王族とは?~王弟って賢くないの?

 姫と呼ばれるリーゼ・ヒンデミット伯爵令嬢の発言に頭を抱えそうになったアストリットは、このままアカデミア・カルデイロの研究施設で世間から忘れ去れるぐらいの長い間籠りたいと思ったが、相対的な地位が国王と肩を並べるほどまで高まってしまったために、国の行事に引っ張り出される事が多くなってしまった。特に多いのは、国王に他国からの謁見が申し込まれると、国王の斜め後ろに立たされることだった。ただし、アストリットはそのような政治のやり方について良い印象を持ってはいないため、いつも無表情のままで、立っているだけだった。アストリットは積極的に参与しているわけではないが、その方法に異を唱えないことから参与しているのと同じと考えていた。ただ国王は国王で、アストリットが傍らにいれば、話題にできるために満面の笑顔だった。

 他国からの使いはもう情報を持っているのだろう、興味深げにアストリットを見てから国王に口上を述べることが多い。色々なやり取りの後に、アストリットに視線を移し、視線を外すことなく国王にアストリットについて尋ねてくる。

 傍らのアストリットから見れば、その時の国王の顔には、腹黒さが輝いているように見えていた。

 事実、その後の協議では、アストリットは傍にいるわけではないが、国王は欲望丸出しとなり、アストリットの呼び名となった魔女という言葉を使い、強引に要求を聞かせようとしていく。声高に脅しをかけるわけではないが、アストリットを魔女と呼んで、この度アストリットは王族に向かい入れることとした旨を通告し、ハビエル王国の有利性を訴えるやり方だ。

 ハビエル王国の周囲に存在する同程度の国々の使いは国々間で色々と融通を利かせることが多かったのだが、ハビエル王国は主要産業が農産だった。人の生活に欠かせない農産だったが、目新しい産業とは映らないのだろう、発言力は弱かった。農産の輸出をしているハビエル王国の産物は周辺にあまねく行き渡っていたため、農産の輸出制限などの方策を行うことができたはずだが、根が善良なせいか、ハビエル王国の政策は輸出の制限などは規模が小さかった。反対に発言力が大きい国は、鉄器の製造など鉄製品を主産業としているところだった。圧力は、そのような国のほうがかけやすい。

 ハビエル王国にとって、アストリットの存在は救世主と言えるものだった。しかし、当初の国王の判断のミスでその救世主であるアストリットを逃してしまうことになり、ハビエル王国は存在を失くしてしまうことになる。


 「こちらのお方はリナレス・ ハビエル様。ルシアノ・ハビエル国王陛下の末弟になられます」

 侍従に紹介されたアストリットは、一応淑女の礼をして、自分の名を名乗る。

 「・・・アストリット・ベルゲングリューンと申します。・・・お目に書かれて光栄でございます」

 挨拶の後、顔を上げたアストリットは、傲岸な表情でアストリットを見下ろす、目の前に立つ男を観察するように見ていた。

 「・・・ちっ・・・」

 それが気に食わないのか、目の前の貴公子は口の中で舌打ちをしたようだった。アストリットは、ひくっと口の端がひきつることを感じた。

 何を格好つけているのか、この男は斜に構えて肩をそびやかすようにして立っていた。顔を心持上向きにし、アストリットを睥睨するように見てくる。確かに容貌は良い、とアストリットは思った。現王が成人し、王位を引き継ぐこととなり、その代わりに引退した前王は、離宮に住まうことになった。前王が、その離宮に使用人として雇われた身の回りの世話をする侍女の美貌に目を止め、ほぼ無理やりに床に連れ込み、産ませた子がこの王弟だった。現王と王弟は歳の差が二十もあったが、政務に忙しい国王は、前王の手がついた元侍女の存在を持て余すことになったが、結局は前王の妾として遇することにした。産まれた親子ほども歳の離れた弟の養育をさせるための乳母をなんとか決め、使用人と侍従、侍女、そして成長につれ教育のために家庭教師もつけた。ただ、国王としての目論見は弟に王族としての考え方を学んでくれることにあったのだが、この弟は地頭があまり良くなかったところにある。王族は国の民を守るという義務の元、権力を有するということが理解できなかった。権力を与えられたとだけ考えていたところが、出来の悪い点というところだろう。

 国王もまた、アストリットが容姿に優れた王弟を気に入ると思ったのだろう。国王はその点でアストリットを並みの貴族令嬢と同じだと考えてしまったところが、間違いだった。そしてアストリットは王族としての知性を感じられないこの王の一族に嫌悪感を抱いてしまった。このことからアストリットのハビエル王国からの離脱は決定的となった。

 王弟リナレスは、アストリットの容姿が気に入らないのか、挨拶の時もじろじろとアストリットを眺めまわしていた。

 こいつの視線、本当に王族か?色好みな爺の視線と同じだわ。その不躾な視線にそう無表情のまま考える。アストリットは、意識せずに王弟をこいつと呼んでいることに気が付いていなかったが、一目見て思ったことは、こいつは嫌いだ、ということだった。それと同時に近付かせないためにどうするかをアストリットは考え始めた。

 「・・・おい、そこの、頭を下げよ、俺は国王の弟だぞ。不敬とは考えないのか」

 何か言いがかりを着けてきたところで、これを利用してさらに嫌われようと、アストリットは試みる。とにかく第一印象は大切だ。その第一印象で、この王弟はアストリットに不合格とされてしまった事になる。さらに、この王弟はアストリットの重要度を理解していなかった。何としてもアストリットの機嫌を損ねるような真似はするなと厳命した。

 弟は国王に頭ごなしに婚約者を決められ、その婚約者に尽くせと厳命されてしまった。ただ弟は国王に反駁もできず、ただ頷くしかなかった。王弟はアストリットと婚約させられたことに納得できていないだろう。それならば、とアウトリットは考えた。とことん嫌われれば、王弟との婚約は解消されるはずだ。ただ、国王はアストリットを利用することはやめないだろうが。

 「・・・先ほども、挨拶をさせていただきましたが、ご覧になられなかったようですね、誠に申し訳ありません」

 アストリットの言葉に、王弟リナレスに怒りの表情が現れる。しかしアストリットは構わずに続けた。自然と皮肉が利いた言葉になる。

 「再度、ご挨拶を申し上げます。アストリット・ベルゲングリューンと申します。・・・殿下がわたくしを気に入らないのは仕方ないことでしょうが、わたくしは殿下の婚約者としては未熟ですので、殿下にはお目こぼしをお願いいたします」

 ここまで言っておけば、もう近付こうとはしないでしょう。

 案の定、王弟リナレスは怒りで顔を赤くしながら、体を震わせ、怒鳴り散らした。

 「・・・ふ、ふざけるな!未熟だからお目こぼしをしろと?・・・気に入らないだろうからだと?・・・ふざけるな!ばかにしてんのか!」

 バカにしてんのかですか・・・、ふふふ、してるんですよ。性格悪いなと思いながらアストリットは笑い出しそうになっていた。怒らせるより、怖がらせたほうが婚約破棄してくれそうかしら・・・。

 もう騒ぎ出しそうになっていたはずの王弟に対して、侍従が冷静に口を開いて告げた。

 「・・・殿下、ベルゲングリューン令嬢は魔女殿ですよ」

 「・・・」

 みるみる怒りが消え去り、反対に青くなる王弟を見ながら、この侍従は王弟の操縦方法を心得ているらしいとアストリットは考えた。国王は侍従だけは真剣に選んだらしい。この国から出ることはもう決めたことだけど、姫とレーテの家族は他国に逃がさないといけない。その準備には時間がかかることだろう。

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