魔族の少女ココ編①

 光矢が目覚めるより少し前、私=マリアとルリィさん、それから新しく旅の仲間に加わったサレサさんの3人は、驚愕していた。


 それもそのはず。だって……。


「銃が、女の子に!?」


 それは、突然起こった。サレサさんを守るために自ら犠牲となった光矢。彼の死を悲しんでいる時、私達の目の前で、突然謎の声がした。誰の声かと思って見てみると、そこには何故か宙に浮いて喋る銃の姿があり、やがて光矢の銃は眩しい光を放った後、メイド服を着た可愛らしい女の子の姿となった。


 少女は、自らを名乗った。


 ――”銃の精霊ルア”と……。


「銃の精霊……?」


 私は、改めて彼女に聞き返してみた。すると、宙に浮いた状態のその少女は、ゆっくりと地面に足をついてから改めて私達に告げてきた。


「……そうさ。僕は、銃の精霊ルア。この銃の中で何千、何万年と眠り続けていた偉大な精霊の1人だよ!」


「銃の中に眠り続けていたですって!?」


 その言葉にルリィさんは、訝しげな顔をした。彼女は、顎に手を当てて少女の真意を探るような様子で告げた。


「……ちょっと待って下さいまし。貴方、精霊と言っていますけれど……本来、精霊というのは川や木、風の中など自然の中に宿るもののはずですわ。それが、人間の作った人工物で、しかも殿方様の世界にのみ存在するとされる武器の中に何千何万年と宿っていただなんて信じられませんわ……」


 確かにそうだ。私も教会にいた頃、そのように教えてもらったし、神話の中にもそのように記述されていたような気がする。すると、少女はコクコクと首を何度も縦に振って頷きながら口を開いた。


「……まぁ、普通はそうだよね。僕の仲間のほとんどもそう言う感じだよ」


「ほとんど……?」


 ルリィさんが、そう呟くと少女ルアは、一瞬だけニヤリと微笑んでから今この状況を楽しんでいるかのように告げた。


「……そう。ほとんどわね。けど、例外もいるんだ。僕みたいに……神具アーティファクトに宿った精霊なんかがね」


神具アーティファクトって……もしかして!?」


 私は、少女からその言葉を聞いた途端に光矢が前に話していた異世界召喚の儀式の事について思い出していた。少女は続けて言った。


「……うん。僕、そこの主が呼び出した神具アーティファクト。”精霊の宿りし黒鉄の杖くろがねのつえ”に眠る銃の精霊のルアだよ」


神具アーティファクト……」


 そんな事……あり得なかった。光矢は、あの時確かに言っていた。


 ――自分には、神具アーティファクトなんて授けられなかった。それが原因で彼は、王国から追放され、勇者の資格を剥奪された。自分には魔力もないし、凄い力を秘めた神具アーティファクトも何もなかったと……彼は言っていた。


「そんなはずは……」


「あるよ。事実、僕は存在している。この人を神具アーティファクトの主として迎えてね」


 精霊ルアが、そう語る。あまりにも淡々とそう言う彼に私は、とうとう我慢ならなかった。


「それが、本当なら! どうして、光矢は……あんなに酷い目に合わなきゃいけなかったんですか! 神具アーティファクトもあって、勇者としての資質だってちゃんとあったのに……どうして誰も彼の事を迎えてあげなかったんですか! そんなの……あまりにも悲しすぎます」


「先輩……」


 横で、ルリィさんが同情の目で私を見てくれていた。彼女も私と同じ気持ちなのだろう。私達2人の事を見ていたサレサさんも下を向いていた。私は、ルアさんの事を睨んだ。


「……どうして、召喚された時に王様達に説明してあげなかったんですか? どうして……今までずっと光矢にさえも言ってあげなかったんですか? どうして……今まで一度も光矢の事を助けなかったんですか! 光矢の事を主と呼ぶのなら……どうして何もしてくれなかったんですか!」


 すると、ルアは告げた。


「……それは、この主に魔力がないから……だよ」


「え……?」


「主……佐村光矢は、人並み以下……いや、下手をしたらもっとそれ以下の魔力しか持っていないんだよ。そのせいで、主は自分の力を全く使いこなせていない。それどころか、使う事さえできない状況だったんだよ。本来、主の持つ”精霊の宿りし黒鉄の杖”は、もっと強大な力を秘めており、勇者として召喚された主自身も相当な強さを手に入れているはずだった。……しかし、その全てを動かすのに必要な魔力が主は、圧倒的に足りていなかったんだよ。そのせいで、主は自分の意志で勇者の力を使う事はおろか……僕を呼び出す事さえできないという状況なんだよ」


