第2話 晩餐会


 押し切られたまま参加した晩餐会では、気取られない程度に様子を見ながら、カイア達の兄と同じような順番で食べていく。カイアは食べている物が違うので参考にはならない。まあ、俺の事を気にしてくれているようだがな。

 ただ、カイアが無理をしているのは気になっている。昼間よりもだいぶ顔色が悪く感じる。


 正直な話、俺はこちらのマナーだけでなく、前世のマナーも怪しい。真っ当な食事をしたのがこちらの世界だけだというのに、無礼が無いように振舞うことは難しい。

 様子を覗いながら、不自然ではない程度にゆっくりと、黙々と出された食事を平らげていく。


「どうかな? 食事は口に合うかい?」


 声を掛けてきたのは、ラズとカイアの兄。名前はセレスタイトだったか? 王弟の長男。色合いは二人に似ているが、常に微笑みを称えて、温和な顔をしている。少々軽薄そうに見えるラズや、怪しげな魅力のあるカイアと比べると、信頼できる貴族といった印象をもたせる。


「はい。とても美味しくいただいております」

「ああ、無理に口調を正す必要はないよ。カイアやラズと同じように接してくれて構わない。ですよね、父上? 母上?」

「ああ。もちろんだよ。公式の場では困るが、ここは家族の団欒の場だからね。ラズやカイアと同じように、私達の事も好きに呼んでくれて構わないよ」

「ええ。二人のお友達だもの、気取らずに話して欲しいわ」

「では、お言葉に甘えまして……」


 セレスタイトが、微笑みながら許可をし、王弟とその妻からも許可を得た。

 口に合うかと言われれば、クレインやナーガと食事をしている方がよっぽど楽しく美味しく食べている。

 この料理は美味しいのだろうが、俺自身はそこまで食事に興味があるわけではない。うまくても、まずくても、そのまま、口に入れて飲み込むだけの単純作業だ。


 作った物を美味しそうに食べてくれる存在がいて、初めて食事は楽しいものかもしれない……それと、若干、スパイスが聞かせ過ぎだと思う。


「あまり口に合わないかな? カイアのお茶も普通に飲んでいたと聞いたけど」

「ああ……毒草茶か。カイアのあれは飲めたものじゃないがな」

「グラノス、俺は毎日飲んでいるんだが?」

「あれなら、クレインが焦がした肉のがまだ美味い。機会があったら、君にもご馳走してやろう」

「ふむ。それも楽しそうだ」


 セレスタイトに振られた言葉をカイアに投げた。お茶の件については、報告が言っているということだろう。まあ、口にする前に〈鑑定〉をいれるようにはしているけどな。


 カイアの飲んでる茶が毒草茶と言った瞬間に、使用人の一部が反応をしたな。

 だが、それなりに地位の高そうな使用人はスルーしているということは、あれが毒だと知っている者と知らない者がいる……。やれやれ、面倒な事だ。


「カイアのしたことだが……気分を害したかな?」

「いや? 滅多にない貴重な体験だろう? 明日の俺は苦しむんだろうが、死ぬわけじゃない」

「ほんに……酔狂だな、お前は」

「毒を盛る君みたいな奴と友達になるんだ、諦めろ」

「ははっ……そうさなぁ、グラノスよ。俺は良いが、あまり家族を不快にさせんでくれ」

「ああ、すまんすまん。俺は黙っていた方が良さそうだな」

 

 口実を貰ったので、食事だけに集中することにする。

 団欒というには不釣り合いな程、使用人が剣呑な雰囲気を持っている食事会だが、流石は王弟とその妻。笑顔で食事をしている。長男が一番と困ったように戸惑いつつ、それでも場を仕切ろうとしている。


「君に聞きたいことがあるのだけど、答えてもらえるのかな?」

「人払いをしてもらえるなら構わないぜ?」

「ここにいる者は我が家に仕えている者だけだ。外に漏れることはないよ」

「悪いが信用できん。フォルはラズに仕えているが、ダンジョンで俺に危害が加えられることがわかっていた上で傍観していたしな。友人の家族ならいいが、その使用人にべらべらと情報を垂れ流すことはできん。俺だけでなく、弟妹にも関わることだろう?」

