【外伝】異世界に行ったので手に職を持って生き延びます

白露 鶺鴒

第一章 グラノス視点(本編2章~) 

第1話 領都での出会い


 この世界に転移して、おおよそ1か月。

 同じように転移してきた連中とは決別、ナーガと出会い、餓死する前にクレインに助けられ、生活基盤が整ったところで、王都への収集から逃げるためにダンジョンへと隠れ、その後は目立つことを避けるために町から旅だった。


 色々と濃く、慌ただしい1か月だった。


 妹となったクレインの事は心配だが、それでも一緒にいる方が悪目立ちする。足枷になるために側にいたいわけではない。後ろ髪引かれる思いはあれど、これが今生の別れではないのだから……俺に出来る事をする。

 そして、俺とナーガは旅だった。表向きは、珍しい調合素材の採取のため、内実はラズの密偵として動く。まあ、ラズの密偵という点については、俺のさじ加減次第だろう。頼まれた内容から、積極的に働く気にはなれない。



 クレインとお師匠さんに見送られてマーレスタットを出立した翌日の夜。

 俺とナーガは、領都・キュアノエイデスについた。流石、都と名前がついてるだけあり、街の規模がでかい。

 何重かの防壁が、街の中にもある。これは、街の規模が広がるたびに、防壁を作られているということだ。一部、川から流しただろう堀のような物もあり、水に困ることも無さそうだ。ここでは、魔物の脅威は少ないことが予測できる。


 着いた日は適当な宿屋に泊り、翌日はこの町を見学するということにして、別行動をとることをナーガに伝えた。具体的な説明をしなかったせいか、ジト目でこちらを見てきたが、適当に誤魔化しておく。

 


「さて……行くか」


 ナーガが出掛けたのを確認し、適当に街を周る振りをして、貸衣装屋に行き、礼装用の服を借りて身支度を整える。ついでに首にかけていたチェーンから指輪を外して、右の人差し指に付けた。


 この指輪はお師匠さんから渡された、メディシ―ア家の当主の指輪。これを身につける者は当主か当主代理しか許されないらしい。爵位移譲の手続きはまだ完了していないらしいが、俺に預けておくという。これがあれば、貴族当主と同等として扱われるため、理不尽な事にはならないそうだ。


 俺でいいのか、という問いに対し、「グラノス、お前さんだから預けるんだよ」と返ってきた。珍しく坊や扱いではなかった。

 弟子にしたクレインにも危険が及ぶ可能性……貴族として守る盾に、俺がふさわしいと判断したらしい。俺ら3人を養子にする時点で、俺を次期当主として届出はしていたという。


 当主の指輪を預けることは、俺の意見が、当主の意見として採用される。それでも構わないという。むしろ、好きに振舞っていい、生きてる限りは、責任は自分が取るという。


「俺を信頼し過ぎじゃないか?」

「わたしはもう長くないさね。あの子をずっと守れるのは、わたしじゃない。だから、あんたの判断で守ってやんな。どんな意見だろうと、グラ坊に任せるさ。その意見に反対はしないと約束するよ」

「レオのおっさんでなくていいのか?」

「あれがそんな芸当ができるもんか。いいかい、貴族なんて者は、性格の良い子には向かないんだよ、いい性格してる奴らは多いがね……レオ坊やナー坊は勿論、クレインには出来るはずがない。あんただから頼むんだよ」


 お師匠さんから預かった指輪。その意味……。これから向かう先において、俺の言動は子爵家の言動……俺らの今後を左右するだろう。

 そして、俺でないと務まらないというお師匠さんの判断に応えるためにも、迂闊な事は出来ない。



 昼を過ぎた頃、街の奥にある離宮に向かう。門の入口にいる騎士に、フォルから預かった招待状を渡す。

 招待状の中身を確認した後、武器と魔法袋を預けるように言われたので、炎の太刀とクレインとの連絡用に使う予定の魔法袋・極小を騎士に渡す。俺自身の魔法袋・大はナーガに預けてある。


 何もないのが一番ではあるが、お偉いさんと会うなら、それなりの身体検査を受けることはラズとの件で学んだ。お師匠さんやクレインからの薬を奪われたりしたくないため、最初から多少の金銭と食料のみの魔法袋を持参した訳だが、予定通りに荷物検査を受けることになった。

