第四章
序章
──昔々、人と魔の争いが幾千年も続いた頃、4人の巫女がいた。
*
自分の人生に色なんてなかった。自分は、既に死んだも同然だと思っていて、ただ機械のように過ごしていた。いわば、生きた死体だ。
子供の時は、親の言いなりだった。所謂、毒親で。母親の口癖は、”早く私を楽にしてちょうだい”。父親は、仕事でほとんど家には帰って来なかったから覚えていない。
結局、親が楽をするために教員免許を嫌々取らされて、安定しているからという理由で、公務員になった。辛かったが、耐えれた。いや、死んだように生きていたのだから耐えるというのは、おかしな話か。
そんな俺にも転機が訪れた。ある日突然、電車から降りようとした時……一歩踏み出すとそこは、異世界だったのだ。
”――俺の心臓が、初めて動き出した気がした。”カチッと……俺の体の中の歯車が回り始めた気がした。
小説やアニメ、ゲームの世界だけの憧れだと思っていた転移を自分も果たすとは思わなかった。だから、自分にとってこれは……異世界召喚とかじゃなくて、ある種の転生だった。新しい自分になるための……本当の自分になるための転生を果たしたのだと喜んだ。
だが、そんな暇はなかった。俺は、すぐに追放されて、そしてすぐに殺された。あの時、確かに心音が止まったような気がした。
それなのに……誰かが俺を呼んでいるような気がした。……女の子? の声だった。幼い印象を受ける声で、その子がずっと俺を呼んでいた。
「……起きて! 起きてよ! 起きないと僕、悪戯しちゃうぞ……!」
なんだか、心地よい夢でも見ているみたいで俺も内心ニヤケが止まらなかった。けれど、目を開けるとそこには……。
「いよぉ~、御目覚めか? カウボーイ!」
白い髪の毛を生やしたダンディなおっさんがいた。俺はこの時……何も言えなくなっていた。眠っている間、俺をずっと呼んでくれていたあの少女は……目を開けるとおっさんに豹変していた……。
――は、ははは……全く、冗談はよしてくれよ。
「ん? どうした? まだ気分が悪いか? 水でも飲むかい? カウボーイ」
――その前に俺の純情を返して欲しい。そう思いながら俺は、ゆっくり体を起こしていった。
「……ここは? 俺は、一体……」
状況が飲み込めない俺が困惑していると、おっさんは言った。
「お前は、荒野のど真ん中で倒れていたんだよ。それをたまたま見つけて、ここまで運んできた。もう無理だと思ったが……何とかなったな」
おっさんは、とても切ない目をしていた。何処となく寂しさが伝わって来る切ない目だ。それほどまでに心配してくれていたのだろうか? よく分からなかったが……俺は感謝を述べる事にした。
「ありがとう。アンタのおかげで助かったよ」
しかし、おっさんは首を左右に振って否定しながら告げた。
「……んなお礼はいらねぇ。別に俺は、なんもしてねぇからな」
おっさんが、歩いて行ってしまうのを俺は、後から追いかけて行った。急な階段を下に下って、玄関をUターンしてから奥へ進んで行くと、キッチンが見えた。そこには、ご飯用のとうもろこしが1つ置いてあり、おっさんがそれに被りついていた。
しばらくしてから隣で立ったままそれを見ていた俺に、おっさんは告げた。
「……食いなよ?」
俺は、恐る恐る椅子に座る。そして、お皿の上に乗ったとうもろこしを見つめ……不思議そうに手に取ってみた。
何処からどう見てもとうもろこしだ。自分の世界にあったのとほとんど何も変わらない。黄色くて小さい粒がずらっと並んだ瑞々しくて甘い野菜。この世界にも、とうもろこしは存在するのか……。
すると、今度は隣に置いてあったコップの中に目がいった。中には、白い液体が入っており、匂いから察するに牛乳だった。
――この世界にも牛乳があるのか……。魔法の世界だから、もっとなんか変わったものを食べているのかと思っていたが……食事は、そこまで大差ないらしい。
「あの……これは……?」
おっさんが、呆れたように答える。
「……これはって、ただの牛乳ととうもろこしだ。この辺りは、基本的にそれしか獲れねぇ。毎日、こう言う飯を食う事になるが……それは、覚悟しな」
「はっ……はぁ……」
確かに……この辺りの土地は、乾いてて……とても肥沃な土地とは言えない。とうもろこしやじゃがいもといった農作物しか育たないのも納得だ。
すると、いきなりおっさんが告げてきた。
