第5話 ヒトノぬくもり


 ◇9月15日 16:45


 あれから朝練はしなくなった。

もちろん、居残り練習もすることはなく、バイトがない日に参加する程度のものになっていた。

元々下手なくせに努力を怠った代償はすぐに来て、体力は少し落ちてプレーの質も下がっていることは分かっていた。


 もううまくなることもないし、どうせ試合にも出られないならこのまま辞めてバイトに専念したほうがいいのでは?などと考えていた。


「...大丈夫ですか?鹿沢さん」


「え?何?」


「いえ...その...何か思い詰めていらっしゃるようだったので」


「...あぁ...ごめん。何でもないよ!」と、無理に笑ってみる。


 すると、彼女はマイクを置いて「...私には話せないことですか?」とそう聞かれた。


「...その...世上さんには関係のない話だから」


「...関係ないですか」


「あっ、いや...そうじゃなくて...」


「では、聞きません!けど、もし話したくなったらいつでも大丈夫ですから!」と、綺麗に笑う。


「...ありがとう。じゃあ、その...続きやろうか」


「はい!」


 それから数日後の土曜日のことだった。


 その日は久しぶりの他校との練習試合だった。

出られるかは分からないが、それでも楽しみだった。


 当然、ベンチスタートだったわけだが、試合途中に1年生の脇坂わきさかくんが足首を捻ったことでまさかの途中交代として俺が出るのだった。


「行けるか?鹿沢」と、先生に言われる。


「...はい!」


 久しぶりの試合...。正直、嬉しくて堪らなかった。

けど、結果は...最悪だった。


「へい、パス!」と、言われパスを出すも見事にカットされ、唯一の得点は苦し紛れに放った3Pシュートのみで、ドリブルもあっさりとスティールされる始末。


 出場した20分で得点は3点のみでアシスト1のリバウンド1...。

ほとんどそこにいるだけの人。役立たずもいいところ。


 当然、試合は負けた。


 自分でも笑っちゃうくらい情けなくて...、チームメイトからも「朝練とか居残り練やってこれかよ」と言われてしまう始末だった。


 けど、鷺ノ宮に言われるのと違いむかつくことは一切なかった。

それは間違いなく事実だし、迷惑をかけているのも事実だから。


 その時、俺の中でギリギリ繋がっていた何かがプツンと切れてしまった気がした。


 そのまま練習試合が終わり、体育館の片づけをしている時のことだった。

体育館の入り口に...立っていた人と目が合ってしまった。


 それは...世上さんだった。


 なんだかすごい惨めで...笑えて来てしまった。

偉そうに先生気取りで歌を教えていたやつの...正真正銘の本当の姿。


「...なんで」


「えっと...ごめんなさい。マスターさんに聞いて...。今日は練習試合があるって...」と、泣きそうな顔でそんなことをいっていた。


「...そうか。...ダサいっしょ...。こう見えてバスケをやって、7年目なんだぜ?笑えるだろ」


 首を横に振る世上さん。


「いいよ...。変に庇わなくて。事実としてダサいだろ。世上さんは最初に比べて音程もとれるようになってきたし、ずっと続けてたら俺なんてあっさりと追い抜いちゃうんだろうな」


「...そんなことないですよ」


「いいって...。みじめになるからやめてくれ」


「惨めなんかじゃないですよ!シュートを決めた瞬間かっこよかったです!バスケットのことはよくわからないけど、かっこよかったです!」


「...かっこいいわけないよ」


 本当に俺の人生は何一つうまくいかないな。

これまでも...。これからも...。

なんか全部どうでも良くなっちゃった。


「...もうバスケも...やめ「やめちゃダメです!」と、目には大粒の涙を貯めていた。


「...世上さん」


【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093078428568524


「だめです...やめちゃ...だめです...」


「でも...」


「私は!...バスケットのことは知らないし!鹿沢さんの影の努力とかわかんないけど!でも!駄目だよ!やめないでよ!」


「...」


「がむしゃらでただボールを追い続けて、一生懸命でそんな姿は決してダサくなんかないです!もっと自信を持ってください!だから...やめないで!」


 その瞬間ため込んでいたいろんなものが溢れて大粒の涙を流してしまうのだった。

情けなくて、みっともなくて、泣く権利なんてないことは頭でわかっていても、涙は止まらなかった。


 そんな俺を優しく抱きしめてくれる世上さん。


 久しく忘れてしまっていた人のぬくもりがそこにあった。


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