魔女と言う名の脅威


 それは悪魔のささやきだった。

 「陛下、どうなさいますか?」

 目を見張ったままの宰相が、目の前の人物から目を離せずに国王に聞く。

 「・・・」

 宰相と同じように目を見張ったままの国王が何も言えずに固まっている。

 「陛下?」

 宰相の再度の問いかけに、ようやく反応した国王が一度咳ばらいをした。

 「ああ、そ、そうだな・・・、なんだっけか、宰相?」

 「陛下、提案されたことに乗りますかと、お尋ねいたしました」

 探るように目の前の人物を見ながら、肘掛けを指で叩いて、しばし黙考する。

 「・・・手を出さないでもらえればよいのですよ。それだけでよい」

 国王に向かい合って立つ人物が、ニコニコと笑う顔を見せている。

 「し、しかし・・・さすがに盗賊たちに国境に居座られるのは困る」

 国王は答えられた言葉に相好を崩すことになる。

 「適当な時期に討伐させればよいのです」

 くつくつした笑い声が漏れる。

 「討伐の頃には、国境は相手側に大きくせり出していることでしょう」


 魔女と言う存在が認識されたのは、歴史的に言えば、相当古い。

 突然力を得て人の利益に寄与する存在として知られ、人ともに歩むため尊敬を集めてきた。

 しかし、時の為政者はその魔女の存在を吉祥としてとらえてはいたが、常に傍に置くことを望んだ。民のためを望んだ魔女と、時の権力者の対立で、魔女が住んだ国は滅んでしまうなど、過去には不幸なことがあったりした。その様なことがあったため、魔女は百年の間、姿を現さなかったと言われている。研究者のなかには、魔女と言うものは力であり、人ではないという説を唱える者もいる。その研究者は、魔女が見当たらなくなったのは、力自体が力を利用されないように隠れた為だと真剣に語っていたのだが、周囲の反応は変な奴だとか、関わるななどと、変人扱いをしたのだった。なぜ突然魔女が、今回ハビエル王国に現れたのかということで、魔女と言う存在は魔女の力が何らかの理で、人に宿るために生まれてくるのだろうかと推察されていくことになる。

 今代の魔女アストリット・ベルゲングリューンの前の魔女が誰で、どんな者だったかははっきりとはわかっていない。しかしアストリットは貴族の令嬢で、どちらかと言うと貴族のひととなりを考えればアストリットの行動は測れるだろうと思われる。ただ、それはアストリットの家族と、そしてアストリットの親友と呼べる仲の良い友人を優先するという行動理念には、及んでいない。ハビエル王国国王にもアストリットが優先する行動理念について理解が及んでいない。そして、その優先される行動に国王はじめ皆、振り回されてしまうのだった。


