都市国家の消滅


 都市国家ハウトンがベルナール帝国に吸収されて、領主が帝国の臣下として遇されるようになったその日から数えて二日後、モリスンとサーマンという都市国家が消えた。


 都市国家群は、大陸全体を有した旧国家が崩壊時のどさくさ紛れに都市を占有した者が、領有を宣言した都市単位の国のことである。この都市国家群は現在のところ四つ存在しており、それぞれがベルナール帝国の南西側に固まっている。元々旧国家時代は南は暖かく、住む人は多かったために、町にも民が流入して大きくなり、城塞規模自体も大きくなった。建て増しの末、城壁が幾重にも囲むようになる町もあった。モリスンとサーマンの二つの町も、二重三重の城塞が造られた都市だった。

 都市国家ハウトンは住民数が増えないように制限をかけていたが、その他の都市は制限もなく、住民が増えるに任せていた。そのためハウトン以外は町の規模が大きくなっていき、当初の城塞では住民を住まわせることができず、城璧の外側に粗末な家が造られた。それを囲うように外側に城壁を立てる。さらに人が城壁の外に住まいが造られて、またそれを囲うように城壁が造られる、と言うことで城壁の外に城壁が造られていったのだった。


 都市国家群はすべてがベルナール帝国の西端と接していた。

 ベルナール帝国は大陸の旧王国が分裂した後に中央部分に派生した国だった。崩壊し始めている旧王国の色々な勢力を何とか?ぎ止めることができたカリスマ性の高い人物が建国した。

 カリスマ性があったとしても、ベルナール帝国の行く末に疑心暗鬼に陥った帝国民は、国家断裂という分裂の危機を迎えることになった。そこで国民の不満を逸らすために、帝国の西側の国々という帝国に対する攻撃の姿勢をとり続けていた国家を外敵として、その存在を利用し、西側の国々を攻撃することで、不満を逸らすことに成功した。

 ベルナール帝国の皇帝たちは、国内の人民掌握力に加え皇軍の装備を整え、大陸西側の国家を攻略し始めると、攻略後の敵国王族を積極的に帝国の貴族として遇し、攻略後の反発を最小限に抑えることに加え、攻略後の軍隊を使用して次の国の攻略を行わせるという方法でもって短時間で大陸西側の国を版図に入れていった。ただベルナール帝国は、軍事行動を声高に宣伝はしないが、隠そうとしたわけではない。

 実際のところ、都市国家群はベルナール帝国について気にしていなかったわけではない。ただベルナール帝国皇帝の視線が西に向いていると考えていた。事実、ベルナール帝国は西側を統一する意図を持ち侵略戦争を行っていたため、ベルナール帝国を都市国家が敵国として注視させていなかったのだと言えるのかもしれない。だからと言ってモリスンとサーマンの二つの都市国家の領主は、版図を広げる意思のあるベルナール帝国に対して警戒していないなど、為政者として失格と言われても仕方ない。

 また、町の人口を増やすためか、どんな人間でも受け入れていたために、悪人や逃亡犯が住みつき、強請りたかりが横行するようになり、出国する住民が増えた。領主は住民が減り始めてから危機感を持ったか、城門に検問を設置した。この検問で入国を制限するのかと思われたが、何をどう間違えたか、出国を厳しく取り締まった。

 入る者の詮議をせず、出て行こうとする者を出させないようにする領主のやり方に、異を唱える者が続出した。さすがに都市国家の兵士たちのなかで、正常な思考をしている者は、領主のやり方に異を唱え、辞職するか、住民の出国を黙認したりした。


 実は中央街道の要衝にあるハウトンの町とは違い、モリスンとサーマンの町は南街道から北に離れたところにあり、お世辞にも重要度が高いとは言えない。それなのに、ベルナール帝国はこのモリスンとサーマンの町を攻略した。これは、どうやら皇族に戦の経験を積ませようとしたらしい。


 都市国家への攻略については、ハウトンと同じように騎馬による急襲からだった。違う点はハウトンの場合は昼間だったが、モリスンとサーマンのときは夜というものだった。

 馬に跨った兵士が突撃してくるが、やる気が失せていた守備兵はまともに城壁で立哨などして哨戒をしていなかった為、騎兵の接敵はほぼ見つからず、外郭の城壁での戦闘は起こらなかった。闇夜に慣らすために暗幕内で暫く過ごしたのちに、守備兵が気が付かないようにと明かりをつけることなく突撃したベルナール帝国兵たちは、外郭城壁での戦闘もなく非常に拍子抜けしたと言われている。


