第8話 ストーキングのその先に
「...絶対ありえない。全然釣り合ってないじゃん」と、変装し帽子を深く被り入り口から2人を凝視しながら呟くのは、鷺ノ宮瀬奈であった。
先輩に横に立っていたのは、黒髪ロングで、背が高くて、スタイルが良くて、綺麗で、可愛くて、上品で、見た目に関しては完璧な彼女だった。
手を繋いでる...。
親戚とかそういう説もなくなる。
じゃあ、もう...レンタル彼女しかないよね。
絶対そうだ。だって、あり得ないよ...。
あんな綺麗な人が...先輩となんて...。
けど、2人が笑い合う顔が...。
「なに...それ」
そんな顔...一度も見たことがなかった。
何その幸せそうな顔。何?何なの。。
許せない...。私は...私は...!!と、思わずその2人の前に飛び出して全てをぶち壊してやろうとした時、頭に思い浮かぶ。
『...のこと...頼む』
そんな言葉さえ無ければ、きっと全てをぶち壊してしまっていた。
◇映画【4人の彼女と1人の俺】
ヒロインは多重人格の女の子。
実年齢は17歳で、その子の中には7歳、17歳、19歳、38歳の人格が存在していた。
全員の趣味趣向は異なっており、性格も異なる。
更に変わるタイミングも頻度もバラバラな彼女達の唯一の共通点は主人公を好きだということだった。
だけど、誰もが自分だけを見て欲しいと言う。
そんな彼女と彼氏との切ない物語。
「...私だけを愛して」
そんなセリフで始まるのだった。
◇
「...ぐすん」と、大粒の涙を流す世上さん。
「大丈夫?」
「...めっちゃ...悲しいです...。なんでラスト...あんな悲しいこと...」
「確かにあのラストはちょっと予想できなかったね」
全員の気持ちに耐えられなくなった主人公は自殺をしてしまう。
その棺の前で涙を流す彼女。
そうして、彼女はもう一つの人格を作るのだった。
そう。彼という人格さえ作ってしまうのだ。
映画を終えると、映画の考察などをしながらカフェに入る。
「あれって、他の人格も妹と叔母さんとお母さんだったってことだよね?」
「...多分?特に亡くなったとかは言及されてなかったけど、チラッと映った仏壇に3人の写真があったりとか、3人姉妹って言われてたのに姉妹もお母さんも一切出てこないし...。亡くなったのを受け入れたくなくて、他の人格も作ったことなのかな」
「彼女の中では時間が止まった4人が生きてるって考えると、救われているようでかなり切ないよね」
「...だね」
一味変わったと銘打って世に出されただけのことはある。
「私は普通に1人を好きになりたいし、1人から好かれたいな」
「そうだね」と、話しながら注文したサンドイッチを食べ、コーヒーを飲む。
「あっ、そう言えば祐樹くんはどこに住んでるの?」
「え?秋野区の和泉ってところだよ」
「へー、和泉なんだ。意外と近いかも」
「そっか。清宮女子だもんね。割と家から近いよ」
「そうなんだ。じゃあ...今度遊びに行こうかな...なんて?」と、上目遣いでそんなことを言ってくる。
「...そ、それは...ダメかも」
うちは貧乏で家もボロいし狭い。
そんなのをこの子には知られたくない...と、そう思ってしまった。
現に鷺ノ宮にもすごく馬鹿にされた記憶があるし....。
「...そ、そうだよね...。ごめんね?」と、なぜか謝られる。
そんな人生で初めてであり、最後であろう青春の甘酸っぱい経験をさせてもらえたのだった。
そのあとは世上さんがショッピングをしたいというのでそれに付き合い、夕方くらいに解散することになった。
「...あっ、ごめん...最後に写真を1枚撮ってもいいかな?」
「ん?いいよ?」
そうして無事ツーショットの写真を撮ることに成功したのだった。
鷺ノ宮に彼女ですという嘘はつけなかったが、まぁこれはちょっとした証拠写真になるだろうとそう思った。
「...今日はありがとうね。すごくいい思い出になった」
「...うん。一回といわず、また今度誘ってくれてもいいよ?」
「...ううん。大丈夫」
こんなことをしたらきっと本当に彼女のことを好きになってしまいそうだと、そう思った。
けど、それはかなわない恋だと分かっているのでおとなしく引き下がることとにしたのだ。
「...それじゃあ」
「待って!」
すると、世上さんは俺の頬にキスをするのだった。
「なっ!?//」
「また...今度ね?」と、首を傾げてそのまま逃げるようにいなくなってしまうのだった。
バカ...。騒ぐな俺の心。と、胸を叩きながらそうつぶやいた。
◇
ない。絶対ない。だってあの先輩だよ?
ダサくて、頑張り屋で、いっつもエロい目で見てきて、努力家で、きもくて、優しくて...そんな先輩のことをあんなかわいい人が...。
ああぁぁあああぁぁぁああぁあ!!
私がやってきたことって何なの?何?もうおかしくなりそう。
目の前で起きたキスという事象に現実を直視できなくなった私は、意味もなくその女性の後をつけていた。
こんなことをしたって意味なんかないのに...。
そうしてある駅で降りる彼女...。
そのまま着いていく私...。
そこで見た光景は...まさに目を疑いたくなるような光景だった。
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