魔女に魅入られた人々


 『・・・頭あ・・・』

 『な、情けねえ声を出すなあ』

 『か、頭だって声が震えてますぜ』

 『・・・いいか、逆らうなよ、魔女を怒らせるなよ。機嫌を損ねたら悪魔の餌として捧げられるぞ』


 男たちが剣を手にがたがたと震えている。

 確かに先程まではほんの少しの元気と呼べるものがあった。空元気だった。

 空元気でも、ないよりはましだ。

 だが、今はもう無理だった。

 先程までは恐怖しながらも、言われたとおりに国境までやってきた。旅人を装い、国境を何とか旅して、命じられた地までやってきていた。


 盗賊の頭を勤めている男は兵士崩れで、人の命を奪うことに長けていると錯覚していた。

 ベルナール帝国に併合されたときに、兵として戦い、そして負けた。

 必死の思いで生き残った仲間と北を目指すことで戦場を離脱出来たが、途中で残党狩りに遭い、散り散りになって逃げた。

 それから一人、何とか北の凍てついた地を横断し、東に向かい歩き続けた。

 生きるために、動物を狩り、北の地に住む住民を脅し、金を奪い、時には襲いかかってくる盗賊を殺めた。とにかく、帝国から遠く離れようと、必死で歩き続けた。西の国で兵として叩きこまれたはずの、戦での殺人以外はしない矜持があったのにもかかわらず、もうその頃には失くしていた。

 逃避行中に襲ってきた盗賊の剣の腕は、元は農民だったのだろう、大したことはなく、飢えか税としての農作物を収められず、仕方なく逃げざるを得なかった者が、結局食い詰めて盗賊に身を持ち崩したようだ。集団で逃亡した農民が盗賊団を構成し、ぼろぼろの衣服で、手に農作業用の構や鍬を持ち、襲ってきた。一人を斬り殺し、二三人を傷つけてやると、獲物を放り出し、残りは命乞いをする。力量の差を悟るのだろう、何とか生きようと地面に頭を擦り付けて、助けてくれと泣き叫ぶ。

 最初は無慈悲に殺したが、ある時から生かすことにした。仲間にして、手駒を増やそうと思った。東の国に逃げられれば、どこかの軍に雇われたいと漠然と考えていたが、元の出が西の国の下っ端兵士では、軍に雇われるのにも苦労するかもしれない。それなら、数十人の手勢を率いて行けば、あわよくばと考えついた。

 こうして、農民崩れの盗賊団の頭となり、勢いだけで村を襲撃し、武器や食料を奪った。今いるところは、まだベルナール帝国の領土内のはずだったため、帝国に復讐できたような気がした。村人を殺し、女を犯した。そして簡単に盗賊団の人数が増えた。状況に流され、当初考えていた東の国の軍に参加するという意思を忘れ、その北の地で勢力を築くのもいいかと考え始めた。そのため、流民化した元農民を受け入れ始めていた。

 夢を見たのかもしれない。王となる夢を。・・・だが、あれが来た。


 『・・・お前たち、良く辿り着いたわね、褒めてあげるわ』

 どこからか声が響く。その蠱惑的だが、ぞっとする雰囲気をまとったその声に、盗賊たちは震えあがった。

 『・・・おや、そんなにガタガタ震えて・・・。何人も人を殺めて、嫌がる女たちを犯してきたお前たちが、怖がるなんてねえ』

 くすくすという笑いを含んだその声は、盗賊たちをさらに震えあがらせた。

 『お前たちは許されないわ。ベルナール帝国の領土だから、何をしてもいいと思っていたのでしょう?』

 その声は盗賊の頭に向かう。

 『敗残兵だから、復讐のために襲うのが許される?』

 次にその声はその盗賊の頭の背にくっつくようにして膝をがくがくさせている数人に向かった。

 『租税のために貯蔵していた麦を横流しして、村に損害を与えて若い娘を身売りさせて病で殺したお前たちが許されると思う?』

 がくがくするか、立っておられず膝をつく盗賊たちにも容赦なく罪を伝えていく。

 『・・・そんなお前たちの罪はこの地で死ぬことだよ』

 『・・・』

 盗賊たちは声の主が容赦をしないことが分かっていた。


 あの時、あのアジトに響き渡ったあの声の後の惨劇を忘れてはいない。逃げようにもその場に凍り付いて動けなくなった。

 アジトとして立てた粗末な丸太小屋を囲うように、耳を覆いたくなるような金属的な音が耳の中に木霊して、黒い円環が現れ、そして広がって盗賊たちを円環の中に閉じ込める。

 まがまがしい円が幾重にもひかれ、見たこともない文字が書き込まれるように現れていく。地面から吹き上げる風が叩きつけるなか、目を閉じることもできず、風と共に羽根を生やした犬が地面から踊り出るのを見た。