 中身の確認をされ、「帰宅する時まで預かる」とだけ言われて、庭のガゼボに案内された。



「やれやれ……ようやく来たか」


 案内をされてから、30分。庭の風景にも見飽きて頃に、ようやく、俺を呼び出した奴が姿を現した。


 髪の色は、ラズと似たような青。青だが、ラズよりも少々濃い……夜を身に纏うような雰囲気をしている。瞳は、紫がかった青。顔は美しいと言われる部類に入るが、病的に肌が白い。

 調べた通りなら、病人であるから、病的にというの表現はおかしいかもしれないが……儚げで人を引き付ける、怪しい美しさがある男だった。


 そして、その表情にひどく既視感を覚えた。


「すまぬな、呼び出しに応じてくれたこと、感謝する。ラズライトの兄、カイアナイトだ」

「ご尊顔を拝し奉りますこと、恐悦至極に存じます。薬師・パメラ・メディシ―アの養子、グラノスと申します」

「固いな。父や兄ならともかく、俺にそこまで畏まる必要はない。ラズと同じように接してくれ」

「お許しがいただけるのであれば……」

「うむ。許そう」


 こちらでの礼儀はわからないが、フォルの仕草を真似て挨拶をした後、砕けた態度でもいいという了承を得た上で、席に座った。


 そして、フォルに似た従者風の男が俺に茶を用意し、すぐにカイアナイトの後ろに控えた。

 見えるところに騎士は配置されているが、〈気配察知〉で探るとわずかに違和感……。〈生命探知〉では、騎士の他にこの庭には4人。隠れてこちらを覗っている者がいることがわかった。

 庭に配置された騎士6人、〈気配察知〉では確認できないほどの能力をもつ4人、さらにフォルと同等……またはそれ以上の男が従者として控える。随分と鉄壁な布陣だ。警戒されているらしい。


「俺の事は何か聞いているか?」

「いや。ラズもフォルも、何も……フォルから招待状は預かったが、ラズにはここによる事すら伝えていない」

「そうか。そなたは俺をどう思う?」

「うん? ……そうだな、美人だ。俺以上に美しい男にあったのは初めてだな」


 俺の容姿も美しいと言われる類だが、それ以上だ。女であれば傾国の美貌だろう。少々顔色が悪いが、人を惹きつける妖しさだ。

 あとは、病人でベッドから出ないと聞く割には、強かさがあるといったところか。


「俺の手駒を使えぬようにしてくれたのでな、顔を見ておきたかったのだが……随分と、毛色の違うことよな? 虫も殺さぬような可美しい顔をして、一撃で片腕を切り落としたそうだな」

「格上相手に余裕はないからな。最初から相手の動きを封じる必要があっただけだ。だいたい、捨て駒だろう?」


 あの冒険者達に命じていたのは、こいつだった。

 まあ、予想はしていた。ラズに仕えているフォルが手を出せない時点で、相手は王弟、王弟子息のどちらか、後は王弟派で汚れ役をやっている者だと予測をしていた。


 酷薄そうに微笑んでいるのが、酷く芝居がかったように見える。敵意を持っていたのは自分で、王弟派ではないとしたいのかもしれない。



「ラズは面白いモノを飼い始めたものだな。どうだ、俺の物にならぬか?」

「難しいな。俺は妹の付属品なんでな。ラズが妹を手放すなら、考えよう」

「そうか。では、ラズに話してみるか……ああ。そろそろ、良いころ合いだろう」


 席についてから、そのまま放置されていたティーポットから、カップに茶が注がれる。その様子を見ながら、注がれたお茶を口に含み、何事も無いように飲んだ後、ティーカップを戻す。

 その様子を見て、目の前の男は目じりを下げて、口の端を上げて笑う。

 


「さて……まずは、どうだ? こちらの茶の味は?」

「そうだな……正直に言っていいのかい?」

「もちろんだ」

「マズイ。そもそも、これは〈茶〉ではないだろう?」


 茶を口にする前に、〈鑑定〉をした。鑑定内容は、健常者には〈毒〉という内容。つまり、俺は毒を飲まされたことになる。しかも、悶絶しそうになるほどにマズイ。


 だが、同じ物を目の前の人物も、口にしている。俺よりも先に、優雅に微笑みながら……。こちらだけが大げさに反応するのも悔しいので、同じように何事もなかったように笑ったのが、興味を持たれたのか……それとも、俺が気付かないで口にしたと思ったのか。


