第18話 ダッサイ背中

『僕もいつかお父さんみたいになれるかな!お父さんみたいなかっこいい選手に!』


 そんな夢で目を覚ます。


 幼い時の淡い夢。

そんな可愛らしくて馬鹿げた夢。


「...ふぁ...朝練行くか」



 ◇AM6:45


 いつものように朝練をしていると、鷺ノ宮がやってくる。


「先輩、1on1やりましょう」


「またか?今度は何をかけるつもりだ」


「私のパンツを賭けて」


「...いや...何言っちゃってんの?」


「先輩も多感な時期なはず。と、なれば女子のパンツの一つや二つ欲しいのではないかと思いまして」


「俺が負けたら俺が履いたパンツをあげるのか?」


「先輩みたいなブ男のパンツ要りませんから」


「ぶお...とこ...」と、流石の俺もちょっと傷つく。まぁ、そうだな。鏡の中の俺は中の中くらいはあると思ったが、人間は鏡の前だと自分を最高の状態で映すとも聞くし...客観的に見ればブ男っていうのが妥当だよな。


「...」


 そんな風にしていると2人の男子が体育館に入ってきた。


「うぉ、マジでやってるじゃないですか」


「こんな朝から元気ですね」


 そこに現れたのは1年男バスの2人だった。


「うわ、てか鷺ノ宮居んじゃん」と、小声で呟く2人。


「...岡崎と神田。何しに来たの?」と、冷たい声で質問する鷺ノ宮。


「いや、まぁ...たまには朝練でもしようかなって。そしたら先輩が居てびっくりです」


「...うん。まぁね」と、苦笑いしながら練習を続ける。


 内心、馬鹿にされてるんだろうなとか思っていた。


 弱小校でべんちのやつが朝練なんて...な。


「頑張るっすね。先輩」


「...あはは。まぁ、俺みたいなやつは頑張るしかないからさ」


「...なんでそんなに頑張れるんですか?」


 そんな言葉の後に証明するかの如く、エアボールをしてしまう。


「...これしかないからさ。俺には」



 ◇今から12年前


「シュート!」


「ふっん!」


 すると、おもちゃのゴールに綺麗に決まる。


「おぉ!すごいな、祐樹は!これならお父さんよりすごい選手になれるぞ!」


「ほんとう!?」


「あぁ、もちろんだよ。でもその為に必要なのは頑張ること!いくら才能があっても頑張らないやつっていうのはどこかで挫けちゃうから。だから、これからはずっとボールに触れていたり、ボールに触れなくてもなるべくバスケに触れていること!わかったか?」


「うん!」


 俺にとってのスーパースターは、ステフィンカリーでもレブロンジェームズでもなく、自分の父だった。


 父は普段は優しく、それこそ休みの日には水族館に遊園地、動物園にボウリング場と隙間の時間さえあれば短い時間だとしても色々と連れて行ってもらっていた。


 普段は怒ることもなく温厚な父だったが、バスケのことになると厳しくなった。

けど、そんな厳しい父すら俺にとっては誇りだった。


 特に高校生時代の父の映像は何度も見た。

日本バスケ会の至宝とまで言われていたが、卒業してすぐに交通事故に遭い、選手生命をたたれた父はコーチや監督を務めるようになっていた。


 そんな父の影響で俺も小さい頃からバスケにのめり込んでいた。


「ぼくね、いつかお父さんを超えるようなすっごい選手になるから!絶対見ててね!」


「おう!お父さんもその手伝いするからな!」と、豪快に笑う。


 しかし、俺には才能がないということが分かったタイミングのことだった。


 父が突然倒れてしまった。


 原因不明の難病にかかってしまったのだ。


 それからは学校に行って、バスケをして、病院に向かっての往復の毎日だった。


 病床でも父はいつも笑っていた。

相変わらず豪快に笑いながら俺の話を聞いてくれた。


 だけども、そんな期間も長くは続かなかった。病状が悪化につれ、弱々しくなっていく父。

そして、会話もままらなくなって...それからすぐに亡くなってしまった。


 齢37歳のことだった。


 そうして、病室の整理をしているときに携帯に入ったある動画を目にした。


 それは辛うじて喋れるくらいの大分後に撮られた動画だった。

恐らく、動画の撮影はナースの方に頼んでおり、たった1分の動画だった。


「...ゆ...うき...おとぅ...さ...ん...もう...ながく...ない...。だか...ら...おと...うさん...のぶんも...がんば...れ...。おとう...さんは...しんじ...て...る。ぜったい...すごい...せん...しゅになれる...って。だから...あきら...めるな...。ぜったい...」


 そう言われて続けてきたバスケットボール。だから、誰に言われなくても才能がないことくらい自分が1番分かっていた。


 だけども、それでも俺は続けなければならない。それが父さんとの約束だから。



 ◇


 今の話をぽつりぽつりと、体育座りをしながら壁に寄り添って話をしていた。


「まぁ、だから...才能がなくたって、やらなきゃいけないんだよ。俺はね。託されたから」と。


「...かっけーっすね。俺、正直にいうと先輩のこと陰で笑ってました。才能ないのに頑張ってる姿ってなんか見窄らしいっていうか、ダサいっていうか、そう思ってました。けど、それはきっと嫉妬していたからなんです。俺は中学ではそこそこ才能がある方だったんですけど、そこにいる鷺ノ宮みたいな本物に出会って頑張れなくなりました。元々、やる気があったわけじゃなくてなんとなくではじめたバスケなので...ちょっと嫌なことあったら逃げたくなるし、言い訳を探したくなる。けど、先輩はそんなこと言わず、ずっと直向きに頑張ってて...。そんな先輩の背中は普通にかっこ良かったです。俺たちも朝練...混ぜてもらっていいですか?」という神田と無言で頷く岡崎。


「...」と、そんな言葉に思わず詰まった。


「男の友情ってやつですか?なんか汗臭いっすね。ブ男が3人も揃って」と、空気をぶち壊す鷺ノ宮。


「...お前なぁ」


「けどまぁ、いいっすよ。別に。私結構B専ですから」


 そうして、4人で朝練をするのだった。

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