第15話 やばい客のうわさ

 ◇AM8:15


 あれから1週間が経った。


「おっは!凪咲、最近元気なくない?」


「え?そ、そうかな...」


「うん!なんかあった?大丈夫?」


「いや...別に何もないよ?」


「そういや、レンカノまだやってる?」


「ううん。もうやってないよ」


「そうなん?まぁ、それなら大丈夫なんだけどさ。この前、やってる子から聞いたんだけど...なんかやばいやつがいるらしくてさー。なんか、ファミレスかなんかでご飯食べてるときに席たったらしいんよ。財布をおいたままにしちゃってさ?そしたら財布の中身見られて個人情報全バレ!そこからそれをネタに脅してきたらしいんだよねー。やばくない?」


「うん...それはやばいね」


「私もそれ聞いてやめよーって思ってさ。渚がまだやってたら一応と思って!」


「ありがとうね」


 そんなことをクラスメイトと話していた。


 辞めたレンカノのことは正直もうどうでもよかった。

いや、あれさえしてなければ今頃...とか、そんな考えても仕方ないことを考えてしまったり...。


 そうして、何事もなく今日という日を終えた。


ゆい。一緒に帰ろ?」


「ごめん!今日はちょっと...他校の男子と遊ぶ予定があって!あ、そうだ!凪咲もどう?って...凪咲はそういうの興味ないよね?」


「...うん。私はパスで」と、苦笑いしながらそう言った。


 そのまま今日は一人で帰るのか...。と、思いながら下駄箱で靴を履き替え外に出ると、ぽつり...ぽつり...と雨が降り始める。


 あ、傘...。あぁ、折りたたみ傘この前使ってそのまま玄関に置きっぱだったっけ...。


 そう考えながら早足で校門を抜けると、「あ、もしかして傘忘れちゃった?」と、声を掛けられる。


 そこに立っていたのは...けんたさんだった。


「あっ、けんたさん」という声は出たものの、頭に残った違和感。

いや、違和感というより、異物感...というのに近いかもしれない。


 たまたまにここにいた?ほかの人を待っていて...たまたま私を見かけた?

いや...多分違う。この人は私を待っていた。

私は...言ってない。この高校に通っていることを一度も彼に言っていない。


「待ってたよ、


 それはレンカノ内の私の名前ではなく、本名の名前だった...。


 その瞬間、雨脚が強くなったのと同時に私は数歩後ずさりした後、走り始めるのだった。



 ◇10月12日 PM4:00


 大雨に打たれながらなんとかバイト先に到着する。


「おぉぉぉぉ...べっちゃべちゃだねぇ、祐樹くん」と、既にタオルを用意してくれていたマスター。


「いや...まじで雨やばいっす...。これ今日お客さん来ないんじゃないですか?」


「かもしれんなぁ...。はい、タオル!と、エプロンもここにあるから!あと、バックがちょっと雨漏りしちゃってるから今日は裏に行かないでくれる?」


「マジっすか?雨漏りはやばいですね」


「大した量じゃないんだけどね?」


 そんな会話をしながらタオルで髪などを拭き終わるとマスターがコーヒーを淹れてくれる。


「ありがとうございます」


「また風邪ひかないようにしないとね」


「...そうですね。この前はすみません...」


「いやいや、責めているわけじゃないよ?...あっ、そうだ。風邪のときといえば、ほらこの前休みの連絡くれたとき、もし凪咲ちゃんが来ても住所とか教えたりしないでって...。その後、ちゃんと仲直りはできた?」


「いや...出来てないですね。というより、嫌われるように振舞ってしまったので、もう会うこともないと思います...」


「なんでそんなことしたの?嫌われたかったってこと?」


「そうですね...。ほら、俺ってネガティブじゃないですか。だから、期待して裏切られるのはすごく辛いというか、それならいっそ嫌われるようなことして、『嫌い』ってはっきり言ってくれたほうが納得できるっていうか...なんていうか」


「そりゃあ誰だって期待して裏切られるのはつらいと思うよ。だけど、自分が辛いからって相手につらい思いをさせていいわけじゃないでしょ?きっと、凪咲ちゃんはすごく傷ついたと思うよ」


「...そう...ですね。マスターのいう通りだと...思います。けど、俺にとって好意を寄せられるのってすごく怖いんです。それが俺に向けられた特別なものなのか分からないし、それがいつまで続くかも分からないし...。期待したくないんですよ。でも、人並みに恋はしてみたいとか思ったり...。めんどいですよね。そんなことも、わかってるんですけどね」


「随分、自分に自信がないんだね。私は祐樹くんのことは高く評価しているつもりだよ」


「...それはありがとうございます」


「私からの評価は素直に受け止められるんだね」


「...確かにそうですね」


「じゃあ、どんな子がタイプなんだい?祐樹くんが何を言おうとずっとそばにいてくれて、ずっと好きって言ってくれるような女の子がいいのかい?」


「...そうですね。世上さんみたいに可愛い人だと余計に...不安になるじゃないですか。俺よりいい人は沢山いるし、俺よりイケメンは星の数よりいるし...」


「けど、地球と同じ星なんて一つもないよね。星の数あっても同じ星なんてないんだから、そんなの比べること自体が間違ってると思うよ」


「...そうですね」


「凪咲ちゃんのこと、嫌いになったわけじゃないでしょ?」


「嫌いになる要素ありますか?可愛くて、優しくて...明るくて、話しやすくて...。俺が勝手に期待して、失望して、傷ついて、メンヘラって...。そういう面倒くさい人間なんです。だから、きっといつかは凪咲ちゃんのことも傷つけるし、嫌な気持ちにもさせるの分かってるんです。だから、これでいいんです」


「...そうか。まぁ、強制はできないからね。けど、私的には2人はお似合いだと思ったけどね」


「どこがですか」


「さぁ、どこがだろうねぇ」


「...」


 そんな話を終えると、「おっ、ちょっと雨止んできた?」


「みたいですね」


「そしたら、悪いんだけど...。コンビニで炭酸水買ってきてくれない?ちょっと切らしちゃってさ」と、お金を渡される。


「りょーかいです」


 外を出ると雨はだいぶ治っていて、遠くには虹ができていた。

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