エルフの森のサレサ編⑦

 戦いを終えた私達は、一旦人間の村に戻る事にした。その際、エルフの女の子も一緒に連れて行く事にした。


 当然、村の人達は、エルフの女の子を敵視するような目で睨みつける者が多かった。しかし、それでも……ほんの少しでも何か解決できるかと思って、私とルリィさんはマックフライさん一家に頼んで村長を呼んでもらった。


 そして、村の人達と私達で話し合いをする事になった。村にある小さい集会場に集まった私達は当初、全くうまくいかなかった。村の人達は、自分達の生活を狂わされたエルフの女の子に対して、罵詈雑言の嵐。中には、物を投げつける者までおり……話し合いは、一向に進まない。


「お前のせいで、この村に……あんなとんでもない騎士共がやってくる羽目になったんだ!」


「この村をダメにしたのは、全部お前のせいだ!」


「……俺達の失われた数十年を返せ!」



 こんな言葉が飛び交う中、集会場の真ん中では白い髭を生やした村長とエルフの女の子が向かい合っている。


 しかし、少しすると村長は、大きな声で人々に告げた。


「……静粛に!」


 コツンッ! と杖を地面に叩きつける。その音と共に民衆の不満の声は、少しずつ止んでいき……静まり返った。村長は、少し間を置いてからエルフの少女の事をじーっと見つめてそれから話し始めた。


「……申し訳ないのぉ。こんなんじゃ、話し合いなんてできやしないと言うのに……。じゃが、ここにいる者達は、決して悪い者達ではないんじゃ」


 すると、村人の1人が村長に告げた。


「……何言ってるんだよ村長! 悪いのは、このエルフだろう? 俺達が、どんな思いでこの数十年を生きてきたか分かってるのかよ! 謝れよ! 俺達皆に対してさ!」


「まぁまぁ、落ち着きなさい」


 エルフの女の子は、ずっと下を向いていた。彼女自身、彼らに対してなんて言えば良いのか分からない様子だ。


 そんな彼女に村長は、告げた。


「……うむ。少し一旦、休憩を挟もう。わしも、もう歳で長時間集中力が持たんし……貴方にも見て欲しいものがある。来なさい」


 村長に言われるがままエルフの女の子と私達は、一緒に歩いて行った。思ったよりも長い時間歩かされて……村の端っこの方まで来た私達が目にしたのは、1つのお墓だった。


「……これは?」


 そこには、1つの文字が彫られてあった……。


 ――”この森を守ってくれていた全てのエルフ達”。


 その墓を見た時、私達は固まった。村長は、告げた。


「……これは、今から30年以上前に作られた墓じゃ。当時、国からの命令でエルフの乱獲をしていたワシらじゃったが、それに反対する者も多かった。エルフ族とは、大昔から独自の関係を築いてきた自分達が、こんな裏切り行為をして良いのかと……そう言う者も多かった。結果的にワシらは、国からの命令を拒否すると死刑になってしまうという恐怖から逃げるために渋々……エルフをただ捕まえているだけじゃったのだが……ここに訪れた騎士達は、そうはしなかった。奴らは、エルフ達を殺す事を楽しんでいた。……ワシらは、心を痛めた」


「それで……こんなお墓を……」


 私が、そう告げると村長はコクリと頷き、空を見上げながら続きを話してくれた。


「……過去の過ちを謝っても許しちゃ貰えないかもしれない。じゃが、ワシら人間は……犯した罪をこうやって反省できる。何世代にも渡って戒めていく事ができる。今、この村で暮らしている子供達や大人達は皆、エルフ乱獲の歴史を学び、育った者達じゃ。ワシも……若い頃は、彼らに”エルフの友達”の事について教えてやったもんじゃ」


「……!?」


 私とルリィさんは、ギョッとした表情でお互いに顔を見合わせる。村長の言った言葉にエルフの女の子は、告げた。


「……村長、貴方……もしかして?」


「……小さい頃、3歳くらいの時かのぉ……森にカブトムシを捕まえに行った時、迷ってしまって……その時、助けてくれたエルフがいたのぉ……名前は、確か……」


「……………………サレサです」


 彼女は、下を向いていた。フルフルと……拳を握りしめて泣きながら……彼女は、言った。


「……私の名前は、サレサです」


 すると、寂しそうに上を向いていた村長の顔にも微かに優しさが戻って来た。


「そうじゃったなぁ……。懐かしいのぉ。お主の顔を見た時、もしやと……思ったんじゃ。昔の友達が……まだ生きていたんじゃなとホッとした。……ごめんのぉ。止められなくて……ワシも……ワシの父と母もエルフ族には、お世話になったと言っていたんじゃ。……2人は、よく子供の時はエルフと森の中で遊んだと言っていてな……」


「ご両親のお名前は、なんと……?」


 エルフの女の子、サレサがそう尋ねると村長は、彼女の目を優しく見つめたまま答えた。


「……ドレックスとフィオナ」


 その時、サレサの瞳の中に涙が浮かび上がった。……彼女は、村長と同じように空を見上げて呟いた……。



「……あの2人、結婚したのね。……報告にくらい来て欲しかった……。結婚したら祝ってあげるって小さい時、約束したのに……」


「父と母は、最期まで貴方達に対して”ごめんなさい”と”息子を助けてくれてありがとう”と言い続けておった。ワシは、2人の心を受け継ぎ、エルフ乱獲反対運動を続け、子供達に教育し……やっと、全てが終わったと思った。……そうしたら、貴方が森で馬車を襲うようになった。……天罰だと思ったよ。……ワシらにとっては、当然の報いじゃと……」


