友人たち~姫と二人の令嬢
アカデミア・カルデイロでも一躍有名人となってしまったアストリットだったが、そこに居るだけで人が群がる状況になってしまった。移動にも苦労するようになったアストリットだが、試してみたところ、群がってくる人々の意識を逸らすことができるようになり、比較的容易にその場から逃走することができるようになった。最初のころは二人の親友の意識もそらしてしまい、逃走したのちに二人がいないことに気が付き、のこのこと舞い戻ってしまい、また囲まれるという失敗を何度も犯したが、工夫するにしたがって二人を除外して意識を逸らすこともできるようになり、逃走は容易になったのだった。
ただし逃走が容易になったと言っても、アストリットだと認識されてしまえば、取り囲まれてしまうため、結局は見つかってしまうことは多く、そのままもみくちゃにされ、身の回りの小物などは無くなることが多くなった。リーゼとグレーテルからもらったお気に入りのアクセサリーが無くなったときは、怒りで我を忘れかけ、周囲に居たもの全員に魔法をかけそうになったが、グレーテルに失せ物探しとかの力はないのかと冷静に問われ、試してみたところ見事持ち去った人物を特的出来、そのままアストリットの魔法は持ち去った人物だけに向けられて、彼らの腰は見事に壊され、もう二度と五体満足で暮らせないだろうと思われた。
「・・・はあ・・・」
ため息をつくと、アストリットはお茶を口に含む。
「・・・人気者ねえ・・・」
「・・・リット、つらいの?」
初めの言葉は友人のグレーテル・シュライヒ子爵令嬢、次がリーゼ・ヒンデミット伯爵令嬢で、二人はアストリットの同じ歳で幼馴染という間柄だった。
三人は定期的にそれぞれの屋敷でお茶会を開いていたが、アストリットの暇が無くなったせいか、久しぶりの開催となっていた。今日の会は、シュライヒ子爵家で行われていたが、どこから聞きつけたか、シュライヒ子爵家の屋敷の周りをうろうろする貴族子息や王都民が数多く存在していた。アストリットの小物を持ち去った者に制裁を加えたことで、突撃してくる者はいなくなったので、最近はゆっくり三人で話もできるようになったのが収穫だ。
「・・・邪魔なのよ、あの人たち」
アストリットはいつもは庭の東屋で行われていたお茶会が部屋の中に変更になり、開放的な庭で、また気持ち良く空の下で出来なくなった事で不機嫌になったアストリットが、不機嫌な表情でお茶を飲み下して言う。
「・・・でも、それ、リットのせいでしょう?あなたが力を見せなければ、ここまで追いかけられることはなかったのじゃないかしら」
リーゼ・ヒンデミット伯爵令嬢にそう言われ、アストリットは押し黙る。
このリーゼ・ヒンデミット伯爵令嬢は、アストリットとグレーテル・シュライヒ子爵令嬢から姫と呼ばれる存在だった。二人の家の主筋に当たる令嬢のため、二人はこのおっとりとして泣き虫な姫には弱かった。
「・・・そうなのですが、あの時は姫様が危険と思って、守らなければならないと考えてしまいまして・・・」
もごもごと口籠りながら言うと、リーゼはにっこりと笑いながら、礼を言う。
「リット、有難う。そう言っていただけて、わたくしはすごく嬉しく思っております。
ですが、あの時、リットも危険でしたわよね?・・・わたくし、相当止めてと申し上げたではありませんか。一緒に逃げましょうと申し上げましたわ。それなのに、あなたは聞き入れもしないで」
恨みがましい目で見られると、アストリットは弱い。頭を下げて謝るしかない。
「・・・申し訳ありませんでした・・・あの時は必死で・・・」
このヒンデミット伯爵家の令嬢は、亡命貴族家の一粒種で、守られなければならない人物だった。元々別の家の名を名乗っており、ベルメール帝国の皇帝の家名であるアルムホルトだったが、帝国からの追及を逃れるために、亡命の際に改名をしたと思われているのだが、ただ単にアルムホルトの家名が重かったというだけであり、ハビエル王国で、ベルメール帝国への抑えとして使われることの無いようにという配慮からだった。ただ、それでもベルメール帝国の現皇帝からは警戒されているために、ヒンデミット伯爵令嬢が家以外に出るときは両子爵家令嬢が必ず付き添い、守ることになっていた。実際、隣国ドルイユ王国の侵攻時にも、アストリットは姫と呼ぶリーゼ・ヒンデミット伯爵令嬢とグレーテル・シュミット子爵令嬢を守ろうと思い、矢面に立った。結果はアストリットに魔女の力が顕現することになってしまったのだが。
三人は親友ともいえる間柄で、お互いに助け合っていた。特にリーゼは、アストリットとグレーテルが二人ともいなくなると何もできなくなるほど依存して居た。ちなみに、今日のお茶会ではアストリットはリーゼを屋敷まで迎えに行き、同じ馬車に同乗してシュライヒ家までやってきていた。帰りはまた同乗して屋敷まで送って行く。
「姫様、結局リットはあの時に力を得ていますから、結果的には良かったと言えるのではないでしょうか」
グレーテルが口からカップを離し、ソーサーに置いた。
「そうなのですね。・・・しかし、リットは嫌だったのでしょう?その、・・・勝手に陛下に婚約を決められてしまって」
リーゼが憂い顔で、頬に指を当てる。
