自業自得って?
アストリットは、先程のヴァリラ連邦兵の侵略迎撃後、王城に戻った。馬車を降り、侍女と共に王城に用意された部屋に入る。侍女に服を楽なものに変えてもらい、くつろごうとしたときに、けたたましいノックの音がした。侍女はアストリットの服を変えた後、お茶を入れてから、部屋を出て行っている。
扉の外から、怒鳴り声が響く。
「開けろ!」
アストリットは無視する。止まり木のアデリナが部屋の扉方面を見て、身体を伸ばした。アストリットはテーブルに座り、ゆっくりとお茶を飲む。
「早く開けろ!」
音はどんどんというものに変わり、扉を拳で叩いているようだ。
アストリットがさらに無視していると、ガンと扉を蹴る音がし、そのあと、微かにあーっという声がした。脚を引きづる音が遠ざかっていき、やがて静かになった。
「何だったのでしょうね」
アデリナに話しかけると、アストリットの忠実なしもべであるフクロウは、人がさあと小首を傾げるのと同じように、首を傾げた。
ドルイユ王国エリク・ドルイユ国王は、後悔していた。
隣のハビエル王国に攻め込む軍に命じた時に感じた征服と言う、あの高揚感はすっかり消えている。小国としては多い二万人の常設軍を抱えていた軍事国家としての自負も、ハビエル王国に現れた魔女と言う存在による敗戦で、打ち砕かれてしまった。
ハビエル王国に侵攻した軍を無力化されて捕虜となった事実を突きつけられ、賠償金を請求された。一時は侵攻など無視し、賠償金も払わないという意見に賛成しかけたが、軍に生き残って捕虜になっても救われないと動揺が広がり、結局賠償金を払って、捕虜を引き渡してもらった。捕虜たちからは感謝されたが、国王エリク・ドルイユは引き渡された捕虜たちを労いながらも、なぜ命を絶たなかったのかと内心不快を感じていた。
そのような考えで居た為に、二つに分けた侵攻軍の残りを国境に未だ駐留させたままにさせていた。捕虜が引き渡しを終え、国境を越えた時点で、侵攻軍の残りに再度の侵攻を命じた。しかし、またもや魔女に邪魔され、同じ目にあわされてしまった。
二度目の敗戦会議でも兵として役に立たないのだから、見殺しで良いという意見が出たが、軍の動揺は計り知れず、結局賠償金を払うことにした。賠償金の額は前に比べれば倍となり、国庫を圧迫することになった。
国庫に余裕がなくなり、仕方なく国王は税金を上げることにした。税をさらにとられると知った国民の不満は高まった。
隣国への侵攻にも関わらず、死者もないため、軍の人員は減ることもなかったが、侵攻軍を率いていた将軍が総括して先の侵攻軍兵からある献策がされた。今なら気が緩んでいるだろうからと三度目の侵攻を献策されて、まだ制圧という欲もあった国王はその献策を採用してしまった。
将軍と出撃兵たちは生きて戻るつもりはなく、死兵と化してハビエル王国男爵領を攻めた。男爵領のとある平野で男爵領軍と激突し、首尾よく男爵領軍を全滅させたが、三分の二の兵が死亡するという多大な損害を出した。死ぬつもりだったのに生き残った兵たちは男爵領の領都を堕とそうと進軍したが、加勢の騎兵に死角から攻撃され、侵攻軍は壊滅した。死兵だったはずの侵攻軍だったが、生き残れるのではないかと欲が出てしまった兵たちは、監視をすることもなく、ただ進んでいっていただけで、為す術もなく討ち獲られて行ったとも言われている。
ハビエル王国の国王は激怒してドルイユ王国との国交を断絶し、輸出入は停止した。
隣国のハビエル王国との間に貿易を行っていた時は、農産物を輸入して国民に分けることができていた。実際のところ、ドルイユ王国は農業をおもな産業としておらず、その昔、国境の山脈のドルイユ王国側に鉄の鉱脈が発見され、それを製鉄して輸出することによってハビエル王国から農産物を輸入するというサイクルが出来上がっていたのだが、ハビエル王国への侵攻によって、国交が断絶すると、高い値で遠くの国から購入するしかなくなり、一気に農産物の値は高騰した。
さらなる目算の狂いは減ってしまった兵士の補充するために王都の民を徴兵して軍に組み入れなければならなくなってしまったことである。この政策により、国民の不満がさらに膨れ上がった。
今回のドルイユ王国の侵攻には理由があった。それはベルナール帝国は帝国西側の国々への侵略が成功し、版図を広げたと言う事実がある。帝国は西側の国を征服したのち、西側に振り向けざるを得なかった西方面軍を解散し、東方面軍に編入させて、東側への侵略の姿勢を明らかにした。このために帝国の東と国境を接するドルイユ王国は、帝国が東側への圧力を今後高めるだろうと危惧した。