「……それよりお前さん、なんだってあんな所に? 棺桶の中に入ってまるで、死んだみてぇに……」
「え……?」
そう言われると、頭の中で1つの記憶が呼び起こされる。マクドエルと名乗る男に王国から西部へ連れてこられて、俺は魔法攻撃を受けた。あの時、確かに自分は死んだ。
死んだはずなのに……不思議と今、俺は生きていた。
「……自分でも分からない」
ただ、そう言うしかなかった。そんな俺の事をおっさんは、ジーっと見つめながらとうもろこしをかじっていた。そして、口の中に入ったとうもろこしの粒を牛乳で流し込んでから再び、おっさんは口を開いた。
「……お前、見ない奴だが、そもそも何処から来た? 北部の人間にしては、少し清潔すぎるし、何もんだ?」
おっさんにそう問い詰められた俺は、恐る恐る自分のこれまであった事を話す事にした。この世界にやって来る前の事からこっちにやって来てからの事。
少し長くなってしまったが、しかし覚えている限り全ての事情を彼に話す事ができた。
「……俺の話は、以上だ。正直、信じて貰えないかもしれないが……今、言った事は全て本当の事なんだ」
すると、おっさんは顔を何度も縦に振って言った。
「……こことは、違う世界……か。なるほど……。まるで、神話の言い伝えみたいだな……」
「え……?」
「いや、何でもねぇよ。まぁ、とにかくだ。お前さん、しばらく家に泊まってきな」
「え……? でも、なんか……悪いですし……」
俺が、そうやって否定しようとすると、おっさんは呆れた言い方で告げた。
「馬鹿野郎。見た所、魔力もなさそうな人間が1人、この広い荒野を出て行くなんて危険すぎるぜ。だいたい、お前さんはこの辺りの土地勘だってないだろうに。だからまぁ、俺のお言葉に甘えな」
「はっ、はぁ……」
「それに……」
そう言うと、おっさんは突然ズボンのポケットに手を突っこみ、何かを取り出した。彼は、とても嬉しそうな顔で口元をにんやりと笑わせながら告げた。
「……コイツについても色々と聞きたいしな」
おっさんが取り出したものは、なんと銃だった。俺は、おっさんの取り出した銃を見るなり、すぐにそれが自分のものであると直感的に理解した。
「……そっ、それ!? なんで!」
「いやぁ、たまたまお前の事を助けてやった時に一緒に落ちてたから拾ったんだよ。見た事ない形してるねぇ……。これは何? どうやって使うんだい? 名前は? 職業柄、こう言うのを見ちゃうとつい……燃えてきちまうんだよ」
「返してください。それは、俺の……」
「おーっと、そうはいかねぇ。こんな珍しいもん見れたんだ。鍛冶屋としての俺の興味がムラついて仕方ねぇ。カウボーイ……1つ、取引しねぇか? お前さんのこの銃を俺に見せてもらう代わりに、お前さんは家に泊まる事ができる。それで、良いだろ?」
「それで良いだろって……」
内心、少し困ったが、しかし彼の言っている事も一理あった。事実、俺には、魔力がない。それにこの辺りの土地勘もない。食料も水も……。
「……って、いやちょっと待て。そう言えば、俺の食料と水が入った袋は……?」
「あぁ? 俺が着いた時には、そんなもんは何処にもなかったぞ。……きっと、盗賊にでも盗まれたんだろうな」
「そりゃあ、ないって……」
「ははは。この辺りじゃ、まぁよくある事だ。とにかく、食料も水もない。土地勘も魔力もないお前さんが、これからここを出て行っても良い事はないってわけだ。それなら、俺の所にしばらく泊っていけ。……まっ、その代わりこの変な形した武器は、俺がしばらく預かるがな……」
「預かるって……俺の今ある唯一の持ち物に何をするつもりだよ……」
すると、おっさんは得意げな笑みを浮かべながら告げた。
「……決まってんだろ? 鍛冶屋が人から武器を預かってする事。……それは、創作だよ。お前さんの武器に悪い事はしない。壊したりとかな。そう言う事は断じてしない。ただし、俺にこの武器を見せて……んでもって、すげぇのを作らせろ。以上だ」
おっさんは、キリっとした決め顔でそう告げると、食べ終わったとうもろこしをゴミ袋の中に捨てた。そして、牛乳を一杯飲み干してから彼は、こちらをじーっと見つめて告げた。
「……紹介が遅れたぜ。俺の名前は、ヘクター。……呼び方は、”ナイスガイ”でも”ダンディ少佐”でも何でも良いぜ? よろしくな」
――名前とニックネームが、これほど一致しない事ってあるのか……。