 モリスンとサーマンの町は、幾重にも城壁が造られたのだが、町の人口が増えたことによる急ごしらえだったため、城壁の幅は町の中心に比べ低く薄くなっていた。外郭の城壁での戦闘もなく拍子抜けしたが、ベルナール帝国兵は城壁を楽々乗り越え、中に入ると名ばかりの守備兵を発見すると、彼らを蹴散らして進む。

 さらには、中側の城壁は、潜伏していたベルナール帝国兵の手によって門が開けられており、突入したベルナール帝国兵は打合せ通りに内部へと雪崩込み、時折姿を見せる守備兵を倒して町を制圧していった。

 領主の館も同じように変装して守備兵に見せかけたベルナール帝国兵が門を開け、侵略兵を引き入れ、簡単に落ちた。逃げ出そうとした領主は呆気なく捕まり、さらに協力を拒否したので、そのまま切られて死亡した。

 このように二つの都市国家は同じような戦法


 モリスンの攻略を担ったのはベルメール帝国の第一皇女で、それなりに演習を行い、兵の練兵度を高めて、攻撃を行っている。

 サーマンの攻略も同じように行われた。サーマンの町はベルメール帝国の第二皇子が行った。彼も、第一皇女と同じところ同じ場所で訓練を行い、兵の練兵度を高めてサーマンの町に攻め込んだ。

 『・・・準備し過ぎて、し過ぎることはないと言われるけれども、戦闘が一方的過ぎて拍子抜けでしたわね』

 『・・・まったくだ。兵のやる気が殺がれたりしたら困るな』

 皇女と第二皇子は戦闘後顔を合わす機会があったときに、しみじみ語りあったらしい。

 このようにして三つの町は皇族によって、多少の犠牲はあったにせよ、占領されたのだが、都市国家群には、このハウトンとモリスン、サーマンの他にもう一つ都市国家があった。それがストライドという町で、この町が南街道の中継都市だった。このストライドもベルナール帝国の皇族によって攻略されたのだった。


 「よろしいのですか?」

 板金鎧を着た背の高い男が前に座っている若い男に声をかけた。

 「・・・何がだ?」

 装飾のない黒の胸甲を身につけた男が、前を見ながら答える。

 「このように戦闘もせず、のんびりしていて、よろしいのですか?」

 その言葉に顎を撫でながら、前から視線を外さないまま若い男が答えることなく、反対に聞き返した。

 「・・・そなたは戦闘狂なのか?」

 うだるような空気の中、城壁に掲げられた領主の旗がだらりと垂れたままなのを見るともなしに見ながら、板金鎧の男が質問に質問で返した若い男に慎重に答えた。

 「戦闘狂と言うわけではありませんが、武官としては、ただ見張っているだけでは身体が鈍るというものです」

 若い男は椅子に座ったままでくるりと振り返った。

 「そなたが死にたがりとは知らなかった・・・では、一人であの城壁に突入してくるといい」

 そう言う若い男は笑顔だったが、その目は一切笑っていない。

 「・・・そのようなつもりで申し上げた訳ではありません」

 「戦いたいと?」

 「・・・端的に言えば、そうなりますか」

 「だから一人で城壁に行けばよいと言っているではないか」

 「・・・死ねと言われているのですか?」

 「戦だけ好きなものはいらぬ。私が本当に欲しい人材は、占領統治ができる者、だ」

 兵士は確かに戦うのが仕事だが、占領後のことも考えておかなければならない。

 「・・・申し訳ございません」

 「まあ、良い。・・・今回の戦いは兵を減らさずに勝つことを考えている。だから、こうして包囲して降伏勧告をしている」

 「・・・左様ですか」

 「この町の領主は城壁に立哨させているであろう?危機管理が出来ている証拠だ」

 若い男はちらりと旗の天辺にとまる黒い影に目をやった。視線を受けたカラスが突然ふわっと下に落ち、翼を広げて羽搏きながら、飛び上がった。町の上空に舞い上がる。

 「もうすぐだろうな」

 「・・・草を動かすおつもりですか?」

 「まさか。せっかく溶け込ませたというに、その有利性を捨てるなど、ありえん」

 「そうすると?」

 「・・・他の都市国家が落ちたということを、そろそろ聞いたところだろう。そうしたらどうするか。・・・こちらの思うとおりにしないのであれば、仕方ない、戦おうか」

 町の上空を黒い影が羽搏きながら、旋回している。

 若い男はそれを見つめた。


 ストライドの町はその日のうちに降伏したが、町の住民は弛緩する様を見せることなく布陣するベルナール帝国軍の様子を連日見ており、領主のいうことに反対はしなかったらしい。元領主はそのままストライドの町の代官兼城主となった。

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