 「では、わたくしは今からお出かけして参ります」

 アストリットがそう言って立ち上がろうとする。

 「い、いや、待たれよ」

 国王が大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

 「どこへ行くというのだ?」

 「お隣の国へです」

 アストリットの返答に手を前に突き出した姿勢で固まる。

 「・・・隣り?」

 「はい、ドルイユ王国です」

 笑顔で答えるアストリットに国王が顔をひくつかせる。

 「な?ド、ドルイユだと?なぜそこに?」

 「我が侯爵家の西側には、ドルイユ王国との国境があります」

 アストリットが淡々と話し始める。

 「あるな。元モンテス男爵の地だ」

 国王が頷く。

 「はい。その男爵様は逃げ出してどこかに行ってしまいましたわね」

 国王が立ち上がったままであることに気が付き、椅子の位置を確かめてから、腰を下ろす。

 「・・・どこに行ったか、把握できてはおらんが」

 不機嫌そうに国王が顔を顰めた。

 「聞いた話では、北の果てに行ったそうですよ。狩人をしてるとか、樵だとか、色々言われているようです」

 「国内に居ないのなら、捕えることもできんな。隠れているのなら、捕えて貴族典礼法に則り処罰できるのだがな。まあ、王国に戻ることもあるまいが」

 「・・・どうでも良いというようなお話ですわね」

 アストリットがニコリと笑いながら国王に不躾な視線を向ける。

 「国内に居るなら、即捕えるがな」

 「・・・国外だから手を出せないと、仰るのですね」

 探るように国王を見ながらアストリットが言う。

 「国内、国外、どちらでも探すのが面倒なだけだ。・・・まあ、一応国内を探させはしているが」

 じろりとアストリットを見返す。

 「・・・そうでしたか」

 「もうよい。不快になるだけだ、男爵の話はやめてくれ・・・。

 話が逸れたな。そうだ、何をするとか、言われているのであったかな?」

 国王の言葉に、アストリットは表情をあらためた。

 「ドルイユ王国へ行って参りますと、申し上げました」

 「・・・なぜ行く?」

 「国境を変更してもらいたくて」

 国王はアストリットの言う言葉を理解できず、頭を振った。

 「・・・国境を変更?・・・理解できぬのだが」

 「最近、国境近辺に盗賊が住みついたようでして、わたくしの家族から相談を受けましたのです」

 「・・・それで?」

 国王は不信感からか、眉を寄せたままでいる。

 「侯爵領に入ってくるかもしれないとのことで、対策を相談されておりましたので、行って参ります」

 「・・・王都から離れてほしくないのだが」

 アストリットが無表情になる。

 「・・・行って参ります」

 「・・・対策の書を送ればよいのではないか?」

 「・・・行きます」

 声が平坦になる。

 「何があるかわからん」

 「・・・行きます」

 「いや、ダメだ」

 「・・・邪魔するおつもりですか?」

 「そうではない。禁止している」

 「・・・」

 国王も機嫌を損ねない程度の線を狙って、魔女の行動を国の案件のみと制限しようと考えていた。

 ・・・この魔女がドルイユ王国へ行ってしまうのかと、少々焦ったぞ。そうなれば、この国の優位が消えてしまう。占領軍の派遣の準備ができるまでは、まだかかりそうだからな。相手の兵の相手はこの魔女に任せればうまくやるだろう。統治ができる者を誰にするかはまだつめてはおらんが、バンデラス伯爵に決めさせれば良い。

 目の前の国王がそのような考えでいることを知ってか知らずか、アストリットは家族を優先すると言う思考回路をしており、今の国王の言っていることをまったく聞き入れてはいなかった。黙ったのは、この目の前の王と呼ばれている存在を今ここで黙らせるにはどうすればよいかと考えたからだった。

 ・・・この国を潰そうか・・・。いや、まだ早いですか・・・。

 「魔女殿、わかっていただけたかな。そなたはこのハビエル王国所属の魔女で、どこに行くのもこのハビエル王国の認可を要する。そのためにベルゲングリューン家の爵位と領地を与えた。それを忘れないでくれるか」

 あの不出来な顔だけの自分の王弟を婚約者につけたことを伝えるのは、アストリットの不機嫌さをさらに煽るかもしれないと、口には出さないでおく。

 ・・・あの顔だけで何も考えていない弟め。血筋血筋とぎゃあぎゃあ喚くが、お前の半分はただの召使もどきの平民から受けた血だ。そんなことなら、元々ベルナール帝国の侯爵ベルゲングリューン家とシュライヒ家の血筋から生まれた魔女殿の方がよっぽど血筋が良いわ。

 国王が弟について考えていることについては、今のアストリットにはどうでもよかった。うざ絡みをしてくるあの王弟を日夜どうしてやろうかと考えることもあったが、今はそんなことは後回しで良いと思っていた。

 アストリットは敬意を払って一応国王に意向を伝えに来たのだが、それが間違っていたことに、少々怒りを覚えていた。

 ・・・誰にも伝えることなくそのまま出かければよかったのだ。盗賊たちにあったとき誰にも言わずに行ったのだから、今回もそうすればよかったのだ。せっかく仕込みをうまくしたというのに、この国王が訳の分からない論理を振りかざしてくる。あの盗賊の頭、相当脅しておいたから、今頃は誰も通りかかることの無い国境で、泣きそうになりながら手下と一緒にうろうろしていることだろう。

 思いついて、ちらとそちらに意識を向けてみる。

 『・・・頭あ・・・』

 『な、情けねえ声を出すなあ』

 『か、頭だって声が震えてますぜ』

 『・・・いいか、逆らうなよ、魔女を怒らせるなよ。機嫌を損ねたら悪魔の餌として捧げられるぞ』

 一塊になって、周りをきょろきょろする一団をアストリットは意識していた。

 ・・・待っていなさいと指示だけ出しておこうかしらね。

 咳払いがし、アストリットの意識は引き戻される。

 「魔女殿、お分かりいただけたのなら、さがってくれぬか。まだ、執務が溜まっておるのだ」

 国王がちらりと執務机の上に積まれた書に目をやる。

 「・・・わかりました」

 アストリットは椅子から立ち上がると、優雅に一礼し踵を返す。国王の執務部屋の扉まで歩く途中に羽搏きが聞こえ、部屋の梁に止まっていたフクロウのアデリナが舞い降りてきた。

 腕を差し出すと、ふわりと腕に止まり、その腕を伝い歩き肩までたどり着き、アストリットの髪に顔を擦り付ける。

 「・・・いい子ね、アデリナ。さあ行きましょう」

 扉の両脇に立つ二人の兵がアストリットを認めて最敬礼をし、一人が扉を開く。王城の侍従の一人が立っており、アストリットを認めて一礼をする。

 「お帰りでしょうか」

 アストリットが頷くと、身体を引いてアストリットを通す。

 「それでは先導させていただきます」

 侍従がアストリットの前を歩き始めた。

 ・・・あのちょっと抜けた盗賊に伝えておかないといけないかしらね。

 アストリットは、あの盗賊たちが怖がる様を思い出して、知らず知らずのうちに口角が上がっていることに気が付かずにいた。

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