「それじゃあ……これまで光矢や私達の前に姿を現さなかったのも……?」


「うん。出て来ようにも無理だったんだ……」


 ルアは、とても悲しそうに俯いた。その表情を見た時、私は少女に何かを感じ取った。


 ――その目……。


 ルアの悲しそうな目は、シャイモンに捉われていた時、私が鏡の前で見た自分の目とそっくりだった。あの時のどうしようもできない気持ちが私の心の中に蘇って来る。


 すると、精霊の少女の説明した内容に対して何か気になる事でもあった様子で、鋭い目で少女の事を見つめながらルリィさんが告げた。


「……しかし、お待ちになって。殿方様の魔力が足りていなくてこれまで姿を現す事さえできなかったと申しておりましたけれど……では、なぜ今、貴方はこうしてアタシ達の前に姿を現す事ができておりますの?」


 すると、精霊の少女は、一旦コクリと頷いた後にゆっくりと光矢の周りを歩いて、彼の心臓の辺りをジーっと見つめながら告げた。


「……僕の役目が一旦終わったからだよ」


「役目……?」


「うん。僕は、今までずっと主の体の中で主が、これまで通りに活動できるように支援をしていたんだ」


「支援……?」


 少女の言葉が、全く分からない私とルリィさん、そしてここまでの会話に全くついて来れていないサレサさんの3人は、ポカンと精霊の少女を見つめるだけだった。少女は、困った様子で頭をポリポリかき始める。


「……あー、そっか。ここにいる人達は、知らないもんね。主の事」


「……なっ!? 知っていますわ! 殿方様がお強い方だという事くらい!」


「そうです! 舐めないでください! 私達、これまでずっと光矢と一緒に旅をしてきたんです!」


 私とルリィさんは、少し怒鳴った。この精霊の少女の言っている事が、なんだか気に入らなかったのだ。いや……というより、どうしてだか知らないが、さっきからずっと少し上からな感じがずっとしていて……。そこが、ずっと引っかかっていたんだけど……。


 精霊の少女ルアは、告げた。


「……あぁ、ごめんごめん。そう言う意味で言ったんじゃないんだよ。そうじゃなくて……君達と出会うより前、主がこの世界にやって来たばかりの頃……主は、”既に一度死んでいたんだよ”」


「え……?」


 私も、それからルリィさんも、そしてサレサさんも口をぽっかり開けていたままだった。


「死んでいたって……でも、光矢は今までずっと……」


 信じられない話だった。……だって、彼はずっと私達と一緒に冒険していて……あの時だって、生きている人間の温もりを私は、感じる事ができていたし……。死んでいるなんて変だ。おかしな話だった。すると、精霊ルアは、続きを話し始めた。


「……主は、王国の騎士によって国を追放され、その後不意打ちを受けて命を落としているんだよ。即死だった。無理もない。かなり強力な雷の魔法で……普通の人間が諸に受けたら生きていられるはずなんてなかったんだよ。でも僕は、主を殺しておくわけにはいかなかった。だから……主の心臓が完全に止まってしまった後、彼の心臓をもう一度動かすために僕は……自分の力で実体化する事にした。そして、僕の持っている全ての魔力を込めて、主の心臓を再び動かす事にした。だけど僕は、自分の持っている全魔力を込めて主を復活させる事ができたが、その後すぐに自分自身の実態を保つのに必要な魔力まで消費しきってしまって……僕は、一旦消滅せざるを得なかった。そして以降、主の体の中で魔力で動く心臓の動きをチェックし、誤作動がないように見守りつつ、心臓に魔力を与え続けたんだ。そうしないと、いつ倒れても仕方がないからね……」


「そんな……じゃあ! じゃあ……本当に光矢は……もう……」


「うん。死んだんだ。彼は」


 死んだ……。信じられないくらい……この言葉が私の胸に突き刺さってくる。


 ――それじゃあ、私が最初に出会った光矢は既にもう……。それじゃあ、私が初めて夜を過ごした彼も……。あの時、治療してあげたあの体も……。私は……私は出会った時からずっと……。


 脳裏に昔、言われた言葉が蘇って来る。


 ――お爺ちゃんを殺した”魔女”。


「そんな……」


 すると、そんな時だった。ふと、サレサさんが口を開いた。


「……話しは、よく分かった。でも、納得はできない」


「え……?」


 私もルリィさんも、精霊の少女ルアも一緒にサレサさんの事を見つめた。全員の視線が彼女に一点集中した次の瞬間、サレサさんは強い眼差しを向けたまま私達に告げてきた。


「……つまり、貴方はこれまでずっと人間を自分のおもちゃのように動かしていたという事。そんなのは、いくら貴方が精霊であったとしても……許される行為ではないと私は、思う。人間は……いえ、この世に生きるものは、貴方の操り人形なんかじゃない」


