第16話 盗み聞き

 ◇10月12日 PM3:30


 大雨の中、ただ走り続けた。


 そうして気づくと私はあのお店に来てしまっていた。


 もうここに私の居場所なんてないのに。


 ずぶぬれで立ち尽くしていると、丁度マスターが出てきた。


「凪咲ちゃん...?ってすっごいずぶ濡れじゃん!風邪ひくよ!入りな入りな!」


「あっ、えっと...」と、色々ゴタゴタがあったことを話す間もなく、お店の中に入ってしまうのだった。


「とりあえずタオルタオル...あったあった」


 幸い、祐樹くんはまだ来ていないようだった。


 そのことに少しだけ残念な気持ちになりつつも、安心する。


「いやーびっくりした!あんなところに立ってどうしたの?」


「あ...いえ...たまたま通りかかっただけといいますか...」と、濡れた髪をタオルで拭きながらそんなことを言う。


「...祐樹くんとなんかあった?」


「え?...なんでそう思うんですか?」


「まぁ...この前風邪ひいたお店休んだ時に連絡来てね。それでなんとなく?ちゃんと仲直りできた?」


「...いえ。嫌われちゃいました」と、面白くもないのに笑いながらそんなことを言う。


「嫌われたって...何かしちゃったわけ?」


「...そうですね。傷つけちゃいました」


「そっか...。よし、この私に任せなさい。とりあえず、この後祐樹くん来るからちょっと待って「か、帰ります!...会わせる顔ないので...」と、帰ろうとするとその瞬間雷が鳴る。


「こんな状況じゃ帰れないでしょ。どうせ今日はお客さんも来ないだろうし、安心して。とりあえず、裏にいれば気づかれないから。コーヒー淹れるからちょっと待っててね」


 そういうと、押し込められるように裏に連れていかれる。


 初めてお店の裏に来たのだが、どうやらお店兼住宅のようだった。

昔ながらのおうちという感じで、畳と小さめのキッチンと、小さな円卓のテーブル。

そして、仏壇に飾られた恐らく奥さんと思われる人と、綺麗な女性の写真。


「あぁ、それね。私の妻と娘でね」


「そうなんですね...」

 

 娘さんは私より少し上くらいに見える。

そういえば奥さんを見かけたことがなかったけど...。そういうことだったんだ。


「妻はかなり怖くてね...。恐妻家っていうのかな?尻に敷かれっぱなしでね」


「ははは」


 ちょっとだけそれは想像つくかも。


「娘はね...自殺したんだ」


「...」


「元々精神的にも肉体的にも弱いほうでね...。自分には何もない、何もできない、何をしてもうまくいかないって...。...祐樹くんを見ていると、そんな娘を思い出すんだよね。別に顔が似ているとかじゃないし、そもそも性別も違うけどね。すごく不器用で優しくて...自分に自信がなくて。妻も娘も亡くして本当はこの店をたたむつもりだったんだけど、そんなときに彼が面接に来てね。正直、びっくりした。自信なさげに笑う顔なんてそっくりだった。まぁ、今思えばそう思い込みたかっただけなのかもしれないけどね」と、テーブルの上にコーヒーを置く。


「...」


「バイトのお金もほとんどお家に入れてるみたいでさ。本当...いい子なんだよ。だから...祐樹くんには...幸せになってほしい。祐樹くんを支えてくれるような子がいてくれたらなって思ってるし、それが凪咲ちゃんならもっと嬉しいなって思ってたからさ。だから、仲直りしてほしいんだ。これは私のエゴなんだけどね」


「...私にその資格は...ないと思います」


「資格なんていらないさ。本人次第だから」


 そうして、マスターが入れてくれたコーヒーを飲んでいるとお店の扉が勢いよく開く音がする。


「ここでいれば大丈夫だから!裏には来ないようにするから!声が聞こえないようならちょっと近づいてもいいからね!」


 そのままマスターが慌ててお店のほうに向かっていくのだった。


 そうして、私はマスターと祐樹くんの話を盗み聞きしてしまうのだった。



 ◇同日 PM4:30


「はいはい!今のうちに出て!」と、マスターが裏にくる。


「あ、はい...」


「話は聞こえた?」


「...はい。嫌われてなくて...ほっとしました」


「だから言ったでしょ?嫌いになんかなってないって。色々言ってたけど、要は期待されるのが、そして期待するのが怖いってこと。それでも隣にいたいって凪咲ちゃんが思うならおじさんも協力するから。いつでもおいで?」


「...はい」


 そうして、急いでお店を出た。


 やっぱり、優しいなって思った。

私のことも色々と考えてくれていたこと...。

だからこそ、支えたいと強く思った。

もう2度と不安にさせるようなことはしない。


 だから...あの人ともちゃんと話さないと。

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