学校にて


 アストリットは学校では、その成績の優秀さという点で、それなりに目立つ存在だった。

 令嬢としては、その器量で目立ちたいところだが、残念ながらそちらは貴族令嬢としてはさほど目立つ存在ではなかった。容姿については、主筋に当たるヒンデミット家の令嬢リーゼのように特別美しく万人の目を惹く容貌ではなかったのは事実だが、貴族の令嬢の中では上位に来る容貌と言える。

 当時アストリットとリーゼ、そしてグレーテルはいつも三人で居て、知のアストリット、美のリーゼ、武のグレーテルと学校では呼ばれていた。成績優秀なアストリット、王子の婚約者候補とも言われている美貌のリーゼ、男と対等に剣でやりあえるグレーテル。と言っても三人はベルメール帝国からの亡命高位貴族の出で、幼馴染でもあるため、いつも三人で行動していた。

 しかしアストリットは、今回の魔女の件によって話題の人になってしまった。友人であるリーゼとグレーテルは、そのことを憂えたのだが、反対に喜んだのは、親たちだった。アストリットの親は積極的ではないにしろ、喜び半分といったところだった。これは主筋のリーゼに、人々の目が向けられることが無くなると考えられたからでもあった。ただアストリット自身はさほど脅威が増えたわけではないと思っていたので、リーゼとグレーテルほどの憂いはなかった。

 「・・・では、続けて、ハビエル王国の近年の歩みに関してですが・・・」

 教師の声を聴きながら、アストリットは今週末のパーティについて考えていた。このパーティは捕らえた侵略兵を賠償金を受け取ると同時に隣国に移送し終え、平和的に解決したことを祝う催しである。捕虜としてとらえた兵士を一人も欠けることなくそれ相応の賠償金をふんだくってドルイユ王国に返した。ドルイユ王国から謝罪を引き出し、なおかつ農産物の輸出金額の値上げを認めさせるという快挙も成し遂げた。それとともに、怖い目にあったアカデミア・カルデイロの生徒たちの慰安も付け加えられ、国中がお祭り騒ぎとなった。

 注目されなくなるのはこれから面倒となるので、注目されるためにパーティに行くのは問題ないのですけどと、アストリットは考えた。

 本を開きながら、教師の説明を聞き、紙に言っていることを手早く書き写しながら、さらに思考は別のことを考え続ける。

 予見では姫が襲われるなどは見えなかったので、危ないことはないでしょうけど。まあ、予見は今までに外れたことはないけれど、今回外れるかもしれないし、外れないという自信があるわけではないし。

 アストリットが傍にいないことで、ベルメール帝国の悪意がリーゼを狙い易くなるかもと考えると、それに対抗する案がないかと考えながら、またまた教師の話のなかで注意点をメモする。

 誰か信頼する人間をつけるしかないかな。アストリットはそう結論付け、それを、紙の余白にメモした。

 「・・・」

 ちらりと隣のリーゼを横目で見る。リーゼは教師の話を真剣に聞いているようで、ほぼ瞬きもせず教師を見ていた。リーゼを挟んだアストリットの反対側には、グレーテルが座り、横目で見ているアストリットと同じようにしてリーゼを見ていた。

 リーゼは集中していて、二人の視線が自分に向けられていることに気が付いていない。

 「・・・」

 リーゼを見ていることに二人はお互いに気が付いて苦笑し、視線を前に戻し授業に戻る。しかし聞いていると、単調な教師の説明口調のなかに何か重要な点があったらしいと、聞き洩らしたアストリットは思わず軽く頭を振った。後で聞きに行くしかないか・・・、と肩を落とした。


 歴史の授業が終わり、無事、聞き洩らしを確認したが、大した事ではなかった。

 「・・・質問があったの?リット」

 リーゼが戻ってきたアストリットに言う。

 「・・・聞き洩らしがありまして・・・」

 リーゼとグレーテルが目を見開く。

 グレーテルが遠くを見る目になった後、納得するように頷く。

 「・・・あの時ね・・・」

 「リット、そういう場合はなぜわたくしに一番最初に聞くべきじゃないの?」

 アストリットとグレーテルは、そのリーゼの言葉に動きを止めた。

 「・・・姫様に聞く・・・のですか?・・・」

 「・・・ちょっとそれは・・・恐れ多い・・・ですね」

 「聞いてくれれば、覚えていないと答えましたけどね」

 アストリットとグレーテルは、リーゼのあまりの言葉に絶句した。

 ・・・これは課外授業をしないとダメか・・・。アストリットはため息が出そうになった。リーゼは成績が決して悪いわけではないが、一つのことを考え始めると、色々と考えをめぐらせてしまい、その間のことをほぼ覚えていない状態になる。思考に集中してしまうのだった。

