第26話 縮まる距離、遠くなる思い

「えっと、飲み物はここにあるから...」


「...分かった」


「んで、一応端末の操作についても改めて教えるね」


「はい。お願いします」


「えっと...これを押すとここが...」


 何だかノリというか、流れでバイトを始めることになった世上さんだが、仕事となると真面目モードに切り替わる。


「...うん。わかりました」


「別に敬語じゃなくていいよ?」


「...あっ...敬語になってた?」


 どうやら無意識らしい。


 その後はお店の準備などについて教えたのだが、そもそも歌の練習期間の時は手伝いもしてもらっていたので、正直教えることがほとんどなかった。


 対お客さんも常連さんが多く、既に顔見知りも多かったのですぐに受け入れられ看板娘待ったなしという感じだった。


「いやぁ...できるできるとは思ってたけど...やっぱ清宮女子だけなことあるねぇ」と、マスターが関心する。


「...うん。正直、すごいっていう言葉しか出ない...」


「そんなそんな...見よう見まねでしただけですよ!」と、無邪気に笑う。


「だってさ、祐樹くん。祐樹くんが入ってきたときはそれはそれで大変でね...」


「ちょっと!マスター!その話はなしで!//」


「だめだめ。ちゃんと聞いてもらわないと。本当...頑張ってるのはわかるんだけど、お客さんに飲み物かけちゃうわ、歌を歌ったらお客さんが耳をふさぐレベルの音痴だし、おつりを間違えてお客さんに指摘されたり...本当に大変でねぇ...」


「だ、だって...仕方ないじゃないですか...。そういう経験ないわけですし...」


「けど、ほら...凪咲ちゃんは完ぺきにこなしてるよ?こりゃ、美味しい珈琲もすぐに入れられちゃうかもねー」


「そ、そんな...」


「っふふ」と、楽しそうに笑う世上さんだった。


 そうしていきなりのバイト初日を終えて、世上さんを家まで送る。


「いきなりバイトすることになっちゃってこんな時間に帰ってくることになったけど...ご両親に言わなくて大丈夫だった?」


「うん。多分大丈夫」


「そっか...」


 そうして世上さんを家まで送り届け俺も家に帰るのだった。



 ◇同日 同時刻


 はぁ...今日は練習鬼きつかったな...。長いし...。疲れたぁ...。


「ね、瀬奈コンビニ寄って帰らない?」


「あ、いいね。家に帰る前になんか口に入れないと...」と、校門に目を向けるとそこには一人の男が立っていた。


 そう、あの東山という男だ。


「...あぁ、こんな時間まで部活してるんだね。さすがは全国クラスの強豪校だね」


「ちょっと、瀬奈!誰このイケメン!」と、友達の幸奈ゆきなが騒ぐ。


 ...顔はいいかもしれないが...性格はくそだ。


「ごめん、幸奈...「大丈夫!明日詳しく聞かせなさいよ!」と、走り去っていくのだった。


「ごめんね、友達と一緒に帰ろうとしてたのに邪魔しちゃって」


「そんなの微塵も思ってないですよね。それで何の用ですか?」


「...そんな冷たくされたら悲しいな」


「...あの、要件があるなら早くいってくれますか?」


 すると、おもむろに携帯をこちらに見せてくる。


 それは世上凪咲と先輩の2ショットの写真だった。


「どうやら凪咲ちゃん、ここでバイトをすることになったらしくてね。前より彼との距離が近くなったみたいでね」


「...」


「このまま放っておけばこの二人がくっつくのは時間の問題...。君はそれでいいの?」


「...私は...先輩が望むなら「おいおい、そんな嘘はよしてくれよ。君と彼の関係をしっている僕にそういう意味のない強がりはやめてくれよ。僕が聞きたいのは君の本音だよ」


「...本音って...」


「このまま二人がくっついて本当に君はそれでいいの?」


「...いいわけないじゃないですか」


「だから言ってるだろう?僕と手を組もうって」


「...それは無理です。というか、この前...あなたを見ました...。いや、正確にはあなたたちを見ました。あなたは...双子なんですか?」


「...あぁ、そう。見られちゃったんだ。ふーん。じゃあ、嘘ついても意味ないね。僕は実は双子でね。僕も...弟も凪咲ちゃんのことを好きになっちゃってね。だからもしどっちかが付き合えたら...僕たち2人と付き合ってもらう予定なんだ」


「...頭...おかしいんじゃないですか?」


「ひっどいなぁ...。昔した監督との約束を未だに律義に守ってる君だって、僕からしたら十分気持ち悪いけどね?」


「...」


「冗談だよ?まぁ、そういう執念深さというか嫉妬深さも含めて僕たちは分かり合えると思うんだけどねー」


「だから「まぁ、いいよ?君はいつかこっちにくる。それだけだから」


 そういいながら手を振りながら去っていくのだった。

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