「ああ、そうだね。食事を置いて、皆下がってくれるかい?」


 聞きたい事が俺ら異邦人の事であるなら、多くの人に聞かせることは出来ない。

 食事の配膳係に護衛にと20人以上の使用人がいる状態で話せることなどないだろう。話すつもりは無いと伝えたつもりだった。


 だが、あっさりと王弟が下がるようにと指示を出した。これには少し驚いた。



「閣下! この者の実力を考えれば、護衛を外すことはできません!」


 案の定、護衛の中でもトップクラスと思われる騎士の男が異議を唱えた。

 まあ、予想通りではある。


 俺も、話をする場を整えてもらうにしても、護衛の全てが席を外すとは考えていない。そこまでして、この家の使用人からの反感を買いたいわけでもない。


「なら、騎士のおっさん。おっさんとおっさんが本気で信用できると判断した奴だけ残してくれればいい。この人数では、誰が話したかを調査は出来んが、おっさんと数人なら割り出せるだろ? だいたい、俺は何も持ってないんだ、あんた一人で制圧も容易のはずだ」

「そういう事だよ。グレイル、選んでくれ」

「……はっ……では、スチュアートとアンナ。あと……ユーリもか?」


 あっさりと王弟が頷いたため、騎士のおっさん、使用人は執事風の壮年の男と、騎士の若い男、それからメイドらしき女性の3人を残し、他の使用人は料理を全て配膳してから、部屋を出て行った。

 全員、俺よりもレベルが高そうだ……メイドすら、戦闘能力がある。


「いやぁ、まさかあっさりと聞いてもらえるとはな」

「おい、調子に乗るなよ」

「別に俺は友人の家族に危害を加えるつもりはない。ただ、自分の家族に危害を加えられると困るから、危険を排除しただけだろ? おっさんだって、あの場にいる全員を信用できるとは思っていないんだからな」


 騎士のおっさんが口に出したことに返事をすると不満そうにしているが、それでも一定の距離まで移動して「失礼いたしました」と王弟に頭を下げた。

 それを確認して、長男の方に視線を向ける。こいつが話を進めるのだろう。


「……それで、君は何を話してくれるのかな?」

「逆に、何が聞きたいんだ? 妹のことか? カイアと仲良くなった理由か? 異邦人の情報か? 正直、俺は君達が何の目的で俺を食事に誘ったのかが分からないからな」

 

 楽しそうに笑顔で発言すると、騎士のおっさんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。このおっさんみたいにわかりやすくいてくれた方が、いいんだが……メイドと執事は口の端を上げてうっすらと微笑んでいて、表情が読めん。


 まあ、俺を不快に思っていることは間違いないのだろうが。


 一度、カイアと視線を合わすと肩を上げて、自分の兄に視線を送ったので、場の進行をしている長兄、セレスタイトをもう一度見る。セレスタイトはこくりと頷いた。


「そうだね。じゃあ、カイアと仲良くなった理由を教えてもらえるかな。我が弟ながら、気難しくて、読めない性格をしているからね。短時間で仲良くなった秘訣を教えて欲しい」

「友人なんてそんなもんだろう? 短い時間でも意気投合することもある。まあ、俺はカイアの気持ちが理解できるんでな」

「秘訣はないということかな?」

「ああ。君にはカイアの気持ちはわからんだろう? だが、それでいいんだ。わかる必要もないことだからな」

「……何故?」


 不思議そうに首を傾げているセレスタイトだが、王弟の方は納得したようにゆっくりと頷いた。カイアの方が、王弟のカリスマ的素質を受け継いでいる気がするな。

 セレスタイトは少々落ち着きが足りない……いや、生来の性格がお人よしなのか、苦労人なのか。頼れる為政者のようだが、少々謀略などは苦手そうだ。

 


「……君は君のままでいいってことだ。俺はな、不治の病だった。幼い頃から、治ることのない……寝たきりの生活だった。にっがい薬を飲まされ、味の薄い食事しか食べれず、日がなベッドの上で過ごす。あの毒草茶でも、普通に飲み干すには問題がない生活をしていた。ああ……別に、同情とか哀れみが欲しいわけではない。ただ、カイアと話したら思ったよりも楽しかった、それだけだ」

「そうさなぁ。別に、今更この身体が変わるわけではない。だが、何ともこやつの言葉は俺も受け入れられた。俺も楽しくなったのだ、兄上」


 同病相憐れむ、という奴だろう。

 これは、同じ体験をしていないと分からない。同情が欲しいわけでは無い。ただ、その状況を説明するまでもなく、互いにそれがわかってしまった。ただ、それが思ったよりも楽しかった、それだけだ。

 俺とカイアは友人になっても、自分のためには相手を裏切るだろう……そうならないことは祈るが、実際になったならお互いに全力でやり合うだろう。


「理解者がいるという事は嬉しいことだからね。カイアがその幸運に恵まれたことに感謝をしよう。どうだい、一杯」

「気持ちだけいただこう。それで、納得できたかな?」


 楽しそうにワインを進める王弟の誘いを断る。酒についても、この状況で楽しく飲めるとは考えない。悪酔い待ったなしだろう。

 セレスタイトが複雑そうな顔をしているが、それ以上の追及は無かった。


「いや、分からないけど、分かったよ。君達が上手くやれるなら、それでいい。私から聞くことはないよ」

「あらあら。では、私が聞いても良いかしら?」


 次の質問者は、王弟の妻。ラズ達の母親だった。3人の成人している子を産んだとは思えないくらいに若く見える。まさに貴婦人という、貴族らしく腹が読めない微笑みでもある。