 動くことすらできず、目を背けることもできず、盗賊たちはその場に立ち尽くす。けらけらと犬が笑い、一人一人と盗賊が血吹雪を上げながら、順にその場に倒れ伏していく。そして、盗賊の半数が倒れ伏したところで、犬がなぜか肩を竦めるようにしてから、すうっと消え失せた。

 生きていた盗賊たちはむせかえる血の匂いの中、気を失うこともできず、その場に立ち尽くしていた。


 『・・・思い出したかい?自分たちの罪を。仲間がどのようにして死んだかを』

 盗賊全員が涙を流し、嫌だとでもいうように首を振る。

 『・・・だがね、言うことを聞けば、生かしておいてあげるよ。・・・うまく行けば、寝台の上で死ねるかもしれない』

 その声が響き渡ると、盗賊の目が見開かれる。

 『・・・現金だね。そんなに死にたくないのかい?罪を重ねたくせに、生き残りたいのかい?人は誰でも必ず死ぬというのに』


 声に従い、盗賊たちは森の中に見つけた泉の周りに数日をかけ、木を倒して杭を作り、地に何とか打ち込んで、塀を巡らして、砦を造った。

 森の中に隠れていた逃亡兵を見つけると、仲間にして、さらに規模を拡大する。

 後から仲間になった逃亡兵たちは容易に盗賊の身に起こったことを信じようとはしなかったため、窮屈と感じた者はすぐに出て行く。

 ただ、ドルイユ王国によるハビエル王国侵攻に参加した者は自分に何が起こったのかを悟っており、実際に魔女の声を聴いてからは協力するようになった。

 盗賊たちはもう集落や村を襲うようなことはせず、森の中で動物を狩り、生活を始めた。

 魔女の声が聞こえないときは笑いが出る様にはなったが、声が聞こえたときは委縮して、砦の中に建てられた丸太小屋に引込んで恐怖に震えた。


 もう盗賊をしておらず、元盗賊と呼ぶべきだろうが、彼らは砦の外にある近辺の村の傭兵と化して、村を守るようになった。村に盗賊が攻めてくると、打倒して、砦に連れて帰る。魔女の声を聴かせ、仲間になると誓えば生かしたが、それを聞いてもせせら笑い、拒否する者もいる。すると、魔女は容赦なくそのものの罪状を並べて、あの羽の生えた犬が現れて命を喰らっていく。その光景を見れば、もう反抗する者はいなくなった。

 砦が手狭になり、塀も大きく拡張し、丸太小屋が増え、見張りも立つようになった。

 その時のことだった。

 ドルイユ王国軍がやってきた。


 ドルイユ王国軍は、当初ハビエル王国側にこの砦があると思っていたが、反対にドルイユ王国側に立っていることに不審がっていた。

 ドルイユ王国国王は、ハビエル王国側に盗賊を常駐させるつもりだった。しかし、自分の領地にこの元盗賊はいる。それもなぜか、どこかの貴族の私設軍のように訓練も行い、それなりの練度を持っている。傭兵のようなことをしており、周辺の集落の評判も良い。

 『なぜだ!』

 ドルイユ王国の国王は思わず大声を出した。


 あの夜、魔女が現れたときは敵を目の前として怒りが湧きあがったが、同時にドルイユ王国の王城にさえ簡単に入り込めるその力に、魔女と言う存在が空恐ろしくなった。一度目は言質を与えることなく帰らせたが、二度目のときには腕自慢の騎士を常駐させ、魔女の案の通りとすると答えたのちに、抜き打ちに魔女に剣を叩きつけさせたが、そこに居ると思っていた魔女の姿は掻き消え、ネズミがちょろちょろと走って逃げて行った。そのネズミは壁に空いた穴に姿を消す前に後ろ足で立ち上がり、魔女の声でこのような無礼は一度だけなら許すが、二度目はこの場にいる者の命を獲ると宣言した。ただ、同時にこちらの提案に同意を受けたのだから、辺境地域を騒乱させることは行っておくので、後は好きなようにとも言い添えてからネズミは消えた。


 軍を使っての辺境地域の偵察では、ハビエル王国で盗賊をしている気配すらない、ただ、辺境地域の治安維持をしているだけのようだと報告が上がった。盗賊を使い、ハビエル王国の村々を襲い、領地の貴族の私兵を疲弊させるとともに、住民の支持を削ぐ。聞いたときは再編中の軍を温存でき、なおかつ領土を獲れると乗り気になったのだが、今ハビエル王国側で略奪をしている様子はないらしい。

 騙されたかと思ったが、もう少し時間がかかるかとも考えた為、しばらく様子見をすることに、ドルイユ王国国王は決めた。


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