 楽しそうに嗤う男に、俺も似た表情を返す。なんていうか……こいつは、似た者同士なんだろうな。

 生前、身体が思うように動かなかった頃の俺と似たような雰囲気がある……まあ、こいつのが、色々と弟の町に手を出したりと悪質だと思うが……。


「ふむ。では、何だというのだ?」

「俺には毒……君にとっては、生きるために必要な薬、だろう?」


 

 俺の答えに目を見開いた後、相手は笑う。それに合わせて俺も笑いを返す。

 互いに目は逸らさない。


「はっ……ははっ」

「ふっ……ははっ」

「「あっはっはははっ!!」」


 二人で、笑う。なんでか、同類だとわかった。まずい薬を飲んで、表情をゆがめてしまうと心配され、薬の大事さと負担をかけない様に寝ているように諭され……次第に自分の体調を周囲から隠し、何事もないように笑顔の仮面を身に着ける……生前の俺と同じ奴が目の前にいる。


 それが、ひどく笑えた。



 周囲を守る騎士や、後ろに控えている従者が目を丸くしている。

 笑い終えた後は、しばらく、互いに無言になった。まあ、おそらくだが、怒らせたわけではないだろう。

 何事もなかったように、落ち着いた様子で、もう一度、互いに茶に口をつける。本当に、まずいな、これ。


「グラノスと言うたな。なぜ、毒だとわかっていて口にする?」

「別に、大したことじゃないだろ。死ぬほどの毒じゃない。君も同じ物を口にしている。茶会のやり方なんてもんは知らないが、同じ物を口にするというのは普通のことじゃないのか?」

「自身でわかっておるだろう。普通のことではないと……皆、毒だとわかれば慄き喚く、口にしようなぞはせぬ」

「だが、君は分かち合いたかったんじゃないのか? 君は普通の茶は飲めないんだろう?」

「はっ……わかったような口をきく」

 

 怜悧な瞳で俺を睨む男に構わず、再び、毒茶を口に含む。

 苦い漢方薬でも、もっと楽に美味しく飲めるだろう、壮絶な苦みとえぐみ。昔、毎日のように飲まされた薬の味が記憶とともに蘇って、食欲が失せる。



「まずいな。せめて、もう少し味を緩和出来ないのか?」

「できるものならやっているだろう……それを飲み干すつもりか?」

「茶会のルールは知らないと言っただろ。だが、飲み終わるまで終わらないんじゃないのか?」


 少なくとも、茶会の招待状を送られたのだ。茶会が終わるまでは、付き合う必要があるのだろう。若しくは……この目の前に立つ男が満足するまでか。



「……何故だ?」

「俺がこの世界の人間ではないってことは、当然、知ってるんだろう?」

「……聞いておる」


 この場にいる者が全く反応をしないということは、知れ渡っているということでもある。秘密ってのは、どうしたって漏れていくものだが……この人数が知っているのでは、秘密にはならないだろう。

 これでは、クレインの身の安全を図るというラズの約束も合ってないような物になりそうなんだがな。


「俺も前世は君と同類だった。先天性の病により、ただ無為に生きてるだけ。一日中ベッドで過ごし、月に一度か二度、家族が様子を見に来る時には心配をかけない様に笑顔を身に着ける。食事も制限がかかっていて、好きに食べることもできなかった」

「…………だから、わかると? 今、お主は普通に生きているではないか!」

「そうだな……実際、親父が死んで、これ以上母と兄達に面倒をかけられないと、殺されることを甘受して……訳が分からないまま、この世界で生きている。君にとっては腹立たしいことかもしれんが…………なんでだろうな……君を見ていて、当時、俺自身は友が欲しかったと思い出してな」

「………………そうか……」


 か細い声で、複雑そうな顔をして答えたのは、何に対しての同意だろうか。


 俺はただ、こいつの姿に、過去の俺を重ね、無意味な優しさを施した。同情、哀れみを散々受け、嫌な思いもしたが……それでも、同年代と語り合いたいという思いは常にあった。叶うことは無かったが……。