帝国に対抗しようと考えたドルイユ王国は、軍事国家としての存在意義から、帝国の圧力が高まるより先に、のどかで、兵もさほど多くはないハビエル王国を併合し、国力を高めようと考えた。閣議で閣僚と侵攻することに決定したドルイユ王国は、秘密裏に軍を編成し、ハビエル王国に侵攻を開始した。ここからドルイユ王国の栄光が始まるはずだった。国王は祝福される未来まで夢に見ていたぐらいだった。
三度の侵攻が失敗したドルイユ王国の兵は弱い、と周辺国家群には侮られてしまった。
そのせいか、
「陛下!」
厭世感が漂う、ドルイユ王国の王城ブフィエ城の執務室に、宰相が走りこんできた。
品がないと、国王エリク・ドルイユは思ったが、口にすることはとどめた。その代わりにじっと、宰相の顔を睨みつける。
待てっと思った。慌てた宰相の額の汗を見て、何かあったとわかった。
「どうした?」
「ヴァリラ連邦が、攻めてきたそうです!」
「・・・」
「国境のフェドー砦に攻めかかっているとのこと、早馬の急報です!」
ショモン川の下流側でまずハビエル王国を縦断して北側から攻めかかったらしい。守備兵が応戦しているが、相手は二千で、守備側は六百で、後詰めを必要とするとして、急使が立てられたとのことだった。
「・・・珍しいな。ヴァリラの奴ら、二千とは」
国王の言葉に、宰相が同意する。
「仰る通りです。・・・今まではせいぜい五百でした。これはどうやら四公爵家の総意と言うことでしょう」
「・・・四公爵家が五百づつ出したというわけか」
「恐れながら、その通りかと」
国王が暫く考える。
「ベルナールめは、動きそうか?」
「いえ、未だ軍の再編は終わっておりませんようで、東方面軍の総領は決まっていないとのことですので、今はまだ動かないかと思います」
国王は腕組みをし、宰相に尋ねる。この国王は考え事をするときに腕組みをする癖がある。今回も腕組みをしながら考え続けていた。
「それは、誰の分析か?」
「・・・間者を総括する内務卿の言葉です」
「・・・」
腕組みをしながら宰相の言葉を聞く国王は、しばし瞑目した。
「軍務卿は、将軍に五千を率いさせ、急襲するが良しと、進言しております」
宰相の言葉を聞き、国王は目を開き、頷いた。
「よし、軍務卿のいうとおりの数で、後詰めをさせ、ヴァリラの奴らを叩き潰せ。さらに、一千の兵をハビエルの境に配置する」
国王は一応、ハビエル王国がヴァリラ連邦の侵攻に応じて兵を出すかもしれないことを、危惧した。ハビエル王国国王が激怒していたとのことなら、ヴァリラ連邦と共同して動かないとも限らない。
ただ、それは杞憂に過ぎず、ハビエル王国国王ルシアノ・ハビエルは動かなかった。魔女の予見により、ドルイユ王国には迎撃態勢が整えられており、攻撃しても兵を損するだけで利をとれないと知らされていて、もしヴァリラ連邦に誘われたとしても動くことはなかっただろう。
暫くのちに命令書が書き上げられ、軍務卿により推挙された将軍二人とが指揮権を預かり、瞬く間に装備を整えた五千の兵と一千の兵が、それぞれの命令により王都を発っていった。
このころのドルイユ王国はハビエル王国に侵攻して負けたとはいえ、軍事国家としての体裁はまだ整っており、特に周辺諸国の中では指折りの軍隊を持っていたと言える。しかしこののちベルナール帝国の度重なる侵略に疲弊し、周辺諸国からも攻められてさらに疲弊して、ドルイユ王国はベルナール帝国に吸収されて東側の前線基地化してしまう。ただドルイユ王国にちょっかいを出し続けていたヴァリラ連邦は、制圧できるとでも思っていたのだろうか、ドルイユ王国の場合と同じ感覚で前線基地化した旧ドルイユ王国の領土に侵攻し、ベルナール帝国皇帝の怒りを買い、大軍を以て攻め込まれ、一週間で四公爵家のヴァリラ連邦は地上から消えた。
アストリットは国王の諮問に出席するために、王城の廊下を歩いていると、ものすごい勢いで後ろから追いかけてくる足音が響いた。アストリットの護衛騎士が素早く展開し、アストリットの前に立ち、庇う体制をとり、いつでも剣を抜ける態勢に移ると、ぴたりと足音が止まった。
「誰か!」
護衛騎士の誰何の声が薄暗い廊下に響く。
「ふざけるな!」
アストリットは小首を傾げる。
・・・誰だと聞いているのにふざけるなとは如何に?
