さんが貴族として振舞っていなかった上に、貴族の振る舞いについては無知なんだが」
俺らを派閥に組み込むのか、否か。
報告を求めるなら、そこからだろう。現状、クレインの枷を取るなら、ラズへの報告すら義務ではなくなる。まあ、先に報酬のミスリルの短剣貰っているから、頼まれてる村の報告はするつもりだが。
俺らの扱いをどうしたいのか、それによって変わるだろうな。ちらりと王弟に視線を送ると頷きが返ってきた。
「まず、確認したい。君は、この国の現状をどう判断しているのかな?」
「異邦人の扱いは、野放しよりはいい。あのままにしておく方が危険だった。その手腕は高いことはわかっているが……実際に管理するのが、何も理解していない奴では、いずれ爆発するだけの爆弾を手元に置いただけとなる。だから、この機会を利用して、どんな連中かは伝えた……見え隠れしている、神の思惑もな。後はそっちの仕事だろう? この国では暴走して統率出来ない帝国の二の舞がないことを祈る。……俺としては、お師匠さんに任されたことを放り出す気はないんで、この国に留まるつもりだ」
お師匠さんがいる限りは、この国にいる。その後については、クレイン次第だろう。俺らが側にいることに問題が生じるようであれば、国を離れてもいいし、それこそ勝手に山奥で暮らしてもいいわけだ。
「まず、君の話には一定の説得力があった。後は、こちらで調べさせてもらう。異邦人の対応についてもね。後は、褒美だが、土地はいくつかこちらで候補を見繕わせてもらおう。君が領主となれる条件は、爵位を得た時になる。その時までお預けとなるが、不自由しない土地……ただし、民を預けられるわけではないから、一から開墾する土地。そして、私が持っている領地の一部になるけどね」
「ああ、十分だ」
俺の返事を聞いてから、書類を用意して、自筆で何やら書き始めた。
まあ、契約書などだろうが……。書き終わった書類を執事が俺の前まで運んできたので、受取、中身を確認するが……土地について、メディシーアへと譲ることが書かれている。条件としては、代替わりをしたときという記載もある。
「それから、君が昇爵を望むならば、その爵位を用立てるための資金はこちらで用意してもいいが、どうする?」
「いや、昇爵する気はない。お師匠さんにその気がないからな……資金を出してもらえるなら、般に出回っている錬金のレシピ、クラフトのレシピなどを用立ててくれ。ついでに、テイムしやすく、世話がしやすい魔物などのことをまとめた書物があれば、それも頼む」
「君への褒美なんだが……それくらいはいいだろう。ただ、すぐには難しい。目立つ動きをしたくはないからね。それと、君への優遇の理由がこちらにも必要となる。君の妹御の身柄…………は、ダメそうだね」
「ああ、お断りだ」
クレインの身柄を渡すことは無い。相手方も分かっていて、一応は口に出したというところだろうが……一瞬出した、殺気に騎士のおっさんが剣に手をかけた。すぐに下ろす様に指示されていたがな。
「あくまでも立場上で構わない。君の妹を私の3番目の息子の相手に望んでいる、ということにしれくれるかい?」
「……つまり、ラズの相手ということでいいのか?」
「そうなるね。君が望んだことにさせてもらうが、それによって、こちらは君達に便宜が図れる。爵位の問題があるから、このままでは二人が結ばれることはない。どうだろう?」
クレインの身を渡すことは勿論、ラズの相手としても嫌ではある。しかし、俺らにはどうしても後見が必要であり、すでに王弟派につくしかない。
そして、メディシーア家に肩入れしてもらう、その理由付け、そして……クレインを貴族から守るためには、一番いい方法でもあるんだろう。
……何だかんだ、クレインはラズへの警戒は無くなってるのを考えると……応じるのが最善だろう。貴族であれば、当主が令嬢を政略結婚されるのは普通にあり得る、俺が勝手に王弟に妹を売り込んだ……そういう事だな。
「……わかった。俺が王弟殿下に、妹の意思を確認せずに、売り込んだ。自分の地位目当てでな。…………ただし、結婚は本人が望まずに駆け落ちでもした時には、処分は俺だけにして欲しい」
「構わないよ。では、より具体的な書面については、用意しておこう。ラズのお使いが終わった後にでも寄ってくれるかな?」
「……はい。承知いたしました、閣下」
「楽にして構わないよ。公私混同しないのであれば、息子の友人として扱うからね……最後に確認なんだが、君は他の異邦人を引き取るつもりはあるかい?」
「ないな。……だが、派閥の長として王弟殿下が命じるのであれば従いましょう。土地の開墾から付き合ってもらうことになりますが」
俺自身は嫌であっても、上司からの命令であれば応じる。
そして、すでにそういう可能性があるから聞いているだろう。
「そうだね。王国のために、君に頼むことはあるかもしれない。その時は頼むよ、メディシ―ア子爵令息。他国……亜人の国から、亜人の異邦人を預かる可能性があるのでね。もちろん、王家に渡すようなら困らないのだけど、旧知の友人から私が預かった場合には、扱いを無下に出来ないからね」
異邦人の受け皿としては、あり得なくはないということか。国同士の関係ではなく、要人同士のやり取りで預けられる可能性があるか。無下にできないというのであれば、預かることになるのは仕方ない。
俺としても、貸し借りを作っておくことで、切り捨てられない状況を作っておきたい。
「最後に聞いてもいいかな?」
「ああ、なんだ?」
「妹たちのことがなく、君が自由に出来るとしたら、何をしたいかな?」
突然の質問に驚くが、何をしたい……ねぇ? いきなりの質問に意図がわからないが……この世界でやりたいことね。
「俺は海を見に行きたいな……」
「なぜかな?」
「ただの憧れだな……前の世界で、一度でいいから、本物の海を見てみたかった。出来ることなら、船で大海原へと出てみたい」
「なるほど。君がカイアと仲良くなった理由がようやくわかったよ」
セレスタイトの言葉にどういう意味だとカイアを見ると、少し耳が赤くなっている。
王弟殿下と妃殿下も微笑ましそうにしている。
カイアも似たようなことを言ったことがあるのかもしれないな。
その後、カイアとは、文通することになったが……こちらは鷹のような魔物だ。ライチよりも大きい割には、ライチの睨みに俺の後ろに隠れようとするあたり、こちらの方が図体はでかいのに、気が弱そうだ。
長い情報交換が終え、ようやく……宿屋に戻った俺の顔を見たナーガには心配をされた。どうやら、顔色が悪いらしい。誤魔化したが、さっさと寝ろとベッドに押し込まれ……翌日は寝込むことになった。
毒のせいだとは言えないが、ナーガは心配そうに看病してくれたが、確かにこれはきつい。よくこんな状態になる薬を毎日飲めると、カイアに感心する。
クレインに手紙を書くというナーガに、昨日、カイアから貰った茶葉を同封した手紙を一緒に送ってもらう。
今後も飲む可能性のある茶だ、可能なら毒を弱めて欲しいとか、クレインに考え貰えば、そこまで心配をかけることもなくなるだろう。
ゆっくり休みたいとこだが……ラズに頼まれた依頼も熟さないとだ。
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