 かろうじてアストリットが言葉をつなぐ。

 「・・・確かに聞いておられたようには見えましたが・・・」

 「聞いていなかったのよ、別のことを考えていて」

 リーゼの言葉に、ため息をついていたグレーテルが反応した。

 「・・・別のこととは?姫様、それはどういうことです?」

 リーゼがグレーテルの言葉に一つ頷いた。声を潜める。

 その声を潜める様に、思わず、アストリットが、周囲に意識を阻害するようにと願った。すると、こちらを向いていた意識、無意識関係なく、三人の存在を忘れた。三人の方を見ても声が聞こえていても、認識しなくなる。ひそひそ話には最適の魔女の魔法だった。

 「ずっと考えていたのよ」

 「・・・何をでしょうか?」

 警戒するようにグレーテルが答える。

 「・・・ねえ二人に聞きたいの」

 「何でしょう?」

 「あのね、人が近寄ってこない技ってないのかしら」

 「・・・」

 アストリットとグレーテルは黙り込んだ。傍から見れば、二人の頭の上にはてなマークが出ていることだろう。

 「あの歴史の授業のときに、わたくし考えていたの。人が寄ってこなくなるような何かないのかしら」

 「・・・」

 再び二人は黙り込んだ。

 「・・・姫様は、先ほどそのようなことをお考えでしたか・・・」

 ようやくグレーテルが言う。

 「ええ、実はそうでしたの」

 「・・・真剣に聞かれておられたと思っておりましたが、内心そのようなことを考えておいででしたとは」

 アストリットが頭を落とした。

 「その時は、結論は出なかったのですけれども、リットが追いかけられるのは、わたくし、気に食わないのです。リットはわたくしとレーテの傍にいつでも居てくれるはずの人なのですから、わたくしたち三人の邪魔はしてほしくないのです。リットだけ居ないとか、本当に嫌です。幼いころから、それこそ歩き始めたときから三人一緒なんですもの、一人だけどこかに行ってしまうとか、認めないですわ」

 「・・・」

 アストリットとグレーテルが唖然とする。

 「し、しかし、わたくしたちは貴族の娘です。いつか他の貴族の家に嫁がなくてはならなくなります。そうなったら、姫様の傍にはいられません」

 何とか言葉を絞り出すアストリットにリーゼが答える。

 「・・・そうね。確かに。・・・でもわたくしが嫁いでから、リットとレーテが嫁ぐことになると、二人のお父上は仰っておられましたわ」

 ・・・父様、余計なことを!

 「わたくしは学校の卒業はできないかもしれないの」

 「・・・」

 突然のリーゼの言葉に黙り込む。確かに貴族の娘はどこかの貴族の家に、学校の半ばに嫁いてしまい、卒業もできないこともある。リーゼもそうなるということだ。

 「・・・お父様のお知り合いの公爵様のご子息が是非にと言われているそうなのよ。良い話だと、その公爵様は言われたそうだわ」

 「・・・」

 アストリットには心当たりはなかったが、グレーテルは合点がいったらしい。

 「お相手はアルセニオ・ハビエル次期公爵ですか?」

 「・・・レーテはよく知っているわね。ええ、その通りよ」

 「・・・」

 ああ、何か、聞いたことがある・・・。あれは確か、公爵の持っている爵位を一つ貰って、それは子爵だったかで、近衛師団の副団長を勤めているとか聞いた・・・。だが、遊んでいてまったく仕事ができなくて、剣も振るえなくて、公爵のごり押しで、副団長におさまったという、情けない奴でしたわね。

 「・・・姫様は、その次期侯爵に嫁がれると?」

 グレーテルの言葉に、リーゼは肩を落とす。

 「・・・こういうことを言ってはいけないと思うのだけれど・・・、わたくし、あのような方の妻となるのは乗り気にはなれなくて」

 「・・・そうでしょうね」

 アストリットの言葉にグレーテルも頷く。

 「わたくしの嫁入りの時までは、今の三人の時間を大事にしたいのです」


 リーゼの言葉を聞き、アストリットは自分の家とリーゼの家、グレーテルの家、そして、残りのベルメール帝国からの亡命貴族の家十二家をまとめて、他国へと移動させる策を考え始めた。

 ・・・姫様が嫌なことはわたくしにとっても嫌なことだ。

 ベルメール帝国からの亡命貴族十五家は、ハビエル王国内でもとりわけ仲が良い。色々と融通しあっていた。このヒンデミット家以外の十四家から、姫様の夫を決めたほうがよいのではないか。今でこそヒンデミット家と名乗ってはいるが、元々はベルメール帝国皇族の一族であるアルムホルトと名乗っていた皇族だ。ハビエル王国に縛られたくはない。それに立場から考えればハビエル王国では役不足だろう。

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