皇族の会議


 カツカツと音を立てて男たちが皇宮の廊下を進んでいく。

 先頭に立つ男は厳めしい顔つきで廊下の先を見通したいと考えるかの如く、目を細め、眉を寄せて歩いていく。男の着る軍服は黒地で、銀糸の肩章と飾緒は控えめに見えるが、黒の地と比べると、普通に目立つ。男を囲む者たちも男と同じように厳めしい顔つきで進む。

 廊下で行き合う者たちが集団を見かけると、歩くのを止め、その場に片膝を立てて跪く。首を垂れ、恭順の意を示すが、男が通り過ぎると、暫くのちに立ち上がってそそくさと足を速めて、その場から離れて行った。


 男は廊下の端にたどり着いた。

 目の前には男が三人も並べば通り抜けられなくなるほどの、今まで進んできた廊下とは違い狭く感じられる両開きの扉があった。両側には腰に長い剣を下げ、手に槍を持った兵が二人立っており、男を見て確認するかのように身を乗り出して男の顔を覗き込む。兵は男の顔を認め、お互いの顔を見合わせて一度頷くと、片側の兵が扉を開け放つ。もう片方の兵が大音声で怒鳴るように扉の向こうの室内に叫んだ。

 「皇弟殿下のご到着です!」

 男一人がカツカツと室内に進む。一緒に来た者は、巧妙に隠されたようにある扉に中に進み、その部屋の中で待機することになる。

 部屋の中には縦に長いテーブルがあり、三人の男女がテーブルについて座っていた。他に椅子は三つ置かれていたが、それには誰も座っていない。

 男女はテーブルの上座に男一人、テーブルの向かって左側に男女二人と、片側にのみ偏って座っている。テーブルの右側には誰もいなかった。

 テーブルの上座に当たる扉に向かう所には赤色に近い髪を刈り込んで短くした黒い目の男が座り、のんびりとした調子で男に声をかけた。

 「来たか、弟よ」

 皇帝であるクリストハルト・アルムホルトは、自身の斜め右側の椅子を指示した。

 「さあ、座ってくれ」

 「・・・はい、兄上・・・失礼します」

 戦場で命令を伝える時に張り上げていた為に割れてしまったガラガラ声で答え、皇弟ヴォルフラム・アルムホルトは皇帝に示された椅子に座る。皇帝の代わりに指揮官として線上に立ち続け、兵を鼓舞し続けた皇弟は軍から慕われている。皇族は皆軍属から慕われているが、特に兵から慕われているのは、皇弟と皇太子の二人だった。

 皇弟はちらりと隣りに座る若い男と若い女を見遣ってから兄である皇帝に視線を戻す。

 「・・・兄上」

 「なにか?」

 柔和に光る皇帝の視線が皇弟に向けられた。

 「・・・姉上は仕方ないとして、・・・皇妃殿下と皇太子が居ないのは、・・・なぜでしょうか?」

 皇弟は実のところ声を出すのがあまり得意ではない。戦場では意識せず怒鳴っているが、普段は意識してゆっくり話すようにしていた。それはあまり長く話すと喉が痛むからだった。そのためにいつも喉に優しいハーブを使って淹れた茶が欠かせない。

 皇帝が声を上げる。

 「我が弟に、茶を淹れてやってくれ」

 その言葉に反応した一人の侍従が音もなく現れ、適度に覚まされた茶の入ったカップが皇弟の前に置かれる。いつも飲んでいる茶の香りが皇弟の鼻をくすぐった。来た時と同じように侍従が音もなく消えた。

 「・・・ありがとうございます」

 皇弟は礼を言い、さっそく茶を一口飲み下した。いつものハーブが鼻に抜け、のどを潤していく。

 「どうだ?ヴォルフラム?相変わらず喉は痛むか?」

 「・・・最近はあまり話さない様に・・・しておりますので」

 皇弟がそう答えると、皇帝がニコリと笑う。

 「そうか。・・・それは周りが辛かろうな」

 皇弟も同じようにニコリとする。

 「・・・幸いにも・・・周りの者に・・・恵まれまして・・・何とかやっております」

 「そうか。それは良かった」

 皇帝が皇弟にそう答えるのに、遠慮するかのように声を上げることなく座っていた若い女が身を乗り出す。

 「陛下。口を挟むのをお許しください」

 「・・・コンスタンツェか。なにか?」

 「皇妃殿下は体調を崩されたと伺っております。会議を欠席するほど良くないのでしょうか。お母様の、いえ、皇妃殿下の体調が心配です」

 皇女がうっかりと公式での敬称を間違え、母と読んだことに気が付き、途中で訂正したが、皇帝はそれについて咎めることはせず、ニコリと笑った。

 「良い、気にするな」

 皇帝はしばし顎に手を当てて考えたようだったが、すぐに顎から手を離した。

 「・・・皇妃は帝国の民のための慰問を精力的に続けいてな、疲れが出たようだ。・・・本人は、休めば良くなると言っているそうだ。今日もこの会議に出ようとしていたようだが、私が止めさせた。・・・休めと、な」

 「・・・そ、そうでしたか・・・」

 皇姉が身を引きながら頷いた。

 「・・・会議などに無理してでなくとも、皇妃としての地位は変わらないと言っているのにな、心配性なことだ」

 皇帝はそう言った後、周りを見渡した。

 「・・・そなたらも、無理はするなよ。皇妃や我が姉、そして皇太子のように会議に出なくとも地位は保証されている。・・・ああ、そうだ、皆にも伝えておこう、相も変わらず我が姉であるディアナは、気鬱の病に見舞われていてな、離宮で暮らしている。近いうちに、南の海に別の離宮に移ってもらうつもりだ。・・・皇族としての姉には仕事は割り振らない。籍は残すが、もうひっそりと暮らしてほしいと思っている」