 確かにそうだ。確かに……サレサさんの言う通りだ。


「……新入りのくせに、なかなか良い事を言いますわね……。そうですわ。どんな生き物も死ぬ時は、死にます。……それを邪魔する事は誰にもできないはずですわ!」


 ルリィさんもサレサさんの言葉を聞いて少し勢いを取り戻してきているようだった。彼女の後に続くように私も……ルアに告げた。


「……2人の言う通りです。安らかに寝かせてあげるべきです! こんな事……きっと光矢は、望んだりなんかしていません!」


 私達3人の言葉を聞いて黙り込む精霊ルア。確かに……光矢とは、もっと一緒にいたい。でも、復活してこれ以上、彼に苦しんで欲しくもない。それなら、安らかに眠らせてあげる事だって必要なはず……。光矢、私……ここでお別れなのね。



 そう思った。しかし、少女ルアは――。


「……それで良いわけないだろう?」


「……!?」


 少女の声のトーンが、急に下がった。彼女は、低い声で続けた。


「……君達は、何にも理解してない。ボクと主の事……。運命を……何も理解できてないよ。何千何万年という時間がどういう意味だか、君達に理解できるかい? だいたい……自分勝手な事を言っているけど、君達は、忘れたのかい? 自分達が、主のおかげで助けられたと言う事を! もし、主があの時死んだままだったら……君達全員、今ここにはいないんだよ? それどころか、相当悲惨な目にあっていたはずだよ?」


「……」



「それに勘違いしていると思うけど、僕は別に……主の事を操っているわけではない。主を蘇らせているんだ」


 私達3人は、何も言い返せなくなっていた。確かに、ここにいる全員、光矢に助けられた人達だ。サレサさんは、光矢がいなかったら魔法で撃たれて死んでいただろうし、ルリィさんもずっと洞穴の中で孤独に生き、いずれ人間達に無惨に殺されてしまう所だったかもしれない。私も……光矢に助けられなかったら今頃は……。


 私達の今を作ってくれたのは、間違いなく光矢だった。そう考えてしまうと……先程まで思っていた気持ちが、揺らいでしまう。


 そして、それは……ルリィさんもサレサさんも同じようだった。私達3人は、黙り込んでしまった。


 すると、精霊の少女は光矢の心臓の辺りに手をかざしながら告げた。


「……とにかく、そう言う訳なんだ。だから、もう一度……主を蘇らせる。そのために僕は、再び実体化した。今ならまだ間に合う。主……」


 刹那、精霊ルアは掌に魔力を込めて光矢に光の雪のように美しくて綺麗な白い光を振りかけていった。


「……ちょっとまっ――」


 言いかけた私だったが、既にもう遅かった。光矢の肌の色は、先程まで真っ白だったはずが少しずつ色を取り戻していき、その姿は徐々に死人ではなく、眠っている人の色味へと変化していた。


 しばらくすると、魔法をかけ終えたルアが苦しそうに地面に膝をついた。少女の体が本当に消えかかっている。私は、光矢の元へ走って行き、必死に声をかけ続けた。


「光矢! 光矢!」


 しかし、彼の返事は全くない。肌の色も生前の時に戻っているはずなのに……なぜか、死人のように眠ったままだ。不思議に感じていると、消えかかっていたルアが告げた。


「……これで、僕の役目は終わった。目覚めるまでには、少し時間がかかると思う。それまでは、死人も同然の状態で眠っているだろう。……だから、主を安全な場所まで運んでほしい」



「え……?」


 私が聞き返すと、少女は告げた。


「……ここから南西の海岸の方へ歩いた先にボクらの知り合いの人の家があると思う。そこまで行ってくれ。多分、主の名前を出せば……すぐに協力してくれるはずだ」



 そう言い残すと、精霊の姿が一気に透明化した。完全に消滅する前に少女は、告げた。


「……その男の名前は、ヘクター。鍛冶屋をやっている。……後は、頼んだよ」


 そう告げると、精霊は姿を消した。まるで、光の雪のように粉になって、ぱらぱらと……消えていった。



 こうして、残された私達は……仕方なく精霊の少女が言っていた通りに南西の海岸の方を目指して歩いて行った……。

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