 食事中であるため、扇子を持っていないが、笑う時には口元を隠して笑うのだろうなと想像がついた。


「俺が答えられることであれば」

「食事は口に合わないかしら? 皆様、一流のもてなしをしても喜ばないそうなのよ」


 皆様……これは俺でなく、異邦人全体を指しているということか。さて、どう答えるかな。


 先ほどから、俺が食している料理は、かなり贅を尽くした料理であることは理解している。特に、肉料理や魚料理にはふんだん使われているスパイスは、かなり高額である。俺自身も、お師匠さんに振舞うために、いくつかのスパイスを購入したが……それを超える量が一人分で使われている。

 そして……これと同じような料理を異邦人に出したとしたら、その反応は……決して、喜ぶものではないだろう。


「そうさなぁ……俺も友人が喜ぶ持て成しをしたい。何か不満があるなら事前にいってくれると助かる」

「俺は格式ばった場は苦手だ。こんなとこで、料理の味など感じられん……だが、まあ、聞きたいことはそうじゃないんだろう? 異邦人が何を不満に感じているか……そうだな。まず、前提だ……あちらの世界では、こちらよりも危険が少なく、物流がいい」

「ふむ……物流の違いがどう繋がるのかな?」

「簡単な話だ。こちらでは希少な胡椒、それを一般家庭でも、当たり前のように食卓に置いてある。もちろん、塩や砂糖、酒、他にも多種多様の調味料、香辛料が大量に、手軽に手に入る環境だった。素材の味を最大限に生かした味付けすることが美味しいと言われる環境で、食事を楽しんできた者にとって、貴重であるからと大量に香辛料を使って出された、香辛料の味しか感じない料理に価値はない。価値観の違いだな」


 結局、価値観の違いというのは、大きい。俺らにとって当たり前、彼らにとっての当たり前が違う。相互理解が必要となるが……そこまでする価値を見出すかどうかは、別の話だろう。彼らには、突然現れた俺らを保護する義務はない。

 何故か、異邦人は歓迎されるのが当たり前のように振舞うが、そこは大きな間違いだ。この世界にはこの世界のルールがあるのだから、それにこちらが合わせる必要がある。


「そうなのね……そんなに違うものかしら」

「例えばだが、カレーライスという料理がある。俺のいた国では子どもから大人まで、親しまれる国民的な料理の一つだ。その材料に使われる香辛料は、クミン、コリアンダー、カルダモン、シナモン、レッドペッパー、ターメリック、その他色々入ってるが、このブレンドにより深みのある味わいになる。この国でも似たような香辛料があるだろうと市場を除いたが、庶民が手を出せる値段では無かった。こちらでカレーライスを食べようとするなら、とてつもない高額になる。だが、俺達の感覚では週に一度食べるのは良いが、続くようなら『飽きたから他の物を食べたい』というようなありふれた料理だ。……香辛料を沢山かけただけの料理は、希少さを理解していない者にとって、価値のある料理ではない」


 ここら辺は、王都に徴集された奴らは理解できていない話だろう。

 俺は市場に行って、塩しか売っていないため、他の香辛料が無いかを確認し、取り扱っている店を聞き出して、そこに行き、その金額を確かめているが…………どれくらいの異邦人が、出された料理の香辛料の価値に気付いているのか。そんなことを気にしていない者が大半だろう。


 王都に集められた異邦人が、出された料理を食べて、美味しくないと言い放つ姿が容易に想像できる。


「貴重な意見だね。ありがとう。君達にとっての価値観となると矯正も難しいかな? 困ったね」

「味付けに関しては、出す料理を薄い味付けにして、多少、自分で振りかけられるようにでもすることで改善できるだろうが、そこまでしてやる必要もないんだろう?」

「そうだね。こちらの感覚では、勝手に来て、傍若無人に振舞う者達だからね。面倒をみる義務がある訳ではないんだけど、どうもお互いの意思の疎通も難しいからね。本人に聞いてみることが打開策になるかと考えて食事を共にしたんだよ。他にも何か知っていたら教えてくれいないかな?」


 それだけではないだろうが、それも含めて、俺と食事を共にしたのか。

 王弟はにこやかに笑っているが、部屋の雰囲気が張り詰めたように感じる。


 ここからが本番だろう。俺の知る情報を高く買ってもらうことが、今後の動きやすさに変わる。

 さあ、駆け引きの始まりだ。



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