 「・・・かしこまりました」

 座ったまま軽く頭を下げる皇弟。

 「伯母上は南の方に行かれるのですか」

 皇女が思わず呟いた。

 「伯母上の身辺の警護はどうなるのです?」

 若い男が声を上げる。

 しかし、今までの柔和な表情だった皇帝が表情を改め、じろりと若い男を見やる。

 「ニクラウス、そなたは、まだ幼いままだな。・・・皇子としてもう少し落ち着いたらどうだ?」

 皇帝にじろりと見られた皇子ニクラウスは目を伏せたが、すぐに顔を上げる。

 「私はまだ子供ですよ、十五ですし」

 「・・・そうか、そうだな・・・。お前は子供だ」

 皇帝の表情がまたニコリと柔和に戻る。

 「陛下、ニクラウスが子供なのはもうどうしようもないことでしょう。今後の成長を期待すればよいのです。・・・そんなニクラウスが子供だという話より、お尋ね致します。・・・弟の言葉ではありませんが、南に行かれる、敬愛する伯母上の警護は誰が行うのですか?」

 皇女が自分の弟の話を引き取るように再度尋ねた。

 「・・・そうか、・・・そうだな・・・、姉は将としては逸材だった。・・・私とて残念でならん。・・・姉が居れば、西側の攻略はさほど時間が掛からなかったであろうな・・・」

 皇帝の目が遠くを見た。その目が宙を彷徨う。

 「・・・陛下、姉上の警護は・・・どうなさるおつもりですか?」

 「ああ、そうだな・・・、近衛の一部を姉の警護に向かわせることにした。・・・近衛たちなら姉を守るなど、色々と重宝するだろうと考えた」

 「・・・左様で・・・ございますか」

 皇帝の言葉を聞いた皇弟と皇女と皇子は、黙ったまま顔を見合わせた。

 皇帝の言葉の裏には、万が一のことがあれば利用されないように命を奪うこともあると言っているのだろうと思われる。血を分けた親族ではあったが、昔と違って今は何かすることもなく、ただ生きているだけの皇姉など、税を納めて皇族の生活を支えている帝国の民には許しがたい怠慢に映るだろう。

 「・・・姉は昔は覇気があったのだがな、今は見る影もないというか。・・・あれでは帝国の民に申し訳が立たぬわ。・・・少なくとも外交とか内務とかやろうとする危害があればな。もはや・・・引導を渡すのも近いかもしれん」

 皇帝のため息が聞こえた。皇帝は冷徹に人を見極める人であり、姉に関しては強い結びつきだった戦死した夫の影を未だに追いかけているとわかってからは、突き放して皇姉を見ているようだ。離宮を使わせていたのは、ただ単に血族だからという理由に他ならない。もはや利用価値のない皇姉をもはや切り捨てるつもりなのだろう。

 「・・・」

 皇帝を除いた三人は切り捨てられる皇帝の姉の姿を思い浮かべていた。戦場に立つときの若き日の皇姉ははつらつとしており、長陣でも剣の勝ち抜き戦を催すなど、士気を保つことに腐心した良き将だった。ただ今は見る影もない。

 「さてと、そろそろ本題だ」

 皇帝の言葉に夢から覚めたように三人は居住まいを正した。

 「・・・先程、攻略が成った都市国家群だが、この地方をひとまとめにし、我が弟ヴォルフラムに与える。今後の東進に向け、戦備を整え、東の国々の攻略を行うように」

 皇帝の言葉に皇弟は軽く握った拳で胸を叩いた。

 「・・・かしこまりました」

 皇帝の言葉に皇弟は受け入れたのだが、一人だけ妙な表情をしたものが居る。皇女は不審気に皇帝を見た。

 皇女の視線に気づいた皇帝がニコリと笑いながら皇女を見返した。

 「・・・どうした?・・・コンスタンツェは不満気だな。自分が統治したかったのか?」

 皇帝の言葉に皇女は軽く首を振り、答える。

 「不満などはございません」

 「ほう・・・、ではなぜそのような顔をする?」

 皇帝の目が光った。

 「・・・いえ、あの都市国家群の侵攻戦で、兵を減じることなく都市を落とした皇太子殿下が一番の勲功だと思いましたので、それから皇太子殿下に統治を任せられるのかと思いました。皇太子殿下にお任せにならなかったのは、正直なところ意外でした」

 皇女の言葉に、皇帝がくつくつと声を上げて笑い出す。

 「・・・都市国家の攻略で、勲功を名指ししたわけではないが、確かに皇太子は兵を減ずることもなかった。そこで、一度は皇太子に統治を任せようと打診もしてみたのだがな、あ奴は断ってきた。統治などし始めたら自由に動き回ることができないとか、言いよったわ」

 「・・・まさか」

 皇女が愕然とする。

 「いや、これが真なのだ。・・・それに、あ奴はもう一度ハビエルに行きたいと言っておった。・・・魔女という存在が帝国に敵対しないように術はないかと、探りたいと言ってな」

 皇帝以外の三人は唖然としてお互いを見やった。

 「・・・兄上は、魔女を妾にでもするつもりなんですか・・・?」

 皇子は思わず呟ていた。

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