「・・・どうでしょう。・・・国王は婚約でこのハビエル王国に?ぎ止められると考えたようです」
肩をすくめ、アストリットがリーゼの問いをはぐらかして答える。
「その答えから考えると、リットはハビエル王国には残りたくないと言うことになると思うけど?」
グレーテルがちらりと、リーゼを見て口を開く。はぐらかせた意味を汲んで援護してくれたようだ。
「残る、残らないという問題ではないのだけれど・・・」
「・・・リットは、ハビエル王国で暮らすつもりはないというの?」
「・・・姫様、わたくしは今考えていることがございます」
「考えていること?」
「はい。・・・その考えていることからですと、ハビエルで暮らすことを選べないのです」
リーゼはアストリットの答えに少しだけ目を見張った。
「・・・そう・・・、そこまで考えているのですね・・・」
隣からグレーテルが口をはさむ。
「姫様、リットは元々留学がしたいと願ってきたのです」
「留学ですか・・・」
リーゼが騒ぎ出すかもしれないとアストリットは考えたのだが、どうもそんな様子はない。
リーゼを見つめるアストリットだったが、暫く考えた後、リーゼはこてんと首を傾げた。
「留学とは、ハビエルでは学べないことを学びたいと言うのですか?」
「ハビエルの学校では学べないことです」
アストリットの言葉に、リーゼがまた首を傾げる。
「・・・ハビエル王国には二つの貴族の通う学校がありますわね?」
「ええ、その通りです。わたくしたちのアカデミア・カルデイロとアカデミア・ロルダン・ハビエルですね。レベルは相当違いますけれど」
グレーテルがお茶を飲みながら、補足するように言う。
「そうそう、そのアカデミア・ロルダン・ハビエルでは学べないですか?」
リーゼの発言は姫と呼ばれているこの伯爵令嬢が、相当の箱入り娘であることを示していた。世間の常識として、アカデミア・ロルダン・ハビエルは、アカデミア・カルデイロに比べて生徒たちの学力が格段に落ちる。アカデミア・ロルダン・ハビエルへは、王族しか通わず、そしてアカデミア・カルデイロは下級貴族から高位貴族までが満遍なく通い、成績優秀者は王宮での文官の勤務は確約されたと言われるぐらい信頼が高い。長い歴史のあるアカデミア・カルデイロは長年蓄積した信頼により優秀な生徒も、そして優秀な教育者も集まるからだった。
「・・・姫、それはアカデミア・カルデイロの生徒を侮辱すると言われても仕方ない話ですよ」
グレーテルの言葉にさらに首を傾げる。
「・・・わたくし、アカデミア・カルデイロに入るときに、お父様から言われたことがあるの」
リーゼのその言葉に、グレーテルが目を瞬かせた。
「姫様 、お方様は何とおっしゃいましたのでしょうか?」
姫であるリーゼの父親は皇弟の血筋であり、ベルメール帝国の亡命貴族たちは皆リーゼの父親をお方様と呼ぶ。
「お父様は、アカデミア・ロルダン・ハビエルに通ったらどうかと」
「・・・」
「・・・」
アストリットとグレーテルは顔を見合わせた。幼馴染でリーゼの補佐を頼むと言われていた二人だが、そんな話は初耳だった。
「話はしていないけれど、アカデミア・ロルダン・ハビエルに行くのなら、あなたたちも一緒に通わせるからと言われましたの。・・・でも、わたくし、リットもレーテもアカデミア・カルデイロに行くと聞いていましたでしょう?それでしたので、アカデミア・ロルダン・ハビエルへ行くことはお断りいたしましたの。リットもレーテもいないのなら楽しくありませんものね」
アカデミア・カルデイロに通うと先に決めていたため、格段学力に落ちるアカデミア・ロルダン・ハビエルに行かなくても良かったようだ。二人はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、胸を撫で下ろしたのも束の間、リーゼが続けて言葉に二人は一瞬呆けた。
「・・・でも、お父様がお勧めされるぐらいですから、アカデミア・ロルダン・ハビエルは学力が高いのでしょう?でしたら、リットもアカデミア・カルデイロでは無理な学問でもアカデミア・ロルダン・ハビエルなら学べるかもしれないと思います。リットは留学しなくても良くなるのではないかしら」
「・・・はあ・・・」
アストリットがため息をついた。
「・・・姫、リットの成績はご存じでしょう?いえ、ご存じですよね?アカデミア・カルデイロの一学年の成績順で、総合五位のリットでしたら、アカデミア・ロルダン・ハビエルでしたら、全学年一位でもおかしくないですよ」
「・・・あら、そうなの?」
「・・・ふう・・・」
グレーテルの言葉に反応したリーゼに、珍しいものを見るように見られてアストリットはまたもやため息をつく。
「・・・ですから、姫、アストリットが学びたいことがアカデミア・カルデイロで無理なら、他国に留学するしかないのです」
「・・・まあ、残念ね・・・リットとレーテといつも一緒に居られたら嬉しいのに、離れないといけなくなるのかしら・・・。そういうことは認めたくない気がします」
リーゼに弱い二人なので、これは留学もできなくなる可能性が出てきたと、頭を抱えたくなるアストリットだった。
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