「・・・ふざけるな?どちら様ですか、そのような名のお方は存じませんが?」
アストリットの声が響き、不謹慎ながらも護衛騎士たちは思わず吹き出しそうになる。
「俺だ!」
「・・・俺とは?・・・あ、ああ、殿下でしたか」
王城の廊下で俺とか騒ぐ人物をアストリットは一人しか知らない。現国王の王子と王女たちは決して怒鳴るようなことはしないからだった。残念な王族の王弟殿下だけが、騒ぎ立てる。
・・・早く、婚約を解消してくれないだろうか。こんな人物と婚約を続けるなら、国外に出たほうがよほどましというものだ。
アストリットはそう考えてため息をつきかけたが、ふと思いついた。
・・・婚約は国外に出ても継続するのか・・・?
その考えに思い至ったアストリットは思わずニコリと笑みがこぼれた。
「・・・殿下、何か魔女殿に御用でしたでしょうか?・・・魔女殿は国王陛下に呼ばれておりますので、手早く御用をお伺いしたく思います」
国王のお召だと連れに来ていた侍女が、アストリットの代わりに王弟に言う。
「・・・お前、戦に行ったそうだな」
王弟は侍女の言葉を無視してアストリットに向けて言った。
「それがなにか?」
「兄上のためには戦えるのに、どうして俺のために戦わない?」
「・・・はい?」
心底意味が分からない。何が言いたい?国王のために戦う?貴族なのだから国民のために戦うのは当たり前でしょう?それなのになぜ、この脳足りんのために戦わなければならないのです?
アストリットの心の中に罵倒する言葉が吹き荒れたが、一応口を開くことなく微笑んで見せた。
「・・・仰る意味が分かりませんが?」
しかし、アストリットの言葉など聞くこともせず、王弟は意味が通じない言葉を一方的にまくしたてる。
「この俺は、王族で、戦に出ることはない。そのため、戦での貢献を評価されたことはない。だが、兄上は戦に出ないのにもかかわらず、戦で勝ったときには評価されている。これは理不尽だろう。お前は俺の婚約者なのだから、次回の戦では、お前が俺の代理として戦い、俺の評価を上げて来るんだ」
・・・どんな論理だ。
「・・・お言葉ですが、わたくしは国民のために戦っております。先回も国王陛下のために戦ったのではなく、民のために戦いました。ですので、今の殿下の言葉には従えません。・・・今の言葉は、国王陛下への不敬ととられる暴言です。聞かなかったことに致しますので、このままお引き取り戴けますか?」
「不敬だと!」
不服そうな表情をする王弟だが、不敬と言う言葉に臆したか、聞こえない大きさの声でぶつぶつ言うだけになった。
アストリットが軽く手を振ると、護衛騎士が二人、王弟をブロックして、近付けなくする。そのまま踵を返すアストリットについて離れていく。
歩きながら、先程の婚約が国外に出ても継続しない方法について考え始めた。
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