と、内心ツッコミを入れつつ俺も自分の名前を名乗る事にした。
「佐村光矢です。よろしくお願いします」
だが……。
「あ? なんだって? サム……? なんだ? よう分からん名前してんな。それが、もしかして……異世界でのお前さんの名前か?」
「はっ、はい……」
――そういえば、この世界の人達は皆、日本語を発音しづらいんだった。……あの王女様も俺の名前を凄く変な呼び方にしていた気がする。……それほど聞き馴染のない名前なのだろうか……。
と、困惑していると……。
「……よしっ! じゃあ、今日からテメェは、ジャンゴだ」
「え……?」
「良い名前だろう? 我ながらネーミングセンスまでナイスガイとは……全く困ったもんだぜ」
「はっ……はぁ」
ご飯を食べ終わると早速、ヘクターに物置小屋のような場所へ連れてこられた。一度、家を出るとすぐそこには、海が広がっている。俺のいた世界と何も変わらない広くて大きな海。海水の色も香りも全て同じだ。
そんな海のすぐそこにヘクターの家は、あった。少し歩いて行くと家のすぐ隣に物置小屋はあった。まるで、車のガレージのような大きさのその場所へ入って行くと、中には様々な工具が揃っており、また様々な形をした魔法の杖や剣が飾られていた。
「すげぇ……」
すると、すぐ隣でガレージの鍵を人差し指でクルクル回していたヘクターが、得意げな表情で告げた。
「どうだぁ? なかなかだろう? ここにあるもんは皆、俺が作ったんだぜ? なかなかイカしてるだろ? ジャンゴ」
「……あぁ、確かに凄いな」
まるでゲームの世界のようだった。様々な武器に囲まれて、俺は興奮気味にあちこちをうろうろしている。すると、ヘクターは手に持った銃を作業机の上に置いて説明をし始めた。
「……ここに置いてあるのは、全部俺の手作りだ。この世界の職人は、今やその殆どが魔法を駆使したものになっている。そっちの方が、効率が良いし……まぁ、人間が適当にやるよかクオリティが高かったりするってもんだ。だがな、俺はこの仕事に誇りを持っている。自分の手で作り上げたもんと、魔法の力で完成したものなんかじゃ武器の輝きは、180度変わる。俺は、俺の手を誰よりも信じている。だから、俺の武器はどれも”史上最強”なんだ。それぞれ……違った最強の輝きを放っているのさ」
そう言いながらヘクターは、工具箱を机の上に置いて、鍵を開けると早速ドライバーを1つ取り出し、すぐに作業に取り掛かった。
「……そして今、俺は新たな作品を生み出そうとしている。異世界の武器……テンションが上がりまくりだぜ!」
そんな中、俺はヘクターの口から出た”魔法”という言葉に何処か引っかかっていた……。
「……俺は、”クズ”なのか?」
「は?」
「いや……王宮を出る時にそう言われたんだ。これって、俺に魔力がないからそう言われているんだろう?」
「まぁ、そうだろうな。この世界じゃ、魔力のない人間は奴隷階級だ。普通の人間は皆、魔力がある。そうじゃない奴は、差別されちまうもんだ」
「……そうなのだとしたら俺は、この先この世界で生きていけるのか? 今ここで、アンタに救って貰っても……この命には、何の意味もないんじゃないか?」
唐突に知らない世界へ連れてこられた俺にとって、王宮からここへ至るまでの間は、まさに非日常で波乱万丈の日々だった。今まで日本という比較的安定した世界で、仕事にさえつければ生活に問題はなかった日常が消え、俺の心は不安でいっぱいだった。
すると、ドライバーでネジを取り外しているヘクターが、メガネをとった。彼は、あっという間に全てのネジを取り終えた様子で、ドライバーを机においた。
「……お前さんがいた世界には、魔法はなかったと言っていたな。確かに……今、この武器のネジを全て取り外し終えて分かったが……コイツがあれば魔法なんてむしろ必要ない世界なのかもな。全ての人間が対等だったというのも頷ける。……まっ、確かにこの世界じゃ、魔法が使えなきゃ多少辛い思いもするかもしれない。けど、生きていけないわけじゃない。俺は、職人として何年もやってきたが、たったの一度も魔法は使った事はない。お前のように全くないわけじゃないが……俺も魔力は、メチャクチャ少ないからな。魔法なんて使う余裕もないのさ。だが、それでもこんな俺の作る物を誉めてくれる人がいる。喜んでくれる人がいる。……覚えておけよ? カウボーイ……魔法ってのは、飾りに過ぎねぇ。そんなもんじゃ、人間の価値は決まんねぇ」
