第7話 初めてのデート

「いや...ないない。ないでしょ」と、ベッドで独り呟く。


 なにそれ?先輩に彼女?先輩が...私から離れる?


 その顔も知らない女と先輩が仲良くしていることを想像して、思わず歯の奥を噛み締める。


 そんなの許せない。

先輩は私のものだから。


 そもそも女気なんて全くなかったし...。

でも、あの二人が見たっていうのは本当らしいし...。


 何それ?何の?私のこといやらしい目で見てたくせに。


「流石に行くしかない...よね」


 もしかしたら美人局...とか?

あり得る。あの先輩のことだから...。

だとしたら助けてあげないと...。


 ◇9月25日土曜日 20:30


 そろそろお店を閉める作業を始めようかなと思ったところで、世上さんが入ってくる。


「うっぉ⁉...びっくりした」


「...はぁ...はぁ...み、みんなに...歌うまいねって...いわれた!!」と、満面の笑みで彼女はそう言った。


 どうやら俺との練習の日々は無駄ではなかったようだった。

割と早い段階で音階を合わせることができ、そこから地声ではなく歌声の出し方を教えることもでき、普通にうまい部類に入るくらいには上達することができた。


 男性の音痴は声変りが影響していることがあり、比較的時間がかかるものの、女の子はコツさえつかめばすぐに音痴は脱却できる。元々、クラシックを聴いていて耳が鍛えられていたのもあったのだろうし。


「そっか。よかったね!」


 まるで自分のことのようにうれしかった。

コンプレックスが長所になるなんてなかなかないことだし、俺にとってもいい経験になった。


「はぁ...はぁ...うん!本当にありがとう...祐樹くん!」と、初めて名前で呼ばれた。


 正直、ドキッとした。

こんなかわいい子に名前で呼ばれるんなんて...。


「...うん」


 こんな時、どんな風に返せばいいか俺にはまだわからない。


 ◇9月26日 日曜日 12:00


 デートの待ち合わせ時間って...これくらいでいいのだろうか。


 そんな風にそわそわしながら待っていると、「祐樹くん?」と声を掛けられる。


 振り返るとそこにはいつも以上に綺麗な世上さんが立っていた。


【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093078429526016


「...あっ...せじょう...さん...」


「ごめんね。本当はもうちょっと前に着いてる予定だったんだけど...ぎりぎりになっちゃった」と、可愛く謝る。


「いやいや...!びっくりした」


「何が?」


「いや...その...」


 落ち着け。大丈夫だ。今日は俺の彼女なのだから...。


「か...可愛かったから」


「!!//そ、そうかな...嬉しいな」


「じゃ、じゃあ行こうか...」


「うん」と、当たり前のように俺の手を握ってくれる。


「!!//」


 もしかして...こういうの慣れているのだろうか?

だとしたら俺...だっさいよな...。


「大丈夫?」


「う、うん!大丈夫!」


 こうして、恩返しという名のデート(仮)が始まるのだった。


 周りからの目、目、目...。


 いや、よく考えればそりゃそうだ。

こんなに可愛い女の子とふさわしくない男が歩いているのだ。


 ほら、駅とかに稀にいるカップル。

めちゃくちゃ美少女とそうでもない男。

別に外見が全てではないが、同じ中身であればイケメンを選ぶのが世の常である。


 実はそのカップル達も俺たちみたいにカップル(仮)だったのかもしれないと、都市伝説のようなことを考えていると、「映画楽しみだね」と、純粋な笑顔を浮かべてくれる世上さん。


 こんな彼女が出来たらな、なんて思ったがすぐにあの言葉が頭に浮かぶ。


『先輩と私が釣り合うわけじゃないですか。As different as night and dayですよ』


 それは日本語で言うところの月とスッポンというやつだ。


 分かってる。月とすっぽんどころか、すっぽんが月に恋しているようなもの。

昼に星が見えるほどのあり得ない事象なのだ。


「...ありがとね」というと、世上さんは首を傾げる。


 そうして、映画館に到着する。


「祐樹くんが言ってたのはこれ?」


「あぁ、うん。最近CMでもよく流れてて気になってたんだよね」


「へぇー。そうなんだ」


「...あんまりテレビとか見ない?」


「あぁ...その...家にテレビがないんだよね」


「え?そうなんだ。珍しいね」


「うん。よく言われる」


「映画とかは...見る?」


「うん。サブスクとかでは見るよ。でも、実は映画館は初めてでちょっとドキドキしてるんだ」


 いつもはクラシックを聞いていて、テレビが家になくて、お嬢様学校に通っている...。

まるでアニメから飛び出してきたようなキャラの濃さだな。


「...そうなんだ」


「変でしょ?」と、頭をこつんと叩いて可愛く舌を出す。


「うーん...そうかな?それを言うなら、...俺も変わり者とかよく言われるし」


「そうなの?じゃあ...似たもの同士だ」


「だね」と、2人で笑い合う。


 ◇


 そんな2人を見つめる1人の女の子。


「...あり得ない」


 あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。先輩が私以外の女の子と仲良くしてるなんて...。


 絶対クソ女だ。嘘つき。先輩のことなんて何も知らないくせに。そこにいるのは私のはずだ。私だけの場所だ。お前みたいな奴な易々と居ていい居場所じゃない。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!

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