「ごめんなさい……。私……」


「いいや。お主は、謝る必要はない。……全てワシらのせいじゃ。ごめんなさい。サレサ……”お姉ちゃん”……」


 2人は、抱き合う。お互いに涙を流し合いながらいつまでも抱き合った。そんな光景に私とルリィさんも涙が零れた。とても素敵なものを見た。なんだか、今までと違って……今回は、かなり良い感じに終わる事ができて、私の心もちょっとばかり良い気分になった。


 勿論、村人達とサレサの対立は、治まっちゃいないし……彼らが彼女に怒りを向ける事は、間違ってはいない。かといって、サレサだって理不尽な思いをしてきたのだ。


 きっと、全ての人と仲直りする事は、すぐにはできないのかもしれない。……しかし、それでも誰か1人だけでも、こうして仲直りが出来た事が私は嬉しかったし、きっと……このまま村長さんと再会できないままよりは、何か良い事があったと信じたい。


 魔族と人間の対立は、すぐに解決できるものじゃない……のかもしれない。けど、こうやって、小さい所から少しずつ……この対立も解決できるようになるかもしれない。


 ──光矢、貴方が守ってくれたおかげ……ね。


 私は、空を見上げて涙を流した。


                      *


 それから、しばらくしてから私達は、村を去る事にした。マックフライさんの一家に別れを告げて、私とルリィさんは、村を去った。


「……私も……。あの森にこれ以上いるわけには、いかないから……」


 サレサさんも森から出て行く事を決意したみたいだ。彼女は、私達に言った。


「……私、森の外に出た事ないから。……いつか、旅をする事が夢だったの。……それに、村長さんは良くても……村の人達からは、出て行けと言われちゃったし……」


 他に行くあてもなさそうだったので、私とルリィさんは、サレサさんを歓迎した。


 こうして新しい仲間も加わったわけだが……。



 魔法陣の中から1つの棺を出し、中を開けた。すると、そこには光矢の死体がある。二度と起きる事のない真っ白い肌。冷たい体温……それを見ると再び思い出してしまう。


 ──死なせてしまった。あの時私の防御結界がうまく作動していれば……。


 私のせいで……大事な人が……。



 私は自分の過去を思い出した。修道女として働いていた時、死んでしまった老人にいくら治癒の魔法をかけても蘇る事はない。


「……私のせいで」


 あの時の少年の言葉が蘇る。私の事を「魔女」と呼んだあの少年の涙が今では、はっきりと分かる。


 これも自分が神を裏切ってしまったからその罰なのだろうか……私は、自分の穴の空いた耳を触りながら、そう思った。


「私の……せい」


 すると、そんな私にルリィさんが告げた。


「……先輩のせいじゃありませんわ。アタシのせいですわ。アタシの力不足で……」


「ううん。違う! 私が悪い……。私が相手の殺気にびっくりして結界を維持できなくなってしまったのが全ての原因です……」


 やがて、私は膝をつき崩れ落ちる。棺桶の中で眠っている光矢を見つめながら涙を浮かべた。


「光矢……」


 私は、どうしていつも大事な時に限って……。どうして……。自分が許せなくて仕方がなかった私は、やがて泣き崩れた。後ろでルリィさんも涙を流していた。サレサさんも何も言えず暗い表情だ。


 ――そんな時だった。


「……大丈夫だよ?」


「え……?」


 私の耳に聞き覚えのない人の声が聞こえてきた。その声は、小さい子供のような声で中性的で未成熟な声変わりをしていない幼い声だった。


 私が、ふとルリィさんの方を向いてみる。彼女も私の事を見て、キョトンとしていた。サレサさんも……同じくという感じで、私達3人はお互いに顔を見合わせていた。


 何処から聞えてきた声なのか? それと同時に……周囲に魔力を感じる。ルリィさんのでも、サレサさんのでもない。全く別の誰かの声だった。


 今、私達がいる周りには、人の気配などないはずなのに……。


「……誰の声なのでしょうか?」


 そう思っていると、その時だった。ふと、光矢のガンベルトに装填されている拳銃が一丁光り始める……。銃は、光を放ちながら喋り出す。


「……僕だよ」


「あーなんだ。殿方様の銃ですのねぇ」


 ルリィさんは、そんな風に納得した様子。私も……特に気にする事もなく変に納得してしまったが……。


「え?」


「「ええ!?」」


 するとその時、光を放っていた光矢の拳銃が、ガンベルトから外れて、宙に浮きだし……魔法

陣が展開される。そして、次の瞬間に……銃から放たれた光が急激に強まっていく。


 私達は、顔を逸らしたりして光から目を逸らす。私が、再び目を開けた時……そこには、背の小さな子供(?)が1人、宙に浮いた状態で私達に話しかけてきた。


「……この姿だと初めましてだよね? ボク、光矢の銃に宿った……銃の精霊ルア。よろしくだよ!」


 その子供は、ショートボブの可愛らしい髪型をしていて、頭にはメイドさんがつけるようなカチューシャをしており、ヒラヒラした長いスカートのようなものを履いた幼い女の子の見た目をした少女だった。


 ――って、いや……それよりも……。


「……銃が、女の子になった!?」



 第四章へ続く――。

 

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