 だが、それを受け取るかは、目の前の相手次第。押し付ける気はさらさらない。


「……さて、茶も飲み終わったことだし、俺は失礼していいか?」

「…………すまなんだ。其方が悪いわけではないのに」

「じゃあ、失礼する」


 謝罪は何に対してだろうか。毒をもったことについてか、冒険者を嗾けて殺そうとしたことか、どちらにしろ、俺が生きてる時点で問題はない。

 立ち上がり、従者に案内を頼もうとするが、「お待ちください」と従者に言われ、振り返ると、すぐに目の前にカイアナイトが立っていた。そして、俺の腕を掴み、立ち去るのを止めようとする。

 力は弱く、振り払うことは容易であるが、……振りほどくことはしない。相手の言葉をまつ。


「……まて。待ってくれ…………先ほどの事は謝罪する」

「そうか。別に気にしていない」

「……俺の友になってくれないか?」


 本人がなんとか絞り出した言葉。

 俺と友になりたいという……。


 友達ね……。ナーガやクレインを友というには違う。疑似家族であるし、協力・共犯関係であり、友という関係にはならないだろう。


 生前には、俺に友人は全くいなかった。友……それは、俺にとってもどういう物なのか、理解できていないんだが。

 まあ、互いに心情が理解できるのだ、友にもなれるだろう。


「ああ、よろしくな」

「うむ……よろしく頼む、グラノス。俺のことは、カイアと呼んでくれ」


 その後は、席に戻り、新しい普通の茶を出された。ついでに、甘味だろう、少し固めのパンに大量の砂糖をまぶした物が俺にだけ出された。カイアは食べられないらしい。


 それを一口食べてから、茶を飲むが、普通……いや、こちらの世界で飲んだ中では、かなり上手いお茶だった。


「なんだ、普通の茶でいいのか?」

「元より、お主が飲めないと言った時点ですぐに出せるように用意していた。まさか、飲み干すとは思わなんだ……無茶をする」

「いや~、君だって、同じ目線で同じことを体験して欲しいとか、あるだろ?」

「それも自身の体験か?」

「どうだろうな」


 ガキの頃、同じくらいの子が入院していて、誕生日にケーキを食べていた。

 どうしても食べてみたくて……こっそり分けてもらい、死にかけた。親父たちには怒られ、泣かれ……散々だった。もう二度としないと約束したが……それでも、強烈に食べてみたかったことを、今でも覚えてる。何故、自分ひとりだけ、違うものを口にし、皆と同じものを口にできないのか……。

 理屈ではない、ただの我儘でも、一緒に、『苦いね、飲みたくないね』と、同じ物を感じて、同意してもらいたかった想い。


 まあ、その結果、俺は明日は1日、毒で苦しむわけだが……。


「いいじゃないか。どうせ、たまにしか会えない友人だ。同じ物を食すくらいはしてやれるぞ」

「そうか」


 その後は、他愛の無い話をした。

 お互いの距離には踏み込まず、くだらない話をして……奇妙な友情が芽生えたのだろうか。ただ、お互いに自分の大事な者のためであれば、敵対しそうだ。それをお互いに承知しているとも思う。


 共感する……お互いの気持ちを理解できるというのは、大きい。

 なんだかんだと話をして時間が経ったところで、時期は約束出来ないがここに立ち寄る時には顔を出すと言い、互いに手紙のやり取りをすることも約束した。



 しかし、カイア達の両親との夕食に誘われることになった。

 カイアの方も不思議そうな顔をしていたから、予定通りではないらしい。


「礼儀も何も学んでいないんでな。次の機会にさせてくれないか?」

「王弟殿下も妃殿下も気にしないとおっしゃっております。どうぞ、そのままで構いませんので」

「カイア。君からも何か言ってくれ……俺は失礼な事をするぞ」

「そうさな……俺に対してなら構わんが、その言動では少々……」

「ほら、カイアもそう言ってるだろ」

「どうぞ、夕食の場にて、ご自由に振舞っていただいて構いません」


 断りたかったが許されず、最後には「諦めろ」とカイアに言われたので、渋々夕食の場へと向かった。

 家族の団欒の食卓に割り込むね……厄介事か。いや、こちらの考えを伝える好機でもあるのかもしれない。




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