「ヘクターさん……」
「……そうだ。良い事思いついたぜ。お前も、俺みたいに何かを極めてみたらどうだ? どんな魔法にも負けないお前だけの技術を……ここで磨いてみたらどうだ? 例えば、コイツとか……」
そう言うと、ヘクターは銃の中身をカポッと開けて見せてきた。中身には当然、オリハルコンなどは使われていない。完全に魔法の力に頼らない武器だった。ヘクターは、俺の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「……コイツなら、この世界でお前以上の奴はいねぇ。なんたって、この世界の人間は、銃を知らないからな。魔法なんかに負けない早撃ちを極めるのさ。……そうすりゃ、お前も魔法に負けねぇ男になれるんじゃねぇの?」
「ヘクターさん……!」
「バカ! ヘクターさんは、やめろ。……俺の事は、ナイスガイか……ダンディ少佐。それか……」
「……じゃあ、おやっさんで」
「はぁ!? おやっ……おやっさん!? なんだその……イケてねぇ名前は……!?」
「いいじゃないですか! 命を救ってくれて……しかも、こんな……色々と……」
「馬鹿野郎! 言っただろう! 俺は、別に何もしてねぇって……お礼を言うなら、テメェの持ってきた銃に向かって言いな……」
ヘクターは、視線を逸らした。少し言いにくそうな様子でそう告げると、光矢の方が嬉しそうな様子で言った。
「照れないでくださいよ! おやっさん」
ヘクターは、呆れた様子ですぐに作業に取り掛かる事にした。そんな彼の様子を近くで見ていた俺は、しばらく経ってから近くに置いてあった椅子を持ってきて、座るとヘクターの作業を見始めた。彼は、作業を続けるヘクターに尋ねた。
「……それで、最強の銃を作るって……一体、どんなものを作るつもりなんです? おやっさん……」
「んぐっ……またその呼び方かよ。まぁ、良いや。……そうだな。ざっと中身を見て分かったが……そうだなぁ。コイツを元に……もっとデカくてメチャクチャ連射できる強そうなのを作ろうかなぁ」
「それって……ガトリング砲みたいな?」
「ガトリング砲……? なんだそれ……。おい! ソイツについてもう少し詳しく教えろ!」
*
「……起きて!」
――また、あの時と同じ……声が聞こえる。俺は……どうしたんだっけか? さっきまでのは……夢か? でも……ただ、寝てたって感じがしない。俺は、今まで何を……。
「……起きてよ!」
――誰の声なんだ? お前は……一体? どうして、いつも……俺を呼ぶんだ? お前の名前は……。
「……んもう! 起きないと……また、悪戯しちゃうぞ!」
――君の名前は……?
俺は、一瞬だけ幼い少女のような見た目をしたメイド服(?)みたいなのを着た女の子の姿を見た気がした。彼女は、背中を向けていて、俺の傍から立ち去ろうとしているようだった。……不思議と、俺は少女に手を伸ばそうとしていた。
――君は、一体……!?
すると少女は微笑みながら、こっちを振り向いて来た。しかし、その顔は眩しすぎる光のせいで遮られており、よく見えない。彼女は告げた。
「……えへへ。そんなに僕の事が知りたい? じゃあ~、教えてあげる。僕はね、君と結ばれた運命の弾丸……ルアだよ」
――ルア……?
次の瞬間、光は、より強くなり全てを包み込む程に強烈な光でこの空間の全てが飲み込まれていった。それと、同時に俺の意識も呼び起こされて、気が付くと勢いよくベッドの上から体を起こしていた。
ただ起きただけなのに、やたらと過呼吸なのが気になったが、それよりも俺は、辺りを見渡した。見覚えのあるベッドと、誰もいない一室。そこに俺は、横になっていたみたいだった。
「ここは一体……俺は、さっきまでエルフの森の中にいたはずじゃ……」
と、必死に記憶を呼び起こした。
「やはり……俺は、あの時……確かに死んだはずじゃ……」
俺は、ひとまずベッドから立ち上がり、部屋を出る事にした。今は、何時なのだろうか? マリア達は、どうしているのか? 俺が倒れたあの後に何が起きたのか? 色々と気になる事がある。それを聞き出すために俺は、部屋を出て行った。
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